栽培

ワイン用ブドウの剪定|基礎と歴史からみる樹液流と長寿化という視点

ブドウ畑で行われる極めて重要な仕事の1つが剪定です。剪定とは伸びた不要な枝を切り落として必要な枝だけを残す作業を指し、主に冬から春先にかけて行われます。

剪定の歴史は古く、古代ローマ時代にはもうこの作業の必要性が明確に述べられていたといいます。ブドウはつる性植物であるため、放っておくと際限なく枝を広げていってしまいます。そんなブドウを畑という限定された空間のなかで栽培していくためには、剪定は欠かすことのできない必須の作業なのです。

剪定時期をめぐる議論。ブドウの枝はいつ切るべきなのか – Nagis wineworld

昨今、そんな歴史ある剪定が再注目され始めています。そうした注目を牽引しているのが、Gentle pruning (GP、いわゆるジェントルプルーニング) とも呼ばれる、ブドウの継続性に注目した剪定思想です。この思想を元に実際の剪定方法を体系化した技術コンサルタントの台頭などもあり、GPはワイン用ブドウ栽培の現場に着実に浸透しつつあるように見受けられます。

この記事では、ワイン用ブドウ栽培における剪定の意味や歴史、そしてGPとはなんなのかといった、剪定の基礎を振り返ります。

ブドウ栽培における剪定の意味と目的

果樹栽培における剪定とは、伸びた不要な枝を切り落として必要な枝だけを残すことです。そこには空間利用の最適化を進めるのと同時に、枝やそこにつく房の配置を整えることでミクロクリマ (微気候) を改善する意図が込められています。

特にブドウはつる性植物であるため、放置してしまうと枝は際限なく伸びていきます。また自立性が弱く自身では樹体を支えることができないため、その伸び方は地面を這うように広がっていきます。そうした性質をもつブドウを支持構造に沿って持ち上げ、決められた栽培範囲のなかに収めるためには剪定と仕立ての作業は欠かすことができません。

またそれ以外にも剪定には重要な意味があります。収量の調整や樹勢の調整、収穫されるブドウの品質改善です。

剪定で枝を切るときにはそこに残される芽の数が基準にされます。ブドウは1本の枝につく房の数がおおよそ決まっていますので、芽の数が決まればそこから伸びる枝の本数が決まり、結果として秋に収穫できる房の数も決まります。つまりその年の収穫量は、まだシーズンが始まる前の春先の時点でおおよそ決まることになります。

さらに収穫が見込まれる房の数、伸ばす枝の本数が決まるということは、樹勢もまたおおよそ決まることを意味しています。樹勢の強い樹ならば枝の本数を多くし、逆に樹勢の弱い樹ならば枝の本数は少なめにします。そうした調整を剪定を通して行うことで、樹勢をコントロールするのです。

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剪定方法の見直しとその歴史

栽培効率や収量調整としての意味が言われることの多い剪定ですが、最近ではここにもう1つ、ブドウ樹の長寿化という項目が剪定に関連する重要な焦点として取扱われるようになってきています。

GPもまさにこの点に注目した剪定思想として位置づけられます。

このような考え方に注目が集まる理由としては、近年、世界中のワイン用ブドウ生産地域においてブドウの樹幹病害 (Grapevine Trunk Diseases: GTDs) が深刻化していることがあげられます。一説によれば、フランスではEscaやEutypaに代表されるGTDsによっておよそ13%の樹が不生産化していると指摘されています。

GTDsは従来、カビなどの菌類がブドウの樹体内に侵入することで引き起こされると考えられてきました。一方で、最近ではこの考え方が見直され、菌の侵入による影響は二次的なものであり、より影響の大きな要因は剪定による木部の損傷であるとの指摘がなされるようになってきています。まずは剪定による損傷が木部の壊死を招き、その壊死した部分に菌が侵入することで病害が拡大する、という考え方です。まだ完全に証明されたわけではないようですが、最近の検証事例からはこうした説を支持する結果が示されています。

