醸造

古くて新しい容器、アンフォラを知る3つの視点

アンフォラ

ワイン界隈で近年、話題になることの多い単語です。何となく耳にしたことがある、という方も多いのではないでしょうか。

アンフォラ (amphora、複数形は amphorae もしくは amphoras [Wikipediaより]) は簡単に言えば取っ手のついた陶器の壷です。古くは紀元前15世紀ごろのレバノンですでに使われていたそうで、ワインに限らず様々なものを入れる容器として使われていました。

形状は時代や地域によって様々あるようですが、多くは丸い壷の首の部分を長くすぼませて、そこの両端に取っ手をつけたものが一般的に知られています。

この容器が最近、ワイン造りの現場で話題になる機会が増えています。

きっかけはワイン造りの原点回帰。近代的な技術に傾倒したワイン造りを昔ながらのやり方に戻そうとする考え方の中で、古代から使われていたこうした容器の利用に目が向けられています。

またアンフォラはナチュラルワインや自然派ワインとつなげて語られることの多い容器でもあります。

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アンフォラは容器としての特性上、どうしても容量が小さくなります。これに対してより大きな陶器製の容器がクヴェヴリ (Qvevri) と呼ばれる、ジョージアで主に使われているものになります。

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アンフォラが古代のワイン造りへの原点回帰として利用されている、と聞くと、アンフォラ自体も古代の様相のまま使われているように思われる方も少なくないかもしれません。もちろん、そうした使い方をされている例もあります。しかし、そうではないこともあります。昔ながらの容器だからといって、容器自体が昔のまま、ということはないのです。

アンフォラもまた、変わってきています。

今回はワイン造りの現場にアンフォラがもたらす影響を総酸量、フェノール、酸化の3つの視点から見つつ、その結果、アンフォラがどう変わっていこうとしているのかを見ていきます。

ワイン造りの現場にみる様々なアンフォラ

考古学的な意味でのアンフォラはそれなりの統一性をもっているものと思われますが、ワイン造りの現場ではかなり曖昧です。アンフォラと言いつつ取っ手を持たず、甕にしか見えないようなものもあれば、すでにクヴェヴリの類であることもあります。アンフォラとは、陶器の容器、という程度の意味で広く使われていると思っておいた方がいいくらいです。

このため、サイズも様々ならその仕上げも様々です。

クヴェヴリは一般的に内壁の表面に蜜蝋を浸透させてコーティングをしますが、アンフォラではこうしたコーティングを一切していないものもあれば、外壁表面に釉薬や化粧土を塗ったものもあります

一方で、アンフォラにしてもクヴェヴリにしても共通して持たれている認識が、酸化傾向の強い容器である、というものです。アンフォラもクヴェヴリも容積に対して開口部の面積が大きい形状をしています。このため容器の開口部から取り込む酸素の量が相対的に大きくならざるを得ないためです。

アンフォラを使ったワインの熟成に見られる特徴もその大部分がやはり酸化に関係したものになっています。

酸量への影響

アンフォラの使った熟成の特徴の多くが酸化に関係するものだと書きましたが、これは酸化とは別の影響です。

複数の調査においてアンフォラでワインを熟成させた場合、総酸量が低下することが指摘されています。減少量は品種や醸造の方法によって差があり、1 g/L前後から多ければ2 g/L弱の低下が報告されています。また総酸量が減るのに従い、pHもまた0.1程度変化します。

アンフォラ内で熟成されているワインの総酸量が低下する理由は、ワインに含まれる酸がアンフォラの原料である粘土と反応するためとされています。この点に関してはアンフォラの内壁表面を蜜蝋や釉薬などでコーティングしておけば生じない可能性が高いのですが、そうした実験の存在は今のところ確認されていません。

アンフォラにおける総酸量の減少は乳酸菌によるマロラクティック発酵 (Malolactic fermentation, MLF) によるものとは違い、該当する酸の乳酸への変換などはされていない、純粋な減酸となります。

フェノール含有量への影響

アンフォラでワインを保存した場合、ワインに含まれるフェノールの量が減ることがわかっています。

アンフォラを使って白ワインを熟成させた際の影響を調査したレポートでは、12ヶ月間の保管期間でフェノール化合物の量は10〜15%程度減少したと報告されています。特にFlavan類とproanthocyanidin類での減少量が大きく、50~80%も低下しました。

Flavan類はバニリンと強く反応することが知られていますが、それ自体が強い抗酸化作用を持つ物質でもあります。そのためにFlavan類の消費量が大きいことはワインの酸化圧力が強かったことの証明とも言えます。

