ワイン 不快臭

熟成香か欠陥臭か アセトアルデヒドを知る | 醸造と熟成がもたらす香りの要素

01/16/2022

アセトアルデヒド、という言葉を聞いたことはあるでしょうか。エタナール (ethanal) とも呼ばれる物質です。

アルコール (エタノール: ethanol) の最初の代謝物で、お酒を飲むと体内でアルコールが分解されていく過程で生成されてもいます。

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体内でエタノールがアセトアルデヒドに分解される際にはアルコール脱水素酵素 (ADH) と呼ばれる酵素が働きます。この一方で、アセトアルデヒドはアルコールが酸化することでも作られます。さらにメイラード反応の副反応であるストレッカー分解を通して生成されるアルデヒドの二次反応でも生じる場合があります。

アルコールの酸化にメイラード反応。ワインを勉強している方だとちょっと引っ掛かるところがあるのではないでしょうか。

そうです、ワインの熟成です。

ワイン造りの側面から見るとアセトアルデヒドの生成原因はアルコール発酵中における酵母の代謝なのですが、ワインを飲んで感じるアセトアルデヒドの多くはワインの熟成過程からきています

アセトアルデヒドと聞くとネガティブなイメージを持たれる方も多いと思いますが、実はワインを楽しんでいると知らないうちによく出会っていたりもします。長い熟成期間を経たワインと特徴的な香りの成分としてポジティブにとらえられているケースも多くあります。

この記事ではワインとアセトアルデヒドの関係を解説していきます。

リンゴ、草、ナッツ様の香りを持つアセトアルデヒド

アセトアルデヒド (acetaldehyde, C₂H₄O) は刺激性で息が詰まる窒息性の臭いを持つ化学物質です。一方で低濃度ではフルーツ様の香りを示します。

一部の加工食品では香りを再現するために人工的に添加される場合もありますが、自然界では植物の正常な代謝過程で作られ、果実に多く含まれている成分でもあります。化学物質と聞くと化学的な人工添加物のように思えるかもしれませんが、ワインにおいては人為的な添加はされず、自然に含有されるものです。

水にも油にも非常によく溶ける一方で沸点が21℃と低く、非常に揮発しやすい特徴を持っています。閾値は0.0015 ppmと言われています。

香りは青い草、熟したリンゴ、ナッツ、焦げた臭いなどと表現されることが多くあります。

アセトアルデヒドは毒性が高いことで知られていますが、一方でよくいわれる発がん性に関してはこれを明確に示した事例は報告されておらず、International Agency for Research on Cancer (IARC) ではグループ2B (ヒトに対して発がん性があるかもしれない) に分類されています。

ワインに入るタイミングは発酵と熟成

明確な発がん性こそ認められていませんが、アセトアルデヒドが有毒性を持った物質であることは事実です。その毒性はアルコールの10倍程度ともいわれています。ワインに限らずアルコール飲料を摂取した際に起きる悪酔いや二日酔いはこの物質が原因とも言われていますし、人によってはアレルギー症状を持つ場合もあります。

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こうした毒性を示す物質ですので、ワインへの含有量は可能な限り少ないに越したことはありません。一方で、ワイン中におけるアセトアルデヒドの含有量を完全になくすことは簡単ではありません。理由はアセトアルデヒドがワインに入ってくる原因にあります。

ワインにアセトアルデヒドが含まれる理由は主に次の2つです。

アルコール発酵時における酵母の代謝

熟成によるアルコールの酸化

アセトアルデヒドは酵母が糖分をアルコールに代謝していく発酵の過程で作られます。ワインがアルコール飲料である以上、酵母による発酵の工程は必須です。つまり、どうやってもワインを造る過程においてアセトアルデヒドの混入を完全回避することはできないのです。

同様にアルコールの酸化による生成もやはり避けることが難しい混入経路です。アルコールの酸化はワインの熟成ととても密接に結びついており、これを避けようとするとワインの長期保管自体を避ける必要があります。

ワイン造りの現場ではワインに一種の複雑みを持たせる目的で敢えて数年熟成させたワインをブレンドする場合もあります。こうした熟成ワインにおいてもアルコールの酸化は始まっており、アセトアルデヒドの含有量は熟成前と比較して増加しています。むしろここで目的となる"複雑み"はアセトアルデヒドから来ている場合も多く、突き詰めていくと、アセトアルデヒドの含有量を増やすことが目的となっているケースは少なくありません。

