香り

ドイツワインを代表する白ワイン用ブドウ品種であるリースリング。

引き締まった酸と透明感のある果実味を持つワインを生み出す品種です。熟成をしていくと特徴的なペトロール香が出ることでも知られています。

ブラインドテイスティングの際にはこのペトロール香を頼りに品種を特定していく、という方も多いのではないでしょうか。

 

一方でリースリング自体はアロマティック系のブドウ品種としても知られています。特徴的な香りは白桃、レモン、アプリコット、白い花、はちみつ、トロピカルフルーツ。産地や造りによって出てくる香りの幅が広いせいか、特徴的である割に特定しにくい、分かりにくい、と思われている方も多いように感じます。

筆者自身もドイツに居住し、リースリングを主体としたワイナリーに勤務して日常的にリースリングに触れていますが、いざその特徴を端的に説明しろ、と言われると少々、戸惑います。

 

 

そこで今回は、リースリングに特徴的な香りの成分を化学的な面からみていきます。

主役はMonoterpen (モノテルペン) 類とNorisoprenoid (ノルイソプレノイド) 類。横文字が多くなりますが、どうぞお付き合いください。

 

ワインの香りと化学物質

ワインには多くの香りが含まれていますが、それらの香りはすべて、化学物質に由来しています。

ワインに含まれる香りのもとになる化学物質は1000種類を超えると言われていますが、その中でも重要なものとして次の3種類が挙げられます。

  • Isoprenoide (イソプレノイド)
  • Methoxypyrazin (メトキシピラジン)
  • Mercaptan (Thiol) (メルカプタン / チオール)

今回の記事で取り上げるモノテルペン類とノルイソプレノイド類はどちらも上記のイソプレノイド系の化合物に分類されています。また、メトキシピラジンやチオールについては別の記事で扱っていますので、ご興味ある方はそちらも参考にしてください。

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なお、面倒くさいのですが、モノテルペン類にしてもノルイソプレノイド類にしても「~ 類」と書いているようにある特定の化学物質を指しているものではなく、ある特徴をもった化学物質の群を意味する総称です。

 

マスカット系品種に特徴的なMonoterpen類

モノテルペン類、もしくはモノテルペンアルコール類と呼ばれる群に属する化学物質の中で特にワインにおいて重要なのがlinalool (リナロール) とgeraniol (ゲラニオール) です。

 

リナロールはスズランやラベンダー、ベルガモット、オレンジ様の香りの原因物質であり、ワインに限らず香料として一般的に広く利用されています。

ゲラニオールはバラの香りをもつ化学物質です。ゼラニウムから発見された物質で、こちらも香水などに広く利用されています。

 

これらのモノテルペン類を多く含むブドウ品種ではマスカット香が強く感じられます。またアロマティック系品種と呼ばれるブドウ品種の多くもこのモノテルペン類を多く含む品種となっています。

モノテルペン類の含有量をブドウ品種ごとに測定した研究が1986年に行われており、その結果は以下のように報告されています。

マスカット系品種 (マスカット・アレキサンドリア、ゲルバー・ムスカテラーなど): > 6 mg/L
マスカット系品種以外のアロマティック系品種 (リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ヴィオニエなど): 1 ~ 4 mg/L
マスカット系の香りを持たない品種 (シャルドネ、ピノノワール、シラーなど): < 1 mg/L

 

フルーティーさを感じさせるNorisoprenoid類

ノルイソプレノイド類もしくはノルイソプレノイド誘導体と呼ばれる群で重要とされているのが、ß-Damascenon (β-ダマセノン)、ß-Ionone (β-イオノン)、そして1,1,1-trimethyl-1,2-dihydronaphtalene、つまりペトロール香の原因物質として知られるTDNです。TDNについては以前、詳しく解説した記事を書きました。

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β-ダマセノンはリンゴのコンポートや花、パイナップルやバナナを思わせるトロピカルフルーツ系の甘い香りを、β-イオノンはイチゴやラズベリー、キイチゴなどベリー系の香りやスミレの香りを持ちます。この2つのノルイソプレノイド系化合物はある種の甘藷焼酎の香気成分としても報告されているそうです。

 

ノルイソプレノイド誘導体に属する芳香系化学物質は全体的にヒトが感知できる閾値が低いことも特徴です。

β-ダマセノンはワインの中では50 ng/L 程度、β-イオノンはワイン中で90 ng/L 程度から知覚されることが報告されています。この一方でβ-イオノンは25 ~ 50%のヒトが知覚することが出来ないともされています。

ちなみにβ-イオノンはブルゴーニュのピノ・ノワールに特に多く含まれていることも知られています。

 

リースリングにみるNorisoprenoid系化合物

モノテルペン類にしてもノルイソプレノイド誘導体にしても各化学物質がそのままブドウの中に存在していることは余り多くありません。これらの化学物質はその多くが糖と結合した配糖体、グルコシド (Glucoside)として存在しています。

配糖体として存在している状態ではその化学物質は無味無臭な状態ですので、そのままではワインに含まれていても香りを感じることはありません。このためこれらの芳香系化合物が実際にその香りを出すためには何らかの方法でこれらの配糖体が糖と芳香系成分に分割される必要があります。

 

特にノルイソプレノイド誘導体はほとんどのブドウ品種で配糖体を形成した結合状態でのみ存在しています。しかしこれに対して、リースリングでは遊離型のノルイソプレノイド誘導体が有意に多く存在していることが確認されています。

また結合型の含有量もシラーやシャルドネ、ソーヴィニョン・ブラン、マスカット品種よりも多くなっています。

 

複数の研究結果を横断的に比較してみると、遊離型と結合型の合計の含有量ではセミロン (Semillon) が265 μg/kg ともっとも多かったのですが、リースリングではこれに次いで214 μg/kg となっていました。

メモ

この比較の対象となったノルイソプレノイド誘導体は、Hydroxy-3-ß-Damascenon, oxo-3-α-Ionol, oxo-4-ß-Ionol, Hydroxy-3-ß-Ionol, Hydroxy-3-dihydro-7,8,-ß-Ionolです

 

ここからはモノテルペン類やノルイソプレノイド類がどうやってワインの中に入ってくるのか、どのような過程を通して香りを感じられるようになるのか、といった点を見ていきます。



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