醸造

ワインにフェノールとタンニンを増やす是非 | 延長マセラシオン

ワインを造る時に使われる醸造技術の1つにマセラシオン (Maceration, マセレーションとも) があります。日本では「醸し」とも呼ばれる技術で、果汁やワインにブドウの皮や種を数時間から数日、長ければ数か月にわたって漬け込んでおく手法を指しています。

「スキンコンタクト」や「果皮浸漬」と呼ばれる手法も基本的にはこのマセラシオンの別名です。

いろいろな呼ばれ方をするマセラシオンですが、その目的は大雑把にいえば「抽出」です。ブドウの皮や種子からその中に含まれているいろいろな成分を果汁やワインの中に引き出すこと、そうしてワインの味や香りを変化させることがこのマセラシオンの目的です。

マセラシオンにはやり方やタイミングによっていくつかの種類があります。

今回はその中の1つ、Extended Maceration (延長マセラシオン, 以下EM) とこの手法が主に抽出してくるタンニン (Tannin) について見ていきます。

マセラシオンの種類とその違い

マセラシオンにはいくつかの種類があります。大雑把に分けると、マセラシオン、EM、カルボニック・マセラシオンの3種類です。

この3つのマセラシオンはそれぞれ実施するタイミングで区別されます。発酵の前に行うのがマセラシオンとカルボニック・マセラシオン、発酵の後に行うのがEMです。マセラシオンとカルボニック・マセラシオンはブドウの果皮や種子を漬け込むのが発酵前の果汁なのか、二酸化炭素ガスなのかで区別されます。

カーボニックマセレーションという醸造手法

一般にマセラシオンといえば、発酵前に行うマセラシオンのことを指します。

なお通常のマセラシオンを低温環境下で行う場合には特に低温マセラシオンとかコールドソーク (Cold Soak) という呼び方でそれ以外の温度環境下で行うマセラシオンと区別したりしています。

醸造技術 | 低温マセレーションとはなんなのか

EMは発酵が終わっても継続して果皮や種子をそのままワインの入った容器の中に残しておく状態です。

EMの作業は赤ワインの場合を想像すると比較的分かりやすいです。赤ワインは赤い色を引き出すためにブドウを搾るのではなく、軽く潰して果汁が外に出てくるくらいの破砕状態で果皮も種子もあわせて容器の中に入れておきます。その状態のままで果汁が発酵し、発酵が終わると圧搾機に入れて搾ることで発酵が終わってワインになった液体と果皮や種子を分けます。EMではこの発酵が終わってから圧搾機に入れるまでの期間を長くしてその間にさらに抽出を進めていきます。

それぞれのマセラシオンが引き出すもの

ワインの醸造技術としては少し特殊な位置づけにあるカルボニック・マセラシオンも含めてすべてのマセラシオン技術の目的はほぼ同じです。ブドウの果皮もしくはタネから香りの成分やフェノールとよばれる成分を抽出することです。

ではなぜわざわざやり方を分けているのか。それはブドウの皮やタネが浸かっている液体の状態に違いがあるからです。

通常のマセラシオンやカルボニック・マセラシオンでは果皮や種子が接触しているのは発酵する前の果汁です。このため、この作業時点では主に水に溶けやすい水溶性の成分が抽出されてきます。一方でEMでは果皮や種子は発酵後のワイン、つまりアルコールに漬けこまれます。このために水溶性の成分だけではなく、水には溶けにくいけれどアルコールには溶けやすい成分も抽出することが出来るようになります。

赤ワインの色の元になるアントシアニン (Anthocyanin) や一部の香りの元になる芳香系成分は水溶性なため通常のマセラシオンやカルボニック・マセラシオンで問題なく抽出できますが、水には溶けにくくアルコールに溶けやすい性質を持つフェノールをより抽出したい場合には溶媒にアルコールが含まれるEMでの抽出を行う必要があるのです。

そしてこの、水には溶けにくいけれどアルコールには溶ける性質を持つフェノールの代表例が、タンニンと呼ばれるポリフェノールの1種です。

タンニンは植物性ポリフェノールの1種

EMが抽出する目的としているタンニン。ワイン関連の話では非常によく聞く単語ですが、その実、それが何なのかは今1つ良く分からない、という方も多いのではないでしょうか。

タンニンとは一部のフェノール類の総称で、それ自体が特定の物質を指しているわけではありません。名前は皮をなめす (tan) ための技術に使われていたことに由来します。歴史的には紀元前1850年頃に書かれたとされているエジプトの古文書にすでにその存在が記録されているそうですので、非常に古くからヒトに親しまれている化合物といえます。

