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スパークリングワインとベースワイン

06/14/2020

夏の暑い日に暑気払いとして飲みたくなるのは白ワインの炭酸割りですが、食前酒としてなら断然、スパークリングワインです。 

スパークリングワインとしておそらく世界で最も有名なのはシャンパンとも呼ばれるシャンパーニュですが、世界中には沢山のスパークリングワインが存在しています。 

スパークリングワイン、つまり、炭酸ガスを含んだ発泡性のワインの1番の特徴はこの発泡性。冒頭の白ワインの炭酸割りは通常の白ワインを炭酸水で割ることで後付けで発泡性を持たせますが、スパークリングワインでは醸造方法、つまり造り方でワイン自体に発泡性を持たせています 

スパークリングワインの造り方は以前、「徹底解説 | スパークリングワインの造り方」という別の記事で書いたのでそちらを参考にしていただくとして、今回は少し違った視点、このスパークリングワインになる前の原料であるワイン (ベースワインと言います) について書いていこうと思います。 

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ベースワインは低品質ワインか 

ワイナリーで働いていると、否応なく天候に恵まれない年にも当たります。雨が降り続き、畑には病気が蔓延し、、、こうなるとそれまでにいくら手塩をかけて育てたブドウであっても品質が望めず、普段通りの品質のワインを造ることが困難になることが比較的早期に見込まれることがあります。 

そうした場合に非常によく話題に挙がるのが、ロゼにするか、早期に収穫してスパークリングワイン用のベースワインにするか、というものです。 

天候に恵まれない非常に厳しい年だったので早期に収穫しスパークリングワインにした、という説明をされるとついつい、ベースワインの品質が低い様に受け取られがちなのですが、その判断は少し違っています。ベースワインの品質が特に低いわけではありません。 

え、でもブドウの品質が低かったし、普通のワインが造れないからスパークリングワイン用のベースワインにしたんでしょ?なら、ベースワインの品質も低いよね?

と思われるかもしれません。 

ちょっと分かりにくいところですが、ここは切り分けて理解する必要があります。 

まず、ブドウが完全に腐っていたような場合。これは全く使えません。普通のワインにも、スパークリングワイン用のベースワインにもしません。ただただ、廃棄します 

一方で、ブドウはまだ腐ってはいないけれど、十分に熟してもいない場合。そして天候が悪く、今後、ブドウの腐敗が予想される場合。 このケースが先に挙げたような事例の対象になります。 

通常のワインを造るには現時点でブドウの熟度が足りない。でも、目標とする熟度まで待とうとすると高い確率でブドウの腐敗が進み、収量、品質共に満足なものが得られない可能性がある。 

それでも待つのか、別の方向に進むのか、という決断です。 

その際に出てくる、別の方向というものの一つがスパークリングワイン用のベースワインにする、というものです。 

この時点ではブドウの品質は比較的高いところに留まっていますので、ベースワインが傷んだブドウから造られているということではないのです。 

ベースワインに望まれる品質とは 

ワインの品質はブドウの品質、という言葉がよく聞かれます。 

スパークリングワイン用のベースワインは傷んだブドウから造られているわけではないとは言っても、通常のワインを造れるほど十分に熟したブドウから造るわけでもありません。この点だけを見てしまうと、相対的にベースワイン用に使われるブドウは通常のワインを造るために使われるブドウよりも品質が低いと見えなくもありません。 

実際にシャンパーニュに使う黒ブドウは3/4程がまだ青い状態で収穫されます。通常の赤ワインを造ることを考えれば、まずあり得ない収穫のタイミングです。 

ではこれが低品質かというと、そうではありません。シャンパーニュにおいてはこれこそがベストな品質なのです。逆に彼らにとって、完熟して色濃くなったブドウは使うことのできない、ある意味において低品質なブドウとなります。 

最終的にどのようなスパークリングワインを造ろうとするのかによってはきますが、スパークリングワイン用のベースワインと通常のワインとでは求められる品質の種類が変わるのです。 

