ワイン 栽培

ワイン用ブドウの栽培 | クローンを知る

ワインの勉強をしていると「ブドウのクローン」という言葉に遭遇することがあります。

クローン

最近ではワイン以外の分野で耳にする機会も増えてきた単語ですが、まだまだ一般に広く認識されているようなものではありません。しかもワインの分野では醸造面よりも栽培面での意味が大きく、テイスティングの場で注目されることはあまりありません。

クローンがなんなのか、何となくはわかっていても理解しきれていない場合も多いのではないかと思います。一方でこだわる人はこだわり抜くのがこのクローンでもあります。

この記事ではブドウのクローンについて解説をしていきます。

クローンとはなんなのか

クローン (clone) は同一の遺伝子情報を持つ個体や細胞、またその集合を指す生物学の用語です。

すべての生物は遺伝子 (DNA) を持っていますが、有性生殖をおこなう範囲に限れば完全に同一の遺伝子情報を持った別個体は存在しません。父親と母親がそれぞれ別の遺伝子を持っていて、その両方の遺伝子が混ざり合って (交雑して) 子供の遺伝子となるからです。

こうした交雑のおかげで遺伝子情報に多様性が生まれ、たとえ親兄弟であっても顔つきも背丈も、その他の身体的特徴も違ってきます。

これは植物でも同じです。

多くの植物が遺伝子を交雑して種子を作ります。この交雑は雌しべと雄しべの間で起こります。植物も種を作る際には有性生殖をしているのです。

家庭で花を植える場合や家庭菜園で野菜を育てる場合、ホームセンターで種を買ってきて植えつけるのが一般的です。この時、植えられた花や野菜は種で増えていきます。一方で、ワイン用のブドウは種を植えて育てることはほとんどありません。枝を挿し木して増やしていきます。

理由は遺伝子の交雑を避けるためです。

遺伝子情報を変えたくないブドウの事情

遺伝子はいわば生物の設計書です。その生物がどのような特徴を持つのか、遺伝子によって決められています。

人間社会では「みんな違ってみんな良い」と異なる性質、つまり異なるDNAの集合が歓迎されますが、果樹栽培の現場では違います。「みんな違ったらみんな大迷惑」なのです。

遺伝子はその生物の特徴を決める決定的な要因です。ブドウでいえば、房の大きさ、粒の大きさ、1房での粒の数、甘くなりやすさ、色の付きやすさ、色合い、木の成長しやすさ。すべて遺伝子が決めています

ブドウ栽培の現場ではブドウに求められる性質があります。病気にかかりにくい方がいい、房も粒も小さめの方がいい、房のなかで粒同士が余裕をもっていた方がいい、熟す時期が早い方がいい、遅い方がいい、早くも遅くもないくらいがいい。自分の畑のある環境でよく育つブドウがいい。

内容は様々ですが、時々、こうした要望に合致したブドウの樹が見つかることがあります。ブドウの栽培家にとってはまさに宝物を見つけた気分です。

ところが、これはいい、と思ってその樹から収穫したブドウの種を植えてみても、育ったブドウの樹はまったく別の特徴をもっていて期待したものとは似ても似つかない樹になってしまいます。種を作るときに遺伝子が交雑することで遺伝子の情報が書き換えられてしまったためです。種を植えた本人にしてみれば絶望感を覚えるのに十分な出来事ですが、冷静になれば当たり前でもあります。

全く別の設計図を使って建てた家が全く別の家になるのは当然なのですから。

しかし、栽培家はこの当たり前が困ります。

より品質の高いブドウを収穫するためにはそれにあった性質を持つブドウの樹を栽培する必要があります。赤い色のブドウをつける、というDNAを持ったブドウの樹をいくら栽培してみてもその樹から白い色のブドウは収穫できないのです。

同じように赤いブドウが欲しくて種をまいたら白いブドウになってしまっては困ります。栽培家が欲しいのは「決まった性質を持つブドウ」なのであって、開けてみるまで中身の分からない福袋のようなものではありません。

この決まった性質のブドウを得るための方法が、クローンです。クローンは、いわば中身の分かった福袋を買うための方法なのです。

ブドウのクローンの作り方

ブドウの実には種があります。つまり、ブドウの樹は種からでも増やせます。一方でブドウは枝を切って地面に挿す、挿し木でも増やすことができます

種で増やすのは有性生殖です。遺伝子の交雑が生じます。対して挿し木は伸びていた枝を切って使うため、生殖行為を伴いません。つまり遺伝子の交雑が生じません。

挿し木で増えた樹はもともとの樹とまったく同じ遺伝子情報を持っています。よってこの2本の樹の持つ特徴は全く同じです。つまり、挿し木から増やした方の樹はもともとの樹のクローンという位置づけになります。

ブドウの樹は基本的にはこうした挿し木の技術で増やされています。

なかには自分の畑の中でより望ましい性質を持った樹を選び、その選んだ樹からクローンを作ってほかの樹を植え替えるマサルセレクションを進めていく栽培家もいます。

1つではないクローンの種類

クローンが理解しにくい理由の1つはその種類の多様さです。

クローン=「同一の」DNAを持つ個体、なので、クローンはすべて同じもの、と思ってしまいがちです。違います。クローンにも種類があります

栽培家が欲しい特徴のすべてを備えたただ1つのクローンが存在していれば話は単純なのですが、それぞれの要望が正反対の特徴となる場合も珍しくありません。そうなるとそれぞれの特徴にあった性質を持つ樹 (クローン) が必要になります。

