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ワイン純粋主義との相克 | 醸造家はパズルを解けるのか

投稿日:04/19/2020 更新日:

ワインを造っていると数々の「悩ましい出来事」に直面しますが、その中でもこの時期に多いのがワインを可能な限り「純粋」に保ちたいという想いと、それを実現できない現実との対立です。

世の中、ワインの持つ個性をTerroirといった、ある限定された地域的な特性、つまり独自性に求めることがよくあります。このことの良し悪しはともかくとして、仮にそのような限定された範囲にのみ生じる特性をワインに持たせたいと考えるのであれば、そのワインは少なくともそのような地域から収穫されたブドウで造り、別の個性をもったものとは混ぜ合わせないことが最低限必要となります。

 

この一方で、そのようなワイン造りはある一定の状況を除いて実は難しい事でもあります。

今回はそんな、醸造所の裏側にあるとても悩ましい事情について紹介したいと思います。

 

ワインは純粋がいい?

そもそものお話しとして、ワインは「純粋」であることがいいことなのでしょうか?

この場合の純粋とは、

 

  • 品種の混合がない
  • 畑の混合がない
  • 収穫年の混合がない

 

ということを最低条件としているワインのことです。言ってみれば、畑からボトルまでが一貫して一つのしっかりとしたプロフィールの元に成り立っており、Terroirといった観点からもノイズの入っていないワインのことです。

このような条件に合うワインは世の中にたくさんありますし、こうしたワインの価格帯が高くなっていることもよくあります。しかしその一方で、ボルドーのワインのように複数品種をアッサンブラージュして造ることが前提となっているワインもありますし、敢えて数年熟成されたリザーブワインを数%程度混ぜ合わせる、ということもワイン造りの現場ではよく行われていることです。

こうしたワインもまた非常に高い評価を得、また極めて高価なワインとして世の中に流通していることを考えれば、ワインが「純粋」であることは「いいワイン」としての前提条件とはなり得ない、ということは自明の理とも言えるでしょう。

 

そういった事情を踏まえても、世の中にはやはり「純粋さ」に拘りたい醸造家というものは相当数、存在しています。筆者もそういった「ワイン純粋主義者」の一人に数えていいくらいにはそちらよりの思考を持っている醸造家の一人です。

私自身の個人的な考えを簡単に書いておくと、別に複数のワインを混ぜ合わせることが悪いとは少しも思いませんし、それで美味しくなるのであればやるべきだとも思っています。思っているのですが、それでも可能な限り、純粋さを維持したい、必要に迫られればやるけれど、やる必要が100%でなければやらないで済ませたい、というのが偽らざる本音でもあります。

どちらかといえば、理屈というよりも「せっかく手塩にかけて育てたブドウであれば何も混ぜ合わせずにワインにしたい」という感情的な側面の大きい点でもあります。

 

ワインの混ぜ合わせは日常茶飯事

もしかしたら意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ワイン同士を混ぜ合わせることは実はよくあることです。

ワイン同士を混ぜ合わせるタイミングには以下のようなものがあります。

 

  1. 味の調整
  2. 残糖量の調整
  3. 商品としてそもそもブレンドが前提
  4. 樽への補酒
  5. 各種器材を通したコンタミネーション
  6. タンクの調整

 

1から3は似たような内容ですが、目的が少しずつ違います。

味の調整はあくまでも純粋な状態に近いワインを造る前提でありながら微妙な味の調整のために数%程度、別のワインを混ぜ合わせることを指しています。意味合いは微妙に違いますが、新樽と古樽を使ってそれぞれ熟成させたワインを最終的には混ぜ合わせて一つのワインにするケースに近い方法です。

 

残糖量の調整はもう少し積極的な混ぜ合わせのイメージです。

特に甘口のワインを造る際によく使われる手法でもあります。甘口にする、つまり残糖量の多いワインを造るためにはその程度にもよりますが、基本的には熟度の高い甘いブドウを使う必要があります。そうなると必然的にそのワインに含まれる総酸量は低下する傾向になり、全体として酸味の弱い、悪く言えば甘ったるいワインになってしまうことが往々にして起こり得ます。ここに対して、酸味を補填するために酸味の強めの辛口のワインを混ぜ合わせたりするのがこのケースです。

 

3は完全にアッサンブラージュが前提となるケースです。もともと混ぜ合わせることが前提ですので、むしろ混ぜないという選択肢がありません

 

4から先は醸造面で避けることが難しいケースです。

例えば樽への補酒は常に同一のワインで行えるわけではありません。特に複数の品種のワインを樽を使って熟成させている場合などにはそのワインの種類分だけ補酒用のワインを別に抱えることは現実的とはいえず、実際には1種類のワインですべての樽への補酒を賄っているようなケースが多く存在します。

 

