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醸造技術 | 低温マセレーションとはなんなのか

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ワインの醸造技術の1つである、マセレーション。聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?

 

一部では一般用語のようにも使われているこのマセレーション (Maceration) ですが、意外に正確な情報は少ないようです。

今回はこのマセレーションのバリエーションの1つである「低温マセレーション」を軸にこの醸造技術について解説をしていきます。

 

マセレーションとはなんなのか?

一言で言ってしまえば、マセレーションとは果皮浸漬のことです。

 

果皮浸漬と言われてもピンとこないかもしれません。これはブドウの実を破砕し、そこから流れ出た果汁の中に果皮を漬け込むことをいいます。ちなみにこの際にブドウの梗まで一緒に漬け込むかどうかは造り手の意向次第です。

 

マセレーションにはいくつか別の呼び方があり、スキンコンタクトというのもその1つです。また日本語では醸し、とも言うようです。

これらのものは呼び方こそ違いますが、指している意味はどれも同じです。

 

なおマセレーションにおけるポイントは「プレス (圧搾)」ではなく、「破砕」であることです。

 

プレスとは文字通りブドウの実にある程度の荷重を継続的にかけて押しつぶす事を言います。一方で破砕は軽度の荷重を短時間かけることでブドウの実を軽く潰すことです。

イメージ的にはデラウェアのような食用ブドウを食べる時に指で軽く粒を押して果肉を皮から押し出すのが破砕、ぶどうジュースを造るために実が原型を留めないところまで押し潰すのがプレスだといえば多少はわかりやすいでしょうか。

 

なぜプレスではダメなのか

マセレーションを行う際にはあくまでもブドウの実を破砕することが重要です。ではなぜプレスではダメなのでしょうか?

 

その答えはそれぞれの作業後の果皮の状態にあります。

 

プレスした後の果皮はカラカラに乾いたようになっていて水気がありません。これに対して破砕の方はあくまでも果肉を包んでいた皮が部分的に破れただけのような状態なので、破砕前の状態と大きな変化はありません。

少し過剰な表現を使うと、プレスの方は絞られた果皮が原型を留めていないのに対して、破砕の方はまだ原型を留めているくらいの差があります。

 

マセレーションでは果皮の中に含まれている成分を果汁の中に抽出することが目的となります。このためまさに絞りカスのようになってしまっているプレス後の果皮では抽出効率、得られる抽出物の両面から都合が悪いのです。

 

マセレーションは発酵前とは限らない

マセレーションというとなんとなく発酵前に行うもの、というイメージをお持ちの方も多いようです。

これは半分正解半分間違いです。

 

マセレーションとは行為のことだけではなく、状態のことも指します

つまりブドウの果皮が果汁に浸かっているその状態のことを指しています。ですのでその状態が継続していれば発酵中であろうと発酵後であろうとマセレーションということが出来ます。

 

ただ抽出自体は発酵前から発酵初期にかけて行うことがほとんどですので、マセレーションは発酵前に行うもの、という認識もあながち間違いとは言い切れません。

 

なお赤ワインの醸造では発酵前にある程度の期間マセレーションを行い、その状態のまま酵母を添加するなり自然発酵させるなりしてアルコール発酵を行い、発酵終了後にプレスして果皮を果汁 (この時点ではすでにワイン) から分離するようにします。

この場合は、発酵前から発酵後にかけてマセレーションを行っていた、ということになります。

 

マセレーションの温度設定

通常、単に「マセレーション」と言った場合には温度管理は行っていない、常温環境下での果皮浸漬のことを指します。

一方でこのマセレーションを低温環境下で行う「低温マセレーション」と呼ばれる技術があります。ここからはこの低温マセレーションについてお話をしていきたいと思います。

 

なお低温があるなら高温マセレーションもあるのではないかと思われるかもしれませんが、常温域を越えた温度領域でマセレーションを行うことはありません

これは常温よりも多少温度が高いくらいの状態では酵母の活性が上がるため即時発酵が開始してしまうためです。発酵開始が早くなりすぎて抽出にかけられる時間が取れませんし、発酵の管理も難しくなります。

 

またいわゆる高温領域まで液温を上げて抽出を促進する技術に関してはマセレーションとは全く異なる別の技術として確立されています

詳しくは「発酵途中の温度管理 | 液温を上げるタイミングとその温度」という記事に書いていますのでそちらを参考にしてください。

 

発酵途中の温度管理 | 液温を上げるタイミングとその温度

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低温マセレーションとはなんなのか?