シャンパーニュの熟成にみるアセトアルデヒド

どんなワインであってもアルコールを含んでいる以上は熟成に伴う酸化によってアセトアルデヒドは増えていきます。一方で、それがより顕著に感じられるのがシャンパーニュです。

シャンパンとも呼んで日本でも大人気のシャンパーニュ。美しい泡立ちに加えて複雑みをもった味わいが特徴的なスパークリングワインです。

シャンパーニュというと伝統的な製造方法である瓶内二次発酵方式が有名です。一方でシャンパーニュのもつ複雑さを支えているのはブレンディングの技術だといえます。

瓶内二次発酵による造り方は今や世界中で採用され、数多くのスパークリングワインが生産されています。それにも関わらず、未だにシャンパーニュが世界におけるスパークリングワインの代名詞でいられるのはシャンパーニュに欠かすことのできないブレンディングを他の誰もが十分に高いレベルで再現できないからです。

シャンパーニュでは3つの品種をブレンドすることは有名です。確かに3種類のブドウ品種を混ぜ合わせることでもワインに複雑みを持たせていくことはできます。しかし、本当に重要なのはリザーブワインの存在です。

リザーブワインとは造られた直後には使用せず、保管して将来使用することを予約 (リザーブ) していたワインです。リザーブワインの保管期間、つまり熟成期間は様々です。造ってから何年以内に使う、というような約束事はありません。

リザーブワインであってもその熟成期間中に徐々にアルコールが酸化していくことは避けられません。そしてシャンパーニュではこうした熟成ワインを混ぜ合わせることで二次発酵前のベースワインに複雑みと独自性を持たせます。

徹底解説 | スパークリングワインの造り方

スパークリングワインとベースワイン

シャンパーニュ用のベースワインに使うワインは一般的なスティルワインと比較すると相対的に抗酸化物質の含有量が少なく、酸化しやすい状態にあります。つまりワインとしてみると熟成過程においてアセトアルデヒドを生成しやすいワインということです。

リザーブワインの配合量によって異なるとはいえ、比較すれば元来のアセトアルデヒド含有量が多くなりがちで、かつ二次発酵を通して酵母による生成量も増加しがちなシャンパーニュをさらに熟成させた場合、最終的な含有量が多くなるのは当然です。

熟成したシャンパーニュではこうしたアセトアルデヒドの香りがポジティブに受け止められる傾向が強いのは、製造工程上、アセトアルデヒドの含有量が増えるのが当然で、それがすでに一般的なものとして受容されている結果といえるかもしれません。

アセトアルデヒドを減らすためにSO₂を添加する

アセトアルデヒドの香りは熟成香としても受け止められます。こうした熟成による香りは好き嫌いが分かれやすい対象である一方で、いわゆる欠陥臭 (オフフレーバー) とはいえません。しかしその毒性に注目すれば多量の含有はワインとしての欠陥になります。

また、まだ熟成していないフレッシュなワインで熟成香がするのは欠陥です。

こうした受容とアセトアルデヒドの発生のタイミングを考えると、熟成中におけるアセトアルデヒドの生成は一考の必要がある一方で、アルコール発酵時におけるアセトアルデヒドの生成は可能な限りおさえなければいけない対象です。

酵母以外の微生物が作り出す分については腐敗果を除去してクリーンな醸造を行うことで対策が可能です。しかし酵母の代謝による生成は避けられません。そこで重要になるのが、二酸化硫黄、つまりSO₂の添加です。

ワイン醸造におけるSO₂の立ち位置は非常に繊細です。

昨今の醸造現場では醸造家自身がSO₂の添加を嫌い、SO₂無添加を全面に押し出しているケースも少なくありません。日本でワインの売り場を眺めてみても、酸化防止剤無添加を謳ったワインは一定の存在感を見せています。この「酸化防止剤」というのが二酸化硫黄のことです。

二酸化硫黄は頭痛の原因のようにいわれ、人体への有害性が強く訴えられています。しかしそのほとんどは間違った情報に基づいています。

二酸化硫黄、正しく理解していますか? 4

確かに二酸化硫黄も人体有害性を持つ化学物質ではありますが、その有毒性はアセトアルデヒドより低いと考えられています。なによりもアルコールを摂取して感じる頭痛や悪酔い、二日酔いの原因の多くはアセトアルデヒドもしくは生体アミンとする説が現在の主流です。