注目されるのは樹液の流れ

剪定に伴う木部の損傷とはなにか。それを具体的に考える手がかりとなるのが、樹液の流れと切り口の大きさです。

剪定を行った際、枝の切り口 (剪定創) からは枝の内部に向かって乾燥が進みます。この乾燥は切り口を底辺とした円錐状に生じるため、乾燥円錐 (Desiccation cone) と呼ばれています。この乾燥円錐が生じることでその部位における樹液の流れが阻害され、壊死が進みます。乾燥円錐の深度は、一般には切り口の大きさに相関があるとされています。

剪定を行う以上、乾燥円錐の発生は避けられません。一方で乾燥円錐の進行が大きい場合、最悪のケースでは樹体の大半が枯死することになります。そうした事態を避けるために、剪定創を小さくし、樹液流を阻害しないようにしようとする剪定方法が提唱されるようになりました。この剪定思想・技術のことをGentle pruningやrespectful pruning、もしくはSap flow respecting pruningなどと呼んでいます。また単にSoft pruningと呼ぶこともありますが、基本的にはすべて同じ剪定思想のことを指しています。

なお、同じく最近注目されている剪定手法であるMinimal pruningはまったく別のものです。またSimonit & Sirch methodと呼ばれる場合もありますが、これはGentle pruningを推奨する特定のコンサルタントが自身の手法を名称化したものです。内容的に類似してはいますが、Gentle pruning = Simonit & Sirch method、というわけではありません。

繰り返されている剪定手法の見直し

剪定という技術自体は古代ローマ時代から提唱されてきました。また地中海地域では剪定創を枝や樹体の片側に集中させ、樹液流の阻害を最小限に抑える整枝法が何世紀にもわたって受け継がれてきています。

剪定の方法が見直される1度目のきっかけは、フィロキセラ (Phylloxera, 日本名:ブドウネアブラムシ) による被害だったと言われています。19世紀末、フィロキセラによる被害を避けるため、台木の利用が始まりました。

徹底解説 | フィロキセラ – Nagis wineworld

それまでの欧州系品種をアメリカ系品種に接ぎ木するこの技法は、フィロキセラによる被害を抑制しただけではなく、樹勢の向上を栽培現場にもたらしました。根がかわったことによって生長の勢いが強くなったブドウは、従来の剪定方法では樹勢のコントロールがしきれず、より強い剪定が行われるようになりました。結果、樹勢がコントロールされるようになった一方で、今度は樹体の衰弱が問題視され始めたといいます。

こうした問題を受け、20世紀初頭にはブドウ樹へのダメージを抑えることを目的とした剪定方法が提案されます。過去からの剪定方法に注目したもので、現在のGentle pruningの基底となる考え方です。ギュイヨ・プサール (guyot poussard) の剪定、仕立て方法が提唱されたのもこの時期です。

一方、こうした流れは20世紀後半にブドウ栽培の合理化の波に飲まれ、再度変わります。1960年代以降、ブドウ畑では生産性向上とコスト削減が優先されるようになり、作業速度を重視した剪定が主流となりました。この時期、伝統的な剪定に関する知恵は次第に忘れられ、再度、強い剪定が行われるようになりました。これが現在まで続くGTDs問題の原因となり、今また、伝統的知見への回帰が行われようとしているのです。

Gentle pruningはここ数年で注目を集めている一方、その概念自体は新しいものではありません。以前から行われてきた伝統的な技術と知見を科学的に再評価し、整理しなおしたものなのです。

ブドウの長寿化を実現する、樹液流という視点

GTDsによるブドウ樹の枯死が問題視される一方で、ブドウの樹の早期老化もまた以前から栽培現場における課題として認識されてきました。ここで重要なのが、こうした生産効率の低下がもたらす経済的打撃です。

ブドウが枯れてしまえば、その抜けを補うためには補植が必要になります。しかし費用をかけて補植を行っても、その後の3~5年間は補植した樹からは収穫を得ることはできません。また仮に樹が枯れるところまではいっていなかったとしても、老化が進むと収穫量が減ってくるためやはり経済性は低下します。

GTDsは別にしても、樹の老化はある意味で仕方のないものと考えられてきました。老化による生産性の低下を避けるため、多くのワイナリーが定期的な植え替えを行っています。いわば老化とそれに伴う植え替えの費用は、ワイナリー経営上の必要経費として受け止められてきたのです。

