醸造

ブドウを凍らせる醸造手法

果物は新鮮さが命。ワインを造るにしてもそれは一緒。だからこそ、収穫したブドウは1分でも1秒でも早くワインにするための加工をするべき。

ワイン造りにはこんなイメージを持っている方も少なくないのではないでしょうか。今回取り上げるテーマはそんなイメージの180度逆をいくお話です。新鮮なブドウを敢えて凍らせる。今回はそんな醸造手法について見ていきます。

鮮度を維持するためではない凍結処理

果物や野菜を新鮮なうちに凍らせる、という考え方は日本で生活していればそれほど違和感を持たないのではないでしょうか。冷凍技術に優れた日本ではさまざまな食材や料理が冷凍され流通していますし、そうした例を引かなくても日常生活のなかで買ってきた野菜や肉を冷凍庫に保管することは少なくありません。この時の目的は主に鮮度の維持です。

ではワインを造るために収穫してきたブドウを凍らせる意味もやはり鮮度の維持でしょうか。答えは3割正解、7割外れ、です。

ブドウを冷凍することは確かに鮮度と状態の維持にためにも行われています。特に研究機関や原料を海外から輸入することで年間を通して醸造作業を行うような都市型ワイナリーではこうした目的から果実や果汁の凍結が行われます。一方で、多くのワイナリーでは保存のためではなくブドウを凍らせています

凍らせて抽出するクリオエクストラクション

醸造の現場でブドウを凍らせる、と聞くと真っ先に思い浮かべるのがクリオエクストラクション (cryoextraction) と呼ばれる醸造手法です。

クリオエクストラクションとは収穫してきたブドウを人工的に凍らせる醸造手法で、世間的にはドイツやカナダにあるアイスワインと同じものを人工的に作ろうとする取り組みとして知られています。ここでの違いは、アイスワインがまだブドウが樹上にある状態で天然凍結した時点で収穫されるのに対して、クリオエクストラクションでは収穫されたブドウを冷凍庫に入れて凍らせている点です。

なお一部の国や地域ではクリオエクストラクションの派生系技術としてsupraextractionと呼ぶ手法を区別しているケースもあります。この両者の違いは凍結後のブドウを圧搾前に半解凍するための待機時間をとるかどうかです。特にsupraextractionと呼んでいる場合にはその醸造工程では半解凍のための待機時間が設定されています。

しかしそうした待機時間を設定しないクリオエクストラクションであっても完全凍結したままの状態ではブドウを圧搾することはできませんので、実際にはある程度の待機時間は必要となります。こうしたことからほとんどの国や地域ではどちらもクリオエクストラクションとされ、区別されていません。

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クリオエクストラクションの実施温度

アイスワインを人工的に作るための手法、という部分に引っ張られているためにクリオエクストラクションはアイスワインと同じ-7度という温度で行うもの、と思われている場合も多いようですがこれは間違いです。

クリオエクストラクションはあくまでもブドウを凍らせて抽出効率を上げるための手法という以上の意味を持ちません。つまり、ブドウが凍結する温度でさえあれば何度で作業をおこなっていても問題になりません。しかもブドウが完全凍結していないような温度であってもクリオエクストラクションを名乗っているワインも市場には出回っています。ブドウは熟して甘くなればなるほど凝固点降下と呼ばれる作用のせいで凍らせるのが難しくなりますので、場合によっては-7度に保管したからといってブドウが完全凍結するとは限らないのです。

ブドウを凍らせる2つの目的

保存を目的とせずにブドウを凍らせる目的は主に2つあります。1つは甘さの凝縮。そしてもう1つが抽出の促進です。どちらも見方によっては抽出に関わることで、その意味ではどちらもクリオエクストラクションです。しかしその内容は同じではありません。それぞれについて見ていきます。