二酸化硫黄(SO₂)と生体アミンの関係性

なによりも、二酸化硫黄は有毒なアセトアルデヒドの含有量を減らす効果を持っています

二酸化硫黄とアセトアルデヒドの関係性

ここからは少し化学のお話です。

ワイン中に存在するSO₂には2つの形態が存在します。結合型と呼ばれるものと遊離型と呼ばれるものです。

ワイン中に添加されたSO₂の一部は別の物質と結合することで結合型SO₂とよばれる形態になります。一方でまだそうした結合をしていないSO₂が遊離型と呼ばれます。この結合と呼んでいる「ほかの物質とつながる性質」がワインを酸化から守る効果を持っているため、SO₂は酸化防止剤と呼ばれています。

二酸化硫黄、正しく理解していますか? 2

ワインが酸化しそうになるとワインに含まれている遊離型SO₂が先に結合型に変わり、ワインを酸化から守ります。

ゲーム風にいうと、SO₂はワインを守る装備で、遊離型SO₂の量はそうした身代わりや盾となる装備の耐久性です。本体であるワインが酸化のダメージを受ける前に遊離型SO₂がそのダメージを肩代わりすることでワインをダメージから守りますが、すべてのSO₂が結合型になってしまうとそれ以上の肩代わりが出来ず、本体であるワインにダメージが及ぶようになります。

そして身代わりである遊離型SO₂の量を大きく減らすのがアセトアルデヒドです。

アセトアルデヒドがSO₂と結合する力はとても強く、1 mgのアセトアルデヒドは1.45 mgのSO₂と結合します。しかし逆にいえば、ワインに1.45 mgの遊離型SO₂を添加してやれば1 mgのアセトアルデヒドを減らすことが出来るわけです。理論上はワインにどれだけ多くのアセトアルデヒドが含まれていても、その量に見合った量のSO₂を添加すればすべてのアセトアルデヒドを除去できます。

もしかしたらいくら有毒なアセトアルデヒドを減らすためとはいってもそれ以上の量のSO₂を添加しては意味がないのではないかと思われるかもしれません。

答えは明確です。SO₂を添加した方が最終的なワインの毒性は低下します

まず、結合型となったSO₂は人体有害性を失うとされています。少なくと反応性が低下することは間違いありません。つまり添加され、アセトアルデヒドと結合したSO₂はその時点でほぼ無害化します。一方でSO₂と結合せず、ワイン中に存在したままのアセトアルデヒドはSO₂以上の毒性を持ちます。

SO₂の添加は軽い毒で重い毒を相殺する非常に効果的な手段なのです。

今回のまとめ | アセトアルデヒドをマネージメントする視点

アセトアルデヒドは多面的な意味合いを持つワインの構成要素の1つです。毒性を考えれば含まれないに越したことはありませんが、熟成したワインを特徴づける要素としては重要です。

そこで大事になるのが、アセトアルデヒドの量と発生するタイミングをきちんとマネージメントする視点です。

ワインは嗜好品ですが、食品である以上、安全性は第一に担保されなければならない要素です。ワインの複雑みや熟成香の価値は食品としての安全性の価値を上回ることはありません。

熟成によって生成されるアセトアルデヒドの量は必ずしもコントロールできませんが、醸造時点における生成量はコントロールできます。食の安全につながる要素がコントロール出来る以上、醸造家は個人のポリシーよりも好みよりも、なににも増してここに心を砕くべきです。

確かに醸造時点で生成されたアセトアルデヒドはSO₂の添加を通して減らせます。一方で多量のSO₂の添加は別の健康被害を招く要素となります。アセトアルデヒドを減らすためだけに、際限なくSO₂を添加するような真似は出来ません。

乳酸菌発酵もアセトアルデヒドを減らしますが、より毒性の高い生体アミンの生成量を増やします。どのような方法によるにしても、生成されてしまったアセトアルデヒドを無害に除去することは出来ないのです。

大事なのは生成量とそのタイミングをマネージメントすることでワイン中に存在するアセトアルデヒドの絶対量を抑制することです。

そもそものアセトアルデヒドの生成量を減らせば、その対処のために必要になるSO₂の量は減ります。結果としてワイン自体をよりクリーンに、ピュアに仕上げることができます。

ワインに添加物は少ない方がいい、というのは正論です。

一方でSO₂の添加を嫌ってかえって毒性の高いワインを造っていては本末転倒です。

SO₂の添加を嫌う時にこそ、アセトアルデヒドのマネージメントに目を向ける必要があります。時にはポリシーを曲げてでもSO₂を添加することが、もしくはそうしたワインを飲むことが、ワインを飲んで感じる頭痛や悪酔い、二日酔いを減らすことにつながります

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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