不快臭 徹底解説

ワインの天敵、硫化臭の正体と取り除き方

04/08/2019

注意ポイント

金属系化合物のワインへの添加に関しては食品衛生法等の法律によって規制されている場合もあります。

行う際にはこれらの法律を遵守し、適正な方法および量に注意した上で実行してください。

ワインの醸造をしていると、どんなに気をつけていても何らかのエラーが発生してしまうことがあります。

そんなエラーの中でも特に発生頻度の高いものの一つが、硫化臭です。

硫化臭はいわゆる腐ったタマゴの匂いであり、臭いの種類としてとても目立つものでもあります。ボトルを開けたときにこの臭いが出てしまうとそれだけでワインに対するイメージを低下させる可能性の高いものでもありますので、ワインを造る側としては絶対に避けたいオフフレーバーの一つです。

そんなワイン造りにおいて厄介な硫化臭ですが、予防する手段発生してしまっても取り除く手段があります。

この問題は発生頻度が高いだけに、ドイツに限らず多くの国のワイナリーでも行われていることです。

今回は硫化臭の発生を予防する手段と発生してしまったときの対策方法をご紹介します。

どちらかといえばワインの造り手の方に対して重要な内容になりますが、飲み手の方にも応用していただくことが可能な内容です。

この方法を知っていれば、仮にワインに硫化臭が出てしまってもそれを取り除き、美味しくワインを楽しんでいただくことができますのでぜひおさえておいてください。

硫化臭の原因物質

硫化臭の発生する原因は、ワインに硫黄系の化合物が存在することにあります。

この硫黄系の化合物は複数の経路によって生成される可能性があるもので、そのすべては実はまだ完全にはわかっていません。

しかしそんな中でも代表的なものが以下の4つの起点です。

天然由来の硫化系化合物

硫化系結合を含んだアミノ酸の存在

ブドウ畑にて散布された硫黄系薬剤

醸造過程にて添加された亜硫酸

これらの硫化物質をもとに酵母などの代謝によって硫化水素 (化学記号: H2S) が生成されます。なお硫化水素は還元的な酵素反応によっても生成されることがわかっています。

酵母によって生成されるケースでは酵母が分裂を繰り返す際や、発酵の終了間際における生成量が多くなる傾向にあります。

またアルコール発酵が終わってからも発酵容器の底に沈殿した酵母と接触することによっても合成される点には注意が必要になります。

なおこの硫化水素の閾値はワインのスタイルによって幅があり、10~100 um (マイクログラム) / l 程度と言われています。

硫化水素の段階における主要な臭いはまさに硫黄系のものですが、この硫化水素がさらにアルコールと反応することによってチオール (thiol, メルカプタン cercaptansともいう) へと反応されます。

この段階になると玉ねぎや焦げたゴムのような臭いに変わってきます。

3 H2S + 3 CH3CH2OH (Ethanal) → 3 CH3CH2SH (Ethylmercaptan / Thioalcohol)

さらにこのチオールが酸化することによってジメチルスルフィド (dimethylsulfid) およびジエチルスルフィド (diethylsulfid) を含むジスルフィド (disulfide) へと変わります

ここまでくると臭いは緑のアスパラガスや焦げたトウモロコシのようなものになります。

C2H5-SH         C2H5-S

     →              | + H2O

C2H5-SH         C2H5-S

またメルカプタンはワイン中の酢酸と結合することでチオ酢酸-S-エステルという物質にもなります。

これ物質自体はワインのエラーとして認識されることはありません。

しかし時間が経ってから再度この結合物質からメルカプタンが遊離し、反応の起点となることでボトリング後に瓶内でオフフレーバーを発生させる原因となり得ます。

硫化臭の発生を予防する方法

硫化臭の発生を予防する方法ですがいくつかあります。

亜硫酸の添加

発酵前のジュースの清澄

発酵補助剤の添加

適切な発酵管理

一つずつ内容を解説します。

亜硫酸の添加

硫化臭の原因自体が硫黄系化合物の存在なので、その硫黄系化合物である亜硫酸を添加することは意外に思われるかもしれませんが、これは有効な手段の一つです。

発酵前に適切な量の亜硫酸を添加することによって酵母が硫化水素の前駆体となる物質を合成することを予防することができます。

ジュースの清澄

発酵前のジュースを清澄することによってジュース内に存在している硫黄系化合物を含んだ残滓や、プレス時に発生した澱と結合した硫化系物質を含有した前駆体の量を低下させることができます。

またジュースを清澄することによって発酵を阻害する原因を取り除くことができ発酵プロセスの速度を向上させることができるようになります。これによって硫化系化合物が生成される時間自体を短くすることができますので、結果として生成される硫化系化合物の総量が低減することに繋がります。

発酵補助剤の添加

ジュースの清澄にもつながることですが、リン酸アンモニウム (Diammonium phosphate) やチアミン (thiamin, ビタミンB) などの発酵補助剤を添加することによって発酵全体にかかる時間を短くし、硫化水素の合成量を抑制することに繋がります。

適切な発酵管理

これは間接的な予防法となります。

定期的に発酵の状態を確認し、その状況を管理することによって発酵過程に異常が発生することを事前に防止したり、仮に異常が発生した場合でも迅速に対処することが可能となります。

硫化臭をはじめとした各種オフフレーバーやエラーは発酵時の異常に基づく場合が多いですので、発酵を適切に完了させることでこれらのエラーも避けることができます。

発生してしまった硫化臭をどうするか

一方で硫化臭が発生してしまった場合はどうすればいいのでしょうか?