ブドウを凍らせるとなぜ甘くなるのか

ブドウを凍らせることで甘さを凝縮させる。一見すると分かりやすい説明のようにも思えますが、なぜブドウを凍らせると甘くなるのかわかるでしょうか。

ブドウの果汁のほとんどは水です。ここに糖分や酸をはじめとした有機物や無機物が溶け込んでいます。水は0度で凍りますが、この水に砂糖のような不揮発性成分が溶け込むと水が氷になる温度、凝固点が下がります。つまり凍りにくくなります。

重要なのはこの凍りにくくなる、という意味です。ブドウの果汁も0度で凍らないわけではありません。実は部分的には0度で凍結します。一方で0度で凍るのは水の部分だけです。

しつこいようですが、ブドウの果汁とは大量の水に糖分や酸が溶けたものです。0度の環境に置かれた果汁はこの水の部分が凍り出します。そうするとその凍った部分の水に溶けていた糖分などの凍らない成分は残った、まだ凍っていない部分の水に移動して溶け込み続けます。この現象が連続して起きることで未凍結の部分の糖分濃度はどんどん高くなっていきます。そして糖分濃度が高くなればなるほどその水分は凍りにくくなります。最終的には-7度という温度でも凍らずに液体として残るほど甘い液体が残ります。仮に凍っていたとしてもほんの僅かに温度が上がればすぐに溶け出すくらいの状態となります。

これが糖分の濃縮のメカニズムです。イメージとしては段階的に温度を上げていく蒸留作業に近いものがあります。最終的にはこの最後まで未凍結の部分や凍結していてもすぐに溶ける部分を圧搾して取り出すことで非常に糖度の高い果汁を得ることができるのです。

そしてこのメカニズムから分かる通り、糖分の濃縮をするためには氷点下の中でも比較的高い温度でゆっくりと凍らせていく必要があります。液体窒素のようなもので瞬間的に凍らせてしまうと段階的な水分の凍結が生じないため糖分が水分全体に分散された状態で凍ってしまうからです。

ちなみにシャーベットのような製品を作る場合には可能な限り速く凍結させることが求められます。これは濃縮の考え方とは全く逆で、そうしないとシャーベットの部分、部分で甘さが違ってしまうためです。

凍結処理は抽出効率を高める

凍結抽出技術は赤ワインに対しても使われています。その目的はもちろん、極甘口のワインを造るためではありませんフェノール類などの成分の抽出効率を高めるためです。

ブドウを凍結させるとブドウの組織細胞に含まれている水分が氷として結晶化することで体積を増し、細胞壁などの組織を破壊すると考えられています。これが抽出効率にポジティブな影響をもたらすとされています。

もともとワイン醸造で行われているマセレーションと呼ばれる行為はブドウの果皮に含まれている成分を果汁に移すために行われています。マセレーションによる成分の抽出効率は全房のままの時がもっとも低く、除梗など機械的な力が加わった後の方が高くなります。これは予めブドウの組織に傷がつくことでそこからの成分の抽出が加速するためです。つまりブドウの凍結処理を通して細胞壁などを予め破壊することで同じ効果が望めるのです。

凍結抽出の温度とリスク

成分の抽出促進を目的とした場合、重要になるのが凍結に伴う組織の破壊率です。細胞内に形成される氷の粒が大きくなる方がより抽出効率を高めると考えられますが、そのための作業適正温度は検証結果によってまちまちです。ゆっくりと凍結させた方が形成される氷の粒の大きさが大きくなる、という文献もあれば、瞬間凍結に近い方がいい、とする文献もあります。実際には抽出の傾向にはブドウの品種や対象とする成分によっても違いがあるらしく、一概に適した作業温度がないというのが正解のようです。

そうした一方で、ブドウを凍結させて抽出を促進させる手法には明確な注意点があります。総酸量が低下して果汁のpHが高くなるのです。

凍結が持つ除酸効果

ブドウを凍結させて抽出を行なった場合、確認されている結果には明確な一貫性はほとんど見つかっていません。その中の少ない例外が、酸量の減少とpHの上昇です。

こうした現象が生じる理由は比較的明確です。凍結過程において破壊された細胞壁からカリウムもしくはカルシウムがより多く抽出されてきていることが原因と考えられています。

