前回の記事、「安いワインと頭痛の関係 | ワインあるある」では値段が手ごろなワインを飲むと頭痛を感じるのは実はこのカテゴリーのワインが「安い、うまい」を備えたワインだからこそ、という話を書きました。これはいわば飲酒量という、量の視点から見た場合のことでした。一方で、頭痛という体調への影響を及ぼす可能性を検討するには量だけではなく、質の面から目を向けることが必要です。
特に、頭痛だけにこだわることなくその他のアレルギー性の反応を対象とするのであればこの点は絶対に避けて通ることは出来ません。
今回の記事ではこの質に焦点をあわせた、含有成分に関わる視点をその醸造面から見ていきたいと思います。
低コストワインに必要となる醸造手法
前回の記事でも触れていますが、プライスフレンドリーなワインを造るためにはそれに見合った醸造手法を選択することが欠かせません。この点は原料となるブドウの栽培面においても同様のことが言えますが、今回は醸造面にのみ焦点を当てて見ていくことにします。
安いワインを造るのにコストのかかる醸造手法を用いることは本質的に難しい、ということは容易に想像がつくと思います。コストのかかる醸造手法とは、例えば厳しい収穫制限および選果の実施やバリック (Barrique / 小型の木樽) の利用などを指します。意外に思われるかもしれませんが、野生酵母の利用もコスト高の醸造手法に入ります。
基本的にワインの値段を上げている要因は、マーケティング的な視点からの意図的な価格戦略を除けば、以下の2点です。
時間
リスク
この2つの要因に従って上述の醸造手法を分類すると、
時間: 収量制限、厳しい選果、バリックの利用
リスク: 野生酵母の利用
と見ることが出来ます。
モノを安く作るコツは世の中における生産の原則と同じで、基本的には1バッチにおけるボリュームの引き上げです。これに対して収量制限をしたり選果をしたり、もしくはバリックを利用することはこのバッチにおける量の単位を引き下げますので単純にバッチ数が増えることにつながり、それだけ作業に時間がかかることになります。一方で野生酵母を使用することはバッチ単位の問題もありますが、それ以上に手法としての安定性を欠くため結果として品質を安定させられないというリスクが大きくなります。
なおバリックは多少特殊な例でもあります。バリックは繰り返し使用できる回数が限られている消耗品です。しかも単価の高い消耗品ですので、使ってしまえばそれだけで直接、製造原価を引き上げることにつながります。バリックの場合はその他の消耗品と比較して圧倒的に金銭的コストが増えるためにそちらに目がいきがちですが、それ以外の消耗品については使用の有無によってどれだけ時間的コストへのインパクトがあるのかによって使用の有無が判断されていることがほとんどです。
こうした時間やリスクを都度支払う結果、最終製品であるワインのボトル単価が引き上げられることにつながります。つまり、低コストな醸造手法とは必要とされる時間とリスクを可能な限り最小化することのできる醸造手法の事であるわけです。
安く作るには時間を短縮することが重要
上述のようにワインを安く作るためには時間とリスクをコントロールすることが必須となりますが、その中でもインパクトが大きいのが工程ごとの必要時間という考え方です。しかもこれは作業ごとの括りで見るのではなく、作業力 (労働量) 当たりの合計で見る必要があります。
簡単に説明すると、例えば選果のこのことを考えてみるのが分かりやすいでしょう。
以下の二つのケースを考えてみてください。
ケース1: 作業者1人で1時間かけて25%の不良果を選別
ケース2: 作業者5人で1時間かけて80%の不良果を選別
ケース1の場合で不良果を100%寄り分けようとしたら必要となる時間は4時間です。一方でケース2の場合では作業自体の時間は1.25時間で終わりますが、作業員を5人投入していますので、実際の合計時間は6.25時間です。つまりケース2の方がケース1に対して1.5倍以上の時間がかかる、コストの高いやり方だということです。
この例から分かることは、安い製造手法とは次の要件を満たす手法だということです。
必要とする人手が少ない
時間当たりの出来高が大きい (つまり短時間で終わる)
つまり最もコストを抑えることのできる手法とは人が介在せず、かつ速く終わるプロセスを採用したものです。
安い手法、とはなんなのか
