NO-LOW市場が注目されています。
アルコール度数が低い、もしくはアルコールを含まないお酒を対象としたこの市場は、健康志向の高まりとともに需要が高まってきています。その牽引役はミレニアル世代やそれに続くZ世代の若者たち。彼らの飲酒傾向に合わせ世界的に新たな飲酒文化の風潮が生まれつつあります。
この記事では、今後より重要性が増していくと考えられているNo-Low市場について各種数字をもとにその姿を追っていきます。
CAGR 10%に迫る成長市場
No-Lowとはノンアルコールや低アルコール濃度の酒類をまとめて表した言葉です。ノンアルコールについてはともかく、低アルコールについては明確な規定がなく、相対的な比較の中で使われることもありNo-Low市場といった場合の明確な規模はどこまでを低アルコール商品として扱っているかによってかなり変わってくる傾向があります。
そうしたなかでいくつかのレポートを見てみると、2021年時点ではおよそ100億USドル (オフプレミスチャネルに限定した場合31億USドル) 程度の市場規模があると言われています。これは酒類業界全体の3.5%に相当すると言われており、この割合は今後も増えていくことが見込まれています。
市場規模についてはレポートごとの差が少なからずあるなかで、ほとんどの報告書で一致しているのが、この市場の今後数年間の成長率がCAGR (Compound Annual Growth Rate: 年平均成長率) 7~8%になるとしている点です。同期間中のアルコール飲料市場の成長率が0.7%程度とされていますので、同じ酒類でありながらもその差は歴然としています。
市場の75%を占めるビール、存在感を示すRTD
2021年時点でこの市場をけん引しているのが、ノンアルコールビールやサイダーです。No-Lowカテゴリーのおよそ75%を占めているとされています。日本でもアルコールフリービールなどを目にしたり実際に飲んだりする機会が増えてきていることからもこうした状況は理解しやすいのではないでしょうか。そしてこれに続いているのが、RTD商品群です。
RTDとはReady to Drink(レディ・トゥ・ドリンク)の略で、缶やペットボトルなどに入った飲料のことを指します。広義にはお茶やコーヒーのような馴染みのある飲料も含みますが、狭義では缶チューハイやビールテイスト飲料、缶入りカクテルなどのアルコール飲料を指し、一般にRTDといった場合にはこちらを指すことがほとんどです。
RTDでは高アルコール濃度の商品も開発されている一方で低アルコール度数のものも多く開発されており、売り上げを伸ばしつつあります。2021年から2025年にかけての成長率をみると、ビールおよびサイダーがCAGR 11%と見込まれているのに対してRTDではCAGR 14%になると見込まれています。ビールはすでに市場の大半を占めているために成長率が鈍くなりがちという背景はありますが、低アルコール、特にノンアルコールRTDへの注目の度合いが分かります。
高い成長率が見込まれるが様相の異なるNo-Lowワイン市場
No-Low市場におけるワインの存在感は極めて限られています。ビールではクラフトビールが、スピリッツでは新規参入者が話題となってそれぞれ市場を拡大しているのを尻目に、その市場の立ち上がりは遅れています。
一方で現在の市場規模がまだ小さいため、逆に今後の成長率は大きくなることが見込まれています。2024年までにはNo-Low市場におけるワインカテゴリとしては34%程度の成長が予想されており、No-Lowワイン単体で20億USドルの規模に達するといわれています。その後もワインカテゴリの成長は続き、2033年には52億USドルになることが見込まれています。
No-Lowワインの市場で特徴的なのが、他のNo-Low製品と違い、低アルコールワインが当面は市場をけん引すると見られている点です。
ビールやサイダー、スピリッツ、そしてRTDのいずれの製品カテゴリでも市場をけん引するのはノンアルコールの製品とみられています。これに対してワインでは、ノンアルコール製品の成長率は低アルコール製品の成長率の半分以下に留まると予想されているのです。
この理由は消費者によるノンアルコールワインへの忌避感です。多くの調査によって低アルコールワインの方がノンアルコールワインよりも味が良いと認識されていることが明らかになっています。こうした傾向はワインを普段からよく飲む層により強く、こうした層からはノンアルコールワインはワインではないとさえ判断されています。
No-Lowワインは市場に登場した時期は比較的早かったにも関わらず、その初期段階において味に失望した消費者が多かったことがその後の展開の足かせになっているといわれています。
圧倒的消費大国のドイツ、縮小傾向を見せる日本
No-Low市場で圧倒的な規模を誇っているのがドイツです。ドイツの市場規模は2位のスペインの3倍もあるとされています。この背景にあるのが、ノンアルコールビールと製造特許です。
ドイツはオクトーバーフェストで有名ですし、ビール大国として知られています。このため意外かもしれませんが、スーパーマーケットなどには多種類のノンアルコールビールが大量に並んでいます。通常のビールの消費量ももちろん多いですが、ノンアルコールビールの消費量も決して少なくないのです。またNo-Low酒類を製造する際に有効な減圧低温蒸留に関する特許はドイツの企業が持っている点も国内におけるNo-Low市場の発展に大きく影響していると考えられています。
