栽培

ブドウの台木を知る基礎講座

OIV (International Organisation of Vine and Wine) という団体の発表している統計情報によれば、ワイン用ブドウだけではなく、生食用、ドライフルーツ用、ジュース用などすべての用途を含めた2022年時点における世界のブドウの植栽面積は730万ヘクタールだとされています。730万ヘクタールと言われてもピンときませんが、例えば北方四島を除いた北海道の面積がおよそ78400平方キロメートル、784万ヘクタールですので北海道本島よりもやや小さいくらいの面積でブドウが栽培されているということになります。地球全面積に対する北海道の大きさをどうみるかには様々な意見があると思いますが、それでも一作物がこれだけの面積で栽培されているという事実には驚くしかありません。

北海道を埋め尽くすほどの面積で栽培されているブドウの多くには接ぎ木と呼ばれる技術が使われています。特に全ブドウ栽培面積のおよそ7割を占めると言われるワイン用ブドウの栽培ではその採用率はほぼ100%に近く、接ぎ木されていないブドウはごく限られた地域や限定された条件下でしか見かけることはありません

ワイン用ブドウのほぼすべてが接ぎ木されていることはよく知られていますが、この技術の細かい内容や影響の範囲についてはあまり知られていません。この記事ではワイン用ブドウ栽培ではすでに当然ともいえる接ぎ木、その中でも台木と呼ばれる存在について解説をしていきます。

接ぎ木と台木

接ぎ木とは2つ以上の植物をお互いにつなげる技術のことです。このとき、根の側にくる木を台木、その上につながれる木のことを穂木と呼びます。台木と穂木は異なる種類の植物が使われることもありますし、同じ種類の植物同士をつなぐ場合もあります。ワイン用のブドウでは台木も穂木も同じブドウに分類されている植物を使いますが、その種類が違っています。

植物を接ぎ木する場合、ある程度樹齢が高くなった木の幹や枝に穂木をつなげる場合と、苗の時点で接ぎ木している場合とがあります。ブドウ栽培の現場でも両方の方法が採用されています。一方で基本的に業者から出荷される苗はすべて接ぎ木されています。ワイン用ブドウを栽培している国や地域のほとんどでは台木を用いない、自根と呼ばれる穂木だけの樹を畑に植え付けることを法律的に禁止しているためです。こうした禁止事項が存在していない国や地域はチリやオーストラリアの一部地域などごく僅かです。つまり、ワイン用のブドウ栽培において台木を用いることは半ば以上に義務なのです。

ブドウで台木の利用が義務である理由

植物は種子から育ててしまうと遺伝子交雑が発生し、親の特性を完全には引き継がないという問題が発生します。このため接ぎ木は品種改良した作物の品種特性を守るために必須の技術とされていますが、ワイン用ブドウの栽培で法的に義務付けまでされている理由は品質の維持とは違います。病害虫への対応のためです。

また接ぎ木の技術自体は生産植物栽培や園芸栽培の場で古くから使われている技術といわれていますが、ワイン用ブドウに対して使われるようになったのは比較的最近のことです。きっかけはフィロキセラと呼ばれる、ブドウの根に寄生する小さな昆虫。この昆虫が1860年代に北米大陸から欧州に渡ってきたことでそれまで隆盛を誇っていた欧州のワイン用ブドウ畑は壊滅的な被害を受けました。

欧州系ブドウ品種にとって致命的な害虫となったフィロキセラへの対策として採用されたのが、接ぎ木でした。フィロキセラはブドウの葉と根に寄生しますが、根への寄生が被害を爆発的に広めた原因でした。そこでフィロキセラが生息しているにも関わらず欧州のような被害が出ることのなかったアメリカ系ブドウ品種を台木にし、その上に従来の欧州系ブドウ品種を接ぎ木することでようやく欧州におけるワイン用ブドウ栽培が再興できたのです。1880年代のことでした。その後、フィロキセラが世界中に広がっていったこともあり、今ではワイン用ブドウ栽培ではフィロキセラが生息していない一部の例外地域を除いて台木の利用が前提となり、またフィロキセラの被害拡大を危惧した各国でも台木の利用を義務付けるようになったのです。

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ワイン用ブドウの台木は3品種

ワイン用ブドウに使用される台木ではフィロキセラへの耐性を持っていることが大前提となります。そして欧州系のブドウにはこうした耐性はなく、アメリカ系のブドウにのみ耐性があるとされています。このため、ワイン用のブドウに使用される台木は基本的にはすべてアメリカ系のブドウ品種です。欧州系品種が台木の品種に使われている場合もないわけではありませんが、その場合には純粋種としてではなく、交配種として使われています。