完熟してはいけないブドウ 

ブドウの品質は熟度で判断されることが一般的です。この場合の熟度とは、どれだけ甘いか、ということです。 

甘いブドウはそれだけ果汁内に沢山の糖分を含んでおり、これが発酵という酵母の代謝活動を通してアルコールと二酸化炭素に変わります。つまり、甘いブドウを使うほどアルコール度数の高いワインを造ることが出来ます。 

ちなみにブドウからワインにするための発酵を一次発酵と言いますが、この際に出てくる二酸化炭素、つまり炭酸ガスはまだ単に空気中に排出されるだけでスパークリングワインの発泡性とは関係しません。 

メモ

この一次発酵時に出てくる炭酸ガスを利用して微発泡ワインを造る場合もありますが、それは一般に弱発泡性スパークリングワインと呼ばれ、今回のテーマにしているものとはまた別のカテゴリーとなります

スパークリングワインの最大の特徴である高い発泡性をワインに持たせるためには、二次発酵と呼ばれる2回目の発酵をすることが必要となります。2次発酵と名前はなんとなく変わっていますが、発酵自体のメカニズムは一次発酵と全く一緒です。ワインに含まれる糖分を酵母が分解してアルコールと炭酸ガスが作られます。 

ただ一次発酵の際には炭酸ガスよりもアルコールが重要視されていたのに対して、二次発酵では炭酸ガスの方が注目されます。言ってみればこれだけの違いです。 

ただ、ここで忘れてはいけないのが二次発酵でも変わらずアルコールも作られている、という事実です。 

一般にスパークリングワインで求められるガス圧は6bar前後。これだけの炭酸ガスを二次発酵で作ろうとすると、同時にアルコール度数が体積比でおよそ3%上がります。このため、もしもベースワインのアルコール度数が12%だったとすると出来上がるスパークリングワインのアルコール度数は15%になってしまう、ということです。 

アルコール度数が15%もあるスパークリングワイン、あまり一般的ではありません。フレッシュさなどが求められるスパークリングワインとしてのカテゴリー特徴的にもここまで重厚な骨格は望ましいものとは言い難いところです。 

このような事態を避けるために必要なことは、ブドウの熟度を上げないことです。 

ワインの勉強をしていると、甘く完熟したブドウを使っていてもわざとアルコール発酵(一次発酵のことです)を途中で止めてアルコール度数の低い、甘口のワインに仕上げることがあることを知る機会があると思います。 

なので、ベースワインでも一次発酵を途中で止めてアルコール度数を低くしておいてから二次発酵させればいいと思われるかもしれません。なんとなく正しいようにも思えますが、実はこれはあまりいい手ではないのです。 

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その理由は大きく分けて二つあり、一つ目が醸造管理上のリスクです。 

二次発酵ではワインに含まれる糖分が使われます。そこに元々ワインに含まれていたものか、二次発酵のために添加されたものなのかは問われません。つまり、ベースワインに元々糖分が残っているとそれも二次発酵時点でアルコールと炭酸ガスになる原料として使われます。そうなると往々にして狙っているアルコール度数やガス圧にキッチリ合わせるのが難しくなります。 

簡単に言ってしまえば、スパークリングワインの醸造の手間と品質管理場のリスクが増えます。 

そして二つ目の理由ですが、この理由がベースワインに残糖を残さない一番の理由です。 

ベースワインに求められる最も大きなこと 

完熟したブドウから低アルコール度数の甘口ワインを造る時に絶対に欠かせない手順があります。 それが、発酵の中断です。 

一次発酵中のワインの発酵を止める方法はいくつかありますが、安定してその後も発酵を止め続けるための方法は基本的に一つです。酸化防止剤とか亜硫酸塩の名前でも知られる、二酸化硫黄 (SO₂) を添加することです。一度発酵を止めたワインにこの二酸化硫黄を必要量添加することでワインに含まれる酵母を死滅させ、発酵という彼らの代謝活動を止めることができます。さらにこうしたワインはその後の再発酵を避けるためにフィルターをかけ、生き残った酵母もワインから取り除きます。 