器材を通したコンタミネーションもボトリング前のフィルタリングなどで生じやすい、醸造面でのなかなか避けがたいケースの一つといえます。

もちろん一種類のワインをフィルターを通すたびにすべての装置を完全洗浄して、新しくセッティングすればワイン同士の接触は避けられますが、代わりに多大な時間と労力が必要となりますし、結果的にワインのロスも多くなります。そうした余計なコストを避けるためには多少の混ざり合いを許容してでも連続して作業を行ってしまうことが複数の面から合理的な行為であることは少なくありません。

 

そして最後のタンクの調整というのが筆者的にはもっとも悩ましいケースです。

 

タンク容量とワインの残量は常にせめぎ合う

ここでいう「タンク」とは一般的に想像されるであろうスティールタンクだけではなく、樽を含む「ワインを保存するための大型容器」のこと全般を指しているとまずは理解してください。

 

こうしたタンクですが、醸造上、その利用には一つのルールがあります。それは発酵時を除いて常に容量をいっぱいにしなければならない、ということです。

 

タンク内に充填したワインの量がタンク容量よりも少なく、液面とタンクの天面の間に隙間があるとそこには酸素が入り込みますのでワインが酸化する原因となります。このため、ワインの品質を守るためには常にタンクが満量になっていることが極めて重要です。何を今更そんな当たり前のことを、と言われるかもしれませんが、実はこの「タンクを常に満量にする」ということはワイン純粋主義の立場に立っている醸造家にとっては一般に考えられるほど簡単なことではないのです。

 

定量と変量の違い

タンクの容量というものは原則として固定です。

 

メモ

落し蓋方式のタンクであれば内容量にあわせてタンク容量を調整できますが、このタイプのタンクはそれはそれで落し蓋の周辺の密閉が上手くいかないとワインを劣化させる場合もありますので必ずしも優れた容器とは言えないところがあります

 

これに対してワインの量というのは常に変動します。

1000L のタンクを2つしか持っていないのに、1500L のワインが入ってくれば保管はどうしたって1000Lと500Lに分けざるを得ません。仮にこの500Lの方もタンクに対して満量にしなければならないとすれば、新しく500Lのタンクを用意するか、別のワインを持ってきてタンクを満量にするしかないのです。

 

醸造的な手法として、タンクの中に二酸化炭素もしくは窒素を充填することで液面が低くても酸化を防止する方法もあるにはあります。しかしこういった気体は常にタンクから漏れ出ていってしまうため、常に充填量のコントロールが必要になりコストが高くつきます。このために長期間にわたる熟成には向かない手法です。

また、タンクもいつでも求める容量に応じて柔軟に種類が用意されているわけでもなければ必要に応じて常に新規に導入することが出来るわけでもありません。基本的には一度導入したものを使いまわさなければならないものです。こうした現実的な問題がワインの純粋主義を守ることをひどく難しいものにしています。

 

話を難しくするアッサンブラージュ

ワイナリーが常に単品の品揃えしかしていないのであれば話は比較的簡単です。

しかしその場合でもほぼ確実に年ごとに収穫して搾汁することで得られた果汁の量と所有しているタンクの合計容量との間では乖離が生じます。一品一タンク、という理想的な環境はそうそう実現できるものではありません

 

これに加えて、アッサンブラージュを前提としたワインの存在がさらにその困難を大きなものとします

 

アッサンブラージュを前提としたワインを造る場合の例を考えてみます。
仮に3種類のワインを混合することになったとしましょう。これら3種類のワインは混合前にはタンクを満量にした状態で保管されています。それぞれのワインは

 

ワインA: 1000L
ワインB: 800L
ワインC: 1200L

 

だったとします。これらのワインを混合して、2000Lのワインを造ることになったとします。その際の混合比率は2:1:4だったと仮定しましょう。この場合に必要となるアッサンブラージュ用のワインの量は、

 

ケース1
ワインA: 600L
ワインB: 300L
ワインC: 1200L
合計:  2100L

 

もしくは

 

ケース2
ワインA: 550L
ワインB: 275L
ワインC: 1100L
合計:  1925L

 

のいずれかです。

しかし現実的な現場レベルの判断として、ボトリングするワインが2000L必要なのであればケース2のように目的量に対してわずかとはいえ不足している組み合わせは選びにくい、というのが実情です。

 

さて、この場合の必要となるタンクを考えてみましょう。

まず最初の段階で3種類のワインがそれぞれ満量で置かれていたので少なくとも

 

タンク1: 1000L
タンク2: 800L
タンク3: 1200L

 

は手元にあります。
一方で、アッサンブラージュした結果として保管しなければならないワインはケース1の場合で

 

ワインA: 400L
ワインB: 500L
ワインC:   0L
ワインD: 2100L

 

となっています。この場合、ワインCは全量が使用されたためタンク3は丸々空いていますのでまずはワインDの内の1200Lがタンク3に入れられることは決定しています。この結果、ワインD 900Lがまだどこかに保管されなければならないことになります。

この時点における各タンクの空き容量は以下のようになります。

 

タンク1: 600L
タンク2: 300L
タンク3: 0L

 