欧州系ブドウ品種にリースリングピノ・ノワールシャルドネカベルネソーヴィニヨンシラーといった数多くの種類が存在しているように、アメリカ系ブドウ品種にも複数の種類が存在します。ですので台木としても多くの品種から選べるように考えがちですが、実際には台木用品種として使用されているのは、リパリア (Vitis riparia) 種、ルペストリス (Vitis rupestris) 種、ベルランディエリ (Vitis berlandieri) 種の3品種に偏っています。世の中には非常に多くの種類の台木が存在していますが、それらの多くがこの3品種の掛け合わせで生み出されたものです。

台木用純粋種の特徴

多くの台木用品種の親として使われている3つの品種にはそれぞれ異なった特徴があります。

リパリア種は河川の低湿地に自生している品種であるため根の張りが浅くなる傾向が強くなります。一方でルペストリス種は岩の多い痩せた傾斜地に自生している品種であるため根の張りが深く、耐乾燥性も高い品種として知られています。砂地に対して適応しやすいのもこの品種の特徴です。リパリア種、ルペストリス種ともに交配を経ることなく直接台木として使用することができる台木用純粋種でもあり、Riparia Gloire de MontpellierやRupestris du Lotとして実用化されています。

ベルランディエリ種は石灰岩土壌に自生している品種で、耐石灰性に優れpH の高い土壌に適応している点が大きな特徴です。ルペストリス種と同様に耐乾燥性が高く、使い勝手のいい品種として知られている一方で切り枝からの根付きが悪く、この品種を交配なしに台木として利用することは行われていません。

台木品種の親と交配

Riparia Gloire de MontpellierやRupestris du Lotなどを除けば、ほぼすべての台木用品種は交配によって生み出されています。交配される際の親のほとんどは上記の3品種ですが、中には穂木用の品種を片親に持った品種も存在しています。

交配を経ることで作り出された台木用品種はそれぞれの親の特徴を引き継いだ品種となりますが、一方でこれらの子世代は親世代のすべての特徴を均等に受け継ぐことはありません。子世代の間でも違った特性をもった樹が生まれてきます。異なる台木用品種であるにも関わらず、親の掛け合わせが同じ品種が複数存在するのはこれが理由です。

例えば5BBという品種とSO4という品種はどちらもリパリア種とベルランディエリ種を親として持っている品種ですが、それぞれが異なる特徴を親から受け継いでいるため別の品種として登録されています。どちらもベルランディエリ種を親にもっているため石灰岩土壌に対応できるなど、同じ親をもった品種間では全体の傾向としては似通った特徴を持ちますが、細かい部分で違いが存在しており、その差が選択肢として提供されています。

5BBはハンガリーのブドウ育種家、シグムンド テレキ (Sigmund Teleki) 氏によって開発された品種でテレキ系3大品種と呼ばれる品種の1つです。耐乾性や早熟性に優れた品種として知られています。同じテレキ系品種の5Cはやはりリパリア種とベルランディエリ種の交配品種ですが、耐乾性の点では5BBにわずかに劣る一方で耐寒性に優れており、北海道で好んで使われている台木品種です。テレキ系品種は根の張りがやや浅くなる傾向があるとされています。

SO4は正式名称をSelection Oppenheim 4といい、世界中で最も頻繁に使われている台木品種の1つです。テレキ系品種と同様にリパリア種とベルランディエリ種の交配によって作られた品種ですが、樹勢が強く、収量が多いことで知られています。耐乾燥性に優れ、石灰質土壌にも適応できることで広く普及していますが、栽培自体は肥沃な土地に適しているとされています。

根の違いがもたらす意味

ワイン用ブドウを栽培するうえではフィロキセラによる悲劇を繰り返さないためにもはや自根での栽培は考えられず、台木に頼ることは必須です。そもそもフィロキセラに対応できなかった根系を別の根系に置き換えることを目的に接ぎ木の技術が採用されているわけで、台木を使えばその品種ごとに根系も変わることは自明です。しかし水分や栄養素のほとんどを根を通して吸収している植物にとって、その根幹となる根が変わるという事実は決して小さいものではありません。台木に利用する品種が違っていれば、同じ穂木品種であったとしても水分や栄養素を取り込む能力に差が生じることがわかっています。

