醸造

除梗がワインにもたらす影響

12/26/2021

1年かけて育て上げ、収穫したブドウが醸造所に届いたときに最初に醸造家が頭を悩ますのが、そのブドウをどうやってワインに仕上げていくのか、です。

この「どうやって」にはいろいろな意味が含まれています。

そんな中の1つが、「どうやって搾るか」です。

実はこの問いかけにもさらに多くの内容が含まれているのですが、今回考えるのはそうした中でも最初の方に位置する質問である、「除梗をするのか、しないのか」です。

除梗の意味と目的

除梗とは読んで字のごとく、梗を取り除くことをいいます。ブドウはたくさんの粒が緑色をした茎のようなものでつながっている形をしています。この茎のような部分のことを「梗 (こう)」と呼びます。

つまり「除梗をする」とはブドウの粒を梗から外して粒だけにすることをいい、逆に「除梗をしない」場合にはブドウの粒は梗についた状態のままでその後の醸造工程に進んでいきます。

いいワインを造るためには除梗するのが当たり前と思われている場合もあります。他方で、例えば世界的にも愛好家の多いシャンパーニュ。ブドウを搾るときには除梗しません。除梗していないにも関わらず、あんなに「いいワイン」が造られています。

ワイン醸造で「除梗するのが当たり前」と思われているのは主に赤ワインを造るときです。赤ワインではマセレーション、日本語で醸しと呼ばれる、ブドウの房を容器に入れて軽く潰し、出てきた果汁にそのまま漬け込む造り方がされています。除梗していないとこの時に梗も一緒に漬け込まれます。

醸造技術 | 低温マセレーションとはなんなのか

嫌気環境下における醸し発酵とは

ワインにフェノールとタンニンを増やす是非 | 延長マセラシオン

ところがこの梗、とても強い苦みを含んでいることで知られています。そんな苦い味のする梗を一緒に漬け込んではその後に出来上がるワインにまで苦みが入ってしまう。そう考えた造り手が考え出したのが、漬け込む前に梗を取り除いてしまう「除梗」でした。

赤ワイン造りから始まった除梗はいつからかとても有名な醸造手法となり、いつの間にかマセレーションを行わない白ワイン造りでも取り入れられるようになりました。今ではワインの色に関係なく、除梗はとりあえずしておくもの、と思っている人も造り手、飲み手を問わず多くいます。

もともと除梗はワインに苦みが入るのを避けるために取り入れられた手法でした。かつて除梗が有名になったこの理由は今でも除梗が行われる理由となっています。白ワイン造りでも除梗をするのも、そうすることでワインが苦くならないから、と言われています。

逆に白ワイン造りで敢えて除梗を行わない造り手もいます。除梗をしない理由には次のようなものがあります。

  • 梗がクッションの役目をするので搾るときにブドウに必要以上の負荷がかからない
  • 梗が入るとろ過の効果が期待できる
  • 梗はそもそも漬け込まないので苦みを心配する必要はない

除梗をする理由もしない理由もそれぞれ間違っていないように思えます。そこで実際にどうなのか、白ワイン造りにおける除梗の意味を考えます。

除梗は品質を高めない

ワイン造りでは除梗に限らずすべての作業が持つ意味は、突き詰めれば1つに集約されます。品質です。

その作業をすることによってワインの品質が上がるのか。もしくは下がらずに済むのか。すべての判断はこの基準に従ってなされています。この基準で除梗を考えると、実は梗の有無自体は大きな問題ではありません。その先にある、「澱」と「フェノール」が本質的な問題になります。

非常に大雑把にいうと、澱や特定のフェノール類の量が増えると、ワインの品質は下がります。つまり澱やフェノール類の量を増やす作業は望ましくなく、増やさない作業がより望ましい作業方法である、ということです。

では除梗はどうでしょうか。

結論から言うと、除梗した場合、その後のジュースやワインに含まれる澱の量とフェノール類の量はしなかった場合と比較して増えます。つまりこの2つの指標に従って判断する限りにおいては、除梗はワインの品質を高めません。むしろその逆。除梗はワインに悪影響を及ぼす醸造手法と判断されます。

この一方で除梗をした場合、ブドウの搾汁率は上がります。つまり生産性は除梗をした場合の方がしなかった場合よりも高くなります。

なぜ澱とフェノールが問題になるのか

除梗の有無が持つもともと意味はワインにおける苦みの除去です。この苦みの正体は主にフェノール類です。フェノールは「類」といわれる通り多くの種類があります。赤ワインの色が赤い理由であるAnthocyanin (アントシアニン) もフェノールのうちの1種類です。

徹底解説 | 赤ワインはなぜ赤いのか?

ワインを苦くする原因として知られているのが、数あるフェノール類の中のFlavan-3-ol (フラバン-3-オール, フラバノール)とTyrosol (チロソール) です。Flavan-3-olにはカテキンやエピカテキン、カテキンガラートが含まれています。

このFlavan-3-olの含有量が澱の量と正の相関性を持っています

つまり、澱の量が増えるとFlavan-3-olの量も増えます。Flavan-3-olの量が増えるとワインは苦くなり、澱の量が多いワインでは一般にFlavan-3-olの量が多くなります。よって澱の量が多いワインは苦くなる可能性が高くなります。

さらにこうした苦みやFlavan-3-olの量はワインの品質評価に対して負の相関が確認されています。

結果、澱の量の多いワインは望ましくないフェノール類の含有量を多くし、そのことがワインの品質評価の低下につながります。そしてワイン中の澱の量が増えることが分かっている除梗はワイン醸造において品質を低下させる可能性のある手法である、と判断されます。

