品質管理

逆浸透技術とワイン|No-Low、濃縮、香りの補正への新しいアプローチ

ワイン造りにおいて、ろ過は重要な工程の1つです。最近ではろ過を行わずに仕上げる無濾過ワインも人気を集めていますが、そうした中にあっても多くのワインは変わらずろ過工程を経て仕上げられています。

ワインのろ過に対する意見は様々です。ろ過をすることでワインの中に存在していたなにがしかの存在が取り除かれるのは間違いありません。これを嫌う造り手がいることは理解できます。一方で、ろ過する前のワインに含まれているすべての存在がワインの品質に対して良い影響だけを持つわけではないことも事実です。

ろ過工程が必ずしも狙った対象だけを選択的に取り除くわけではない以上、ワインをろ過することで何かしらの有益な成分が除去されてしまう可能性は否定できません。その一方で、ポジティブな要素とネガティブな要素、どちらがより多く取り除かれているのかを厳密に判断することは容易ではありません。とはいえ、ろ過はワインにとってあまり望ましい行為ではない、という見解を持つ造り手が最近は比較的、多くなりつつあるようです。

少なくないワイナリーでワイン造りにおけるろ過工程が削減されたりしはじめると、ろ過技術自体が意味のないものとして軽視される可能性も出てきそうな中、実際にはろ過技術は進化を続け、活用の場面も広がってきています。

今回はそうしたろ過技術の中でも注目される機会が増えてきている逆浸透 (Reverse osmosis:RO) に注目します。

ろ過の種類

ろ過、もしくは単にフィルターと呼ばれるワインの清澄作業で使用される装置にはいくつかの種類と分類があります。例えば、粗ろ過や精密ろ過と呼ばれるのは、ろ過の精度に基づいた分類です。これ以外にも、濾過材による分類やろ過の機序に基づく分類などがされています。PADフィルターもしくはペーパーフィルターや珪藻土フィルターは濾過材の種類に基づく分類ですし、デプスフィルター (Depth filter)やサーフェイスフィルター (Surface filter)、クロスフローフィルター (Cross-Flow filter)などはろ過装置の機序に基づく分類です。

これらの多岐にわたる分類はそれぞれが個別に存在するもののように思われるかもしれません。しかし実際には、精密ろ過グレードのペーパーフィルターを使ったデプス式ろ過装置、というように精度、素材、機序の組み合わせで成り立っています。

主に精密ろ過よりも高い精度が要求されるろ過装置では多くの場合、分離膜と呼ばれる種類の濾過材を使用しています。こうした分離膜を利用するタイプのフィルターをメンブレンフィルター (membrane filter) といいますが、逆浸透もこのメンブレンフィルターの1種です。なおメンブレンとは分離膜の種類のことを指しており、その適応精度によって精密ろ過膜、限外ろ過膜、ナノろ過膜、逆浸透膜のように区分されています。逆浸透という場合には、逆浸透膜だけではなく、ナノろ過膜をメンブレンとして使っている場合も含まれます。なお、これらのメンブレンフィルターの多くが機序にはクロスフロー方式を採用しています。

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逆浸透とはなにか

逆浸透という言葉を海水の淡水化という文脈のなかで耳にしたことがある方は少なくないかもしれません。

逆浸透を理解するためには、まずは浸透現象の存在を理解する必要があります。1つの容器の中を半透膜と呼ばれる特殊な膜を使って区切り、一方に海水、もう一方に純水を入れると、低濃度の溶液 (ここでは純水) が高濃度の溶液 (ここでは海水) の方に向かって、仕切りになっている膜を通過して移動しようとします。この現象を浸透現象と呼び、その時に半透膜にかかる圧力を浸透圧と呼びます。逆浸透とはまさにこの浸透現象とは逆の作用です。

