発酵

もっと発酵を語ろう | 酸素は酵母に必要なのか

投稿日:

注意

この記事では説明の都合上、学術用語としての“発酵”と一般的なアルコール生成手段としての意味での“発酵”が同一文章内に特に断りなく混在して使用されています

以前から何度か発酵については書いていますが、今回はもう少し踏み込んだ発酵と酸素の関係を見ていきたいと思います。

 

ワインを学んでいるとどうしても酸化という言葉に敏感になりますし、発酵時を含め酸素を極力排除するのが正義!と思ってしまいがちです。実際に我々造り手にも酸素の存在に異常なまでに神経質になる人もいます (筆者もどちらかというとこちらに側に近いところにいます)。

 

しかし実際には醸造の過程、特に発酵の過程で酸素を必要以上に排除してしまうとかえってトラブルが多くなることは以前にも「発酵に酸素は必要か」という記事で書きました。

発酵に酸素は必要か?

以前の記事”二酸化硫黄、正しく理解していますか? 2”で酸化は酸素と結合することではない、という内容のことを書きました。この内容自体は正しいことなのですが、この一方で、酸素の存在が”酸化”という現象を ...

続きを見る

ここで問題になるのが、具体的にどのような理由でどの程度の酸素が必要なのか、ということです。

 

今回はこのような疑問について解説していきます。

 

そもそも発酵とはなにか

発酵について語ろう」などの記事では発酵を糖からアルコールと二酸化炭素を作り出す酵母による反応、としました。これは発酵の中でもアルコール発酵と呼ばれる発酵の種類の一つです。

 

一方でより学術的な意味で発酵というものを定義すると、

 

(微生物が行う)酸素の影響を受けずに行われるエネルギー獲得のための有機物の分解プロセス

 

となります。

ちなみにこれは以前から言われている、いわば古い発酵の定義です。現在はその後に発見された新たなエネルギー獲得手段を持った微生物などの発見に伴い次のように改定されています。

 

基質レベルのリン酸化によるエネルギー (Adenosintriphosphat / ATP) の生成

 

この定義を厳密に理解しようとするとかなり難しい話になりますので、それは一端横に置きます。

ここで重要なことは、“発酵=エネルギーの獲得”ということです。

 

以前の記事では主にアルコール発酵のことを“エタノール(アルコール)と二酸化炭素を獲得する手段”と定義していました。しかしこれは実際には人間の側から見た都合のいい解釈で、実際にはエタノールも二酸化炭素も単なる副産物に過ぎない、というのがより厳密にみた発酵における解釈になります。

 

発酵の目的はエネルギーの獲得

もう一度アルコール発酵というものを厳密に見直してみます。

アルコール発酵の過程を化学式を用いて表すと以下のようになります。

 

C6H12O6 + 2 ADP + 2 Pi → 2 C2H5OH + 2 CO2 + 2 ATP

 

この式は1molのグルコース(glucose)に2molのADP(Adenosindiphosphat)と2molのPi(Phosphat)が反応することで2molのエタノール(アルコール)と2molの二酸化炭素、そして2molのATP、つまりエネルギーが生成されることを意味しています。

このATPこそが本来的に微生物が発酵の結果として求めている目的物となります。

 

発酵の対極にある呼吸

発酵は定義上、酸素の影響を受けないものとされています。

基質レベルでのリン酸化過程においても酸素は介在しませんのでこの前提は上記の新旧いずれの定義においても有効です。

 

一方で酸素を用いてエネルギーを獲得する手段のことを“呼吸”と呼んでいます

 

発酵が電子の移動が行われない還元的(嫌気的)な反応であるのに対して呼吸は電子の移動が生じる酸化的(好気的)な反応です。

 

ちなみに例えば我々ヒトはこの呼吸によってエネルギーを獲得しています。動物などの大型の生物はいずれもエネルギーの獲得手段は呼吸です。これは大型の生物はその生体活動において多量のエネルギーが必要になるためです。

一方で微生物のような代謝のための消費エネルギー量が少なくて済む生物は発酵によってエネルギーを獲得します。

 

このことから明らかですが、エネルギーの獲得手段としては呼吸の方が圧倒的に有利です。

 

酵母が酸素を必要とする理由

発酵過程において酸素が必要となるタイミングは多くはありません。

これは糖を分解してアルコールを生成していく過程において酵母がエネルギーを獲得する手段は基本的に発酵であり、発酵に酸素は必要とされないためです。

 

このため発酵過程において酸素が必要となるタイミングは、酵母が増殖するタイミングのみとなります。

 

発酵過程の初期段階において酵母は1つの細胞から5から6個の細胞に分裂し、これを短期間で繰り返すことで増殖をしていきます。この過程には極めて多くのエネルギーが必要となります。このためによりエネルギーの獲得効率が高い呼吸が必要となると考えられます。

この際に必要となる酸素の量は酵母の種類などにもよりますが、おおよそ5~10mg/Lとされています。

 

