発酵 醸造

ワイン醸造 | 優良な酵母は発泡しない?

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ワイン好きの皆さんの中には、発酵中のワインの状態を醸造所で直接、もしくは写真などを通して見たことがある方も多いのではないでしょうか?

 

かく言う私のTwitterでもこんな写真を投稿したことがあります。

新しい記事をお待ちいただいている方、申し訳ありません

今のところ、酵母の世話で手一杯で自分のことは洗濯も買い物にも行けない状態です
気長にお待ちいただければと思います

 

この写真は収穫してきたブドウをプレスしたジュースに酵母を添加して2日後くらいの時点でのものです。ジュースの表面に増殖した酵母が見えているほか、その酵母の周りに泡が立っているのが見て取れます。

 

この写真以外でもよく発酵中のワインの写真や動画を見ると、泡がプクプクと上がってきている状態を確認できます。

我々、ワインを造っている醸造家も泡の立ち方などをみて発酵の状態を把握したりもしています。ですので、発酵中に生じる泡は良いものでこそあっても悪いものだとはなかなか考えません

 

そんななかで、発酵中における泡の量が少ないことが優良酵母の条件だ、と言われたらどうでしょうか?

 

今回はそんな、酵母と泡をめぐる少し専門的でマニアックなお話です。

 

はじまりは酵母のカタログ

この記事で酵母と泡の話をすることにしたことには前段があります。

もともと筆者が探していた情報は酵母と泡の関係についてではなく、それぞれの酵母における二酸化硫黄 (SO2、亜硫酸塩) への敏感さについてのものでした。

酵母ごとの二酸化硫黄への敏感さを改めてまとめて理解したいと思うものの、案外この手の資料がないという事実

どの酵母がこの目的に有利かは知っているけど、今知りたいポイントは違うんだよなぁ

 

酵母の二酸化硫黄への敏感さはワインを醸造していく中で知っておくと役に立つ極めて実務的な知識の一つです。このため、少なくとも利用頻度の高い酵母についてこの辺りの情報をまとめておきたいと思ったのがそもそも事の始まりでした。

 

酵母も一つの商品ですので、商品情報を確認するにはまずは商品カタログを、という極めて当たり前な判断に基づいて酵母に関するカタログをいろいろとみているうちに目についた文言、それが一部の酵母における発泡性の少なさを謳うものだったのです。

 

発泡量の少なさは良質酵母の条件のひとつ

筆者自身すっかり忘れていたのですが、発酵中における発泡量の少なさは優良酵母の条件の一つとされています。

少しこの点について言い訳をしておくと、実際には発泡量の多寡よりも先に優先するべき酵母を選定していくうえでの条件というものがあります。それは発酵の強さであったり、適正温度であったり、発酵によって生じる香りや味であったり、もしくは上記のような二酸化硫黄との相性であったりと様々ですが、押しなべて最終的な品質に直結するものです。

これに対して発泡量の多寡というものは、他の要素と比較すると最終品質においてはそれほど大きな影響を持ちません。

 

このため出来上がるワインの品質に対して重要な要素を優先的に選択していくと発泡量の点まで行きつく前に使うべき酵母がほぼ決まってしまうのです。そしてこうした酵母の選定を繰り返しているうちに、発泡量のことなど頭の中からきれいさっぱり抜けてしまった、、、というわけなのです。

 

こう書いてくると酵母の発泡性など大した問題ではないのではないかと思われてしまうと思いますが、実はこの泡、非常に広範な要素と密接につながっているものでそのメリットやデメリットはとても軽く語れるようなものではありません。

 

発泡することのデメリット

「発泡量の少なさ」がメリットである、ということは、逆を返せば「発泡することによるデメリット」がある、ということでもあります。デメリットがないのであればわざわざ発泡性に目を向けてメリットを謳う意味がありません。

 

では酵母が代謝による発酵活動中により多くの泡を生じることによるデメリットとはどのようなものがあるのでしょうか?