台木用品種の差によって生じる土壌からの吸水能力の差は樹全体の生長力や樹勢の差となって現れます。また基本的な水分摂取能力が高いということは、乾燥ストレスが高くなった場合にも比較的安定して水分を得ることができる可能性が高いということでもあります。植物の生理反応の一環として乾燥ストレスが高くなると光合成が抑制されるため、台木の持つ乾燥ストレスへの耐性の高さが間接的に樹の生長やブドウの品質に影響を与える可能性が示唆されています。さらに根系の充実度の差は樹体内の養分蓄積量に影響することがわかっています。水分やそこに溶け込んだ栄養分の摂取が安定化し、加えて樹体内の養分蓄積量が増えることで樹自体の生産性は向上します。栄養の蓄積量は花序の生成数にも影響するため、台木に採用する品種の違いによる根系の構成の差は間接的に収穫量にも影響することになります。

また植物における生長ホルモンの生成や分泌、蓄積は根の状態と深い関係があるとされています。つまり台木が変わることで根系が変わると、こうした生長ホルモンの供給状態にも変化が生じる可能性があります

一部の生長ホルモンの分泌状態は樹の生長や気孔の挙動、さらには収量にも影響を及ぼす可能性があることは検証を通して確認されていることでもあります。一方でこうした影響は穂木の品種や栽培環境、その年の天候状態などによるものよりも小さいと考えられており、どこまで差が出るのかはまだ明確にはされていない部分でもあります。

フィロキセラ以外の病害虫への対応策としての台木

台木の利用がいつまで有効なフィロキセラ対策であり続けられるのか、という問いに対しては現状、明確な回答がありません。一方で接ぎ木という技術を用いてできるフィロキセラ対策はすでに完成されており、この点に対して今からなにかすることは基本的に行われていません。現在行われているのは、さらに別の病害虫への対応策として台木を選定することです。その代表格が、土壌中に存在するセンチュウ (Nematode) です。

センチュウは線虫とも書かれるとおり、ミミズのような糸状の外見をしていますが肉眼で捉えることはできないほどに小さな存在です。ブドウをはじめとして農作物に被害を与えるセンチュウは植物寄生型線虫と呼ばれるもので、樹の根に針のようなものを刺してそこから養分を奪っていきます。土壌中でセンチュウの存在数が増えると吸われる養分の量も比例して増えていき、十分な栄養を得られなくなった樹は生育不良をおこし最終的には立ち枯れてしまいます。またセンチュウは病気を媒介することでも知られており、一度センチュウによる被害が出始めると一気に広範囲に被害が広がるリスクが高くなります

センチュウによる被害の出方は根へのダメージから始まっており、フィロキセラによるそれと似通っています。とはいえ、フィロキセラには対応できる台木であってもそのままセンチュウにも対応できるわけでは必ずしもありません。そこで台木の交配品種を選定し、交配世代の選抜をしていくことでセンチュウによる被害を防止できる台木用品種の開発が続けられています。

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台木はワインの品質に直接影響しない

台木を使用することでワインの品質にどのような影響が出るのか、という問いに対してはすでに数々の議論が行われてきました。議論の過程で様々な検証が行われていますが、現時点においては台木が直接ワインに与える影響はないとはいえないものの大きくはない、というのが大勢の見解になっています。影響はない、とする意見も多く存在しています。

基本的にはブドウの品質は穂木の持つ特徴を元にヴィンテージや栽培手法によって決定されます。台木による影響は、むしろ台木のもつ土壌への適応度や水分の取り込み能力などを背景とした樹勢やキャノピーの大きさ、房の構成などへの作用を通して発揮されており、それは直接ブドウの品質を左右はしないと判断されているのです。

1つの品種の穂木に対して複数の品種の台木を接ぎ木し、栽培から醸造までをまったく同じように管理することで台木による差を検証した実験が行われています。その実験結果からも、台木が違っていても収穫されたブドウや出来上がったワインにおいて果汁糖度や総酸量といった化学的物性に差が生じないことが報告されています。一方で台木の違いによって剪定枝重量に差が出ることも確認されており、台木の違いが樹の活量に影響していることもまた、わかっています。

こうした点をみていくと、台木の選定はブドウの生長やワインの品質に対して何かしらのメリットを得るというよりは、その土地の環境にブドウを適切に合わせることでそうしなかった場合に生じるデメリットを回避する、という意味合いが強いことが分かります。

最近では世界的な気候変動への対応を目的にした台木の開発も進められており、より一層、適切な台木を用いることでデメリットを回避する、という意味合いが強くなっていくものと考えられます。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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