現時点における市場規模がそこまで大きくない一方で、今後大きく伸びると予想されているのがアメリカとイギリスです。特にアメリカでは2025年までにかけて毎年30%弱の成長が続くと見込まれており、今後の一大市場となることが考えられています。アメリカと同様に成長市場とされているイギリスの2025年までのCAGRが6%程度の見込みですので、アメリカの市場拡大速度は一線を画しています。
世界各国で多かれ少なかれNo-Low市場が拡大を見せているのに対して、日本では2021年にNo-Low市場の規模は1%程度縮小したとみられています。RTDカテゴリでも日本では低アルコール度数の製品よりも高アルコール度数の製品の方が大きな成長率を示すなど、世界のNo-Lowトレンドとは少し異なる様子が窺えます。
No-Lowのみを飲むのはNo-Low飲用者のさらに2割ほど
調査によるとNo-Lowを飲む消費者のうち、アルコールの摂取を完全に避けているためにNo-Lowカテゴリの製品を選んでいる割合は20%前後に留まっています。これは、No-Lowが普通のお酒の代替品としてではなく、補完的な存在として消費されていることを意味しています。No-Lowカテゴリ製品を飲む目的は基本的にはアルコール摂取の抑制です。しかし、場面によっては低アルコール度数の酒類を選択している消費者であってもその大半は別の場面では普通のアルコール度数の製品を選んでおり、生活すべてを通してアルコールの抑制をしているわけではないのです。
実際にNo-Low製品の消費は自動車の運転や社交や会食など、アルコールによる影響を避ける必要がある場合に多くなり、逆に23時以降の消費量は少なく、カテゴリ全体の5~6%程度に留まることがわかっています。また高所得層やミレニアル世代の消費者では休息時や運動後におけるNo-Lowカテゴリ製品の消費量が増える傾向があることも明らかになっています。
30%がアルコールを節制しているワイン好き
ワインがNo-Lowカテゴリのなかでは市場の成長が遅れていることはすでに見てきました。つまりワインに限定すればNo-Lowカテゴリ内で消費できる選択肢が多くないわけですが、その一方でワイン好きはアルコールの摂取にあまり積極的ではないことがわかっています。
とある調査でワインを恒常的に飲む消費者に対してアルコールの摂取量に対して意識しているかどうかの質問をしたところ、国ごとに差はあるものの全体では対象となった消費者のおよそ3分の1がアルコールの摂取を抑制していると回答しています。特にスイス、オランダ、アイルランドでは過半数からそれ以上の被験者がアルコールの摂取量を節制していると回答しました。
イギリスでは年齢層による差が特に顕著で、LDA (Legal Drinking Age:法的飲酒可能年齢) ~ 34歳までの被験者では56%が摂取量の抑制をしているのに対して35~54歳では38%が抑制していると回答しています。なおこのような傾向はアメリカでも比較的顕著にみられています。イギリスやアメリカほど顕著ではなかったとしても、世界的にもLDA~35歳までの層でアルコールの節制傾向が強いことが調査を通してわかっています。
43%がスパークリングワインを代替手段に選択
アルコール摂取量を節制しようとした際に問題となるのが代替手段の有無です。ビールやサイダー、スピリッツなどでは大手メーカーを中心に近年、自社のメインストリームの商品のノンアルコールバージョンをリリースしています。このためこうした商品の消費者はアルコール量を控えたいと考えた場合にも同じ製品のノンアルコール版を選ぶことができます。一方でワインではこうした対応が現状ではほとんどの場合できません。この結果、ワイン消費者の多くはワイン自体の飲酒量を減らしたり別のNo-Low製品に流れてしまったりしています。
そうした流れのなかで特徴的な動きを見せているのが、LDA ~ 35歳までの年齢層です。
例えばアメリカではこの年齢層のワイン常飲者のおよそ30%がアルコール度数10%以下のシャンパーニュを飲む機会を増やしているというデータがあります。イギリスではやはりこの年齢層の、なかでも特に男性に限っては43%が週に一度以上スパークリングワインを飲んでいるといわれています。この数字は増加傾向にあります。一方でイギリスでは近年、これまで増加の一途を辿っていたスパークリングワインの消費が微減する傾向を見せはじめており、35 ~ 54歳で週に一度以上スパークリングワインを飲むのは36%との調査結果が出ています。年齢層が高くなるほどスパークリングワインを飲む機会は減る傾向です。
このように、アルコールの消費量は別としても、スパークリングワイン自体の消費量を増やしている若年層の消費傾向は、ある意味で市場全体の流れに逆らうような動きを見せているのです。
スパークリングワインが選ばれる3つの理由
スパークリングワインがワインカテゴリにおけるNo-Low対応製品として選択されている理由にはいくつかの要因が考えられます。まず1つは、その製造方法です。スパークリングワインではスティルワインと比較してより「自然な」方法でアルコール度数を下げられると考えられています。
スティルワインでアルコール量を除去するには極めて工業的な手法を必要とします。一部で酵素を利用した手法も提案はされていますが、少なくとも2023年時点における主要な方法は大型装置を必要とするものです。
