栽培

ワインとサスティナビリティ | ローマ時代のブドウ畑は甦るのか

10/13/2021

一見、クラシカルなものの典型にも思えるワインの世界ですが、業界内では様々なブームやトレンドがあります。

長年続いているものもあれば気が付けば翌年には忘れ去られているようなものもあります。

そうした玉石混交ともいえる潮流の中ですでに長い期間にわたって支持され、徐々に存在感を増してきているのが原点回帰思想とでもいうべき一連の流れです。

現代的なワイン造りを否定し、中世に行われていたようなワイン造りのスタイルに戻っていこうとでもいうべきこの動き。古代の壺であるアンフォラの醸造容器としての使用、白ワイン用ブドウを果皮浸漬したオレンジワイン、亜硫酸の添加や濾過を行わずに造るナチュラルワイン。どれもある意味において同じ流れの中で行われている取り組みです。

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一方でこうした動きは比較的、醸造現場での取り組みが中心でした。

栽培面では馬耕栽培や化学合成剤を使用しないビオやビオディナミの採用、畑内で使用する資材に天然製品を中心に取り入れる動きはありますが、取り立てて中世もしくは古代的、といえるようなものはほとんどありませんでした。

そんな中で、ローマ時代に行われていたブドウ栽培のやり方を検証する実験が行われ、結果がレポートされました。ポイントはブドウ畑で一般的に使用している木製や鉄製の杭に代わって生きている樹をワイヤー用の支柱にすること。いわば、ある程度拓けた林の中でブドウを栽培するようなイメージです。

柱にみる考え方の違い

従来のブドウ畑は広大な面積をブドウのみに独占させてしまうものでした。これではいくら栽培方法に馬を取り入れようと、月の動きに合わせていようと、人工的な土台の上での動きに過ぎません。そこに生きたままの樹を取り込み、より自然に近い環境の中でブドウを栽培する可能性を検討するこの試み。ある意味で、究極的なサスティナビリティの可能性を示唆するものと言えるかもしれません。

今回はそんな取り組みのレポートをご紹介します。

森と共生したローマのブドウ畑

ローマ時代、ブドウ畑は今とは全く違う光景の中にあったそうです。

現代のブドウ畑の多くは広大な面積を一度更地にし、そこに改めてブドウを植え付けていくスタイルです。世界的に多く取り入れられている垣根栽培では一定間隔で木の杭や金属製の杭を打ち込み、その間にワイヤーを張っています。ワイヤーはブドウのひげが巻き付くための、いわば手すりの役目を担います。

ブドウ畑にワイヤーを張る作業

ブドウは蔓性の植物なので、こうして伸びていく方向を決めてあげないと際限なく地面を這ってしまったり、延々と樹に巻き付いて上へ、上へと太陽を求めて行ってしまいます。

小学校時代に夏休みの課題で栽培したアサガオや、オシャレな夏の対策、ヘチマを使ったグリーンカーテン辺りをイメージしてみていただくと分かりやすいかもしれません。

ローマ時代、ワインは戦争を行う上で欠かすことの出来ない軍事物資でした。

兵士には日々の報酬としてワインが支給されたほか、新しく支配した土地の住民に対してもワインが必要でした。このため支配地には新たにブドウ畑が拓かれ、現地での供給が行われていました。

現代のような重機のないローマ時代、樹がうっそうと茂った森を完全に開拓してブドウを植え直すのはあまりに重労働です。土地を焼き払って杭を打つにしても、杭を作り運ぶこと自体が楽ではありません。そこで、土地を完全に更地にするのではなく、樹を間引き、その間にブドウを植えていく方法がとられていたのだそうです。

この時代、森と共生したブドウ畑が多く見られたとレポートは報告します。

注目されている樹と畑の共生

ブドウ栽培に限らず、農業や畜産の現場で樹木と共生していこうとする試みは1970年代中期には提唱されています。アグロフォレストリー (Agroforestry systems) と呼ばれるこの思想は農林複合経営、混農林業、森林農業などとも呼ばれています。

考え方や取り組み方法は多種多様にありますが、いずれの場合でも環境親和性や環境持続性へのポジティブな影響に加え、貧困緩和のための1つのアプローチとしても注目されています。

今回紹介するレポートでは4メートル間隔で樹木 (オークおよびポプラ) を植え、その樹間にブドウ (RieslingおよびSauvignon Blanc) を植えて検証を行っています。

RIESLING - リースリング

SAUVIGNON BLANC - ソーヴィニヨン・ブラン

焦点はブドウと樹木の競合

ブドウ畑におけるワイヤー用支柱を樹木に置き換えることで生じる検証項目は複数ありますが、今回のレポートが注目しているのはその中でも樹木とブドウの間で起きる競合関係です。

植物はその種類が何であれ、地面に根を張ってそこから水と養分を吸い上げています。

これはブドウであろうが雑草であろうが樹木であろうが違いはありません。つまり同じ土地に生えている植物たちはお互いに限りある地中の水分と養分を常に取り合う、競合関係にあります。この競争に負けるとその植物は生長不良に陥り、その状態が長く続けば枯れてしまいます。

