醸造

嫌気環境下における醸し発酵とは

09/07/2019

前回の記事で嫌気環境下における醸し手法の一つとしてMacération carbonique (マセラシオン カルボニック / カーボニックマセレーション)というものを紹介しました。

カーボニックマセレーションという醸造手法

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ただこの手法は若干、特殊なものに分類されており一般的な嫌気環境下における醸しの方法とは言いにくい部分があります。

その一方で、より一般的な嫌気環境下における醸し工程中であっても多かれ少なかれMacération carboniqueが並行して行われている、もしくは意図したわけではなくとも生じている、なんてこともあります。つまり、Macération carboniqueをより詳しく語るためにはもっと一般的な意味での嫌気環境下における醸しの手法というものを理解しておく必要があります。

そうすることでどのくらいの割合で両者を組み合わせていけば自分が造りたいスタイルのワインに近づいていけるのか、もしくは、どのような醸しの手段をとると狙ってなくても両者の組み合わせが生じ、結果として出来上がるワインのスタイルに影響が出るのか、ということに対して理解や推測がしやすくなります。

今回はこの、“より一般的な意味での”嫌気環境下における醸し (醸し発酵) について解説します。

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嫌気的環境とはなんなのか

まずは今回の記事の中心となる知識である、「嫌気的環境」というものについてのおさらいです。

醸造関連用語としての「嫌気的環境」とは、酸素の少ない、もしくは全く存在しない状態のことを指します。Macération carboniqueの時には雰囲気中における許容酸素濃度は1%以下と具体的な数値をあげましたが、この「嫌気的環境」という概念においては具体的な酸素濃度は規定されていません。

特にここは日本語の素晴らしいところで、嫌気“的”という言葉の通りに雰囲気中全体として酸素以外の窒素や二酸化炭素ガスの量が通常の大気中における酸素濃度に対して支配的であればそれは嫌気的環境である、ということが出来ます。

ただこんな面倒くさいことを考えるのもなんなので、簡単に酸素がほとんどない状態、と理解していただければ十分です。

そして発酵が絡んでいる状態における嫌気的環境とはほぼ100%、二酸化炭素ガスによって形成される、ということを前提としておさえておいてください。

嫌気環境はどうやって作られるのか

ではこの酸素のほとんどない、嫌気環境はどうやって作られるのでしょうか?

Macération carboniqueの場合は酵母を介した発酵が原則としては行われていないため二酸化炭素ガスの供給源が存在せず、嫌気環境を形成するためには外部からガスを容器中に充填する必要がありました。

一方で今回の状態は「醸し発酵」としているようにブドウの果実は多かれ少なかれ破砕されており、マセレーション(醸し)と発酵が並行して進行しています。このため雰囲気中に必要となる二酸化炭素ガスは発酵によって生じるものを流用することが可能です。

発酵による炭酸ガスが十分に供給されるまでの期間が長くなりそうな場合など、容器を最初から嫌気状態におきたい場合にはもちろん外部からガスを充填してやることも可能です。

必要なのは密閉型の容器

ある意味で当然のことでもありますが、嫌気環境を形成するためには発生した炭酸ガスの拡散と、周囲の大気からの酸素の流入を防止するために密閉型の容器を使用する必要があります。

一般的な赤ワインの醸し発酵では開放型の容器が用いられることが多いのですが、これに対して密閉型の容器を用いることで得られるメリットとデメリットは以下のようなものがあります。

メリット

  • 酸素の流入を防止できる
  • 二酸化炭素ガスの拡散がない
  • 外部からの昆虫などのコンタミネーションがなく衛生的な環境を維持しやすい
  • 発酵後の澱の処理がしやすい
  • 発酵後にそのまま貯蔵タンクとして利用できる

デメリット

  • 開放型と比較してコストがかかる
  • ワインの状態管理が目視ではできない
  • 構造的な問題で機械的な可動部分などの清掃がしにくい

圧力をどうするのか

嫌気的環境における醸し発酵を考える際に重要になる点が、圧力の扱いです。

発酵時における炭酸ガスの発生量は多く、連続しています。このため完全な密閉型の容器を用いるとタンク内の圧力が上昇を続けることになります。この圧力の上昇は発酵の完了もしくは酵母が圧に耐えられなくなり発酵活動をやめるか、タンクが内部圧力によって破裂するまで続きます

