徹底解説 醸造

徹底解説 | 赤ワインはなぜ赤いのか?

05/06/2019

赤ワインはなぜ赤いのか?

こんな疑問を持ったことがある人は多いのではないでしょうか?

この疑問の回答を得るべく調べてみると、割と簡単に得られるのが以下のような情報です。

  • 赤ワインの色の原因はアントシアニンという物質
  • より多くのアントシアニンを抽出するために赤ワインの醸造工程では果皮も漬け込んでいる

これは正しい回答です。

赤ワインが赤い理由は確かにアントシアニンを含んでいるからですし、このアントシアンの抽出を補助しているのがマセレーションと呼ばれる果皮も漬け込む醸造手法であることは100%事実です。

一方でこれが完全に正しい理解かというと、少々物足りません。

例えばこの情報だけで以下のような質問に答えられるでしょうか?

  • 同じアントシアニンを含んでいるはずなのになぜ赤ワインの間で色の差があるのか?
  • そもそもアントシアニンとはなんなのか?
  • 赤ワインの色は常に一定なのか?

これらの質問に答えるためには、アントシアニンという物質が属している大分類であるフェノールというものを理解する必要があります。

またワインの醸造をしていく上で、赤ワインの色が安定なのかどうかはぜひ知っておくべき知識です。

今回はこのフェノールについてアントシアニンに軸足をおいて徹底解説します。

この記事を読んでいただければ、なぜ赤ワインの色が赤いのか、その色を維持するポイントはなんなのか、という疑問に明確に答えられるようになるはずです。

なおこの「徹底解説シリーズ」では化学記号など、より深い内容を理解するためには一部の専門知識が必要となる内容も使って解説を行います。基本的には流して読んでいただいてもそれなりの理解は出来るように書いていますが、完全な理解をしたい方はぜひそういった周辺知識も含めてご自身で調べてみてください。

フェノールとはなんなのか

フェノール、という単語はワインに関わっているとちょくちょく耳にし、また口にするものです。

おそらくこの記事を読んでいる方も何度か使っている単語だと思いますが、このフェノールというものがなんなのかを理解されているでしょうか?

Wikipediaではフェノールは以下のように説明されています。

フェノール (phenol、benzenol) は、水彩絵具のような特有の薬品臭を持つ有機化合物である。芳香族化合物のひとつで、常温では白色の結晶。ベンゼンの水素原子の一つがヒドロキシル基に置換した構造を持つ。ベンゼンの古名「phene」に由来。和名は石炭酸(せきたんさん)。広義には、芳香環の水素原子をヒドロキシ基で置換した化合物全般を指す。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

上記にある通り広義でのフェノールとは”芳香環の水素原子をヒドロキシ基で置換した化合物全般”のことなのでそこに含まれる物質は非常に多岐に渡ります。つまり、まず理解しないといけないことは、”フェノール”とはなにか固定の物質を指す名称ではなく、とある構造をもった有機化合物の総称である、ということです。

このポイントはワインにおいてフェノールの話をしていく上で非常に重要です。

ワインにおけるフェノールの分類

ワインに関わるなかでフェノールは以下のように分類されます。

  • Phenolic acid
  • Flavonoid
  • Stilbene

さらにFlavonoidの下位分類として

  • Flavan-3,4-diol
  • Flavan-3-ol (Catechin: カテキン)
  • Flavonol

が含まれます。

さらにFlavan-3,4-diolに所属するものとして

  • Anthocyanidin
  • Anthocyanin (アントシアニン)

があります。

ちなみによく赤ワインに関して使われるTannnin (タンニン) という物質はやはり一部の結合構造を持った複数物質の総称になりますが、ワインにおいては主に縮合型タンニンと呼ばれる物質が主であり、これはFlavonoidに含まれるCatechin (Flavan-3-ol) が中心的な役割を果たします。

またタンニンにはFlavan-3,4-diolも関わっており、タンニンの分子量はその縮合度合いによって異なります。この分子量の違いによってワイン中において感じるタンニンの印象も大きく異なってきます。

参考

ブドウの果実に含まれるタンニンの量は赤ワイン用のブドウ品種でも白ワイン用のブドウ品種でも差はなく、あくまでもどれだけ抽出するのかという点だけが両者のワインに含まれるタンニン量の差の理由となります

色味に関わるフェノールはAnthocyanin (アントシアニン) だけではない

上記に分類された各種フェノール類のうちワインの色味に影響を及ぼさない物質は実はStilbeneだけで、これ以外のものはいずれも何らかの部分でワインの色味に影響を及ぼしています

ワインの色味に大きな影響を及ぼすのはAnthocyanin (アントシアニン) を含んだFlavonoidが支配的ではありますが、一方でPhenolic acidもまた一部で影響を及ぼしていることを知っておく必要があります。

