醸造

ワインの発酵期間

04/02/2022

誰もがそんな事は知ってるよ、とおっしゃるかもしれませんが、ワインはブドウの果汁を発酵させて造られています。

発酵という工程は醸造酒と呼ばれるアルコール飲料にとって欠かすことのできない、もっとも重要なものです。逆にいえば、原料になるブドウを発酵さえさせられれば他には何もなくてもワインは出来上がります。

発酵について語ろう

そんなワイン造りの中心部分を担う発酵ですが、今日摘んできたブドウが明日には発酵を終えてワインになるわけではありません。発酵というプロセスにはそれなりの時間が必要です。これを発酵期間と呼びます。実はものすごく、曖昧な表現です。

ワインの発酵期間に決まったルールはありません。数日で終えてしまう場合もあれば、数ヶ月、長い場合には年単位で時間をかける場合もあります。もしかしたらこの記事を読んでくださっている方の中にも、極端に発酵期間を長くしたというワインをご存じの方がいらっしゃるかもしれません。

こうした長期や超長期の発酵期間を経て造られたワインにはある種の話題性があります。背景にあるのは特別感です。

とにかく時間がかかっているので、かかっているコストが大きいほか希少性もあり、値段は高くなりがちですし造り手側は特別品のように扱いがちです。そうした扱いをみた消費者の方はかえって、そうしたワインは高級品と思い込むようになってしまう場合もあります。

では発酵期間は長いほうがいいのでしょうか。

そんなことはありません。厳密な意味で発酵期間を定義すればするほど、極端に長い発酵期間は発酵のプロセスに何かしらの問題があったことの裏返しになります。長期もしくは超長期の発酵期間を謳う、高い品質を伴ったワインではそうした発酵プロセスにおける問題を意図的にコントロールしているか、発酵期間の定義が少し異なっているかのどちらかです。

そのどちらでもない場合に発酵期間が極端に長くなるのであれば、それは醸造家にとっての頭痛の種以外の何ものでもありません。

長い発酵期間は悪なのか

最初に明記しておかなければいけない、大事なことがあります。発酵期間が長くなること自体が悪いわけではありません。ただ、そこには太字の注意書きが付きます。その長い発酵期間の全期間がもともと意図されたものであり、かつ完全なコントロール下にあること、です。

一般的には問題であっても、そうした環境を意図的に作り出し、かつ完全に掌握しているのであれば、それは問題ではありません。

発酵期間とはどの期間

さて、ここで質問です。

ワイナリーに訪問したあなた。造り手が「発酵期間は9ヶ月」と説明するのを聞きました。さてこの「発酵期間」、具体的にいつからいつまでの期間のことだと思いますか?

おそらく多くの方が漠然と、ブドウの果汁がワインになるまでの期間、と思われるのではないでしょうか。でも冷静に考えてみてください。この果汁がワインになる、の「ワインになる」時とはいつでしょうか。

もしかしたらこの質問に、「発酵は酵母が関わっている。だから酵母が活動を終えるまでが発酵期間だ」と回答してくださる方がいらっしゃるかもしれません。なるほど。でもその場合、期間の開始はいつで「酵母が活動を終える」ときとはいつでしょうか。

徹底解説 | ワイン酵母のキホンのキ

さらには、「いやいや赤ワインではMLF、乳酸菌発酵をしている。この乳酸菌発酵が終わってこその赤ワインだ。だから発酵期間とは乳酸菌発酵が終わるまでだ」と言われるかもしれません。たしかに。その考えにも一理あります。なにしろ乳酸菌「発酵」です。「発酵」期間に含めたとしても違和感はないように思えます。

ワインと酸と乳酸菌 | MLFを知る

いろいろな意見はあると思いますが、一般にワイン造りで単に発酵期間といった場合には果汁中で酵母が活動を開始してから活動を終えるまでの期間を指します。少なくとも醸造学の視点からはそうです。またこの際の対象は酵母です。乳酸菌は原則として含まれません

酵母が活動を始めたか、もしくは終えたかどうかの見定めは果汁もしくはワイン中の残糖量の減少幅で行います。ドイツでよく言われる指針でいえば、1日の糖の減少が2エクスレを下回ると発酵が停滞したと判断し、ほぼ減らなくなった時点で発酵が終了もしくは中断したと判断します。

発酵が止まってしまったら | 再発酵の方法を考える

一概ではない発酵期間の概念

ところがこのような判断基準が絶対なのかというと、そうではないところが面倒なところです。

醸造家であってもMLFの終了まで含めて発酵期間と表現する人もいます。またMLFは含まないながらも野生酵母による発酵を行っている場合に、野生酵母の増殖待ちの期間を発酵期間に含める人もいます。