メンバー募集中

オンラインサークル「醸造家の視ているワインの世界を覗く部」ではさらに詳しい解説記事や関連テーマを扱った記事を公開しています。

サークル向け記事の一部はnoteでも読めます。もっと詳しく知りたい方、暗記ではないワインの勉強をしたい方はぜひオンラインサークルへの参加やマガジンの購読をご検討ください。

▼ オンラインサークル

ワインの世界へ、もう一歩: 醸造家の視ているワインの世界を覗く部

醸造家の視ているワインの世界を覗く部

▼ note

マガジン: 醸造家の視ている世界

醸造家の視ている世界 note版

良い澱と悪い澱、そしてブドウの健康状態

澱は多くの場合、2種類に分類されます。沈殿しやすいものと、しにくいものです。

このうちの沈殿しやすい澱の量が多いとFlavan-3-olの量が多くなります。ブドウを圧搾機で圧搾すると多かれ少なかれ澱はできますが、この時、沈殿する澱があまりに多くなるとその澱は悪い澱となります。

沈殿しやすい澱の特徴は比較的サイズが大きい点です。サイズが大きいために重さがあり、その重さによってタンクの底に沈んできます。こうした澱は主にブドウにかかる機械的な負荷によって生じます。つまりブドウに対して何かしらの作業をした際に、ブドウの果皮や梗が装置や器材に接触して砕かれた破片が澱です。

澱がどれだけ出るかは作業内容もさることながらブドウの健康状態が極めて大きく影響します。健康状態の悪いブドウは果皮などの組織が弱くなっているため、わずかな負荷で砕けてしまい、より多くの澱を出します。これに対して健康なブドウの組織は固くしっかりしているため多少の負荷では砕けにくく、澱、特に沈殿するタイプの澱の量は少なくなります。

一般に除梗は不健全な梗を取り除く目的で健康状態の悪いブドウに対して行うことが多くあります。しかしこうした判断は澱の量を増やす結果につながります。澱を減らすためには果皮や梗が軟化してしまっている不健全な房は除梗しない方がいいことになります。

除梗が増やす10%の澱

除梗した場合、澱の量は除梗をしなかった場合と比較しておよそ10 ~ 17%程度増えるとされます。ブドウの健康状態が悪いとこの割合は増えます。

一方でこうした澱の量の増加に対して、フェノール類の量は15 ~38%程度増加することが報告されています。この増加量のうち特に多かったのがFlavan-3-olです。

Flavan-3-olはブドウの果皮、種子、梗にそれぞれ含まれていますが、含まれている場所によって微妙に性質が違っています。梗に含まれているものが最も苦みを強く感じます。

リースリング(Riesling)を使ったワインの官能評価ではこのFlavan-3-olの含有量が多いワインでは草のようなニュアンスが強くなる一方でフルーティーさが弱くなると判定されています。また白ワインの評価傾向としてフルーティーさ欠くワインでは全体的にワイン全体の評価が下がる傾向にあります。Flavan-3-olの含有量が多くフルーティーではないとされたRieslingのワインでも同様で、ワインの品質自体が低く評価されました。

除梗を行うことによってフェノール類の量が40%弱増えた場合、それが即、ワインの品質評価を40%引き下げることはありませんが、品質に対する評価を引き下げる1つの要因となる可能性は高くなります。

当サイトではサイトの応援機能をご用意させていただいています。この記事が役に立った、よかった、と思っていただけたらぜひ文末のボタンからサポートをお願いします。皆様からいただいたお気持ちは、サイトの運営やより良い記事を書くために活用させていただきます。

今回のまとめ | 除梗がすべてダメなわけではない

フェノール類が一様にワインに悪影響をもたらすわけではありません。また苦みが絶対にワインに対して悪であるわけでもありません。わずかな苦みがワインの味やニュアンスに複雑みを与え、全体に厚みを持たせるように働くこともあります。

ワインの品質評価は多分に評価者個人の嗜好が反映される、相対的なものです。

果実味の中に少しの苦みがあることを好む人もいればそうではない人もいます。今回の記事を書く際に参考にした検証レポートではそうした複数の意見を集めて統計処理した結果、「苦み」は多くの場合においてワインの品質評価を引き下げる理由になった、というだけの話です。

こうした背景があるため除梗の意義の判定は簡単ではありません。

除梗の効果は「梗を取り除く」行為を通して、実際にはその先にある「澱の量」と「フェノール類の量」を基準に判定しています。いわば間接的に除梗の影響をはかっていますので、その方法や意味を変えれば結果が変わる可能性があります。

除梗をするにしてもしないにしても、そこには意味が伴います。そうしたことを考えることなく、今までの習慣に任せて「する・しない」を決めることは避けるべきでしょう。少なくとも、除梗はきれいなワインを造る、とはすべてのワインに当てはまることではない点には注意が必要です。

ワイン用ブドウ栽培やワイン醸造でなにかお困りですか?

記事に掲載されているよりも具体的な造り方を知りたい方、実際にやってみたけれど上手くいかないためレクチャーを必要としている方、ワイン用ブドウの栽培やワインの醸造で何かしらのトラブルを抱えていらっしゃる方。Nagiがお手伝いさせていただきます。

お気軽にお問い合わせください。

▼ おいしいものがとことん揃う品揃え。ワインのお供もきっと見つかる
  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

-醸造
-, , , , ,