さてここからが問題です。

現在手元に残っているワインA、B、Dの3種類のうち、絶対に他のワインと混合してはいけないのはワインD 900Lの内の800Lです。これはボトリングで必要となりますので確実に単独で保管しなければなりません。そしてこの容量に適合したタンクは現在ワインBの残量500Lが入ったタンク2のみです。

つまり、ここからの作業としてはタンク2からワインBをタンク1に移動し、そうすることで空いたタンク2にワインDの内の800Lを入れた後に残りのワインD 100Lをタンク1に入れることになるのです。この結果は、

 

タンク1: ワインA、B、Dの混合 1000L
タンク2: ワインD 800L
タンク3: ワインD 1200L

 

となります。目的としたワインDを造るためにそれ以外のワインはすべて混ぜられて一つのタンクに入れることになってしまうのです。ちなみにタンク1における各ワインのこの時の混合比率は大雑把に計算して7.7 : 9.2 : 1となりますので、ワインDとはまったく別のワインとなります。

もちろん、この時に例えば

 

タンク4: 400L
タンク5: 500L
タンク6: 100L

 

という3つのタンクが都合よく別にあればそれぞれのワインは純粋を保ったまま保管することが出来ますが、通常は別のワインもありますのでそうそう都合よくタンクを使いまわせるわけではありません。ワイナリーで作業をする側の人間は手元にある器材だけで回さなければなりませんので、いくらワインを純粋に保ちたかったとしても、今回の例のようなワインDを造らなければならない事態になれば、いやも応もなくその残りは混ぜ合わせてしまわなければならない、ということが生じます。

またこの例ではブドウの品種などを考慮していませんが、仮に品種がそれぞれで異なる場合にはタンク1に混ぜて入れてしまうということが出来ない場合もあります。その場合にはタンクを満量出来ないことを承知の上でどうにか追加のタンクを確保し、それぞれ、もしくは一部のワインを合わせながら保管することになります。

 

今回のまとめ | ワイン造りは常に現実との駆け引きである

タンクは常に満量にしなければならない

ワインは純粋を維持するべきだ

ワインは酸素との接触は必要最低限度におさえるべきだ

 

ワインの業界に身を置いているとどれもよく聞く言葉です。

すべてその通り。正しいです。一片の間違いもありません。しかし、それは理想でもあります。このすべての事項を完全に満足するためには、そもそも造るワインのラインナップからそれに合わせたものにしなければなりません。もしくは莫大な資金にものを言わせて、必要に応じて必要なだけの容量の異なるタンクをタイムリーに揃えられるだけの資金力が必要です。

そうでない限り、どんなにきれいごとを言ってみてもどうにもならない現実に直面することになります。

 

残念ながら、タンクというものはそこに現実として存在する物体です。どんなに願ってみたところでその大きさが自由に変えられるわけではありませんし、数も増えません。厳然としてそこにある、容量という数字を目の当たりにして使う側はそこに使い方を合わせていくしかないのです。

 

タンクごとのボトリングが出来ればこんなに楽なことはありません。

もしくはすべてのタンクが同一のプロフィールを持つワインで満たされているのであれば、それほど悩むことはなく済みます。割り出したベストな混合比率にあわせてまずは混ぜ合わせ、目的のワインを造り出した後で残りも混ぜ合わせて次回のアッサンブラージュの際に新規の混合比率を割り出せば大抵の場合はどうにでもなります。

しかし多品種展開をしているワイナリーなどにおいてはことはそんなに簡単ではありません。

 

混合比率など考えず、その年に造れたワインすべてをそのままの量すべてを合わせて混ぜ合わせ、こんなワインが出来ました、と言えればどれほど楽なことでしょうか。しかし現実問題として、そんなことは出来ないのです。

この記事を読んでくださっているあなたがワインを造る立場だったとして、

 

  • 品種も何も考えずにすべてのワインを混ぜ合わせられますか?
  • アッサンブラージュの際に最適な混合比率を考えることなく、ある量すべてを混ぜ合わせたワインを自信をもって飲み手の方にお届けできますか?

 

こうした問いに「できない」と回答した瞬間から醸造所内では設備との戦いが始まります。

如何に液面を下げることなく満量に近い状態でワインを保管できるか、そういった中でさらにどうすれば可能な限りワインのプロフィールを純粋に保っておくことが出来るのか。醸造家の頭の中ではそんなパズルが日夜繰り返されています。

 

ただ液面を下げずに保管するやりくりだけでも十分に大変です。

ここにワインの純粋主義が指し挟まってくれば、ことはほぼ解決不可能な難問になります。

さらにワインへの負担をかけないために極力ポンプは使わない、などということまで言い出すと安易なタンクの交換が出来なくなります。問題はさらに複雑さを増してきます。こうなってくると、最初に諦めなければならないのはまず、ワインの純粋主義です。

時に現実が理想を覆すのを直視し、そのことに諦めなければワインが造れない、そんなことがあるということを知ることもまた、重要なことなのです。

 

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