必要経費の少ない醸造手法というものがどういうものなのかの考え方を見てきたところで、具体的な手法を見てみます。醸造は以下のようなステップに分けて考えることが出来ます。
- 抽出
- プレス
- 発酵
- 熟成
安いワインを作るためにはこの各工程で必要以上にコストをかけない手法を選択していく必要があります。具体的な手法としてはそれぞれ複数の可能性が考えられますが、例えば以下のような組み合わせです。
- 抽出: 加温抽出
- プレス: プレスプログラム
- 発酵: 培養酵母の使用、加温発酵
- 熟成: マイクロオキシジェネーション (Micro oxygenation)
一つ一つの手法には専用の大型装置が必要になるなどそれ単体ではコスト高になるように思われるものもありますが、実際にはそういった大型装置は複数年に渡って使用することで長期的なスパンで減価償却が出来ますのでバリックのようなコストインパクトはありません。またこういった装置を多用することでオペレーション以外で必要となる人手を削減できることが極めて大きなメリットとなります。また、一度条件を決めてしまえばマニュアル化もしくは自動化できることもリスクの低減の意味で大きなインパクトを持ちます。
さて、前置きが長くなってしまいましたがここからが今回の本題になります。
上記の組み合わせをみて気が付くことがあります。それは熟成の部分を除き、内容の良し悪しは別にして全体的に抽出物量が増える方向性の醸造手法を採用している、ということです。
安価な手法は抽出物量を増やす可能性が高い
ワイン醸造の現場において"時間を短縮する手法"とは往々にしてハンドリングの温度が高いかストレスの大きい、もしくはその両者が組み合わさった手法であることがほとんどです。これに該当しないのは、時間の短縮などを目的に抽出など自然的な手法による獲得を故意に行わず、添加物によって不足を賄うような場合に限られます。
そしてストレス負荷の高い手法というものはそのほとんどがワインに含有される抽出物量を増やす傾向にあります。
具体的にみていきます。
色味を増す加温抽出
主に赤ワインにおける抽出時間というものは醸造プロセス全体の中でも大きな時間的割合を占めるプロセスです。しかもこのプロセス中には雑菌の繁殖の可能性などのリスクも抱えています。これに対して加温抽出という手法は複数の意味で大きなインパクトを与えます。
加温抽出自体は設定温度によっていくつかの種類に区別されますが、そのいずれにおいても以下のような効果が観察されています。
- 色味の増加
- フルーティーさの増加
- 含有タンニン量の低下
- 必要時間の大幅な短縮
さらに高温処理を組み込む場合にはブドウ品質の許容幅の拡大も可能となります。
これがどういうことかというと、純粋な必要時間の短縮という時間的コストの低減に加え、使えるブドウの品質幅の拡大によるリスクの低減という2つの面から製造コストを引き下げることが出来る、ということですし、タンニン量の低減があるもののアントシアニン類をはじめとするフェノール類の抽出量を引き上げることが出来る、という事でもあります。
一方で、健全度が多少低いブドウであっても使用することが可能になるという点から、期待されない物質の抽出の可能性を招く可能性がある、ということでもあります。
時間コスト効果の大きいプレスプログラム
プレスプログラムの変更は直接的な視点では加温抽出ほど時間の短縮効果はありませんが、それでもインパクトとしては無視できない程度の影響力を持っています。
より品質を追うワインであるほど、使用するプレスプログラムは低圧で長時間のものになる傾向が強くあります。この結果、果皮の破砕や種子の破壊による期待されない成分の抽出量は抑えることが出来ますが、一方でプロセスの時間が長くなるだけでなく搾汁率が下がります。つまりプロセス時間の純粋な増大に加えて、バッチ当たりの出来高の低下という2つの意味でコストが高くなります。
これに対して、コストの安いプレスプログラムとは加圧が高くプロセス時間の短いプログラムのことを指します。こちらではプロセスの時間が短くなるだけではなく、搾汁率が上がりますが、同時に果皮や種子の破砕率が上がる可能性が高くなり、結果、余計な抽出が行われる可能性が高くなります。