しかし最近、この老化を促進させる原因が剪定と関係している可能性があることが示唆されています。

先行研究では剪定によって生じる乾燥円錐が検証条件下においては樹液の流れを35~40%程度低下させたとの指摘がなされています。また樹体内に乾燥円錐が形成されることに伴い、多量の貯蔵栄養分が消費されることも報告されています。

樹液の流れが滞ると、ブドウの樹が根から吸い上げた水や養分、もしくは光合成によって生成した炭水化物が樹体中の必要箇所に運ばれにくくなります。その結果生じる栄養不足は一般に樹体中に貯蔵されている栄養分を消費することで賄われますが、前述のとおり、樹液流の撹乱それ自体が貯蔵栄養分を消費する原因ともなってしまいます。つまり剪定によって樹液流が阻害されると、貯蔵栄養分の消費量は剪定創による影響がない場合と比較して遥かに大きなものとなります。

樹体の貯蔵栄養分は春先の萌芽から展葉までの間の重要な栄養供給源です。花梗の形成もこの時期に進むとされているため、貯蔵栄養分の欠乏はブドウ樹の生長から収穫量に至るまで、多大な悪影響を及ぼすことにつながります。また生長の不良は消費された貯蔵栄養分の回復を遅らせるため、長期的な養分枯渇を生じやすくなり、最終的に樹の老化を速める可能性が指摘されているのです。

剪定を行う以上は樹体内における乾燥円錐の形成を完全になくすことはできません。一方で、その方法を変えることで、これまでは促進されていた老化の進展をより本来の速度に近いところまで戻し、結果として現在よりもブドウの寿命を長くすることで畑の継続性を高めることができるようになると考えられているのです。

Gentle pruningという思想と技術

歴史の繰り返しを経て改めて注目を集めているGPですが、これは何かしらの具体的な技術を指した言葉ではなく、思想と技術を含めた剪定体系全体を指した言葉です。思想とはブドウの健全性を保ち樹の寿命を伸ばすことであり、技術とは樹液の流れを尊重した作業方法を指します。

GPの実践において重要となる点は複数ありますが、基本となる考え方は以下の3点に集約されます。

  1. 剪定をする以上は乾燥円錐の発生は避けられない
  2. 乾燥円錐が形成された周辺では樹液流の撹乱が生じる
  3. 野放図な剪定創は乾燥円錐の深度を増加させる (枯れ込みを深くする)

つまりGPの実践とは、絶対に避けられない乾燥円錐の形成を如何にして樹液流の流れに影響させないようにしつつ、枯れ込みの進行を防止するのか、という点に集中することに尽きます。そのために提唱されているのが、剪定創を樹体の片側に集中させる剪定方法です。

樹液流を阻害しない剪定方法

枝を切ればそこには剪定創ができ、その創を発端に乾燥円錐が形成されます。繰り返しになりますが、この乾燥円錐の形成自体を避けることはブドウの持つ植物生理的特徴からできません。また樹液は通常、樹体表面から数mm程度の位置を流れています。そのため、それがどんなに浅いものであったとしても、乾燥円錐が形成されてしまうと樹液流は撹乱されることになります。

こうした前提にたった上で、さらに樹液流の撹乱を受けない剪定を行うためにはある種の割り切りが必要となります。一部の流路を犠牲にして、もっとも重要な流路を守るのです。

ここで樹液の流れを考えてみます。

ブドウの樹では樹液の流れは基本的に下から上に流れていきます。これは根が土壌中の水分を引き上げる際に、葉からの蒸散による陰圧を利用しているためです。簡単に言ってしまえば、ブドウの樹では葉が水を引き上げるポンプなのです。

葉は枝についているものなので、ブドウの樹全体の位置関係でみれば上部です。樹の上の方でポンプが回っているため、樹の下部である根から吸収された水は葉に向かって下から上へと引き上げられていくことになります。この時、樹液は幹の中心部ではなく、表面に近いところを通っていきます。

