醸造

ワインの味覚研究 | 苦いワインはなぜ苦い

ワインを飲んで「苦い」と感じたことはないでしょうか。日本酒を飲んで「苦い」と感じたことは?

お酒を飲んでいると時々感じる苦味。どうして苦いのか考えたことはあるでしょうか。もし、より熟度の高いブドウから造ったワインの方が苦くなる可能性があるといわれたらどう思うでしょうか。

苦味という「味」には実は多くの種類があります。コーヒーを飲んで感じる「苦味」とビールを飲んで感じる「苦味」は同じ苦味という味覚ですが、その種類は違います。コーヒーの苦味はカフェインによって感じる苦味で、ビールの苦味は主にα酸の1種であるフムロン類、中でもイソフムロンと呼ばれる物質が由来となっている苦味です。

ではワインの苦味は?

ワインに感じる苦味は時として原料となるブドウの熟度と紐づけて考えられることがあります。未熟なブドウを使う方がワインが苦くなる、と考えられるのです。ところが、ワインの苦味の正体を追いかけていくとブドウの熟度の低さとの関係はほぼないことがわかります。少なくとも完熟したブドウを使ったからといって確実に苦味のないワインを造れるわけではありません。むしろ苦く感じる可能性が高くなるとさえ考えられます

苦味という味はワインにとってはどちらかといえば不要な味に分類されます。特に白ワインでは苦味のあるワインは飲み手の方から強く拒否される場合も少なくありません。当然、造り手としては極力、ワインに含ませたくはない味です。

ワインに苦味を含ませないにはどうすればいいのか。ワインを飲んだときに苦味を感じた場合、どのように評価すればいいのか。そもそも苦味とはなんなのか。ワインの苦味について考えます。

苦味とはなんなのか

そもそも苦味とはどのような味なのでしょうか。これは非常に簡単なようで実は難しい質問であることに気がつくでしょうか?

どんな時に苦味を感じたか、そしてどのように感じたのかを思い出してみてください。

苦味という味は多くの場合、渋みや収斂感と呼ばれる感覚と結びついています。渋さや収斂感は味ではなく感覚です。一方で苦味は味です。この両者が結びついていることは少し意外でもありますが、弱い苦味は渋さとして認識される場合が多くあります。コーヒーの苦さ。よくよく味わってみるとなんとなく渋くはないでしょうか?

つまり、苦味を持った成分は同時に渋さを持っている、ともいえますし、渋い成分は同時に苦い成分でもある、ということです。渋柿、明らかに渋いのですがあれも場合によって苦味に感じる可能性もあるということです。

ヒトは26種類もの苦味受容体を持っているとされています。これは26種類の異なる苦味を感じることができる、ということです。しかもヒトが苦味を感じる敏感さは甘さを感じる場合の1万倍ともいわれます。嫌いなものほど敏感になる、といわれますが、ヒトは苦味に対して実はとても敏感のなのです。これが苦味の原因物質を分類して考えられる理由でもあります。そして多くの物質は複数の苦味成分を同時に含んでいます。例えば日本酒。飲んで「苦い」と感じた場合、そこにはキヌレン酸をはじめとした複数のアミノ酸や苦味ペプチドと呼ばれる物質類が少なくとも8種類以上存在しているといわれています。

苦味とは実は「とても複雑な味」なのです。

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苦味の由来

苦味はどこから来るのかといえば、多くの場合は原料です。酒類だけに限ってみてみれば、ビールはホップに由来していますし、日本酒の場合は米に由来しています。そしてワインの場合はブドウです。

ビールの場合は複数の原料を使っていますが、日本酒とワインは原則として単一原料のみを使います。そこで日本酒とワインの苦味を比較してみると、様相が少し違っていることが分かります。日本酒がアミノ酸の苦味を中心にしているのに対して、ワインではフェノールの苦味が中心にきます。一方で、ワインにもアミノ酸由来の苦味も含まれるのに対して日本酒ではフェノールを理由とした苦味は基本的に含まれることはありません。苦味の集合体としてはワインの方が複雑なのです。

この差はまさに原料の違いです。日本酒にはフェノール類を多く含む原料が使われていないのに対して、ワインではブドウが大量のフェノール類と少量のタンパク質を含み、さらには発酵で使われる酵母に由来したタンパク質とそこから生じるアミノ酸も含んでいます。そのそれぞれから、ヒトは種類の違う苦味を感じ取っているのです。

ワインの苦味はFlavonoid類

ワインに感じる苦味の中心はフェノールの中でも特にFlavonoid類と呼ばれる種類のものです。ワインにはもちろんアミノ酸も含まれています。このためアミノ酸に由来する苦味もあるのですが、Flavonoid類の量が圧倒的に多いために、感じる苦味の多くがFlavonoidに由来したものとなります。

Flavonoid類とは何かといえば、赤ワインが赤くなる理由であるアントシアニン (Anthocyanin) やタンニン (Tannin) と呼ばれているものです。つまり白ワインよりも赤ワインに多く含まれている物質です。

