不快臭

光が変えるワインの香り | 日光臭

03/22/2022

日光臭

青く晴れ渡った空の下にひらめく洗い立ての白いシーツ。そのシーツに包まれたときに感じる、幸せなお日様の香り。と思ってしまいそうな名前ですが、残念ながら違います。

日光臭とはLight-struck taste (LST、Light-struck flavor: LSFとも)、Goût de Lumi`ereとも呼ばれる欠陥臭の1つです。ビールや牛乳で指摘されることの多いオフフレーバーですが、日本酒やワインでも無縁のものではありません

日光臭は主に保存中に発生する欠陥臭です。その名前の通り、ワインやビールが太陽光などにさらされることで発生します。発生する原因が明確になっているため、光の透過を妨げる色の濃いボトルを使用すればかなりの確率で発生を防ぐことができます。

一方でワインであればロゼなど、ワインの色を顧客に見せたいときに使いたいのが透明ボトル。最近では紫外線を吸収する素材を練りこんだボトルも出てきてはいますが、やはり色味の濃いボトルと比較すると光の透過量が気になるところです。

日光臭とはどういうものなのか。どうすれば防げるのか。解説していきます。

1つではない日光臭の原因物質

日光臭、もしくはLSTと呼ばれる欠陥臭はその内容を見ていくと複数の種類の原因物質が存在しています。

例えばビール。LSTは「スカンク臭」などとも表現されます。

この原因物質はMBTと呼ばれる、3-methylbut-2-ene-1-thiol (3-メチル-2-ブテン-1-チオール) です。ビールの苦み成分である、ホップに由来するIsohumuloneという物質が光を受けることでビール内に含まれているほかの物質と反応することで生成されます。

一方でワインで日光臭と呼ばれる臭いの原因物質は主にmethanethiol (MeSH: メタンチオール) やdimethyl disulphide (DMDS: ジメチルジスルフィド) で、ニンニクや玉ねぎ、茹でたキャベツのような臭いを出します。MBT、MeSH、DMDSは物質としては別のものですが、すべてが揮発性の高い有機硫黄化合物として知られています。

日光臭の原因物質はお酒の種類によって変わるものの、基本的には腐った玉子の臭いとして知られている、硫化系の臭いに類する欠陥臭であることがわかります。

日光臭の発生原因は紫外線とビタミンB2

ビールでは日光臭の発生にホップ由来の成分がかかわっていましたが、ワインにはこの物質は含まれていません。ワインに発生するLSTで重要な役割を果たしているのが、ビタミンB2。Riboflavinとも呼ばれる物質です。

LSTの生成にもっとも強くかかわっているのは紫外線です。そもそも紫外線が存在しない環境ではワインでもビールでも牛乳でもLSTが発生することはありません。一方で、紫外線だけがあればLSTが発生するかというとそうとも言えますし、そうではないとも言えます。LSTの発生経路には2つの種類があることがわかっています。

1つ目は紫外線によってワインに含まれている含有成分の一部が変質することで生じる経路。この経路中では紫外線による直接的な成分への影響に、好反応性酸素化合物を含むラジカル類の生成が加わることでLSTの生成へとつながります。まれに誤解されている解説を目にしますが、このラジカル類、アルコールを含有する水溶液中で紫外線の影響を受けることで生成されます。つまり、アルコールを含んでいれば醸造酒に限らず影響を受け、LSTの生成へとつながる可能性があります。

2つ目の経路がRiboflavin、つまりビタミンB2が関係する経路です。LSTの生成経路としてはこちらがメインとなります。なおビールにおけるIsohumuloneが関係するLSTの発生もこの経路です。

この経路上ではRiboflavinが直接LSTを生成するわけではなく、ここにさらに別の成分が関わることでLSTの実際の臭い成分であるMeSHやDMDSの生成へとつながっていきます。

ビタミンB2とアミノ酸によって作られる欠陥臭

日光臭の本質はタマネギや茹でたキャベツに感じる、硫化系の臭いです。

こうした臭いが出るためには、その原料となる硫黄がどこかから供給される必要があります。その供給源が、ワインに含まれる一部のアミノ酸です。

アミノ酸には複数の種類が存在しています。天然には約500種類が見つかっていますが、このうちの22種がタンパク質の構成要素であり、ヒトはこのうちの20種から構成されているといわれています。

こうした数多に存在するアミノ酸のうちのいくつかはその構造の中に硫黄を含んでおり、含硫アミノ酸と呼ばれています。含硫アミノ酸はブドウ中にも存在しており、そうした含硫アミノ酸がRiboflavinを介してストレッカー分解することでLSTとして問題になるMeSHやDMDSを作り出します。この時に重要になるのが、含硫アミノ酸のなかでもメチオニンとシステインです。特にメチオニンはLSTの生成において中心的な位置を占めているといわれています。

ストレッカー分解とはメイラード反応の副反応として生じる化学反応のことで、メイラード反応の中間生成物であるα-ジカルボニル化合物がα-アミノ酸と反応し、酸化的に分解することで元のアミノ酸よりも炭素が一つ少ないアルデヒドと二酸化炭素が生成する反応のことをいいます。

LST発生までの流れ

Riboflavinは光を吸収すること光増感剤として作用するようになります。この時に特に影響を及ぼすのが、370 - 450 nmの波長領域を持つです。

励起状態となったRiboflavinの影響でブドウに含まれていた含硫アミノ酸類がストレッカー分解を生じ、メチオニンはメチオナールへと変化します。そしてその後、メタンチオール、メチルジスルフィド、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド、ジメチルトリスルフィドなどの揮発性硫黄化合物を生成します。メチオニン以外の含硫アミノ酸ではシステインからは硫化水素が作られます