なかでももっとも発酵期間が長くなるケースは、アルコール発酵とその後のMLFをともに野生酵母、野生乳酸菌で行っていてかつ、それぞれの増殖待ちの期間をまとめて1つの発酵期間として表現する場合です。当然ですが、これらのそれぞれは同じ発酵期間と表現されていても内容はまったくの別物ですし、意味も、またそこから生じるワインへの影響の内容もまったく変わります。

野生酵母の功罪

発酵期間が数ヶ月もしくは年単位、という場合は特に、その発酵期間がどの意味での発酵期間を指しているのかを確認する必要があります。

なおこの記事では特別に記載がない限りにおいては発酵期間は上記の醸造学の視点に基づいた期間のことを指しています。

発酵期間はどこからが長いのか

ワイン造りでの発酵期間に決まったルールはない、と書きました。確かに絶対にこの期間、この日数、という決まりはありません。一方で経験的にわかっているある程度の幅はあります。

それが、7 ~ 15日間程度です。

この期間は発酵時の管理温度によっても大きく異なり、高い温度で管理すると数日に、低い温度で管理すると3週間以上にもなります。またドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼのような極甘口ワインの醸造では話が全く変わります。あくまでも、出来上がるワインが辛口でアルコール度数が14%程度までの範囲に入るものの場合、という前提での期間です。

この期間には酵母の増殖期間を一部含みますが、発酵開始有無の判断はあくまでも果汁内の糖の消費の開始の有無です。酵母が増殖をするだけで糖の代謝を始めていない場合には、発酵期間としては捉えていません。

標準的な発酵期間が1週間から長くても3週間程度ですので、この期間が1ヶ月を超えてくればそれはすでに発酵期間としては長め、数ヶ月にもなれば文句なしに長い発酵期間といえます。

なお仮に野生酵母での発酵を行う場合、発酵の開始までには10日からそれ以上の日数がかかる場合があります。特にブドウの収穫の時期が遅く、外気温が下がり始めているタイミングでは発酵がほとんど始まらず、翌年の春になってようやく本格的に発酵する、なんて場合もあり得ます。この待ち時間まですべてを発酵期間として捉えてしまえば、消費者に説明される発酵期間は容易に数ヶ月以上になります。

発酵期間が長くなる原因は酵母へのストレス

通常であれば長くても20日前後で終わる発酵が数ヶ月、もしくは年単位でかかってしまう場合には明確な原因があります。酵母へのストレスです。

このストレスの種類にはいろいろあります。どのようなストレスが原因なのかは発酵のどの段階で必要以上に時間がかかっているのかを知る必要があります。それらすべてをここで細かく見ていくことはしませんが、こうしたストレスが酵母にかかった結果として現れるのが、菌体数の低迷です。

発酵にとってもっとも怖いこと

発酵によりブドウ果汁がワインになるメカニズムをものすごく乱暴かつ簡単に説明すると、酵母による数の暴力です。言葉は悪いですが、とても重要で大事なことです。

良好な発酵状態にあるブドウ果汁の中では圧倒的な数の酵母が一気呵成にウワーっと糖を消費していきます。逆に十分な数が揃えられない場合、酵母は自分単体に必要な分量の代謝だけしてさっさと活動を終えてしまうか、ひどい場合には環境の劣悪さに負けて死んでしまいます。どちらにしても発酵は完了しないまま終了してしまいます。

辛口のワインを造りたい醸造家にとって、発酵中の酵母の数をどれだけ増やせるか、そしてそれをコントロールできるかはまさに最大の重要事です。

そしてこの酵母の数がそのまま、発酵期間の長さに関わります。菌体数が多ければ発酵期間は短くなります。逆に菌体数が十分でない場合、発酵期間は長くなります。ちなみに発酵時には温度管理が重要と言われるのも、この菌体数と関係があります。発酵時の管理温度が高い場合には菌体数が増えやすいために発酵期間は短くなり、逆に低い管理温度では菌体数の増加が抑制されるため発酵期間は長くなる傾向となります。

発酵途中の温度管理 | 液温を下げる

発酵の工程で何らかのストレスが酵母にかかると、それは最終的には菌体数の少なさに繋がります。ストレスによって酵母の活性が低下する結果、酵母の分裂量が低迷し、結果として菌体数が減り、そして発酵期間が長くなります