実際に両者を比較してみると、コストの高いプレスプログラムが2時間強であるのに対してコストの安いプログラムが1時間で完了できる、というわけではありません。この意味でマセレーションの時間を大幅に短縮できる加温抽出ほどの短縮効果はないわけですが、一方で搾汁率という点は安く利幅の少ないワインを作る上では欠かすことのできない生産量の増加に貢献するため、全体としてはインパクトの大きな点であると考えることが出来ます。
なお、果皮が破砕されることによるペクチンの抽出増加等に対しては酵素の利用等により時間をかけずかつワインのロスを増やさない方法を用いて対応していくことが重要となります。
発酵はリスクの低減に徹底する
発酵のステップにおいてはどれだけ速やかに発酵をスタートさせ、かつリスクを抱えることなく発酵を完了させるかが重要な意味を持ちます。
特に大型タンクを使って大量の果汁を同時発酵させる場合などには発酵中のトラブルが大規模化しやすくなります。そうなると人手も時間も場合によってはロスも増えるため、いかにこうしたリスクを引き下げるのかがコスト面からみても極めて重要な点となります。
発酵のスタート、安定した発酵の推移、発酵のスタック防止。いずれの観点からみても安定した乾燥酵母の採用は絶対に避けることのできない手法となりますし、発酵温度は多少、高めに設定することが求められます。一方で発酵時の液温が高くなりすぎると酵母の増殖や代謝に対して悪影響を及ぼすことになります。
なお、正常なアルコール発酵の実現範囲内における発酵温度の上昇により発酵副産物等の生成量が増加することは特にないとされています。
必要性が問われるマイクロオキシジェネーション
熟成のステップにおいては価格面で高価であるだけでなく、液面管理等に人的なコストを要求するバリックの使用を回避することがワインの低価格化に大きな影響を及ぼします。この点についてはバリックを使用する目的を樽香の獲得に置くのか微小酸化による熟成の促進に置くのかによって代替処置の種類が変わりますが、前者であればチップの活用、後者であればマイクロオキシジェネーションの採用などが視野に入ります。
一方で生産コストを押さえたワインはこれまで見てきたように、タンニンの含有量が少なくなる傾向にあります。つまり、渋みや収斂感が元から少ないワインであり、敢えてこのようなワインに対してコストをかけてマイクロオキシジェネーションといった微小酸化を促す手法を採用する必要性があるのかは別途議論が必要になります。このようなワインに対してはむしろ、醸造用タンニンの添加の可能性の方が高くなる場合が多くなります。
今回のまとめ | 安いワインではアレルゲンの含有が増える可能性はある
これまで見てきたように、ワインを安く造ろうとするほど技術的な介入が必要になります。そうした醸造手法の中で、発酵及び熟成のステップにおいては最終的なワインの価格の高い低いに関わらず共通して利用される手法である部分も多く、「安いワインだから…」という文脈にはそぐわない点が多くなります。これに対して、抽出及びプレスの部分では差が出てきます。言ってみればこれらのステップがワインをより安く作るための肝になる部分でもあるわけですが、それと同時に「安いワインを飲んで頭が痛くなる可能性」を増やしている部分でもあります。
抽出やプレスの過程のおける抽出物量の増加はそのままアレルゲンの含有量増加につながる可能性を示します。
すでに前回の記事で触れたとおり、ワインを飲んで生じる症状を「頭痛」に限定しないのであれば対象となるアレルゲンの種類は極めて多くなりますので、抽出やプレスの工程を通じてその候補の母数が増えれば当然、それにあたる可能性も高くなるためです。
この点の厄介な部分は、ブドウの品質が違えば抽出されるものも変わるため、一概には抽出のリスクを測れない、という点です。つまり、抽出が進んだ結果かえって味が良くなる可能性もないわけではないのです。
またこうしたワインにおいては、製造コストを引き下げるために澱混じりの部分をフィルターを通すことで利用するというロス率上昇を回避しようとする動きであったり、味の調整のために添加物量が増加したり、といった可能性も考えられます。こうした行為はタンパク質量や二酸化硫黄の含有量を増やすことにもつながりますので、アレルギーという視点から見ればネガティブに働きます。
安いワインは確かに味は一定の水準に安定して入れられ、その意味では安心して飲めるワインではありますが、同時にピュアではない、という事実を含んでいるワインでもあると言えるのです。