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いくら畑をより環境に優しい姿にしたいと思って樹木と共生させてみても、その結果、本来栽培したい植物が競合に敗けて枯れてしまっては意味がありません。樹木と共生した畑の前提は、共生させても害の出ない環境である事なのです。

競合しなかった水と養分

今回検証されたのは水分と養分、特に窒素関連物質を中心にその競合状態が測定されています。

結果は非常に興味深いものでした。ブドウの品種による差はわずかに見られたものの、基本的に水分でも養分でも競合によるネガティブな影響が確認されなかったのです。それどころかRieslingでは樹木との混植によって水分ストレスが下がり、窒素獲得量に至ってはいずれの品種でも樹木との混植によって改善していたのです。

レポートによるとこの結果はブドウと樹木との根の深さの違いにより生じたとされています。

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ブドウと樹木を比較するとそれぞれが根をはる位置は明確に異なります

ブドウの方が浅い位置に根をはり、樹木はそれよりも深い場所に根をはります。一方で樹木の根は深い場所だけにあるわけではなく、比較的浅いところにも存在しています。つまり樹木の根はもっとも水分や養分を吸い上げる部分こそ地中の深い場所にありますが、ブドウの根がある範囲もすべてカバーしているのです。

この結果、樹木の根は地中の比較的浅い部分から深い部分までに渡って幅広い範囲から水や養分を集めてきます。これがブドウにもポジティブな影響を及ぼしていると判断されています。

ロスのない有効活用を実現する樹との共生

ブドウの根は長くても数メートル程度であることが一般的です。

ブドウ自体も乾燥に強く、むしろ乾燥した土壌を好む傾向の強い植物でもあります。ブドウの根が持つ水分の吸引力はそこまで強くありません。このため強い雨が降ったとしてもその水の多くは地表を流れてしまったり、地中に染み込んで地下水になってしまったりするだけで、ブドウの木に有効活用される割合はあまり多くありません。

ところがブドウ畑の中に樹木が点在していると状況が変わります。

樹木はブドウと比較すればはるかに樹体が大きく、多くの水分を必要とします。その分、根の持つ吸引力も強くブドウだけであれば保持できず流れ去ってしまっていたはずの水を地中に保持し集めてきます。これをブドウは自分のために有効活用しているというのです。

ブドウ畑の緑化管理

仮にブドウの根が樹木の根の最も強い部分と同じ深さに存在していたらおそらくブドウは樹木との競合に敗けてしまいます。しかし、ブドウの根の強い部分があるのは樹木の根のそれほど強くもない部分と同じであることが恩恵につながります。

しかも地中の窒素分をはじめとした各種養分は水に溶ける形で存在しています。ブドウは樹木が集めてきた水分と一緒に、そこに溶け込んだ養分も得られているのです。

樹木との共生はワインの味に影響を及ぼさない

今回の検証では実際に栽培され、収穫されたブドウを使ってそれぞれワインを造りその官能評価も行っています。その結果はRieslingであってもSauvignon Blancであっても共生の有無による差はない、というものでした。

評価は教育を受けている専門のテイスターパネルを使って複数回繰り返して行われており、ブラインドでそれぞれのワインを項目ごとに点数評価する手法がとられています。最終的には同じ試験区画中で樹木と共生させずに通常通りの単独栽培をした場合のブドウから造ったワインを基準にし、それぞれ樹木と共生させた場合のブドウから造ったワインがどの程度の差を持って評価されたのかを比較しています。

結果は前述の通り、RieslingでもSauvignon Blancでも有意差のある結果は出ませんでした。つまり、樹木との共生はワインの味や評価に影響を及ぼさなかったのです。

今回のまとめ | ブドウ畑の姿は変わるのか

ブドウ畑に樹木を植え、ブドウと共生させてもブドウの生育上で重要となる水分や養分の競合が起きないばかりではなく一部で状況が改善されるうえ、その影響がワインの味には影響しないとの結論が報告されました。

しかも従来はモノカルチャーであったブドウ畑に樹木を植えることで生物多様性の回復や、ブドウ畑で問題になることの多い大地の浸食防止、さらには植栽する樹木の種類によってはワイナリーがブドウやワイン以外からの収入源をえることさえも期待できるとレポートには書かれています。

さらにはマーケティング的な効果も期待できると示唆されています。

ナチュラルワインを買う理由

現代はサスティナビリティが強く叫ばれている時代です。また言い方は悪いかもしれませんが、原点回帰、便利過ぎる文明の否定といった取り組みは人気を呼びやすいのも事実です。

そうしたなかで、今回のレポートが報告した結果、示唆した内容は検討に値します。ワイナリーとして注目を集めるための話題になり、さらには副収入の可能性まで得られるのであれば、決して悪い話ではないはずです。

レポートでも指摘されていますが、ブドウや樹木の品種による違い、それぞれの土地柄における違いは個別に検討される必要がある点ですので、今回の結果が一概に適用できるわけではありません。

しかし超コモディティー製品であるワインを造り、売っていくうえでほかとの差別化は極めて重要な要素です。しかもその可能性が近年、人気を博してるトレンドの上にある。今後、ブドウ畑の姿が変わっていく可能性は高いかも、しれません。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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