低温マセレーションとは読んで字のごとく、低温環境下でマセレーションを行うことです。もともとは特にフルーティーで複雑さや色の濃さを伴った赤ワインを造るための技術として開発されました。

 

常温環境下に果汁を置いておくとその時の外気温にもよりますが、数日から一週間程度で発酵が始まります。このため常温下のマセレーションでは発酵前に取れる抽出時間は長くても2,3日程度が限界です。

これに対して低温マセレーションでは酵母をはじめとした微生物の活性を抑制できるため、発酵の開始を遅らせることが可能であり、その分長い時間を発酵前の抽出時間として取ることが可能になります。

 

具体的には8度以下の温度で3~5日程度の期間、マセレーションを行うことが出来るようになります。

また低温環境下に置くことで酸化の進行を遅らせることもできるため、長期間のマセレーションを行っても酸化しにくいという特徴があります。

 

低温マセレーションによって得られるものとは

一般に低温マセレーションは発酵前に長時間にわたってマセレーションによる抽出をかけることが出来るため以下のようなメリットがあると言われています。

 

  • フェノール類の抽出量が増えるので色味が濃くなる
  • 抽出物量が増えるため味に複雑さが増す
  • 芳香系成分の抽出が多くなることで香りが良くなる
  • 通常のマセレーションと比較して酸化の心配が減る
  • 酸化の心配がなくなるため亜硫酸塩 (二酸化硫黄、SO2) の添加量を減らせる

 

これだけ見ると低温マセレーションという技法はとても優れており、ぜひ取り入れるべき技法のように思えます。しかし実際のところはどうなのでしょうか?

いくつかのポイントに分けて見ていきます。

 

フェノール類の抽出量”は”増える

低温マセレーションについてはいくつかの研究論文がありますが、その多く、特に赤ワイン用ブドウ品種を使って実験を行っているケースの研究結果においてフェノール類、特にAnthocyanin (アントシアニン) の抽出量が増えたとの報告がされています。

またAnthocyanidinの中のMalvidinの抽出量が増えている点も多くの研究結果で共通しています。

この結果、低温マセレーションを行った場合の赤ワインにおいて色が通常のマセレーションを行った場合よりも濃くなることがわかります。

 

このAnthocyanin (アントシアニン) やAnthocyanidinなどが赤ワインの色味においてどのような働きをしているのかについては「徹底解説 | 赤ワインはなぜ赤いのか?」で詳しく書いています。

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一方でいずれの研究結果においてもフェノール類以外の抽出物に関しては通常のマセレーションと低温マセレーションの間で有意差は確認されていません

 

フェノール類の抽出が温度によるものなのか、という疑問

有意差が認められたフェノール類の抽出量に関しても、その結果が本当に「低温」という温度の差によってもたらされたのかどうか疑わしい部分があります。

 

イタリアで書かれた論文によると、低温マセレーションにおけるAnthocyaninの抽出量のピークはマセレーション開始から3日後であったとされています。3日後、という期間は通常のマセレーションでも可能な時間であり、「低温」であることのメリットが活かされた結果とは言えません。

 

つまり低温マセレーションの研究によって得られた、「より多くのAnthocyaninが抽出された」という結果は抽出にかけた時間によるものではないのです。

なお一般的に抽出は温度が高いほうが低い場合よりも有利です。これはものを溶かす時に水とお湯のどちらにより簡単に溶けるかを考えていただければ分かると思います。

 

温度よりも重要なのは内部的な破砕の方法?

実は低温マセレーションに関する論文の結果は非常にばらつきが大きくなっています。

これは低温マセレーションの結果がブドウの品種や熟度だけに限らず、温度管理の方法などの周辺要因による影響を拾いやすいためだと思われます。

 

そんな中でも抽出に影響を及ぼしそうなのが、冷やし方です。

 

低温マセレーションにおける冷やし方にはいろいろな方法が提唱されています。その中でも代表的なのがドライアイスを使う方法、液体窒素を使う方法、そして熱交換器を通す方法です。

 

どのような方法を用いて温度を下げるのかによって果汁に浸漬される果皮の状態が変わります。具体的に言えば、果皮の部分を構成する細胞のレベルでの破砕状態が変わるのです。そしてこの違いがフェノール類の抽出量に影響を及ぼしている可能性があります。