通常、半透膜を挟んで低濃度側の溶液が高濃度側の溶液に移動するのに対して、逆浸透プロセス下では高濃度側に浸透圧以上の圧力をかけることで高濃度の溶液を低濃度の溶液側に移動させます。しかし、2つの溶液を区切っている半透膜は水やごく低分子量の化合物しか透過できない特性を持つため、例えば海水に含まれている塩やミネラル分は膜を通過することができません。そこで圧力を加えて海水を半透膜に押し付け、強制的に水に溶けていた塩やミネラルを分離させることで膜を通過できる水のみを区切られた反対側に移動させます。なお、逆浸透の装置で使用される半透膜のなかでも最も精度の高いメンブレンのことを特に逆浸透膜 (Reverse Osmosis Membrane)と呼んでいます。

半透膜の両側にある使い道

逆浸透と他の一般的なろ過技術との大きな違いは、一般的なろ過では常にろ過後の液体に焦点が当てられるのに対し、逆浸透では必ずしもそうでないところにあります。ROを利用した処理では、時折ろ過が主要な目的ではないことがあります

例えば海水をROで処理する場合、塩分やミネラル分を含まない飲料可能な水が処理後の液体として半透膜を通過してきます。一般的なろ過技術ではこのとき、元の海水に含まれていた塩やミネラル類は濾過材によって除去されています。これらの成分はろ過装置内にとどまるため、未処理の液体の濃度になんらかの影響を及ぼすことはありません。一方、クロスフローを利用している逆浸透では状況が変わります。RO処理では半透膜を挟んで低濃度化した液体と高濃度化を続ける液体が同時に発生します。

逆浸透膜は通常、非常に微細な孔(一般に1nm以下)を有しており、この孔よりも小さな分子量の化合物しか通過できません。この膜を通過する代表的な化合物が水です。一方で膜を通過できなかった大きな化合物はクロスフローの効果によって濾過材の表面に堆積せず、未処理の液体に戻されます。その結果、逆浸透では処理が進むにつれて、半透膜の一方には処理された水が蓄積し、逆側には処理された液体の中に含まれていた分だけ各種の化合物の含有量が増え、濃度が高くなった液体がたまることになります。そしてROでは必ずしもろ過された水を得ることだけが目的とされるわけではなく、この半透膜の逆側に残された液体を得ること、つまり未ろ過部分を得ることを目的とする場合もあるのです。

逆浸透に期待される3つの役割

ワイン醸造の現場で期待される逆浸透の役割は大きく分けて3つあります。濃縮、補正、そして除去です。

ワインを濃くする

濃縮はワインもしくは果汁に含まれる水分を取り除き、含有成分の濃度を引き上げることを目的としています。わかりやすい例が補糖に代わる果汁糖度の引き上げです。

ブドウの果汁は通常およそ85%が水分で構成されています。RO処理を通して一部の水分を取り除くことで果汁内の含有成分の濃度を引き上げることができます。これまでは真空蒸発法などが使用されていましたが、ROを導入することで果汁やワインに対する熱ダメージを軽減し、かつ工程にかかっていたエネルギーコストを削減できると期待されています。一方で補糖などとは違い、糖分など特定の成分の濃度だけを引き上げることは難しく、原則として果汁内の全成分の濃度が上昇するほか、量の減少を招くことになります。

欠陥臭を補正する

ワインに含まれる成分のなかで逆浸透膜を通過することのできる代表格は水ですが、同時に水だけしか通過できないわけではありません。エタノール、揮発性フェノール、酢酸などは分子量が十分に小さいため、ワイン中に存在するこれらの成分の一部は逆浸透膜を通過することができます。この特性を活かして、ワインの香りの補正することができます。

ワインに出ることのある欠陥臭、オフフレーバーには非常に小さな分子量を持つ化合物が原因となるものがあります。例えば、酢酸を主な原因とする揮発酸、揮発性フェノール類が原因物質であるBrettやSmoke taintなどです。これまでこうした不快臭を含むワインは、健全なワインに少量混ぜてネガティブな要因を希釈し、目立たなくことが有効な対策とされてきました。しかし最近ではこれらのオフフレーバーを含むワインをRO処理し、原因となる化合物を取り除くことでワインの香りを健全な状態に補正する手法が開発されています。