このため、圧を利用することを考えるのであればタンクは圧力タンクでなければなりませんし、そうでなくてもガス抜きのためのベンチレーションが可能な状態にある必要があります。もっとも、圧力を利用しないのであれば一般的な発酵用タンクを利用すれば十分です。

メモ

一般的な発酵用タンクであれば上部に発酵ガスを抜くための穴がありますので、そこにエアロックを挿しておけば過剰な炭酸ガスを逃がしつつ酸素の流入を防止することが出来ます

圧力を利用するということ

先程から発酵時に発生する炭酸ガスを原因とする圧力を利用するかどうか、ということを書いてきましたが、この“圧力を利用する”ということが具体的にどういうことなのかというと、パンチングダウン(ピジャージュ / pigeage)やルモンタージュ(remontage)と呼ばれる果帽を果汁内に戻す作業に圧力を利用するかどうかということになります。

果帽を押し戻すとはなんなのか

醸し発酵、つまりマセレーション時にはブドウの果粒は破砕こそされていますが果皮や種は除去されておらず、そのすべてが容器内に入れられています。

発酵時に炭酸ガスが発生するとこの炭酸ガスが果汁内に存在している果皮や果肉、種に付着することで浮力となります。その結果これらの固形物が液面へと浮上していき、果帽と呼ばれる固形物の層を形成します。

本来果皮などを果汁内に残している理由は、その固形部からAnthocyanin(アントシアン)などのフェノール類を中心とした各種成分の抽出を行うためですので、その固形物が表面に浮上してしまい果汁との接触面積を減らしていることは目的に沿わない、望ましくない状態であると言えます。

このため利用している容器が開放式であろうと密閉式であろうと、この果帽を何らかの方法で崩し、再度液中に沈める必要があります。このために一般的に取られている手法がピジャージュであり、ルモンタージュです。

主に密閉式の容器ではピジャージュやルモンタージュは機械化され自動的にできるようになっているものもありますが、いずれにもしても機械的、もしくは物理的な接触方式で行うことがほとんどです。

圧力を利用した無接触方式

一方で圧力を利用した無接触方式というものがあります。

プロセスの条件は圧力タンクを用いること。

方法は簡単で、タンク内の圧力を最大で2.5 bar程度まで高めたうえでその圧を一気に0.5 bar程度まで解放します。こうすることで果帽の下や果皮等の細胞内に浸透していた圧力が一気に解放され、その勢いで果帽および果皮内等の細胞を破壊し、ピジャージュやルモンタージュと同様の効果を得ることが出来るのです。

この方式のメリットは機械的な接触がないため洗浄残りや使用器材を原因とした微生物汚染などの衛生管理上のリスクを大幅に引き下げることができることにあります。また細胞壁が細かく破壊されることによってフェノール類の抽出量が増加することも確認されてもいます。

なお果皮が細かく破壊されることによる澱の増加も発生しますが、これによるフィルターの作業効率の悪化は特に確認されていないため、この点は特にデメリットとは捉えられていません。

一方でデメリットは一度の作業に対して得られる効果がほぼ一定しており、人手で行う時のような、状態を見ながら一度の作業中に行う回数を変更するというような微調整がしにくいことです。また果汁糖度があまり高くない状態で残糖を残したワインを造ろうとする場合には十分な量の炭酸ガスを得ることが出来ない可能性がありますので、そのようなケースでは利用しにくい手法であるとも言えます。

今回のまとめ | 圧力利用方式で造られた赤ワインとはどんなワインなのか

今回見てきた嫌気的環境における醸し発酵であっても、圧力を利用しない方式によるものは比較的還元的な状態で醸造されているという特徴はあっても開放式のものと比べてそれほど大きな特徴の違いがあるわけではありません。

一方で圧力を利用した方式で造られた場合には明確に含有フェノール量が増えますので、酸化しにくいワイン、つまり飲み頃までに長い熟成の期間を必要とするワインとなる傾向が強くなります

また果実の破砕率を引き下げつつ、発酵初期はタンク内の圧力を低めに維持することでMacération carboniqueの効果を引き出し、その後にタンク内の圧を高めて一気に解放、とすることでより複雑な特徴を持ったワインを醸造することも可能です。

圧力コントロールを必要とする醸造は圧力タンクを必要とするという設備投資面での負担が大きくなることに加え、圧力を常時把握している必要がありますので作業コストという面でも負担が大きくなりがちな手法ではあります。しかしその分、通常の醸造とは違った工夫ができるものでもあるのです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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