 

つまり低温マセレーションを行うことによってフェノール類の抽出量が増えているのは、実際にはその温度や浸漬の時間によるものではなく、細胞壁をより細かく破砕していることによる抽出の効率化によるものと考えることが出来るのです。

 

エステル系の含有量が増える

また低温マセレーションを行った結果、ワインに含まれるエステル系の化合物の含有量が増えたとの報告もあります。

エステル系の化合物は一部のものが果実臭をもっているため、この物質類の含有量が増えることでワインの香りが増すことに繋がります。

 

また低温マセレーションに限らずマセレーションを行った場合、発酵前に基本的な抽出は完了しているため赤ワインであっても発酵温度を上げる必要がなくなり、白ワインと同じように低温発酵をすることが出来ます

この結果、生成されたエステル系化合物を発酵熱により揮発させてしまうことなくワインとして仕上げることが出来ますのでよりアロマティックでフルーティーなワインにすることが出来るのです。

 

醸造リスクは増す傾向

では低温マセレーションはメリットしかないのかというと、当然そんなことはなく以下のようなデメリットが報告されています。

 

  • 生体アミンの含有量の増加
  • 微生物汚染のリスクの増加

 

生体アミンという名前はあまり聞かないかもしれませんが、ヒスタミンやチラジンという物質名は聞いたことがある人もいらっしゃるのではないでしょうか?

このヒスタミンやチラジンは人体に対して強い毒性を示すアレルギー性の物質で、摂取量が増えると頭痛の原因になったりします。

 

そして低温マセレーションを行うことによってこの生体アミン類の物質の含有量が増えるという研究結果が出ているのです。

 

生体アミンについては「酸化防止剤が頭痛の原因というのは本当か | ワインあるある」という記事でも一部触れています。

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また発酵前のマセレーションの時間が単純に長くなることで微生物汚染のリスクが増します。特に酸化しづらいから、という理由で亜硫酸塩 (二酸化硫黄、SO2) の添加量を減らした場合にはこのリスクはより顕著になります。

 

微生物汚染を避けるには

マセレーション期間の微生物汚染を避けるためには設定温度をより低くするか、SO2の添加量を増やすかする必要があります。しかしこれらの方法はいずれも他の問題を伴う対策であり、万全なものとは言えません。

 

まず温度を下げる場合ですが、これは冷却とその維持のためのコストが非常に大きくなります。また温度を下げたからと言って絶対に微生物汚染を避けられるのかといえばそんなことはなく、あくまでもリスクを低減しているに過ぎません

 

さらに低温にすることにより抽出に要する時間が伸びる可能性もあります。抽出時間の延長は結局、再度の微生物汚染の可能性を呼び込むことになってしまいます。

 

微生物の活性を押さえるためにはSO2を添加することが望ましい方法です。

一方で発酵前におけるマセレーションの期間が長い分、安全性を高めるのであればSO2の添加量を通常よりも増やす必要があります。発酵前のSO2の添加は発酵のための酵母の活性だけではなく、ワインの色や香りにも影響を及ぼします。このため低温マセレーションによって得られたメリットを部分的にですが中和してしまう可能性がある点に注意が必要です。

 

 

今回のまとめ | 低温マセレーションは有効な技術なのか

まず白ワインの醸造においては低温マセレーションは有効な手段とは言い難い部分があります。白ワイにの醸造においては基本的にフェノール類の抽出に意味はなく、逆に抽出してしまうことで色味が黄色くなってしまうことはデメリットだからです。

またここに微生物汚染や生体アミンの増加など醸造上のリスクが上乗せされるのであれば、わざわざ冷却のためのコストをかけて行う必要性は極めて薄くなります。

 

一方で赤ワインの醸造においては色味や香りの面で確かにメリットがある手法だと言えます。

その一方でマセレーション期間の液温を低温で維持するコストに加えて付随するリスクを避けるためにSO2の添加量を増やしたりする必要があるなど、得られるメリットと要求されるデメリットとが非常に微妙なバランスの上にあります。

 

単純に果汁分に対するフェノール類の比率を増やす方法はもっと低コストで出来るものがありますので、わざわざ低温マセレーションを選択するだけの理由をどこに見出すのか、ワイン価格に直接コストがのる問題でもあるだけに慎重な検討が必要です。

 




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