製法

ワインの醸造段階におけるトラブルの種類は実はそれほど多くありません。

もしかしたら微生物汚染という言葉をお聞きになったことがある方もいらっしゃるかもしれません。しかしこれは厳密に言えば発酵の前後の時点で起きるもので、発酵段階ではまず発生しません。

 

なぜでしょうか?

 

発酵中は原則として酵母が液中で支配的な立場にいてガンガン糖分を消費し、アルコールと二酸化炭素ガスを排出しているからです。アルコールも炭酸ガスも一般的な微生物にとっては毒でしかありません。

最終的には酵母自体もこの二つの要因で死滅します。そんな状態ですので一部の例外を除いてワインを汚染するような微生物が生息、繁殖することが出来ず、結果として微生物汚染も生じないのです。

 

ではこの時点において何が一番の問題かといえば、酵母の動きが止まることです。

 

酵母の動き (これを代謝といいます) が止まる、もしくは鈍くなると酵母の支配体制が崩れます。そうするとそれまで抑えつけられていた様々な連中が動き出し、それはもう、いろいろな問題を引き起こします。しかも酵母自身も多大なストレスを受けて害になる行動を始めるので手が付けられません。

何もかもが悪い方向に転がりだしかねない状態です。

 

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ですので、我々醸造家が発酵状態に入ったワインに対して最も気を付けなければならないのは、酵母のその勢いを殺さずに一気に発酵を完了させてしまうことです。誤解を恐れずに言えば、この点をしっかり管理できれば味も香りもそうそう悪いことにはなりません。まずまず標準的な品質のワインは出来上がります。

 

これだけを言えば全てが簡単に出来るように思われるかもしれませんが、世の中そうそう甘くはありません。必ず、どこかしらで問題が起きるものです。

ここからは今年、2020年ヴィンテージで実際に私が管理しているワインの状況を交えつつ、お話を進めていきます。

 

発酵が遅い

2020年のブドウの収穫はすでに終わっていますが、醸造所の中ではいまでも発酵が続いています。9割方のタンクでは順調に発酵が進行し、完了しました。

いまでも動いているのは残りのおよそ1割のタンクです。これらのタンクのなかで一部のものが発酵が極端に遅くなり頭を抱えています。

 

 

ちなみに発酵が「遅い」という基準ですが、ドイツでよく言われる目安では、発酵によって消費される1日当たりの糖分がエクスレ度で2度を下回った時に発酵が遅延状態にあると判断されます。

上記のPostに書いた問題児のタンクでは5日経ってもエクスレ度の減少が3度に留まっているタンクがありますので、立派に発酵遅延中です。

 

問題なのは、これらの遅延タンクの中に何が何でも辛口に仕上げなければならないものが2つほどあることです。容量は1つのタンクが1100L、もう1つが3000L。どちらも当ワイナリーにとっては売れ筋の商品になる予定のタンクですので、TwitterのPostのようになるようにしたら中辛口になっちゃいました、は通用しません。

 

再発酵をどう促すか

酵母の代謝が鈍ったタンク内で酵母の活動を再度活発にさせる方法はいくつかあります。

 

  1. 酵母への栄養の添加
  2. 酵母の再添加
  3. タンク内温度の引き上げ
  4. 別のタンクと合わせての再発酵

 

ざっと上げるとこんな感じでしょうか。

それぞれの方法に長所と短所がありますし、試してみるべき順番もあります。またそれぞれの手法に使用条件もあるため、いつでもどこでも好きなものを好きなように試してみる、というわけにはいきません。

 

さらになぜそのタンクで発酵が停滞しているのかの原因をある程度でも把握しないと有効な対策はとれません。ここが把握できるかどうかは日々の管理の状況によります。

これが原因だ、とは分からなくても、少なくともこれとこれは原因ではないはず、ということが分かっていることが重要です。

 

それでは実際に私の管理しているワインを例に考えていきます。

 

次のページ以降では以下の内容に沿って説明を続けます。

  • なぜ発酵が停滞したのか
  • とれる対策はなんなのか
  • 管理温度を引き上げる
  • 発酵再開のカギは野生酵母
  • 技術としての汎用性はあるのか



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