コラム ワイン

ワインのコスト構造と利益の実態を知る

03/23/2021

製品を作っているメーカーであれば自分たちが作っている製品の製造コストは誰もが正確に認識しているもの、と思われるかもしれません。

さらに各商品の価格はそうした製造コストに基づいて決めれているものだと思われている可能性は大きいと思います。

実はワインに限っては必ずしもそうではない、と言ったら驚かれるでしょうか。

正直なところ、ワイナリーに所属してワインを造る責任者をしていても「製品1本あたりのコスト」はほぼ把握できていません

ヴィンテージ全体の生産コストはまだ把握できますが、販売のためのコストを見込む段になるとかなり曖昧な部分が出てきます。ヴィンテージ全体でさえこうなので、個別の話になるとせいぜいが製品セグメントあたりの製造コストを把握するくらいまでがやっとで、さらに細かい部分になると「なんとなく」になってしまいます。

一般的なきちんと工業化された製造業であればこれでさえトンデモナイお話になるのですが、ワイナリーとして見てみると実はこれでもまだマシな方です。中にはヴィンテージ全体としてさえ、正確には製造コストが把握できないケースも数多く存在しています。

つくっている本人たちの状態がこれですから、そうしてつくられた製品が売り上げられた時に果たしてその商品が利益をもたらしたのか、実は損を出していたのかもまた、正確には把握されていない場合が多く存在していました。製造業にあるまじき、特大のブラックボックスもあったものだと呆れるしかありません。

こうした状況の中、私も所属していたガイゼンハイム大学で2019年から1つの研究が開始されています。

研究のテーマは「ワインの生産コストの把握と販売価格との差異の分析」です。

この研究の面白いところは、各流通経路別に販売されるワイン1本あたりにかかるコストを販管費まで含めて把握し、実際の販売価格と比較することで利益もしくは損失の実態を明確にしようとしている点にあります。

ワイナリーはなぜコストを把握できないのか

そもそもワイナリーはなぜ自分たちの造っているワインにかかっているコストを把握できていないのでしょうか。

最大の理由はワイナリーがブドウを栽培してそこから収穫されるブドウを使ってワインを造り、そして販売をするまでにかかるコストの分類が非常に煩雑だからです。

これを厳密に分類し、精査しようとすると多大な時間的、人的なリソースに加えて専門的な知識が必要になるうえ、専門家に依頼すると大きなコスト負担が必要となるため多くのワイナリーではうやむやなままになってしまっています。

また多くのワイナリーが家族経営を中心とした小規模事業者であることも関係しています。

分かりやすいところでいえば人件費が典型的な例となります。労働力が自身や家族であることが多いために、人件費の算出が曖昧になりやすいのです

逆に言えば、こうした部分にお金をかけることのできるワイナリーでは生産コストが厳密に管理されているケースもあります。

しかしそうしたケースでは使われているシステムはそのワイナリーのみに特化したものとなり、汎用性のないものであることがほとんどとなっているようです。

研究の目的と概要

今回ガイゼンハイム大学の経済学やマーケティングを専門とした研究者たちが立ち上げた研究 (プロジェクト) では、研究に参加したすべてのワイナリーが汎用的に使用可能な、自社の販売するワイン1本単位でコストのかかり方や利益もしくは損失の状態を確認できるようにするためのプラットフォームを作り上げることも目的の一つとしています。

プロジェクトは現時点において約550のワイナリーが参加して現在進行形で進められており、希望するワイナリーは今からでも参加することが可能です。

参加ワイナリーは個別にNDAを締結した上で詳細な経営や決算の情報を提供することでプロジェクト内で構築されたプラットフォームを利用することが可能となります。

プラットフォームの細かい内容はここでは省略しますが、各コストを栽培、醸造、販売、経営、その他の4項目に大分類した上で、栽培と醸造ではさらに共通コストと単独コストの2項目に分類販売では6種類の販売チャネルごとに分類して計算しています。

この結果、各ワイナリーは各種コストの積み上げとしてのワインごとの価格や、販売した価格がコストに対して利益を出していたのか損失を出していたのかを個別に知ることができるようになります。

プロジェクトの中間結果から見えてきたもの

前述の通りこのプロジェクトは現在も進行中です。また内容が個別のワイナリーの事例に基づくため、詳細な結果の発表はされていませんが、一部の事例が公開されました。その結果を見てみるととても興味深い結果が見えてきています。

まず最初に目につくのが、利益を出しやすい販売チャネルとそうではない販売チャネルです。

ここは非常に納得しやすい結果になっています。個人客向けの販売がもっとも高い利益を出しており、逆にスーパーマーケット向けのような大手流通業者向けでは損失を出していることがわかります。単純にみれば、個人客向けがもっとも高く売られています。

またこの事例においては、コストの高さが利益幅の大さに比例しています。

一方でこのような比例関係が見られるのは個人客向けの場合だけで、それ以外の販売チャネルに対してはそうした関係を見ることはできません。またプロジェクトでは実際にかけている販売チャネル別のコストがわかるのでそのコストとのバランスを見てみると、販管費を含めて最終的な利益幅に比例するといえるコスト項目がないことがわかります。

つまり、例えば栽培にコストをかければその分ワインが高く売れる、というようなわかりやすくかつ、巷でよく言われるような構造にはなっていなかったのです。

今回のまとめ | まずは現状を知ることの重要性

ワイン造りをしていく中で、コストを把握するのは意外に困難です。

畑での栽培で区画ごとに把握していたとしても、収穫時にブドウが混ぜられてしまえばそれ以上の区画単位での追跡はできなくなります。また各区画から収穫されたブドウを異なるタンクで個別に発酵させ管理していたとしても、最終的にブレンドしてしまうと一気に管理の煩雑さが増えます。

なによりも畑での作業、醸造所内での作業は一連の流れの中で行われていきます。このためにすべてを明確に区別して管理することはほぼ不可能です。

そうした中で多少ファジーな運用をしながらもそれなりに細かい項目でコストを把握し、販売時の利益もしくは損失をグラフィカルに確認できるようにする今回の研究は大きな意味を持っていると考えています。

もちろん細かいこと、例えば倉庫内で8年前のヴィンテージのワインを探すのにかかるコストや醸造所内で発酵中やタンク移送中に吹きこぼれてしまった分量のコスト、を言い出せばきりがなくなりますのであくまでも大括りではあります。しかしそうではあっても造っているワインが本当に利益につながっているのか、実はつながっていないのかや、似たような販売価格もしくは利益幅のワインのなかでのコストバランスのあり方を把握することは極めて重要です。

それがその後の製品戦略、販売戦略につながるからです。

こうしたことは大手企業からすれば当たり前です。

しかしワイナリーをはじめとした農家や製造業を営む個人事業主といわれるような規模の企業にとっては意外なまでに行われていない点でもあります。

ワインの世界では世界中との価格競争が激化してきています。そうした価格圧力の中で着実に利益を出していくためにも、こうした研究やプラットフォームが普及していくことはとても望ましいことです。


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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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