一般的なものとしては以下のような点が挙げられます。

 

  • 発酵中のタンクからの溢れ出し
  • 揮発性芳香成分の喪失
  • アルコール量の減少

 

つまり酵母によるアルコール発酵中に生じる泡の量が多いと、タンクからの溢れ出しによる量的な喪失に加えて衛生管理上の問題が発生しやすくなるうえ、せっかくの香りやアルコールの無駄が生じてしまう可能性が高くなる、ということです。

これだけ見ても確かに発泡量の低減はメリットだと言えますが、実は影響の範囲はこれだけに留まりません。

 

詳しい話を見ていく前に、まずは「泡」というものについて簡単に説明します。

 

泡は実は全然単純じゃない

今回の記事を書くにあたって筆者自身も「泡」というものを改めて調べました。

正直なところ、ワイン関連の醸造において特に「泡」を意識するのはスパークリングワインの醸造の時くらいで一般的なスチルワインの醸造ではあまり意識することはなく、ほぼ専門外といってしまっていいくらいの知識しか持ち合わせていませんでした。

 

ですので調べ直すまでは醸造に関わる泡なんて液体中における飽和二酸化炭素ガスの別称でしょ、というくらいの軽い認識しかしていなかったのですが、これが大きな間違いです。

 

ちなみこれは余談ですが「泡」をキーワードに文献検索などを行うと、そのほとんどはビール醸造に関わるものかバイオプラント関係のものになります。

ビール醸造関連の検索結果が多かった理由は、今回は基本的にドイツ語で検索したことも大きかったと思われます。

 

そうして何本かの文献を中心に複数の情報にあたったところ、そもそも泡には2種類あってそれぞれで特徴がかなり異なることが分かりました。こんなこと、日常生活ではまったく意識しないことですが。

一方で今回の記事を書き進めるに当たってはこの両者を明確に認識しておく必要があります。ですので、この記事を読んでくださっている皆様もまずはこの一見して無駄にしか思えない知識の共有にお付き合いください。

 

形状によって2分される泡

泡はその形状によって2種類に分類されます。その形状とは以下の2つです。

 

  • 球形の泡
  • 多角形の泡

 

いや、多角形の泡ってなんだよ、と思いますが。そこはそういうものだということで納得してください。申し訳ありませんが、筆者にも説明できません。

 

で、この2種類の泡ですがそれぞれの成り立ち方が違います。ここが実はワイン醸造における泡の議論においても重要なポイントとなります。

 

壁が不要な球形、壁が必要な多角形

上記の2種類の泡の直接的な違いはその形状ですが、本質的にはその形状を成り立たせている構造的な違いに大きな意味があります。

具体的にいうと、球形の泡は気体の周囲の液体自体の性質に依存して形状を作るのに対して多角形の泡はその形状を作るための材料として一定の物質が存在している必要があります。イメージとしては細胞壁をもつ植物系細胞と細胞壁をもたない動物細胞との違い、とでもいえばいいでしょうか。

 

すいません、本質的に全く関係ないこと同士をつなげているうえに本文にも関係ないイメージです。

 

話を戻すと、この両者には界面の状態に非常に大きな差がある、ということです。

 

ちなみに泡の性質としてみた場合、当然ですが壁を持っている多角形の泡の方が球形のものよりも安定性が高く、頑丈です。つまり泡のもちがよくなります。

この点がビールなどのように「泡が残る」ことに大きな意味があるケースでは非常に重要な要素となりますし、タンクからの吹きこぼれという点に注目する場合にはワインの醸造でも意味を持ってくる点です。

 

なお泡の存在が確認されている場合には基本的にはこれら二種類の泡が混在しています。もちろんその時の状況、条件次第によって存在比率の傾きはありますが、一方的にどちらかの泡だけが偏在しているということはないと考えていいと思います。

 