酸化で色づくPhenolic acid

本来のPhenolic acidそれ自体は短鎖の構造を持つ分子で色を持っていません。

しかしこの物質は酸化を通して黄色く色づきます。つまりワインの熟成等を通して酸素との結合が進み、その結果としてワインの色に黄色味を与えることになります。

いわゆる熟成したワインの色味は部分的にこのPhenolic acidの着色によるものでもあるわけです。

重要な物質は果皮からくる

ワインの色味に対して決定的に重要な物質はFlavonolAnthocyaninです。

Anthocyanin (アントシアニン) は言わずもがな、赤ワインの色味を決定する要素ですが、Flavonolは白ワインの色を決定づける要素です。

ちなみにこのいずれもがほぼブドウの果皮に含まれている物質であり、種の中に含まれる量はほとんどありません。つまりワインの色味を濃くする (アントシアニンの抽出量を増やす)、という点に関する限り、マセレーションや発酵時にブドウの種をジュースに漬け込むことの意味はありません。

FlavonolはPhenol acidと同様に酸化を通して、もしくは重合を通して黄色く色づきます。熟成ワインの黄色味の強い色や、オレンジワインなどで見ることの出来る色はこの物質に根ざしているものです。

赤だけではないAnthocyaninの色

AnthocyaninはAnthocyanidinに糖や有機酸が結合したものです。

このAnthocyanin (アントシアニン) の一部ともいえるAnthocyanidinには末端基の結合数の違いによって6種類に区分されています。

そのなかでブドウの色味に影響を与えているのは下記の5種類のAnthocyanidinです。

Cyanidin (シアニジン): オレンジ

Peonidin (ペオニジン): 赤

Delphinidin (デルフィニジン): 紫

Petunidin (ペチュニジン): 紫

Malvidin (マルビジン): 紫

上記を見ていただけば分かる通り、一口にAnthocyanin (アントシアニン)、Anthocyanidinと言ってもそこには複数の種類の物質が含まれており、色も一概に赤ばかりというわけではないのです。

この複数種類のAnthocyanin (アントシアニン) の含有割合は基本的にはブドウの品種によって異なっています。例えばPinot Noir (ピノ・ノワール、ドイツ名シュペートブルグンダー) グループではMalvidinの含有割合が他のAnthocyanidinよりも多くなっています

この各種Anthocyanidinの含有割合の違いがブドウ品種ごとに異なるワインの色味の違いにつながっているのです。

Anthocyanin (アントシアニン) は水溶性のため果汁に果皮を漬け込むことで果皮からの抽出を得ることが可能ですが、液温を高めることでこの速度を早めることが出来ます。特に赤ワインの醸造過程においてブドウの実を破砕した状態で液温を上げる工程を行ったり、発酵熱がかかるようにマセレーションしながら発酵させるのはこれが理由です。

Anthocyaninの色味に影響を及ぼす因子

Anthocyanin (アントシアニン) の色は安定というわけではなく、実は複数の要素から影響を受けます。この色味に影響を及ぼす要素を知っておくことは赤ワインの醸造をしていく上でとても重要なことです。

Anthocyanin (アントシアニン) の色味に影響する因子とは以下のようなものになります。

  • pH値
  • SO2 (二酸化硫黄、亜硫酸)
  • 結合状態
  • Tannin (タンニン)

1つずつ解説をしていきます。

pHによって色彩が変わる

Anthocyanin (アントシアニン) は含まれている主体のpHによってその色彩が変化します。これはpHの変化によってAnthocyanin自体の構造が変化し、この構造変化によって光の波長の吸収と反射の特性が変わるためです。

ワインの分野で大きく括ると、pHが3を下回っている場合には赤くなり、4を上回っている場合には色彩がなくなります

ここで注意しなければならないのが、マロラクティック発酵、つまり乳酸菌発酵です。

マロラクティック発酵では乳酸菌がリンゴ酸を乳酸へと変えます。この工程を通してワインのpHが上がるため、Anthocyanin (アントシアニン) の状態が不安定なままの場合にはワインの色味が薄くなる方向に動くのです。

SO2はワインの色を薄くする

SO2、つまり二酸化硫黄や亜硫酸と呼ばれている物質は赤ワインの色を薄くするファクターです。

SO2はAnthocyanin (アントシアニン) と反応することで色味を持たない化合物を生成します。特にモノマー状のAnthocyanin (アントシアニン) はSO2に対して敏感であり、反応しやすい性質を持っています。

このSO2によって色味が薄くなっている1つの例が赤ワイン品種から造られているアイスワインやTBAといったデザートワインです。

デザートワインはすべからく非常に多くの残糖を含んでいます。このためワインの再発酵や雑菌の繁殖を防止する目的で辛口のワインよりも多くのSO2を添加します。この多量に添加されたSO2によって色味が薄くなっているケースを見受けることが出来るのがこれらのワインです。

結合状態が色味に与える影響

上記のSO2の影響の部分でも書いたことですが、モノマー状のAnthocyanin (アントシアニン) はいろいろな要素の影響を受けやすく、その量を減らしやすい状態にあります。