なお牛乳に含まれることで知られているアミノ酸であるトリプトファンも光励起したRiboflavinの影響を受けることが知られています。トリプトファンはブドウにも含まれており、このトリプトファンが分解するとIndolessi酸が作られ、さらにそこからUTAの原因物質としても知られているアミノアセトフェノンへと分解されていきます。

ワインのオフフレーバー | UTA / ATA

LSTの生成過程においてアミノアセトフェノンが生成されることが、LSTが時にUTAと明確に区別されない理由の1つとなっていると考えられます。

またIndolessi酸の分解からはスカトロールも生成されます。

こうした一連の物質が複数組み合わさったものがLST、日光臭として認識されているものとなります。

スパークリングワインにも出る日光臭

ビールや牛乳で問題視されていることからも予想できるかもしれませんが、日光臭というオフフレーバーは対象をほとんど選びません。白ワインだろうが、ロゼワインだろうが、そしてスパークリングワインであろうが発生します。

もともとワインに関係して日光臭が注目されるようになったのは世界を代表するスパークリングワインである、シャンパーニュでこの欠陥臭が問題となったためでした。

スパークリングワインのいろいろ

一方で主にRiboflavinの影響をうけるLSTの生成経路は光酸化ともいえる、一種の酸化作用によるものです。このため、赤ワインのように酸化耐性が比較的高いワインでは発生しにくいとも言えますが、やはりまったく発生しないわけではありません。

わずか数分でダメージを受けるワイン

特に耐性が高いワインでもない場合、光による影響は驚異的な速さでワインにダメージを与えることがわかっています。その速度は、なんとたったの数分です。

ワインを光に当てて、ワインの含有成分の変化を測定する検証を行った事例があります。その結果によると、ワインに光を当て始めてからわずか2.3分後にはMeSHがワイン中に生成されました。3.5分後にはDMDSが、5.3分後にはメチオナールが検出されています。たった5 ~ 6分程度、ワインに光が当たるだけでワインの香りが変わってしまったのです。

買ってきたボトルを冷暗所に保管する前にほんのわずかな時間、日の当たる窓際においてしまった。お店の品出しの際にほんの数分、ワインに日が当たってしまった。お店の棚の一角に1日のうち数分間、日が当たる。もしくは商品のディスプレイの関係でボトルが常にダウンライトで照らされている。

こうした普段は気にもしないかもしれない些細な時間で、ワインは本来の香りを失ってしまっているかもしれません。

なおMeSHの生成経路にはメチオニンからメチオナールを経由せずに直接生成されるルートが存在しています。今回の検証でメチオナールよりもはるかに早い段階でMeSHが検出されているのは、おそらくこの直接生成される経路を経たためと考えられます。

今回のまとめ | 日光臭をどう防ぐのか

日光臭を防ぐ最も重要で簡単な方法は、紫外線を透過しないボトルを採用することです。

以前は色のついたボトルでしかこうした機能性をもったものがありませんでしたが、最近では透明ボトルであってもガラス表面へのコーティングや素材レベルでのUV吸収材の練りこみなどによって紫外線の透過がほぼ防止されているボトルが売られるようになってきています。ワイナリーがロゼのきれいな色を前面に出したい場合や、ペットナットなどの軽いスパークリングワインでまさに軽く爽やかなイメージを付加するために透明ボトルを使いたい場合にはこうしたボトルを積極的に採用していくことが望ましいといえます。

一方で消費者からすると、そのボトルが紫外線カットのものなのかどうかはわかりません。メーカー側でその旨を明記しているのであれば話は別ですが、そうでないのであれば、取れる手段はあまり多くはありません。

もっとも確実なのは紫外線カットのレベルが不明な透明なボトルに入れられたワインは選ばないことです。しかしそうもいかない場合には、棚の奥、少しでも光に当たっていなさそうなところに置かれているボトルをとるようにする、というのは確実性はあまりありませんがちょっとした防衛行動にはなります。

また予めほしいワインがわかっているのあれば、お店と話をして店頭には出さず、別に取り分けておいてもらうようにするという方法もあります。ほとんどのワインは輸送中に太陽光にさらされることはありません。ただここでの注意点は、保管期間にはワイナリーでの保管期間も含む、という点です。仮にワイナリーでボトリングしたボトルをまとめて大きな遮蔽性のない箱などにいれて保管していた場合、その間に症状が進んでいる可能性は否定できません。多くの蛍光灯は太陽光ほどの強度はありませんが、紫外線領域の光を出しています。

最終手段は、そういう味のワインだと思って飲むことです。硫化系の臭いは日光臭以外でも醸造過程において出る可能性のある臭いです。UTAもそうですが、こうした臭いがしたからといってそれが必ずしも日光臭とは限りません。

ワインの天敵、硫化臭の正体と取り除き方

硫化臭をワインの個性と呼ぶのは少々、無理があるようにも思いますが、造り手によっては独特なものとしてポジティブに話す場合もあります。

とある検証では調べたワインの40%近くで確認された日光臭。一昔前に透明ボトルに詰めたワインであれば決して珍しいとは言えない、ある意味において「よくある臭い」です。この不快臭とどう付き合うのかは、自身の購買行動も含めて、消費者側で決めていくのがいいように思います。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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