販売戦略

ワインのラベルは味わいを作る

ワインを買いたい

そう思い立ってワイン売り場に赴くと、そこにはたくさんのラベルが並んでいます。あらかじめ買うボトルが決まっていれば別ですが、そうではなかった場合、あなたはどうやって買うボトルを決めているでしょうか。

国、地域、畑、ブドウ品種、生産者、etc, etc…

たくさん並んだボトルの中から欲しい1本を選び出すための絞り込み要素はいろいろあります。試飲ができるお店であれば実際に飲んでみて、味を確かめてから決めることもできます。一方で、必ずしもそうやって悩みながら決めているとは限らないのではないでしょうか。

おそらく誰もが1度は経験したことがあるであろう、ワインの選び方があります。ジャケ買いです

たくさん並べられたボトルの中から、ラベルや総合的な外観で気に入ったものを直感的に選ぶジャケ買い。普段からの好みやその時の気分で選ぶボトルには差が出ます。でもその割には、いざ飲んでみると意外と自分の好みに合っていて、がっかりした経験は少ないことに思い当たるのではないでしょうか。

ジャケ買いのワインが意外に美味しいその理由に迫ります。

ワインの味はラベルの味

ワインに対する評価がとても不安定で不確実なものだということはこれまでに行われてきた多くの検証が証明しています。そうした特徴は時にワインの販売手法として逆手にとって利用されています。

特にストーリーテリングと呼ばれる手法は効果的で、低評価で購入意思が示されなかったワインがこの手法を介することで積極的に購入する対象になる場合さえあります。

ナチュラルワインを買う理由

当たり前と思われるかもしれませんが、いくらそのワインに関する物語が印象的に語られたところでボトルの中のワインの味が変わることはありません。にも関わらず、我々は物語を聞くことで確かにワインの味、もしくはそこから受けた印象が変わって感じるのです。

こうしたストーリーテリングは何もワインショップの販売員さんやレストランのソムリエさん、もしくはイベント会場でブースに立っている生産者たちの口から出てくるばかりとは限りません。SNSで、友人との話の中で、本や漫画の中で。物語に触れる機会はどこにでも溢れています。

そしてそれらすべての機会の一番最初にあるのが、ボトルに貼られたラベルです。

何気なく視界に入ってくるラベルからは、我々が思っている以上に多くの情報を受け取っています。しかもそれはバックラベルに書かれた論理的な内容よりも、より多くの感情的なものを含んでいます

我々は時として、ラベルを飲み、ラベルの味を感じているのです。

お気に入りのラベルは味覚と財布の紐を緩くする

ワインを購入する際、実に70%以上の人がお店の売り場に到着するまで買うボトルを明確には決めていないそうです。さらにそのうちの80%強の人が、ラベルを見てその好みで買うボトルを決めているといいます。全体でみれば60%程度の人がワインをジャケ買いしていることになります。

ワインの購買行動についてはこれまでにとても多くの調査と検証がなされてきています。

過去の調査にはワインの売り場でフランスの音楽がかかっていればフランスのワインを、ドイツの音楽がかかっていればドイツのワインを買う傾向が高くなったことを報告するものもあります。ワインの購買行動はそれほどまでに不安定で、場の雰囲気に流されやすいものでもあるわけです。

そうした、ボトルの中にあるより本質的なもの以外の、ボトルの外からの影響の中でも特に大きいとされているのが、ラベルです。これまでの実験でラベルは消費者に様々な影響を与えることがわかってきました。

ラベルはジャケ買いを促すだけではなく、飲み手がそのワインに支払う金額を引き上げ、さらにはワインへの評価も変えていたのです。

単純ではなかったラベルの影響

人は誰でも、自分のお気に入りは否定されたくないものです。自分が気に入っていればいるほど、高い評価をしたくなるのが当たり前。そもそも自分が好きで高い評価をしているからこその、お気に入りです。

それと同じで、なんとなくでも気に入ったラベルが貼られていたために購入したボトルの中身が残念だったというのはなかなか受け入れがたいことです。「あばたもえくぼ」と言いますが、気に入ってしまうと欠点さえ美点に変わります。

同様に同じお金を支払うのであればより気に入ったものを、気に入ったものとそうでないものなら少しくらい高くても気に入ったものを買う。これらはいずれも自然な行動です。ワインではこの傾向がより顕著に出ることがわかっています。

一方でこうした影響はとても単純なものです。自分の推しを少し贔屓する、いってみればその程度のものです。ところがラベルが持つ影響力は実際にはこの範囲には留まりませんでした。

また単純に豪華なラベルを貼ればボトルが高級に見えて結果的に高く売れる、というものでもなかったのです。

顧みられないラベルの品質

ボトルの外側に貼られたラベルがボトルの内側に入れられたワインに影響する方法がまず複雑です。

ラベルは視覚的な要素と思われがちです。このため、見た目の印象が最も重要だと思い込みやすい部分があります。単純にいえば、より高価なボトルにはより豪華なラベルを使う、という事例です。

確かにこうした目から入ってくる印象はその対象全体に対する印象を半ば決定づけます。その意味で見た目で勝負する手法は必ずしも間違いとはいえません。一方でより詳細な検証の結果、こうした単純な見た目が持つ影響力はほとんど効果がないことがわかりました。もっといえば、ラベルの品質自体には影響力がなかったのです。