つまりクローンと簡単に言ってみてもその内実はすべて同じものではないのです。クローンは同一のもの、と言っておきながら、クローン同士は別物、とかもう何を言っているのかわからない、と思われている方は実は多いと思います。

クローンという単語の1つ目の使い方は、例えば「肥沃な土地でも小さな房をつける」という特徴を持ったAという樹を挿し木で増やしたA´の樹を指したものです。AとA´はそれぞれ別の樹ですが、持っている遺伝子情報は同じなのでA´はAのクローンです。

次の2つ目の使い方が、Aとは別の特徴であるBの特徴を持った樹とその樹から挿し木して増やしたB´の樹を指したもの。BとB´は同じ遺伝子情報を持っているのでB´はBのクローンです。ところが同じようにクローンといってもA´とB´は別の遺伝子情報をもっているため、A´もしくはAとB´もしくはBの間にクローンの関係はありません。

分かりやすく数式のような表現をしてみると

オリジナルとクローンの関係

オリジナル A = クローン A´
オリジナル B = クローン B´
オリジナル A ≠ オリジナル B
クローン A´ ≠ クローン B´

となります。こうしてみてみると、いたって普通のことをいっているんだな、と感じるのではないでしょうか。ちなみに、オリジナルのAとBに関しては両方ともが同じブドウ品種であることはよくあります。

つまり、ブドウ品種という枠組みで上と同じような数式を書いてみると

ブドウ品種とクローンの関係

オリジナル A = クローン A´
オリジナル B = クローン B´
オリジナル A = オリジナル B
クローン A´ = クローン B´

いわばブドウの品種は自動車の車種 (例えばトヨタのヤリス)、クローンは車体の色や内装、排気量といったバリエーションです。車体の色やバリエーションが違えばそれは別の特徴を持った車体 (クローン) ですが、それらはすべてヤリス (品種) です。

クローン、、、何かに似ていませんか?

なぜ栽培家はクローンにこだわるのか

ブドウの栽培家がクローンにこだわる理由は、少しでも自分の栽培環境に適したブドウの樹が欲しいからです。

クローンによる違いは一般に思われているよりも大きい場合が多くあります。クローンの違いは同じ車体の色違い、くらいに思われるかもしれませんが、中には2駆と4駆、もしくはマニュアルとオートマくらい大きな差がある場合もあります。

上のグラフは収穫量、果汁糖度、酸量のクローンごとの違いを測定したものですが、かなり大きな差があることが分かります。特に赤い棒グラフは一番多いものと少ないものとの間で30%近く差が出ています

つまりこの赤い棒グラフが示している特徴が欲しい栽培家はそれに適したクローンを選べば、それだけでほかのクローンを選ぶよりも大きな成果を得られます。逆の場合も同じです。

この「クローンを選ぶだけ」である程度の成果が約束される点、しかもそれが1年限りではなく、その樹を植えている間ずっと続く点が栽培家にとってとても大きなインパクトを持つからこそ、栽培家たちはクローン選びにこだわるのです。

ブドウの遺伝子は気まぐれなもの

栽培家は自分の理想とする畑を実現するためにクローンの選抜にはとてもこだわります。しかしそうした理想の畑が100%完成することは極めて稀です。ブドウがそれなりの頻度で突然変異による遺伝子情報の変化を起こすためです。

そもそもなぜブドウにこれほど多くの種類のクローンが存在しているのかといえば、それはブドウが比較的突然変異を起こしやすい植物だからです。この突然変異は枝変わりとも呼ばれます。

枝変わりによる遺伝子情報の変化の多くは些細なもので、外見的な変化としてとらえられません。何も変化を起こしていない場合も多々あります。その一方で、1本のブドウの樹から伸びた枝のなかの1本だけ、ブドウの色が変わってしまったり房の大きさが如実に変わったりする場合があります。こうした変化が現れた枝から挿し木を作り、増やしていくことで新しいクローンが作り出されています。

ブドウの突然変異は芽で起きるので、多くの場合は枝単位です。樹が丸々一本変化するなんてことは通常ありません。つまり、望ましいクローンを探す作業は枝1本を畑の中から探し出す作業でもあります。一定の面積の畑に数千本の樹が植えられ、それぞれの樹から伸びる数本の枝の中から望ましい変化を起こした1本の枝を見つけ出すことは簡単なことではありません。

しかし栽培家や研究家たちはそうした気の遠くなるような数の枝の中から、よりよい1本を探し出し、それによってブドウの品質を高めてきました。今あるクローンはそうした努力の証明でもあります。こうした努力はこれからも続けられ、クローンはよりその数を増やしていくのです。

クローンについては穂木と呼ばれる、ブドウの房を付ける部分の品種のものが有名ですし、よく知られています。一方で、台木に使われるブドウにもいくつものクローンが存在しています。オンラインサークル「醸造家の視ているワインの世界を覗く部」ではこうしたあまり知られていない台木のクローンについての紹介記事を公開する予定です。

メンバー限定記事の内容の一部は再編集したうえでnote上でも公開します。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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