酵母における泡の生産性

発酵の時点においてどれだけの泡が生産されるかは発酵の条件も影響力を持ちますが、根本的には酵母の種類によって規定されます。これは泡の生産性が酵母の細胞壁に存在する疎水性部分に依存しているためです。

その疎水性構造を持つ部分がどのような性質で成り立っているかによってそもそもの酵母の代謝に基づく泡の生産性が決定づけられていますので、発酵時の温度や環境といった周辺条件による変動はそれほど大きくはならないというわけです。

 

そして具体的に泡の生産性に影響する要素は以下の3点です。

  • 生成される二酸化炭素量
  • グリセリン生成量
  • タンパク質量

 

以下、それぞれを具体的にみていきます。

 

泡の量を左右する最大の要因、二酸化炭素量

ワインの発酵時点における泡はその大部分が糖分の分解時に生じる二酸化炭素に基づきます。

すでにこのサイトでも何度も紹介していますのでお馴染みかとは思いますが、酵母によるアルコール発酵を化学式で表すと以下のようになります。

 

C6H12O6 + 2 ADP + 2 Pi → 2 C2H5OH + 2 CO2 + 2 ATP

 

式の詳細については「もっと発酵を語ろう | 酸素は酵母に必要なのか」の記事をご覧ください。

もっと発酵を語ろう | 酸素は酵母に必要なのか

注意 この記事では説明の都合上、学術用語としての“発酵”と一般的なアルコール生成手段としての意味での“発酵”が同一文章内に特に断りなく混在して使用されています 以前から何度か発酵については書いています ...

続きを見る

 

この式の中で今回のテーマ上、重要なのがC2H5OH (エタノール、アルコール)とCO2 (二酸化炭素)の関係です。

発酵について語ろう」という記事で書いていますが、この両者の割合は理論値ではアルコールが約51%、二酸化炭素が約49%となります。ただこれはあくまでも理論値であり、実際のアルコール収量は発酵副生成物の存在、発酵中における生成アルコールの揮発等々によりおよそ47.5%程度です。

発酵について語ろう

  今までに発酵を実質的に引き起こしている存在である酵母などについてはお話をしてきましたが、発酵それ自体については説明をしたことがなかったので、この機会に改めて発酵というものについて書いてみ ...

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アルコール量がある程度の前後するように二酸化炭素量もまた多少の前後をするものと考えられます。

この変動が泡の生成に対して大きな意味を持ってきます。

 

ワインの醸造シーンに限定して話をすれば泡の正体はほぼ完全に二酸化炭素です。

つまり、二酸化炭素の生成量が多いということはそのまま泡の生産量が多い、ということにもつながります。逆に言えば泡の生産量が少ないということは、二酸化炭素の生産量が少ない、ということでもあるのです。

 

さらに前述の化学式に戻ります。

式からはアルコールと二酸化炭素の合計量は常に一定になります。つまり二酸化炭素の生成量が減るとその分、アルコールの生成量が増えます

注意ポイント

実際には発酵副生成物等の関係もあるためここまで単純なものではありませんが、大雑把な傾向としてはこうなります

 

一定量の糖分からより多くのアルコールを生成できるということは、酵母のアルコール生成効率が高いということです。ワイン醸造における酵母の意味はアルコールの生成ですので、そのための能力が高いということはつまり

 

その酵母が優良な株である

 

ということになります。

ここに、発泡しない酵母は優良酵母、という理論が成立するのです。

 

グリセリン生成量から見る酵母の優劣

泡の生成、特に球形の泡の生成においてはグリセリンの量が意味を持ちます

というのも、その形状を維持するための構造を持たない球形の泡においては周囲の液体の粘度が高いことが極めて重要だからです。そしてグリセリンの濃度は含まれる液体の粘度に対して大きな影響を与えます。

 