全く中身が同じワインのボトルにそれぞれ別のラベルを貼って、ワインへの評価がどう変化するかを検証した事例があります。

その検証から得られた結果は、ラベルに使用された紙の品質、印刷の品質、ラベルの色、形、大きさ、描かれた内容に対する個別の評価の良し悪しはワインの評価に影響を与えない一方で、そうしたラベルの総合的な評価の良し悪し、具体的には気に入り具合はワインの味の評価に影響する、というものでした。

例えばとても良質な紙に金箔押しで王冠のデザインが描かれたラベルがあったとします。そのラベルを見せられた被験者の全員が、そのラベルは「豪華で良質である」と評価したとします。これがラベルの個別の要素に対する評価結果です。

次に被験者たちはこの同じラベルが貼られたボトルから目の前でワインがグラスに注がれ、その味やボトルの購入意思、さらには支払ってもいいと思える金額について質問されます。この時にこのラベル自体を気に入っていた被験者はワインの味をより美味しいと感じ、ボトルをより買いたいと思い、さらにはそのためにより多くのお金を支払っても構わないと回答しました。一方でラベルが良質で豪華だと感じていても自分の気に入らなかった被験者はこうした意思を全く示しませんでした。

明確にラベルに不満をもった被験者では、ワインの味を低く評価し、購入意思はなく、仮に買うとしても値段は安くなければならないと回答しています。ラベル自体は評価していても、その評価はワインの評価に反映されなかったのです。

こうした結果から、ラベルが持つ影響力はラベルを構成する個々の要素ではなく、全体として顧客個人が自身にとって気に入るか、入らないかによってまったく変わることが示されたのです。

ラベルはワインの味を変える

ラベルの影響力が購買行動に影響する、と言ってみても、それは多くのワインが試飲されない環境で買われていくからだろう、と思われるかもしれません。ボトルの中身がわからないのだから、分かる外身の印象がより強く影響するのは当然だろう、と。

ところがラベルが語る物語の力はもっと強力でした。

まず、より気に入ったラベルが貼られたボトルに対しては味の評価が総じて高くなる傾向が示されています。逆に事前にラベルを見せながら評価したところ、明確に品質および価値 (ボトルの価格) が異なると判断された2種類のワインをブラインドで再評価したところ評価結果に有意な差は出ませんでした。つまり事前には明確に違うと判断されていた2つのワインが同じものだと判断されたということです。

さらには同じ1種類のワインに複数の異なるラベルを貼って評価をすると、ほとんどの場合においてすべての評価結果が変わることもわかっています。これはラベル以外は同じワインであるにも関わらず、すべてのワインが別のものであると判断された、ということです。この傾向一般的な消費者だけではなく、プロのテイスターが被験者の場合であっても変わりません。

最近の研究ではさらに進んだ検証が行われています。ラベルの好みではなく、ラベルの要素の一部が具体的にワインの味に影響を与えている可能性が示されているのです。

これはこれまでの話とは全く異なるものです。これまではラベルが気に入っていたからワインの味や印象にも贔屓目が入る、というものでした。しかしこちらは具体的にワインから感じる味が変わる、というものだからです。

ジャケ買いは正しく飲みたいワインの味を選び出す

この研究はまだ完全な検証が終わっておらず、最終的な報告も出ていません。一方で中間報告では、好みの良し悪しを排除したラベルを用いて試験した結果、ラベルを構成する要素の一部が具体的に味覚に作用している可能性が示唆されています。

例えば暖色系の色合いを中心としたラベルでは甘みに対する官能評価の結果がより高くなる傾向が強い、といったようなものです。

もちろんラベルによるこうした影響は印象として作用するだけなのですが、その印象が具体的に味覚に作用してワインから感じる味の評価を変えている可能性があります。逆に言えば、人は飲みたいワインの具体的な味の方向性をラベルのデザインに求めている可能性がある、ということです。

この場合、いわゆるジャケ買いは一面的には理にかなったワインの選び方だといえます。無意識にでも少し甘いワインが飲みたいと思っている人は、そうした味の印象を与えるラベルが貼られたボトルを選ぶ可能性が高いからです。

もちろん、必ずしもボトルに貼られたラベルがワインの味にあった要素でデザインされているとは限りません。一方でラベルを作る側も、多くの場合はそのワインの印象に沿ったデザインのラベルを作り、ボトルに貼っている可能性は決して低くありません。ここで両者の思惑は一致し、結果としてジャケ買いの成功率を高めています。

ボトルに貼られたラベルは造り手の手を離れたボトルが自分を主張するためのとても大事な存在です。売り場の棚に並んだ数多くのボトルの中から選ばれるためには目立つ必要がある、との考えから、時としてラベルに奇抜さを求める場合もあります。

しかしそうした奇抜さがボトルの中身を正しく表現できていない場合、奇抜さに基づいたジャケ買いの結末はとても不幸です。造り手の想いばかりが突出してしまったラベルでもこれは同じです。

人はワインの味に情報を求めている、とは以前から言われていることですが、それはもっと身近な購買行動にも当てはまっているようです。より本能的に行われるジャケ買いを正しくキャッチアップしていく術を造り手は学ぶ必要があります。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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