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最高級ワインを構成する高貴なカビかブドウを腐らせる大敵か | Botrytisとは何ものか

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世界における最高級ワインはなにか、と聞かれたら何と答えるでしょうか?

ボルドーやブルゴーニュの赤ワイン?
アメリカを中心としたカルトワイン?
多くの人に愛されるシャンパン?
それとも今を時めくナチュラルワインでしょうか?

 

ことドイツにおいては法的な格付け上、最高級ワインといえばTBA (Trockenbeerenauslese、トロッケンベーレンアウスレーゼ)、つまり貴腐ワインです。一方でこのような法的な格付けの裏付けがなかったとしても、毎年行われるワインオークションで最高値を付けるのはいつでもTBAであることが、名実ともにこのワインが最高級ワインであることを物語っています。

 

メモ

VDPが毎年産地ごとに開催しているオークションのナーエ地区における2019年度の最高値はDönnhoffの2015年Hermannshöhle Riesling TBA Magnumで18000ユーロでした。また同オークションにおける2018年の最高値はKellerの2015年Pettenthal Riesling TBA Goldkapsel Magnumの6500ユーロとなっています。

ちなみに2019年のモーゼル地区における同オークションの最高値はJ.J. Prümの2013年Graacher Himmelreich TBA Magnumで6600ユーロとなりました

 

このような驚きの値段をつけるワインを造る際に絶対に欠かせない要素があります。

それが、貴腐菌ともよばれるカビの一種、Botrytis cinerea (ボトリティス シネレア、以下Botrytis)です。

 

今年、2019年のドイツにおける収穫期は夏にまったく降らなかった雨がまとめて降っているかのような長雨続きとなっています。これに加えて気温が多少、高めに推移しているためにブドウの健康状態が加速度的に悪化しています (注: 地域によっては雨の降っていない場所もあります)。

収穫期の直前までは全く見られなかったBotrytisもここにきて急激にその発生量を増やしています。

 

ここ一週間ほど長雨が続いている上に気温が15℃程度と比較的高めになっているため、急速にブドウの健康状態が悪化中

本当に、安心して気軽に過ごせるヴィンテージはない

 

この収穫間際に起きたカビの繁殖は果たして貴腐と呼べるような天からの福音なのでしょうか?

今回はこのBotrytisについてのお話です。

 

貴腐ワインとはどんなワインか

まず貴腐ワインというワインがどういうものなのかについて一度確認しておきます。

 

世の中には極めて有名な貴腐ワインが3種類あります。

世界三大貴腐ワインと呼ばれるそれが、

ソーテルヌ (フランス)

トカイワイン (ハンガリー)

トロッケンベーレンアウスレーゼ (ドイツ)

です。

 

これらはいずれもBotrytisと呼ばれるカビが付着したブドウから造られ、極めて甘いワインであることが特徴です。

貴腐ワインに含まれる残糖量は多くの場合で200g/l強、ものによっては300g/lを超えるものもあります。普通の赤いコカ・コーラが大体100g/lの糖分を含みますので、ざっくりとみてコカ・コーラの2倍から3倍は甘いワインということになります。

 

またBotrytisの影響による貴腐香とも呼ばれる独特の香りを持つことでも知られています。

 

一方で貴腐ワイン自体は極論してしまえばBotrytisが付着したブドウから造ったワインであればそのように呼称できるため、上記以外の国でも世界中で造られています。呼称は様々ですが、ドイツを真似てTBAとラベルに記載している場合もあればBotrytisと記載している場合もあります。

 

なおドイツにおいてはワイン法上でTBAの定義を定めていますので、その要件に満たないものに関しては仮にブドウにBotrytisが付着していた場合でもTBAと呼ぶことはできません

ワイン法上のルールに関する詳細は「カビネットって甘いんですよね?」の記事を参照してください。

 

貴腐ワインの要件はBotrytis

すでに見てきたように、貴腐ワインを定義づける要件は原料となったブドウにBotrytisが付着していることです。

ここに関してはたまに「貴腐葡萄を原料としたワイン」というような定義づけを見かけますが、「貴腐葡萄」というブドウ品種があるわけではなく、貴腐菌と呼ばれるBotrytisが付着したブドウ、という意味です。

 

Botrytisとは何なのか

Botrytisとはカビの一種です。

TBAのような特別なワインを造るために必要となる菌であるため、何かしら特別な菌の一種であるように思われるかもしれません。しかし実際にはBotrytisは常在菌、つまり一般に空気中に存在する極めて一般的な菌種です。

 

特徴としては非常に広い温度帯域において生存および活動ができることと、発芽からの増殖サイクルがとても早いことです。

 

菌の生存自体は気温が0度を超えていれば問題はありませんが、一般のカビと同様に多少高めの気温をより好む傾向にあり、活動の適正温度は20~23℃とされています。

また湿度が高い環境がより適しており、降雨などにより大気中の湿度が90%を超えると危険領域に入ります。

 

イメージとしては日本の梅雨の時期などによく発生する一般的なカビを想像していただければそれほど遠く離れてはいません。

 

Botrytisの感染経路はどうなっているのか

Botrytisの胞子は極めて微細であるため、風や雨によって簡単に大気中に浮遊します。

またそのサイズを利用して、小さな傷であっても付着し、活動を開始することが出来ます。

 

これこそがBotrytisの感染経路となります。

 

畑においてブドウの実は常に何かしらの脅威にさらされています。

昆虫や動物、雹、病気、そして作業者などによってその表面に微細な、マイクロメートルサイズの傷を作ってしまうことが多くあります。場合によっては房における粒同士の重なり合いで傷ついてしまうこともあります。

 

こうした傷からBotrytisは侵入してきます

 

完全に人間が視認できる範囲の外で状況が進行していきますので、この感染を完全に防止することはほぼ不可能です。

 

Botrytisの感染から甘いワインが出来るまで

ブドウの傷に付着したBotrytisはそこで発芽し、根をブドウの実の内部に向かって伸ばしていきます

 

ここで特徴的なのが、Botrytisは複数の酵素を自己生成することが可能であり、その酵素の働きでもって果皮表面のワックス層やその下にある細胞壁などを溶解していくことが出来る点です。

ちなみにここで影響するのがブドウの品種ごとの果皮の厚みや特徴です。果皮が物理的に厚い、もしくは果皮の一部が変化することで酵素による溶解への耐性が高い品種はそのままBotrytisへの耐性が高い品種、ということになります。

 

なおこのカビによって生成される酵素の一部は一般的なワイン醸造の際に利用される酵素と同様のものなので人体への悪影響などは特にありません。

 

よくインターネットなどで見かける説明ではこの際にBotrytisが果皮に開けた穴から果実内部の水分が蒸発し、それによって糖度をはじめとした各種含有成分の濃縮が生じる、とされていますが、実はこれだけには留まりません。



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