この二酸化硫黄の添加、という行為がスパークリングワインを造るうえでとても大きな問題となるのです。 

甘口のワインを造るうえで添加される二酸化硫黄ですが、その添加の目的は「酵母の失活」です。 

一方で二次発酵で必要なのは、「酵母の働きによる炭酸ガスの生成」。つまりベースワインに求められる最低限度の条件は「酵母が働けること」なわけです。それにも関わらず、一次発酵を止め、さらにその後の再発酵を防止するために多めの二酸化硫黄を添加したワインは二次発酵をしなければならないベースワインとしては極めて不向きなのです。 

ベースワインとして使うためには二酸化硫黄の添加量を最低限度に抑える必要があります。そのためにはベースワインに残糖を残すことはできません。ということは収穫された時点のブドウに含まれている糖分はその全量が一次発酵を通してアルコールと炭酸ガスに変換されている必要があります。しかし、そうして造られたベースワインのアルコール度数が高すぎるのは問題となるので、ベースワインを造るために使われるブドウはそもそもそれほど甘くてはいけない、ということになります。 

こうした理由から、ベースワイン用のブドウは完熟していてはいけないのです。 

ベースワインが持つべき品質 

ここからはスパークリングワインを造るためのベースワインが備えるべき品質や特徴を具体的に見ていきます。

まずベースワインが備えていなければならない前提条件は含有される二酸化硫黄量の低さです。 

具体的な数値としては、総添加量で最大80mg/l、遊離型として25mg/l以下、理想は20mg/l以下です。この数値だけ見るとそれなりに低い数値にも思えますが、一般的な辛口ワインの場合でボトリングまでしたものでもSO₂の添加量を最低限度まで抑えれば大体これくらいの数値になりますので、ボトリング前のSO₂添加を行っていない状態のベースワインとしての位置づけで考えれば特別に低い数値というわけでもありません。 

一方でこの数値を満足するためには腐敗果の混入などは可能な限り避ける必要があります。この点からもベースワインの醸造には健全なブドウだけを使用することが原則となります。 

また最近の自然派ワインの人気などをみると、そもそもベースワインにSO₂を添加しない、という選択肢もあるように思えるかもしれません。確かに順調な二次発酵の遂行だけを考えればそれもあながち間違いとはいえませんが、そうすると今度は品質面での不安が出てきます。これがベースワインに求められる2つ目のポイントです。 

スパークリングワイン、特に瓶内二次発酵を行っているものではブドウの収穫から最終的な商品のリリースまでを通して、フィルタリングをするタイミングがありません。中にはベースワインの段階で一度フィルタリングするケースもありますが、これは二次発酵時の発酵不良を招くこともあるため、するにしても比較的目の粗いレベルでの実施となります。つまり、仮にベースワインの衛生度が低いと、それがそのまま最終製品の衛生度となってしまいます。 

このためにベースワインの醸造では基本的に乾燥酵母を使い、乳酸菌発酵も避ける傾向が強く、そして発酵完了後には二酸化硫黄を添加するのです。逆に言えばアセトアルデヒドなどSO₂の必要添加量を高める物質の生成量を増やす傾向にある野生酵母による一次発酵は避けるべきものですし、その後の衛生度を担保しにくい乳酸菌発酵の実施も慎重に検討する必要がある項目です。ベースワインの品質を維持することを考えれば二酸化硫黄無添加は選択肢に入りません。 

もし仮に軽くでもカビのニュアンスがあるベースワインとなってしまえばそこから造られるスパークリングワインも変わらずカビのニュアンスを持ったものなってしまいます。 

また雑菌の存在は二次発酵を順調に行う上でも障害となる点についても注意が必要となります。 

ベースワインに求められる酸量 

スパークリングワインでは多くの場合でフレッシュさが重要な品質管理項目として認識されています。これは炭酸ガスにより飲んだ際の感触にフレッシュさがあることに合わせているのだろうと考えられます。 

一方で完成したスパークリングワインが含むことのできる総酸量はすでにベースワインの時点で規定されますので、ベースワインとしてどれだけの酸量を確保しておけるのかが重要となります。二次発酵時に不慮のトラブルを招かないためにもベースワインの醸造では可能な限り成分の添加や除去は行わないことが推奨されます。つまり、ベースワインの酸量とはそのまま収穫時のブドウの酸量を意味します。 