対策としては大きく分けて金属イオンによる反応を利用する方法とそれ以外の方法に大別されます。

まずはそれ以外の方法から解説します。

金属イオンによらない対策方法

この区分の対策には以下の2つの方法があります。

空気、主に酸素を含ませる

亜硫酸を添加する

硫化臭の発生に対してもっとも簡単にできる対策が空気に触れさせることです。

飲み手にもできるスワリングによる対策

硫化水素は空気中の酸素と結合することで硫黄と水に酸化されます。これによってワインにおける硫化臭を軽減することが可能です。

また発酵終了後それほど時間が経っていないワインであれば、亜硫酸を添加することで硫化臭を抑えることができます。

一方で、これらの方法はいずれもごく軽微な程度の硫化臭に対してしか効果がなく、ある程度以上の程度になってしまっている場合にはこれらの方法によってはもはや硫化臭を取り除くことはできません。

程度が酷くなってしまった硫化臭が生じてしまっている場合には以下でご紹介する金属イオンを使った手法に頼ることになります。

銅もしくは銀による対策

金属イオンと言ってもいろいろありますが、ワインに生じてしまった硫化臭に対する対策として利用するのは銅が最も一般的で、これに次いで銀が利用されます。

これらの金属は醸造過程において直接ワインに添加することはなく、以下の化合物として利用します。

Copper sulfate (硫酸銅)

Kupfercitrat (英語/日本語表記不明)

Silver chloride (塩化銀)

なぜ金属イオンが有効なのか

これらの化合物はワインに添加されることによってそこに含まれる銅や銀をイオンとして放出します。

こうして放出された銅や銀のイオンはワイン中における硫化系化合物と結合し、不溶性の化合物として沈殿することでワインから硫化系化合物を取り除くことができるのです。

この際に生じる金属イオンと硫化系化合物との反応物がCopper sulfide (硫化銅)であり、 Silver sulfide (硫化銀)です。

なお上記の3種類の化合物のなかで最も一般的なものが硫酸銅で、すでに長い期間使われてきています。これに対してKupfercitratの使用は最近になって増えてきています。

これらの化合物をワインに添加する際にはいずれの化合物の場合であっても事前にラボで添加の必要量を測定する必要があります。

エコワインにも使えるKupfercitrat

すでに長い使用の歴史がある硫酸銅ですが、実は少なくともドイツのワイン法ではエコワイン (ビオワイン) に対して使用することは禁止されています。

ではエコワイン (ビオワイン) で仮に硫化臭が発生してしまった場合にはどうすれば良いのかというと、エコワイン (ビオワイン)に対してはKupfercitratの添加が認められているため、硫化銅に代わってこちらの化合物を使用することになります。

Kupfercitratとは、銅とクエン酸の化合物です。

硫化銅に対して重量比でおよそ30%程度、銅の含有量が多いという特徴もあります。

このため同量の銅を添加する場合には硫化銅に対して30%少ない量の添加で済むため、添加物の総量を抑制することができることもこの化合物を使うことのメリットです。

銀でなければいけない場合もある

醸造過程において発生する多くの硫化臭は上記のような硫酸銅やKupfercitratを使用することで取り除くことが可能ですが、一部より複雑な結合をもったものに関しては銅では対処ができず、塩化銀を使用する場合があります。

このようなケースの代表的なものが、上記の原因物質の項でも紹介したジスルフィド系の化合物です。

このような複雑化した化学結合をもつ物質はワインの長期熟成中にボトル内に存在する微量の酸素とエチルメルカプタンが反応することで生成されるケースが多くなっています。

金属系化合物を使用する際の注意点

金属系化合物を添加することで硫化臭への対応を行った場合、添加量によっては不溶性の沈殿物が澱として容器の底に溜まります。これらは人体に摂取されるべきではないものなので、ボトリングの前に除去する必要があります。

硫化銀の場合は一部のフィルターで除去することも可能ですが、多くの場合は別の手段を用いることになります。

その手段の一つがカリウム系の化合物を利用する方法です。

ですがこの方法で用いられるカリウム系化合物には結合中に鉄が含まれているため、硫化銅などの金属化合物を取り除く一方でワイン中に鉄が残ってしまうリスクがあります。

そこで最近になって利用され始めている手段が、PVI-PVPを用いる方法です。

PVI-PVPとはビニルイミダゾール (Vinylimidazole) と ビニルピロリドン (Vinylpyrrolidone) のコポリマーです。この物質を利用することでワイン中における銅や鉄といった重金属を効果的に除去することができることが研究で明らかにされており、欧州においては法的にも認可されています。

今でも意味がある銀器や銅器

金属系化合物の添加は適正量の測定など必要となることが多くあるためワインを飲む場合に使用することは無理があります。

しかし、昔からある銀器や銅器を使うことでこれと同等の効果を得ることが可能です。

せっかく開けたボトルに硫化臭があって楽しく飲むことができない、というのは非常に悲しいことです。ですが、カバンの中に純銅や純銀の棒やスプーンを一本忍ばせておくだけでこうした悲劇は回避できる可能性があります。

もしもの時のために、こうしたものを一つ準備しておいても良いかもしれません。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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