これに対してスパークリングワインではスティルワインに対して行うような手法を必要とせずにNo-Lowに対応した製品を作ることができるとされており、より人工的でないという点が自身のライフスタイルの在り方にこだわりたい年齢層に受け入れられていると考えられています。
2つ目の理由は若年層がワインを飲むことに対して持っているイメージとの合致です。若者によるスパークリングワインの消費が特に伸びているイギリスやアメリカではLDA ~ 35歳までの層でワインを消費することに対して「ファッショナブル」「個性的でユニーク」といったイメージが強く持たれていることが調査でわかっています。こうしたイメージがよりスパークリングワインと合致しているために、飲むならスパークリングワイン、という選択につながっているものと考えられます。
3つ目の理由は味です。
そもそもワインがNo-Low市場で遅れている理由はアルコールを除去した製品の味が消費者に受け入れられなかったためです。要は消費者はNo-Lowワインに品質的不満を持っているわけです。業界的にもこうした点への対策方法が考えられていますが、実はそうした対策方法の1つとして考えられているのが炭酸です。
アルコール除去をしたワインの味が悪くなる理由として、アルコールを除去する際に従来のワインが持っていた味のバランスが崩れることが挙げられます。このようなバランスの崩れはそこに新たに何かを足すか引くかしないと解決できません。作り手はアルコールを減らした後に何らかの方法で再調整を行う必要があります。しかし、ワインに他の物質を混ぜることには一般にワイン法や消費者のイメージから強い抵抗があります。
一方、スパークリングワインでは基本的に最終的な甘さの調整を前提としており、ワイン法の制限や消費者のイメージの制約が比較的緩くなります。また炭酸自体が飲んだ際の感触を変えてくれます。これらの理由からスパークリングワインでは全体的なバランスの調整がスティルワインに比べて容易です。つまりスティルワインよりもスパークリングワインの方が比較的容易に低アルコール度数でも味に不満を持たれにくい製品を作ることができます。味に不満が持たれにくく、消費者の消費スタイルにも合致しやすいスパークリングワインが選ばれるのは当然ともいえます。
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今回のまとめ|今後も変わるNo-Lowワイン
昨今のNo-Low市場の拡大は特定の年齢層に限定された動きではなく、一部の高齢層を除いた全世代で活発化しています。しかしその中でも特に、LDA 〜 35歳までのミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若年層には強い動きが見られます。
これら世代は健康志向が強く、自分自身のライフスタイルにこだわりを持っているとされています。こうした世代は、自身の嗜好や行動に合った商品には他の年齢層よりも多くの支出をする傾向があることも指摘されています。将来的に、これらの世代が年齢を重ねるにつれて、その嗜好や行動がどのように変化するのかは分かりません。しかし、No-Lowワインという製品群においては、現時点でこれらの層に受け入れられる商品を開発し、さらには将来の消費スタイルの変化に合わせて製品のスタイルを変えていくことが重要です。No-Lowワインが現在のような低アルコール度数の商品を中心として在り続けるのか、ノンアルコールのものが主体になるのか、それともワインを使用した低アルコールカクテルのような方向に進むのかは未知数です。製品提供者は常にその変化を追い続ける必要があります。
一方で消費者の教育も同様に重要です。
No-Lowワインはすでに一度、味によって消費者を失望させ、カテゴリから離れさせるという失敗をしています。新しいカテゴリの製品であるため、最初から理想的な味を持った製品に仕上げることはまず不可能です。しかし、そうした中でも消費者が味に不満を持ったからといって即離脱させるのではなく、消費者自身に試させ、自分自身が許容できる範囲を見つけさせるような教育をすることが極めて重要です。そのためには、No-Lowだからといって造り手が単純にアルコールを減らすことにのみ集中するのではなく、アルコール度数の面で多少の妥協をしてでも味や品質で受け入れられやすい中間製品を積極的にアピールしていくことも考える必要があるかもしれません。
No-Low市場は現在、市場全体として大きな成長期に入っています。ここに乗り遅れてしまうとアルコールを控えたい時に手にするワインの代替は別のNo-Low製品という消費行動が定着してしまう可能性もあります。それをよしとするのかどうかも含めて、ワイナリーは自社のワインリストに乗せる製品ラインナップを検討する必要があります。
No-Low大国であるドイツでワイン生産者やディストリビューターが今後どのようにしていこうとしているのかついてまとめた記事はオンラインコミュニティや定期購読マガジンでお読みいただけます。コミュニティでは参加メンバーにのみ公開されている情報も多数ありますのでこの機会にコミュニティへの参加をご検討ください。
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