酸素は絶対に必要なのか

一方で、発酵過程において酸素が絶対に必要なのかというと実はそうではありません。

嫌気環境下における醸し発酵とは」という記事にも書いたように、酸素を排除した嫌気的な環境下において醸しや発酵を行う醸造手法がある通り、アルコール発酵自体は酸素がなくても行うことは可能です。

 

果皮や果汁などの中にも酸素は溶け込んでいますのでそれらを利用しながら酵母が増殖し発酵活動を行うことが可能だからです。

しかしこの際の酸素量が上記の5~10mg/Lに足りているかといえば、そうではないことの方が多いのが現実です。つまり、酵母にとって圧倒的に代謝活動のためのエネルギーが不足する事態が生じやすくなります。この結果生じる問題としては以下のようなことが挙げられます。

 

  • 酵母の増加量の低迷
  • 発酵期間の長期化
  • 残糖量の多量化
  • アセトアルデヒドの増加

 

酵母の量が減り発酵工程が低迷する

ある研究の結果では二酸化炭素雰囲気下における発酵ではピーク時の酵母の細胞数が大気化におけるそれのおよそ半分にとどまったと報告されています。

また細胞数の増加に必要とされた時間も2倍超となっていました。

 

これにともない発酵に要する期間が2倍以上となったほか発酵の活性自体も弱くなり、果汁内に存在する糖分を完全にはアルコールとして分解するには至りませんでした。

完全にエネルギー不足による代謝活動の低迷といえます。

 

アセトアルデヒド量が増加する

また発酵後のアセトアルデヒドの含有量が二酸化炭素雰囲気下において発酵したヴァリエーションでは酸素が存在する環境下で発酵した場合と比較して最大で4倍超まで増加しました(酸素が介在した発酵では16mg/Lだったのに対し、二酸化炭素雰囲気下における発酵では72mg/L)。

 

アセトアルデヒドの増量は発酵不良時に生じる典型的な問題の一つです。

 

上記の通り酸素が存在しない環境下における発酵では十分な数の酵母が存在できず、発酵の勢いも低迷します。このため発酵の状態としては“発酵不良”と判断できる水準に留まります。

この結果、アセトアルデヒドの生成量が増えることはいわば当然の帰結ともいえる事象です。

 

より多量の二酸化硫黄の添加が必要となる

アセトアルデヒドの含有量が増える結果、ワインに添加する必要のある二酸化硫黄(亜硫酸/SO2)の量が増加します。これはアセトアルデヒドとSO2との結合性が高く、SO2を添加すると即座に結合してしまうためです。
このためSO2の添加量を増やさないと必要となる量の遊離型SO2の量を確保することが出来ません。

結果的に極度の酸化への危機感が、同じく使用に忌避感を持たれることの多いSO2の使用量を増やすことにつながってしまう可能性を高めるのです。

 

二酸化硫黄の添加に関する詳細は「品質管理のキホンのキ | 二酸化硫黄の使い方」や「酸化防止剤が頭痛の原因というのは本当か | ワインあるある」の記事を参照してください。


酸化防止剤が頭痛の原因というのは本当か | ワインあるある

最近は耳にすることが幾分か減ってきている気もしますが、ワインに含まれる酸化防止剤、つまり亜硫酸や亜硫酸塩と呼ばれる添加物がワインを飲んだ際に生じる頭痛の原因だとする言説があります。 まことしやかに囁か ...

続きを見る

 

今回のまとめ | 発酵中に酸素の供給は必要か

あまりに酵母の活性が弱く、発酵が進まない場合にはエアレーションの実施を視野に入れる必要が生じます。

一方で酵母が必要とする酸素の量はそれほど多くはありません。このため、密閉式の発酵槽の場合でも容器と液面の間にある程度の空間が残る量に充填量を調整してやれば多くの場合は問題になりません。それでも酵母の活性が得られないのであれば、必要酸素量よりも別のエネルギー源の不足を考えるべきといえます。

 

なおエアレーションを行う時期には注意が必要で、これを間違うとワインの酸化を招き発酵直後から酸化臭のあるワインになってしまう危険性もあります。仮にエアレーションを行うのであればタイミングとしては発酵初期段階に行う必要があります。

 


';
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。フリーランスとしても活動中

あなたへのおすすめ記事

1

「ぺトロール香」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?   主にワインのテイスティング、特に年代物のRiesling (リースリング) のワインをテイスティングしている際などに耳にすること ...

2

最近、某有名MW (Master of Wine) がプロデュースしたワイングラスが日本でも発表され話題となっています。 このMWが自身では赤でも白でもワインを飲むときには長年に渡って同じグラスを使っ ...

3

Foto: bitt24/Shutterstock ドイツの冬といえば、グリューワイン(Glühwein)がとても有名です。 特にドイツ各地で開かれるクリスマスマーケットでは無くてはならない定番のもの ...

-発酵
-, , , , , , , ,

Copyright© Nagi's Wineworld , 2019 All Rights Reserved.