香りの補正を行う際には、処理前後でワインに含まれる各種成分の含有量に大きな差が出ないようにする必要があります。これはワインの香りや味わいに余計な影響を与えないようにするためです。そのため、RO処理後に得られた酢酸や揮発性フェノール類を含むろ過された液体をさらに別の方法で処理し、含まれていた化合物を取り除いた後の水を元のワインに戻す作業が行われています。こうすることで、元のワインからオフフレーバーの原因物質のみが除去され、香りが正常な状態に補正されたワインを得ることが可能となっています。

低アルコール化

最近、ROの利用用途としてもっとも注目されているのがワインの低アルコール化への応用です。気候の温暖化によりブドウが過熟する傾向が強く、そこから造られるワインのアルコール度数が過度に高くなることが世界的に大きな懸念となっています。ROはこの問題に対する有力な対応策の1つになると目されています。

加水による希釈をせずに最終的なワインのアルコール濃度を引き下げようとする場合、発酵前の果汁からアルコールの原料となる糖分を除去するか、アルコール発酵後のワインからエタノールを取り除く必要があります。従来あった方法では果汁やワインに大きな影響を与えることなくこうした処理をすることは難しかったのですが、RO処理を使うことでどちらも可能となってきています。

ワインの低アルコール化技術では真空蒸発法やスピニングコーンカラム (Spinning Cone Column: SCC) 法などもありますが、これらの方法は装置が大型で処理コストも高く、かつワインへのダメージも出やすいとされています。ROは熱処理を必要としないためワインへのダメージも相対的に少なく済み、コストも他の手法と比べれば低く抑えられることから、小規模なワイナリーでも比較的導入しやすいと考えられ、今後有力な手法となることが期待されています。

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課題は取り扱いの難しさ

逆浸透(RO)技術は一般的なろ過の範囲を超えて広く応用でき、最近注目されているアルコール度数の引き下げ手段としても従来手法と比較してワインへのダメージを抑えられるなど、利便性の高い技術と見なされます。しかし、その取り扱いは難しい部類に入ります。通常のフィルターでは比較的統一的な処理条件を設定できるのに対して、ROでは一様な条件を設定することができないからです。

逆浸透現象を利用したプロセスでは技術の特性上、処理対象となる液体に必ず浸透圧以上の圧力をかける必要があります。またそうした圧力によって処理中に熱が発生します。この圧力や熱によって処理されるワインに何かしら直接的な影響が出る可能性があるほか、粘性などの物性が変化することで処理条件が変わり、間接的な影響が出る可能性も指摘されています。また例えばエタノール量が変化するとそれに伴って別の成分の溶解度が変わります。これが原因となってワインの品質に予期しない変動をもたらすことも考えられます。影響の出方はワインごとに異なるため、各ワインに対して適切な処理条件を見つける必要があります。

取り扱いがあまり容易とはいえないROですが、その導入によって従来のできなかった処理ができるようになるのは間違いありません。ワインへの影響という点においても、これまでに検証された事例からはROを用いて糖度の濃縮やアルコールの除去を行ったサンプルでも官能評価結果に大きな差が出たとの報告はされていません。現時点においては有用な技術であると判断されています。

現在のところ、ROの利用は人為的な介入の割合が多いと判断されているためか、ビオワインの認証団体などからは使用が認められていません。現場レベルでもそれほど頻繁に耳にする技術でもありません。一方で温暖化によりワインのアルコール度数の上昇が避けられない状況となり、早急な対策が必要とされている現在、有効性が認められている技術を使わないという選択肢はなくなりつつあります。もしかしたら今後、我々が気が付かないうちにRO処理を活用したワインが売り場に当たり前のように並ぶ日が来るかもしれません。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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