少ない酵母が招く多くのリスク

糖がまだ十分に消費されていない段階にもかかわらず酵母の菌体数が少ない環境はいくつもの意味でワインにとって危険です。

一番のリスクはそのまま発酵が止まってしまうこと。ブドウ果汁がワインにならないまま、中途半端な大人向けぶどうジュースとなってしまいます。さらにはブドウ果汁内の糖が酵母によって独占されていないため、酵母以外の微生物が餌 (糖) を求めてやってきます。食品業界にとってこれほど怖いものはない、微生物汚染です。

しかもこの微生物汚染、肝心の酵母も一枚噛む場合さえあります。通常は動かない副次代謝経路が活動を始め、ワインに好ましくない香りを作り始める場合があるのです。あちこちフラフラしてしまうタイプの存在に余計なことをする余裕を与えてはいけないのは、ヒトも微生物も変わりません。

発酵期間はどこまで長期化できるか

世の中で数ヶ月もしくは数年という発酵期間を謳っているワインが、本当に発酵期間を途中で発酵を中断させることなくそれだけ長くしているとしたらこれはすごいことです。

仮に低温発酵の中でもさらに管理温度を下げたとします。それでも酵母にSaccharomyces cerevisiae種を使う場合、この酵母の活動可能温度との兼ね合い上、発酵期間は長くても1ヶ月以内に収まるはずです。

いい例が日本酒です。

日本酒造りでは概してワインよりも低い温度で発酵が管理されているはずですが、それでも発酵にかかる期間は多くの場合で1ヶ月程度です。日本酒の原酒のアルコール度数はワインよりもかなり高く、必然的に代謝されている糖の量もワインより多くなります。それだけの代謝量でもおよそ1ヶ月で完了するわけですから、日本酒よりも求められる総代謝量の少ないワインでこれ以上の発酵期間が要求されることは通常ありません。つまり温度を下げるだけでは数ヶ月から年単位の発酵期間を実現することはできません。

ワイン酵母を使った日本酒

もちろんやり方が無いわけではありません。数年は無理にしても数ヶ月であれば方法は思いつきます。ただそれがワインの味や香りにとっていい方向に作用するかどうかはわかりません。またそういった方法は通常の発酵管理よりも遥かに厳密な管理が必要ですしそれに伴って仕事量も多くなります。しかもその作業内容はとても繊細です。

発酵が始まってから途中で発酵が中断するようなことがなかった場合、発酵期間を数ヶ月以上にすることは決して簡単なことではありません。

だからこそ、発酵に数ヶ月や数年かけました、と聞くとまずは発酵のトラブルを疑うのです。トラブルでもない限り、そんなにかかることは本来ないからです。

今回のまとめ | 長期発酵はどの部分を長期化させているのかが大事

酵母が代謝を始めるには前段階があります。酵母はまず増殖をして、それから糖の代謝を始めます。つまり、発酵が始まったときにはブドウの果汁中にはすでに一定数以上の酵母がいます。

酵母は代謝の過程において常に増殖をしていきますが、1つの個体が増殖できる回数はおおよそ決まっています。この回数の増殖をするとその酵母は死んでいきます。発酵の終盤で十分な栄養や糖がない、もしくはアルコール濃度が高くなっていて酵母にとって生存環境が劣悪になってでもいない限り、増殖量が失活量を上回ります。つまり、酵母の数は増えていきます

酵母の菌体数が増えれば発酵の速度は上がり、発酵期間は短くなります。これが通常のサイクルです。このサイクル自体は温度管理などを行うことである程度ゆっくりと回すことが可能です。しかしそれにも限度があります。その限度を超えて発酵期間が極めて長いという状況は多くの場合においてこのサイクルが正常に回っていない状況です。

長い発酵期間というのが通常のアルコール発酵後に行われる野生の乳酸菌によるMLFまで含めた期間だった、というのならそれは特におかしな話ではありません。ブドウの収穫後に寒くなり、発酵が始まらなかったり止まってしまったために翌春に暖かくなってから再発酵させた、というのもワインを造っていればそれほど珍しい話でもありません。

さらには発酵の最後に酵母が糖を食い切らず、数グラムの残糖が残ってしまいこれを消費させるのに数ヶ月をかけた、というのは醸造家にとってあまりにも身近な問題です。ただこれらは発酵のトラブルによる発酵期間の長期化です。意図的なものとはいえません。

仮にそうではなく、本当に意図して狙い通りに発酵期間を長期化させているのであれば、どういう手法を使ってそれほど長い発酵期間を実現しているのかは注目に値します。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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