そのタンニンですが、正体は植物性のポリフェノールです。

ポリフェノールとはフェノールと呼ばれる種類の成分が複数個、お互いにつながりあって構成されている化合物です。イメージとしては1つのLegoブロックがフェノール、その色も形も違う複数のLegoブロック (フェノール類) をいくつかつなげあわせたものがポリフェノールであり、その中のいくつかのパターンに沿って組み上げられたものがタンニンです。

Legoブロックの組み合わせがいくつでもあるように、タンニンにもいくつもの種類があります。そうした中でもタンニンは持っている性質によって次のように分類されています。

加水分解型タンニン
 ガロタンニン
 エラージタンニン
 その他
縮合型 (非加水分解型) タンニン
 単純縮合型タンニン
 複合縮合型タンニン
その他のタンニン

少し詳しい話をすると、加水分解型タンニンとは複数の水酸基を持つ糖などの多価アルコールに没食子酸などの多価フェノール酸がエステル結合したもの、縮合型タンニンとは複数のフラボノイドが炭素-炭素単結合で結合したものです。縮合型タンニンは前述の基本構造にさらに没食子酸がエステル結合したものも多く分布することが知られています。

なお縮合型タンニンのなかでも単純縮合型タンニンはプロアントシアニジンとも呼ばれます。プロアントシアニジンとは、アントシアニジンという赤い色素を生じる元になる化合物、という意味です。

徹底解説 | 赤ワインはなぜ赤いのか?

縮合型タンニンの中心となるフラボノイド類は主にフラバン-3-オール類で、(-)-エピカテキン、(+)-カテキン、(-)-エピガロカテキン、(+)-ガロカテキンが最も多くなっています。なお木樽中で熟成させた場合や一部の特殊な処理を行わない限り、ワインに含まれるのは縮合型タンニンのみとなります。

タンニンはもともと皮をなめすのに使われていたように、タンパク質や金属イオンと結合しやすい性質を持っていますが、そこから生じるもう1つの特徴が渋みです。

苦味と渋みを持つタンニン

渋柿を食べた経験のある方はご存じだと思いますが、渋柿を食べると口のなかの水分が一気に吸い取られたような収斂み、つまり渋みを覚えます。これは柿渋と呼ばれる成分が原因で起こりますが、この柿渋がカキタンニンとよばれるタンニンです。

タンニンがもつタンパク質と結合しやすい性質が、唾液に含まれるタンパク質であるムチンが口の内側に作っている保護層と結合して取り去ってしまうためにこうした渋みを感じさせるのです。

タンニンの味は苦味、そして渋みで表現されます。しかし苦味は味覚ですが、渋みは味ではありません。つまり味である苦味は舌にある味蕾と呼ばれる器官で感知されますが、味ではない渋みの感知に味蕾は関係しません。だからこそ、渋みの感知にはタンニンの持つタンパク質との結合のしやすさ、という特徴が関わってきます。

タンニンの持つ渋みや苦味はタンニンの重合度によって変わると言われています。

重合度とは前述の組み合わさったLegoブロックの数です。組み合わせたブロックの数が少ないものを重合度の低いタンニン、逆に多くのブロックを組み合わせたものを重合度の高いタンニンと呼んでいます。

一般には重合度が低い方が苦味が増し、重合度が高くなると渋みが増すといわれています。これは重合度の高いタンニンは舌にある味蕾のサイズを超えているために味として感じにくいためです。

なお重合度がある一定の範囲を超えて高くなるとそのタンニンはタンパク質との間の大きさの差が大きくなりすぎるために結合することが出来なくなり、渋みを示さなくなります。そしてさらに重合度が上がっていくとワインの中に溶け込んでいられなくなり、結晶として沈殿します。

タンニンの重合度とワインの味

タンニンの持つ苦味もしくは渋みはタンニンの重合度とその濃度による影響を受けます。重合度の高いタンニンの濃度が高くなればそのワインはより渋くなりますし、重合度の低いタンニンをより多く含むワインはより苦くなります。

そしてブドウの果皮に含まれるタンニンは一般に重合度が高く、種子に含まれるタンニンは重合度が低くなります。

これはブドウの植物としての性質を考えると非常に分かりやすい点です。

ブドウは実を鳥や動物に食べてもらい、その後の排泄によって種をばら撒いてもらう必要があります。この時に果皮と果肉は食べやすくしておかないと鳥や動物に目を向けてもらえませんが、一方でばら撒きたい種までかみ砕かれてしまっては困ります。

ではどうするかといえば、種を苦くして美味しくないようにしておくのです。

この種を苦くしている原因が、タンニンです。

苦いタンニンとは重合度の低いタンニンです。つまり、種に含まれるタンニンはブドウの持つ生存戦略の為にも重合度が低い必要があるのです。そしてブドウの種にはより多くの縮合型タンニンが含まれています。

ワインの熟成とタンニンの変化

ワインがどれだけの期間その味や香りを失わずにいられるかを表現する時によく熟成ポテンシャルという言葉が使われます。この熟成ポテンシャルに大きく影響するのがワインに含まれるフェノールの量です。