この構造がわかると、樹液の流れにおいて重要な流路の位置関係もわかります。仕立ての方法がギュイヨであってもコルドン (Cordon) であっても、それが垣根仕立てであるときには枝や腕の外側、もしくは下側が常に優先的に樹液が流れる流路となります。つまり、こちらが守らなければならない流路、もっといえば剪定創を作ってはいけない流路ということです。

一方で伸びた枝は切られなければなりません。また枝を伸ばさなければ収穫はできません。ではどうしたらいいのかといえば、常に内側もしくは上側の枝を伸ばし、その枝を剪定していくのです。こうすることで剪定創は常に樹の片側、しかも樹液の流路として考えれば重要度の低い側だけに集中することになります。これを繰り返すことで一方の側にだけ剪定創を集中させ、他方には一切の乾燥円錐を生じさせない剪定が可能となるのです。

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Gentle pruningは救世主となりうるのか

GTDsに苦しんでいる欧州において、GPは極めて重要なものであると認識されています。一方でこの剪定体系が世界中のどこででも通用するのかというと、疑問が残ります。

樹液流の流れを最大限尊重する剪定方法を検証した事例からは、すでにいくつかの結果が得られています。まずこの剪定方法はブドウの樹勢を強めます。これについては乾燥円錐が原因となって樹の活力が阻害されているという前提に立てば、樹勢が強くなったわけではなく、むしろ本来の状態に戻っただけともいえます。しかし両者を比較すれば、樹勢が強くなったと感じられる状態になることに間違いはありません。つまり、もともと樹勢が強い地域においてこの剪定方法を採用することは、管理できないほど強い樹勢を招く可能性がある、ということでもあります。

またGPと病害への罹患の関係性はまだ完全には解明されておらず、GPを行ったからといってGTDsが本当に抑制できるのかどうかはわかっていません。ただその一方で、一部の事例では抑制されやすい病気とされにくい病気がそれぞれ存在するらしいことが報告されています。これは仮にGTDsへの対策を主目的として剪定手法の変更を検討しているのであれば、GPが必ずしも正解にはならない可能性を示唆しています。

樹液の流れを阻害しない、きれいな流路を作るということは同時に樹液の流れを速くすることでもあります。言ってみれば細く曲がりくねっていた道路を太く一直線の高速道路に作り変えるようなものです。それまで流量不足に悩んでいた地域であればこれは大変な改善につながりますが、逆に強すぎる勢いが構造的に抑制され結果的に適正量の流れを確保できていたような地域では、それまでの調整がなくなり過剰な結果につながってしまう可能性も否定できません。

また順調に樹液が回る状況というのは、樹液に含まれるあらゆるものもまた順調に樹体全体を回るということを意味します。この「あらゆるもの」には養分だけではなく、ウイルスなど樹体内への拡散が望ましくないものも含まれます。

ブドウの老化にともなう植え替えは確かにワイナリーに少なくないコストを強いています。金銭的な面から見れば、少しでもブドウの樹を長寿命化させて1本の樹から多くの収穫を得ることは理にかなった経営戦略といえます。

一方で、この定期的な植え替えが致命的な病気の拡大や、過剰な土壌の疲労を抑制していた面も軽視するべきではありません。時代にあわせた栽培品種構成の変化という面でも、一定期間ごとの植え替えは小さくない役割を果たしてきていました。直接、間接の両面からかかるコストが大きいためついついデメリットばかりを見てしまいがちな定期的な植え替えですが、一方的に否定すると思わぬデメリットが生じる可能性があります。

確かに樹齢が数十年と長いブドウの樹が畑に植わっていることには浪漫があります。古樹を品質の1つの基準のように捉える向きもあります。そうした考えからはGPを実践することでブドウの樹をより長い期間にわたって生産的な状態においておけることには小さくないメリットがあります。

しかし本当にそれが自分たちの圃場にとってベストな選択なのか。実は割り切って一定期間後の植え替えを前提にしたほうが、全体の設計としては適しているのではないか。天候の変化を始め外的環境要素が追いつけない速度で目まぐるしく変化していく現代で剪定を考えるうえでは、そうした思考もまた必要とされているかもしれません。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。ドイツのワイナリーで醸造責任者を歴任。栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーの醸造家兼栽培醸造コンサルタントとして活動中

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