仕事の流儀

トラクターを転がせ!

01/20/2019

この記事は2018年8月に投稿した記事を一部加筆修正したものです

「ワイナリーで仕事をする上で、欠かすことのできない道具を一つあげるとしたらそれは何でしょうか?」

もしも人からこんな内容の質問を受けたらまず間違いなく

それはトラクターです

と即答する自信があります。

ワインを造る上で必須の道具というものは実際のところ無数にあります。タンク、ホース、ポンプ、ハサミ、バケツといったまさに”必須!”というものから、フィルター、樽、長靴、手袋、防寒具などのようなあるに越したことはない、というものまでもうそれは枚挙にいとまがありません。

なのになぜ、トラクターこそが必須!と言ってしまうのでしょうか?

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あれば便利なトラクター

実際にはトラクターというものは、むしろなくてもなんとかなるカテゴリーに区分される道具です。

特に小規模のワイナリーでは投資コストを考えれば必要ないもの、と判断される可能性はそれなりに高いですし、日本のように棚作りでブドウを栽培している場合にはそもそも使い所がありません。フランスのワイナリーなどで話題になることが多いですが、最近ではトラクターの使用を止めて牛や馬に鋤を引かせてブドウ畑を耕し始めた、なんて例まであります。

論理的に考えれば、トラクターこそワイナリーに必須の道具!というのは少々無理のある回答なのです。せいぜいが、”あれば便利”という程度のもの、それがトラクターです。

トラクターでできること

ではなぜトラクターこそが必須なのでしょうか。

それはトラクターでできることがあまりに多彩であり、その効率の良さも加わって一度使ってしまうともう二度と手放せなくなってしまうことこそがその理由です。

トラクターはそれだけではトルクの大きい自動車の一種にすぎません。

トルクが大きくタイヤも大きいので、悪路や急傾斜の坂道などでもスタックすることなく進んでいくことができますし、かなりの重さのものを牽引することもできます。しかしこのようなことはある程度までは4WDの乗用車でもできないことではありません。違いはまさに桁違いの馬力に基づく、牽引可能な最大重量くらいのものです。

実際、5トン近いものを牽引しながらそれなりに急な山道を登っていく、なんてことは乗用車にはできないことでしょう。しかし、それでもやはり、トラクター”が”できることはそれほど特筆すべきものでもありません。トラクターの真価は、その拡張性にあります。

トラクターとパソコンの近似性

話は変わりますが、一昔前に「ソフトウェアの入っていないパソコンはただの重い箱」という言葉を使っていたことがあります。

最近はWebベースのアプリケーションが多くなってきており、OS標準のブラウザがあれば結構いろいろなことができるようになりましたからこの限りでもないのですが、それでもブラウザがインストールされていなかったり、そもそもOSが起動できないような状況になればパソコンは途端にその利便性、多様性を失い、ただの重いだけの箱に成り果ててしまいます。しかしこれは逆に言えば、用途に見合ったプログラムさえ使用できる状態になっていれば、パソコンはまさに万能ツールとなり得ますし、その機能性はアプリケーションのインストールという工程を踏むことでいくらでも拡張していくことができます。

トラクターというものも、まさにこの拡張による多機能性を実現したものです。

トラクターには極めてたくさんのアタッチメントが用意されています。それらの対応する分野はブドウの苗の植え込み、伸びた枝の切り落としなどから、農薬類の散布、畑の雑草の刈り込み、果ては畑の柱の打ち込みやワイヤー張りなんてことにまで及びます。これら複数のアタッチメントを同時に使用して異なる作業を同時にこなしていく、なんてこともできてしまいます。

トラクターを使用するということは、圧倒的に仕事の効率がよくなるということです。

畑作業の効率化には欠かすことのできないトラクター

実際問題として、トラクターを一台用意してアタッチメントを揃えればそれだけでそれまで必要としていた人手の数を大幅に減らすことができます。

実際にはアタッチメントを購入するより人手で行ったほうが経済合理性が高かったり、作業品質的な意味で敢えて人手を入れる場合もありますからすべてがトラクターで置き換えられるわけではありません。しかしトラクターを使うことにより様々な面で作業の効率化の可能性が広がることは間違いのない事実です。