フェノールは抗酸化作用が強く、ワインが酸素と触れた時に我先にと酸素と結合することでワインの味や香りに関係するその他の成分が酸素の影響を受けることを防ぎます。この時の酸素との結合によってフェノールの重合度は徐々に高くなっていき、最終的には沈殿して澱としてボトルの底に溜まります。ポリフェノールの一種であるタンニンもまたこうした挙動をします。

ワインの中で生じるこうしたフェノールの変化によって、熟成したワインでは渋みがよりまろやかになる、などと言われています。

これ自体は間違いではありません。熟成したボトルではフェノールの総量が低下することはすでに検証され、間違いないとの結果が得られています。

しかしタンニンにだけ注目すると事情がもう少し変わります。タンニンはその種類によって熟成中における挙動が変わると推測されるのです。

タンニンの種類とワイン中での変化

タンニンには大きく分けると加水分解型タンニンと縮合型タンニンがあります。

ちなみにどちらのタイプかに関わらず、没食子酸との結合数が多いタンニンの方が渋みが強くなるとされています。これは重合度とはまた別の要因になっているらしく、仮に重合度が同じタンニンで没食子酸との結合数が異なる場合には、没食子酸との結合数が多いタンニンの方がより渋く感じるそうです。

一方でこうした構造に関係なくタンニンに影響を及ぼす要因があります。酸です

加水分解型タンニンは酸によって加水分解され、ポリアルコールとフェノールカルボン酸になります。つまり、この種のタンニンは酸との反応を通して重合度を下げます。

一方で縮合型タンニン、中でも特にプロアントシアニジンとも呼ばれる単純縮合型タンニンでは基本骨格が加水分解されることはない代わりに、酸によってさらに重合が進み水に難溶のフロバフェンとなりますフロバフェンは苦味は持ちますが渋みはもたない物質です。

つまりタンニンが熟成すると一方では重合度が低くなることによって、そしてもう一方では逆に重合度が高くなることによっていずれにしても渋みを失うのです。また同時に酸も反応に使われるためにその量を減らし、ワインの酸味が減ります。
これが熟成によってワインの酸味が丸くなり、タンニンによる渋みが減って「シルキーな舌触り」になる理由です。

Extended macerationとワインの熟成ポテンシャル

ここまでタンニンの特徴を見てきました。ここで話をEMに戻しましょう。

EMはアルコールに溶けやすい性質を持つフェノールをより抽出します。つまり、EMを行ったワインではタンニンの含有量が増えます

タンニンの含有量は種子が果皮や果汁と比較すると圧倒的に多くなります。つまり、EMによって抽出されてくるタンニンの大部分は種子に由来します。そしてブドウの種子に含まれるタンニンは重合度の低い縮合型タンニンで、同時に没食子酸との結合数が多い特徴があります。

つまりEMによって抽出されるタンニンは苦味を持つのと同時に強い渋みを持っています

EMによるタンニンの抽出量が増えれば増えるほど酸との結合を通してその渋みが薄れるまでには時間がかかります。つまり渋みが薄れるまでがそのワインの熟成ポテンシャルであると規定するのであれば、EMによってタンニンの抽出量が多いワインであればあるほどその熟成ポテンシャルは大きくなる、といえるのです。

今回のまとめ | EMはワインの個性になり得るか

通常のマセラシオンにしてもEMにしても、過度なフェノール類の抽出はブドウの持つ個性を見えにくくします。少なくとも産地や畑の特徴は薄れていきます。

一方でそれが元からブドウに含まれていた分のフェノールを抽出しているだけ、と考えれば十二分な抽出をかけたワインこそが原料となったブドウの本来の個性を表現したワインだといえなくもありません。ここをどうとらえ、どちらの方向に舵を切るのかはまさに造り手の考え方次第といえます。

いくつかあるマセラシオンの中でもEMはアントシアニンの再吸着による色味の減少というデメリットがあるものの、ワインの熟成ポテンシャルを引き上げる点では極めて有効な手段です。驚くほどに長い熟成期間を実現するうえではおそらく必須な技術の1つです。一方でその代償はワインの味への影響です。

EMによって抽出された縮合型タンニンが酸との反応によってフロバフェンとなり、そのフロバフェンが沈殿することで結果的には渋みも苦味も感じにくくはなるかもしれません。しかしそのためには超長期の時間を要求することになり、その間に飲む飲み手にはタンニンがもたらす不快感を与えることになります。

こうした点も含めてワインの個性ともいえるのかもしれませんが、果たしてその熟成時間に本当に意味があるのか、そのための代償の大きさが本当に吊りあうのかは一度考える必要があります。
そのうえで、EMを行うのであればその程度を調整することが求められます。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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