ここで思い出してください。苦味とは渋みや収斂感でもあります。そして、ワインに含まれるタンニンは主に渋みの原因といわれています。でもタンニンは苦味の原因物質でもあります。苦い成分は渋い成分でもあるということに納得していただけるのではないでしょうか。

ちなみにフェノール類を苦く感じるか、渋く感じるかはその種類と状態によって違います。大まかにはmonomeric Flavonoid類と呼ばれる状態、Flavonoidが別のFlavonoid類と結合していない小さな塊に留まっている状態では苦味を強く感じます。一方でpolymeric Flavonoid類と呼ばれる、Flavonoidが別のFlavonoid類と結合して大きくなった状態では苦味よりも渋みを感じるようになります。ちなみにタンニンとはFlavonoidなどのフェノール類が結合して大きくなった状態のものをさしています。だからこそ、我々はタンニンを苦いのではなく渋いと感じているのです。

ところで、酸化重合したフェノールでは苦味が軽減されることがわかっています。同じように重合した状態のフェノールであってもその結合状態によって味への影響は異なるという事実はとても興味深い点といえます。

なおアントシアニンもFlavonoid類に分類されています。ところがこの物質は苦味にも渋みにもほとんど影響しないことがわかっています。色の濃い赤ワインが必ずしも苦いわけでも渋いわけでもない、ということです。

アルコールは苦味を強調する

お酒を苦いと感じやすい原因がもう1つあります。アルコール、厳密にはエタノール (Ethanol) の存在です。

お酒がお酒である理由は、その液体がアルコールを含んでいるからです。アルコールはお酒からは絶対に除去することのできない成分といえます。ところがこのアルコールを含んでいる限り、ヒトはお酒から苦味を感じやすくなってしまうことがわかっています。

ワインのアルコール濃度が高い場合、アルコール自体を「甘い」と感じることがありますが、アルコール自体は「苦い」とする文献もあります。アルコール自体の味に関する検証事例はまだ少なく、アルコールが甘いのか苦いのかは明確になっていません。そうした一方で、苦味成分が含まれている飲料にアルコールが添加されると明確に苦味が増すことが証明されています。ここでのポイントは次の2つです。

  1. アルコールの影響は苦味成分自体の影響よりも大きい
  2. 影響の度合いはアルコール濃度に比例する

苦味成分を含んだ飲料にアルコールを添加した場合の影響は、アルコールを添加する代わりに苦味成分を直接、追加添加した場合よりも遥かに大きくなることがわかっています。逆にいえば、同じ量の苦味成分を水とアルコールにそれぞれ添加した場合、アルコールに添加したものの方が苦味を強く感じるようになります。そしてこうした影響はアルコール濃度の濃さに比例します。同量の苦味成分が含まれている場合、アルコール度数が高いものの方がより強く、そしてより長時間にわたって苦味を感じるようになるのです。

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今回のまとめ|完熟ブドウほど苦くなる?

ワイン、特に赤ワインを飲んだ際に苦く感じる原因は主にFlavonoid類と呼ばれるフェノール類です。フェノールをあまり含まない白ワインでは、日本酒と同様にアミノ酸や一部の無機物に由来した成分などがより強く苦味に関わっていると考えられます。そしてそうした苦味成分をより強調するのがアルコールです。

飲んだワインを苦く感じた場合、ブドウが未熟だったからではないかと思いたくなります。しかしよくよく考えてみるとこれは必ずしも正しくはないように思えます。条件だけをみれば、ブドウの熟度は高い方がより苦味を感じる可能性が高くなると考えられるからです。

ワインの苦味に大きく関わっているのは苦味成分そのものよりもアルコール濃度の高さです。アルコール濃度は通常、熟度の高いブドウから造られたワインの方が高くなります。この論法でいけば、熟度の高いブドウから造ったワインの方が苦く感じる可能性が高くなります。

そして苦味成分であるフェノールの含有量にしても、熟度が低い方が多くなるわけではありません。確かにブドウの熟度が高くなった場合、果実内に含まれているフェノールの比率ではタンニンがより多くなる傾向を示します。この意味では熟度が高くなったブドウでは苦味よりも渋みの方が強くなる傾向にあるといえます。しかしこれはワインで苦味を感じなくなることを意味してはいません。

白ワインの場合も同様です。

ブドウがフェノールを豊富に含まない白ワインでは苦味の原因は主にアミノ酸によるものと考えられます。その場合、重要になるのがアルコール発酵のために使われる酵母です。酵母が非常に大きなワインへのアミノ酸供給源になっているからです。

酵母から供給されるアミノ酸の量は酵母の量と酵母の資化傾向、つまり酵母の分解割合に左右されます。ここで関係してくるのがアルコール濃度です。アルコール濃度が高い場合の方が一般には酵母の資化傾向も高くなります。

より熟した甘いブドウから造られたワインの方が苦味を感じる可能性が高くなる、というのは普通に考えれば意外な結果です。しかし同時に、ワインの具体的な醸造手法を併せて考えてみると案外そうでもない可能性に思い当たります。

そうしたより具体的な点に関しては、サークルもしくはマガジン収録記事で検討をしていきます。ご興味ある方はサークルへの参加マガジンの購読をご検討ください。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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