影響を受ける対象としては上記のSO2やpH値のほか、熟成や酸化、発酵過程における澱や酵母、醸造過程におけるフィルターなどが挙げられます。これらの因子の影響を受けることでAnthocyanin (アントシアニン) の含有量は減少し、色味は薄くなっていくことになります。

なお、Anthocyanin (アントシアニン) の含有量の最大値はブドウ品種と熟度に依存します。

結合を作ることで色が安定する

モノマー状のAnthocyanin (アントシアニン) はそのままでは量を減らし、結果として色を無くす方向にばかり動いてしまいますが、一方で一部の物質と結合することでこれらの周辺因子からの影響を受けにくい状態となり、色味を安定化させることが出来ます。

その代表例が、Tannin (タンニン) およびacetaldehyde (アセトアルデヒド) との結合です。

Anthocyanin - Tannin - acetaldehydeの結合は微小な酸化状態の元で達成されます。この結合を促すためにも赤ワインはある程度の範囲で酸化傾向の状態におかれることを許容する必要があります。

関連

Anthocyanin (アントシアニン)とTannnin (タンニン) が結合することでワインの渋みや苦味が低減するという副次効果がこの結合の生成にはあります

一方で、この結合の面から見てもSO2の取扱には注意が必要なことがわかります。

SO2の添加は還元状態を作り出すことに加えて、アセトアルデヒドはSO2ととても強固に結合するためです。

上記のモノマー状のAnthocyanin (アントシアニン) との関係も含めて、3つの点からSO2が赤ワインの色を薄くする要因となりうるということがお分かりいただけるかと思います。

参考

SO2の添加については「品質管理のキホンのキ | 二酸化硫黄の使い方」の記事も参考にしてください

このAnthocyanin - Tannin - acetaldehydeの結合以外にもAnthocyan - Anthocyan結合ポリマー化したAnthocyaninも色の安定化に影響を持ちます。

前者の結合は主に加熱した際に生成されるものであり、通常の発酵工程を踏んだ赤ワインの中にはそれほど存在しない結合になります。

これに対して重合し長鎖化したAnthocyanin (アントシアニン) はワインの熟成を通して生成されます。この結合はワインの褐色化を促すものです。またこの結合にはワインに含まれるタンパク質も影響を与えます。

関連

重合が進み分子量が大きくなったAnthocyanin (アントシアニン) は澱として沈殿することで色味を薄くする影響をもたらします。一方でSO2を添加することで長鎖化した分子を再度、短鎖化し色味を戻すことも取り扱いとしては可能です。

熟成した赤ワインの色味は複数の因子の影響を受けている

熟成した赤ワインの色を口では単純に酸化の影響、というような表現で表してしまうこともありますが、実際にはこれまで見てきた実に多様な因子が複雑に影響し合った結果の色味です。

ごく簡単に俯瞰してみても、ここに影響している要因としては以下のようなものが挙げられます。

Anthocyanin (アントシアニン)

Flavonolなど複数のフェノール化合物

アセトアルデヒド

酸素

今回のまとめ | 赤ワインの色はなぜ赤いのか

赤ワインの色が赤いのは、確かにアントシアニンを液中に含んでいるためです。

しかし一口にアントシアニンといってもその種類は多く、それら複数種類のアントシアニンに加えてさらに複数種類のフェノール化合物およびそれぞれの量の多寡などがお互いに影響し合った結果として、それぞれの「赤」が作り上げられています。

また単純にブドウの実を破砕して果皮を漬け込み、発酵をさせたワインは確かにその時点では赤くなりますが、その後に適切な処置をしなければその色味を正しく保持することは出来ません

そこには色の安定化を目的としたタンニンの抽出や外部からの添加、SO2の戦略的な添加、pHおよび液温の調整、酸素のコントロールなどが含まれます。

赤ワインの「赤」はアントシアニンが赤いから、などという単純な「赤」ではなく、多様な色味が混ざりあった「赤」なのです。

参考

植物界におけるFlavonoidを巡る専門的な知識を得るためには、農研機構の花き研究所のサイトなどは非常に参考になります。ご興味があれば一度ご覧になってみてください。

http://www.naro.affrc.go.jp/archive/flower/kiso/color_shikiso/contents/flavonoid.html

またワイン造りとは直接関わりませんが、植物色素の抽出に関しては東洋大学のこちらのサイトなどは動画で紹介をしており興味深いと思います。

東洋大学入試情報サイト 身のまわりの植物色素 -水に溶ける色素と油に溶ける色素-

ワイン用ブドウ栽培やワイン醸造でなにかお困りですか?

記事に掲載されているよりも具体的な造り方を知りたい方、実際にやってみたけれど上手くいかないためレクチャーを必要としている方、ワイン用ブドウの栽培やワインの醸造で何かしらのトラブルを抱えていらっしゃる方。Nagiがお手伝いさせていただきます。

お気軽にお問い合わせください。

▼ おいしいものがとことん揃う品揃え。ワインのお供もきっと見つかる
  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

-徹底解説, 醸造
-, , , , , , , ,