例えば、販売単価の安いワインを大量に造ることを考えるのであれば、人手を可能な限りトラクターでの作業に置き換えることが最も合理的で間違いのないやり方です。またこのような場合に限らず、薬剤の散布や伸びた枝の切り落とし、ブドウ畑への柱の打ち込みなどのように、作業の種類によっては人手で行うよりもトラクターで行ってしまったほうが作業品質的にも必要時間的にも良好な結果が得られるものもあります。

このような理由から、トラクターはワイナリーでの仕事において欠かすことが(ほぼ)できない機材だ、という認識に繋がっているのです。

トラクターは運転できますか?

日々の仕事においてそんな重要な位置を占めるトラクターですから、これを運転できるかどうかはブドウ畑での作業者にとって極めて重要なポイントになります。

実際にほとんどのワイナリーで人を採用する際には「トラクターは運転できるか?」という質問をします。応募した側はここで「できます」と答えられないと大きなマイナスとなってしまいますし、トラクターを運転できないなら採用はできないと言われる場合も多くあります。なので、ここは多少の誇張をしてでも「できます」と答えたいところなのですが、下手にできると言ってしまって実際にはできなかったというのはそれはそれで困ったことになるのが頭の痛いところです。

さらに頭が痛いのは、トラクターの運転、と一口に言ってもその種類は千差万別で、実際に自分が乗ったことのあるものとは違うメーカーの車種にあたってしまったりすると途端に操作に困る、なんてこともあったりします。基本的な操作はどのメーカーのどの車種でもほぼ変わらないので大抵はなんとかなるものですが、それでもやっぱり、なんてこともよくあるのです。

一筋縄ではいかないトラクターの運転

これらに加えてさらにさらに頭の痛い点があります。それは、そのワイナリーの持つ畑です。

大抵の場合、平地であればどんなトラクターでもそれなりには動かせるものです。しかしこれが斜面の畑、ということになると途端にその難易度が上がります。

トラクターは自身の車重が非常に重いです。さらに大抵のアタッチメントもかなりの自重を持ちます。そうなると車体は常に下り方向に引っ張られますので、慣れていないと斜面での取り回しがとてもむずかしいのです。気がついたら車体が下がってしまってブドウの樹に突っ込む寸前だった、なんてなったら笑えません。

しかもブドウ畑ではそれぞれの列の幅は基本的にはトラクターの車幅に合わせて作られていますので、それらの列にトラクターを入れると車体の左右にはほとんど余裕がなくなります。そんな中でブドウの樹を傷つけないように、アタッチメントをワイヤーや柱に引っ掛けてしまわないように、常に車体の前後左右に気を使いながら、しかも斜面を走らせるのですから大変です。

アタッチメントさえなければなんとかなるのに(なったのに)、というのは、残念ながら言い訳にはなりません。

「トラクターの運転はできるか?」という質問は、「アタッチメントを付けた状態のトラクターを自由に運転して作業をすることはできるのか?」という意味の質問なのです。

トラクターの運転は練習あるのみ

今筆者が働いているワイナリーの持つ畑はドイツらしく、というべきか、それなりの斜度を持った斜面に作られたものがほとんどです。

さらに人手がたくさんいるわけではないため、トラクターで行っている作業も多く、筆者も度々トラクターを運転してこれらの畑を回ったりしています。しかし、小型のものならともかく、より大きな車体のものになると未だに斜度の急な畑での取り回しは苦手で、できることなら手作業でやるからトラクターは勘弁してくれ、と言いたいのが本音です。

最近では少しずつ取り回しにも慣れてきたものの、要求されているのはトラクターを手足のように自由に動かすこと。まだまだしびれた手足くらいにしか動かせない身としては先は長いです。

こればかりは日々の練習で慣れていくしかないとはいえ、収穫も間近なこの時期、あまり悠長に練習しているような暇もありません。目標は1月以内にある程度形にすることですが、さてはて、どうなることやら。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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