白ワインのボトルの底に透明なガラス片のようなものが沈殿しているのを見たことがある方は多いと思います。あれはガラスではなく、酒石と呼ばれる有機物で酸が結晶化したものです。ワイン中に存在しているカリウムやカルシウムが同じくワイン中に溶け込んでいる酒石酸と結合することで生成されます。つまり、ワイン中にカリウムやカルシウムが多く含まれているほど出てくる可能性が高くなります。そしてブドウを凍結させることはこの可能性を大きく押し上げることに繋がるのです。

酸が酒石として沈澱してしまえば果汁に溶けている酸の量は減少しますし、そうした酸の減少はpHの上昇を促します。きっかけは凍結処理をしたことによる組織の破壊ですが、起きている現象は全房発酵などにおける果皮および梗からの抽出物増加による除酸効果と同じものです。こうした除酸効果は赤ワインだけではなく、オレンジワインの醸造現場でも見られるものでもあります。

凍結方法が変えるワインの香り

ブドウの凍結処理は醸造工程には一切の影響を与えない、と言われてきました。成分の濃縮を目的に完全解凍しないままに圧搾してしまう場合には話は別ですが、一度凍結させたブドウを完全解凍してから使う分には濃縮効果は発生しませんので同じ理屈でブドウやそこから造られるワインの品質には影響しないものとされていたのです。確かに保存のための凍結処理をしたブドウを使ってワインを造ってみても、最終的なアルコール濃度に大きな差はみられないことがほとんどです。

しかし実際にはブドウを凍結させることで各種成分の抽出傾向が変わってくることが最近、分かってきています。

凍結処理と抽出成果との関係性はとても複雑で、成分によっては凍結させることによる変化が生じないともいわれます。しかしすでにみた総酸量やpHの変化と同様に、ワインの香りには少なくない影響が出ることが確認されてきています。凍結処理を行なったブドウから造られたワインでは凍結しなかった場合と比較して、香りが華やかになる傾向が強くなるのと同時にワインの香りをより個性的にする可能性が高くなることが示唆されています。

この場合の個性的、とは必ずしもポジティブな影響であることを意味しません。欠陥臭とは言い切れない一方で通常のワインからは感じられない類の香りが出るケースが確認されています。

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今回のまとめ|ブドウの凍結はワインを個性的にするのか

ブドウの凍結処理は気候変動への対応や品質への意識の変化、もしくはワイナリーの立地の変化などを通して利用される機会が増えつつある技術の1つです。その一方で技術としてはかなり高コストなものであり、必ずしも環境親和性が高い技術とも言い切れません。さらには効果の範囲が不明確な部分もあります。しかし、香りの変化などを考えればカーボニックマセレーションと同様、ワインに特徴を与えられる可能性のある技術だともいえます。

ブドウの凍結を実施しようとする場合、必要となる装置は凍結方法次第によって大きく異なります。大型の冷凍庫を必要とする場合もあればそうした設備を必要としない方法もあります。注意しなければならないのはそうしたアプローチの違いによって結果が大きく異なる可能性がある点です。しかしこれは逆にいえば、この技術には調整できる部分が数多くある、ということでもあります。

条件出し自体の難易度が高い技術ではありますが、やり方次第では装置の更新などをせずにワインの特徴を変えられる可能性があります。EUなどではブドウの加工を伴う醸造は法律的に難しい部分もありますが、そうした規制がない国や地域であれば、今後有効な醸造手法の1つになっていく、かもしれません。

ブドウの凍結処理に関しては凍結温度や時間などによって効果が変わるともいわれています。実際にどういった品質項目がどのように変わる可能性があるのかについてはオンラインサークルもしくはマガジンに収録される記事で扱います。ご興味ある方はサークルへの参加マガジンの購読をご検討ください。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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