グリセリンというものは発酵における副生成物の一つです。フルクトースを出発点とした反応によって生成されます。

そしてここが重要なのですが、この反応はアルコール生成反応と競合しています

つまり、より泡が生産される環境、つまりグリセリンの生成量が増えている環境下においては相対的にアルコールの生成量が減るのです。

 

ここからは前述の二酸化炭素の生成量において展開されたロジックと全く同じロジックが展開されます。

 

グリセリンの生成量が少ない酵母は泡の生産量が少なく、アルコールの生産効率が高い酵母、つまりは優秀な酵母、ということです

 

必ずしも悪ではないグリセリンの生成

この記事では酵母と発泡性の点のみに焦点を当てていますのであたかもグリセリンの生成が悪であるかのような論調になってしまっていますが、実際にはそんなことはありません。

 

グリセリンの存在はワインを口に含んだ際の口内感触やボリューム感といった触感的な部分に加え、甘みといった味覚的な意味でもワインの特徴に少なくない影響を与えます。このため望むワインのタイプによっては敢えてグリセリンの生成量が多い酵母を選択して発酵させる場合もあります。

 

ちなみにこのグリセリンと脂肪酸が結合してできるGlycerideという化合物は泡の生成に対してはネガティブな性質を示します。つまり仮に発酵副生成物としてグリセリンが生成されていたとしても、その後に脂肪酸と結合をした場合には必ずしも泡の生産増加にはつながらない、ということです。

 

壁の材料となるタンパク質

発酵中のジュースにおけるタンパク質量も泡の生成量に関与します。これはタンパク質が多角形の泡に必要となる壁の構成成分であるためです。

 

タンパク質に関しては酵母の代謝によって生成されるというよりも、むしろポリペプチドやアミノ酸に分解される対象です。このため、タンパク質をより効率的に分解できる酵素を持った酵母であるほど泡の生産量は低くなります

 

ただここで注意しておきたい点は、ポリペプチドや一部のアミノ酸類はタンパク質ほどではないにしても依然として泡の生成に対してポジティブな要因である、ということです。特に一部のポリペプチドから合成されるGlycoprotein (糖タンパク質) は液体の粘度を上昇させることで泡の持続性を高める働きを持っています。

タンパク質の分解能を持っていることは泡の生成量を引き下げるうえで重要な因子であるとはいっても、単に分解するだけでは完全に泡を出さない、ということにはならない辺りは非常に複雑な状況を物語っているといえます。

 

今回のまとめ | 酵母による泡の生成有無は別のパラメータで見るべきか

泡を多く作らない酵母を使用することで、

  • 発酵中におけるタンクからの溢れ出しを防止し衛生管理が容易になる
  • 揮発性芳香成分やアルコールのロスを低減できる

といったメリットを得ることが出来ます。

また泡を作らない酵母によるアルコール発酵では相対的にアルコールの生成効率が向上する可能性が高いこともこれまで見てきたとおりです。これらのことを総合すれば、発泡量の少ない酵母は優良な酵母である、という説明にも頷くことが出来ます。

 

一方で泡の生成量を抑えることは簡単ではありませんし、根本的には酵母の持つ細胞壁の構造に依存してしまうので使用者である醸造家側で何か特別な対策をとれるわけでもありません。

つまり発酵期間中における泡の量を抑えたいと思ったら、そもそも泡の生成量が少ないことが明示されている酵母を選択する以外の手がありません。ただ、実はこれは簡単ではありません。カタログによってはその酵母の泡の生成量が全く示唆されていないためです。

 

それでも少しでもいい条件でワインの醸造を行っていくために有利な酵母を選択したい、ということであれば別のパラメータを使ってその酵母の泡の生産量を推測していくことになります。

ただいくら優秀な酵母を選択しても発酵させる元のジュースの状態によっては結果に違いがみられないケースもあり得ます。

 

これらの酵母の特徴は絶対のものとしてではなく、オプションの一つとして考えておくべきでしょう。

 



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Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。フリーランスとしても活動中

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