その後の醸造方法や完成した時点でのスパークリングワインのスタイルにもよりますが、ベースワインとして求められる総酸量はワイン酸換算で6-8g/l(白ワイン)もしくは4-6g/l(赤ワイン)程度です。これはそのままワインとして醸造すると辛口ではそれなりに酸っぱいと感じる程度の酸量となりますし、この酸量を維持するためにはブドウの熟度が低めの時点で収穫する必要がある水準です。 

こうした必要とされる酸量という点からも、スパークリングワイン用のベースワインに使用するブドウはその収穫時の熟度が高すぎては不都合であると言えます。 

泡への影響 

ベースワインを完全に健全果だけで造る必要がある点に、スパークリングワインの命ともいえる「泡」への影響が挙げられます。一例としてBotrytisの混入による影響を見ていきます。 

場合によっては貴腐ワイン用の貴腐ブドウとして珍重されるBotrytisですが、これに感染したブドウがベースワインに使われた場合、出来上がったスパークリングワインでは泡が過剰にたってしまうことが研究で分かっています。スパークリングワインで泡が立つことの何がいけないのかと思われるかもしれませんが、この場合ではグラスに注いだ際に過剰に泡立ってしまうことが分かっています。 

グラスに注いだ後での泡の保ちや継続的な泡の出であれば歓迎すべきところですが、グラスに注いだ際に必要以上に泡立ってしまうことは見た目的にも美しくありませんし、その後の泡の立ちも悪くなる原因となります。Botrytis混入によるこうした影響の原因はまだ明確にはされていないようですが、少なくともより高級感を持ったスパークリングワインを造るためのベースワインは健全果のみを使用する必要がある、という点は同意される点となっています。 

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リザーブワインの泡への影響 

またベースワインをアッサンブラージュする際に使用されるリザーブワインも出来上がるスパークリングワインの泡に影響することが分かっています。 

古いリザーブワインを多く混ぜる程、そのベースワインから造られたスパークリングワインでは泡の保ちが悪くなるのです。ノンヴィンテージクヴェーでは複数のリザーブワインが使われますが、そうすることでグラスに注がれた後の泡の保ちに影響が出るため、グラスに注いだ後のエレガントな泡を保つために敢えて古いヴィンテージの混合比率を下げている事例もあるようです。 

なお、この原因についてもまだ明確な理由は明らかにはなってはいない模様です。 

今回のまとめ | ベースワインは特殊な存在 

スパークリングワインというワイン自体がワインのカテゴリーの中では特殊な位置づけにあります。 

シャンパーニュに特徴的ですが、このワインカテゴリーではその味だけではなく、グラスに注いだ後の見た目にもリッチさが求められます。このため、原料となるベースワインにもそれに合わせて一般的なワインカテゴリーにはない要求項目が設定されています。 

この一方で、一般的なワインで最も重要視される味や香りに対する重要度は相対的に低く設定される傾向にあります。 

単一ヴィンテージ、単一品種、単一畑を前提としてベースワインを造る場合にはまた違ってきますが、そうでない場合にはアッサンブラージュの存在が極めて大きな存在感と影響力を持っているためです。 

これもシャンパーニュで顕著ですが、こういったベースワインの最も需要な検討項目がブレンド比率です。自分たちしか所有していないワインを複数、かつ複雑な比率でブレンドして一つのベースワインを作り上げることで特徴的で独自性を持った品質を維持する手法では、単一のワインとしての特徴はその重要性の比率を下げる傾向におかれます。 

酸量を保つため、さらには色を出さないために75%程度の比率でまだ色づいていないブドウを収穫する前提に立てば熟したブドウの持つニュアンスを得ること自体がまずは不可能です。このため品質が高くかつ安定したスパークリングワインを仕立てようとすればアッサンブラージュは絶対に避けて通ることのできない手法です。 

ブレンドをして完成させることが前提であり、その前提に立つがために従来のワインとして要求される必須項目のいくつかを敢えて無視することで成り立っているスパークリングワイン用ベースワインはそれ単体で品質を云々することに実はそれほど大きな意味のない、醸造する立場から見ても特殊な位置づけにあるワインだと言えます。 

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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