アンフォラにおける酸化の要因として、前述の通り構造的な開口部の大きさによる点のほかに、粘土が微細孔を持つ点、さらに外壁表面からの浸透が考えられます。

陶器製の容器では原料として使用している粘土中に存在する遷移金属が触媒となり、外から浸透してきた酸素をアルコールのアセトアルデヒドへの酸化反応に使用しているとされています。入ってくる酸素をあらかじめ使用してしまうため結果として抗酸化物質であるフェノール類の消費を防止するとする説もあるのですが、Flavan類をはじめとしたフェノール類の減少量が大きくなっていることから、粘土の持つ触媒作用だけでは十分な酸化防止効果は得られていない可能性があります。

大幅に減る遊離型SO2

アンフォラ熟成における最大の特徴は、ワインに含まれる遊離型SO2の減少量が示す酸化傾向の強さです。複数の実験においてアンフォラで保管したワインでは保管期間に応じて遊離型SO2量の低下が確認されており、12ヶ月の保管後では保管前の30%弱の量しか残っていなかったケースも報告されています。

遊離型SO2量の減少は最初に見た酸量の減少にともなうpHの変化による影響を受けている可能性もありますが、最大の原因はアルコールの酸化に伴うアセトアルデヒドの増加です。

すでに見てきたようにアンフォラでは複数の経路で酸素が容器の内部に侵入する可能性があります。これによりワインが酸素と接触する機会が増します。

一般的な容器ではワインが酸素と接触するとワイン中に含まれるフェノール類が酸化され、この反応の際に生成される過酸化水素によってさらにポリフェノールやエタノールの酸化作用が進みます。

これに加えてアンフォラでは粘土に含まれる金属触媒によるアルコールの酸化作用も指摘されています。つまり、アンフォラを使った熟成では通常の容器を使った場合と比較して、アルコールの酸化に伴うアセトアルデヒドの生成量が増える傾向にあると考えられます。

アセトアルデヒドは遊離型SO2と強く結合しますので、その量が増えた結果、ワインに含まれる遊離型SO2が大幅に減少するのです。

アンフォラは早期熟成には向くが長期熟成にはリスクを持つ可能性も

ここまでにすでにアンフォラを使ったワインの「熟成」との表記をしてきました。ワインにおける「熟成」はいわゆる酸化反応の結果の一部です。つまり酸化しやすい容器ではワインはより早く熟成します。

またフェノール類の酸化の過程では酸素を媒介してフェノール同士が結合し、タンニンと呼ばれる分子構造体になります。アンフォラで熟成させたワインではタンニンを感じやすいといわれるのは、容器の持つ酸化傾向作用がワイン中に存在するフェノール類に上手く働いた可能性も考えられます。

アンフォラによるワインの熟成では酸量の低下やフェノール量の減少、アセトアルデヒドの増加だけではなく、揮発酸量の保管期間に応じた増加も指摘されています。こうしたワインの含有成分の種類や含有量の変化を通して、ワインは通常の容器を使った場合とは異なる特徴を短期間に得ることができると考えられます

またオレンジワインのように酸化傾向で造ることが前提となるワインに対しても有利です。

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しかしそうした点の一方で、アンフォラを使ったワインでは長期保存に向かない可能性も考えられます。

理由はフェノール類や遊離型SO2といった抗酸化物質の含有量の低下と酸量の低下に伴うpHの上昇です。特にpHの上昇と遊離型SO2の減少が同時に生じることは酸化以外のリスクをもたらす可能性を高めます

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今回のまとめ | アンフォラはどう進化していくか

アンフォラは形状だけではなく、それ自体の特性としても酸化を招きやすい容器です。使う側もそれは承知の上で使いますが、それでもあまりに酸化傾向が強すぎるために一度は導入したアンフォラの使用を結局は中止するワイナリーも少なくありません。

アンフォラが持つ酸化傾向の度合いを引き下げる1つの方法は容積の拡大です。

透過してくる酸素量に対して、より内容量を多くすれば結果的に全体で見た酸化の程度は低くなります。

しかし、アンフォラは陶器製の容器であるためにボリュームをあげると容器自体の破損リスクも比例して高くなってしまいます。クヴェヴリのように埋設してしまえばこうしたリスクは多少は下がりますが、アンフォラの場合にはそうした使用方法はあまり取られません。

そこで検討されるのが、容器の外壁表面のコーティングです。

実験でもアンフォラの外側に釉薬をかけてガラス化した場合では、酸化傾向は依然として比較的高いままではあるものの、それでも未処理のアンフォラに比べれば低くなることがわかっています

フェノール類の減少量についても同様で、外壁処理をしているケースではFlavan類、Proanthcyanidin類の双方で減少量が未処理のものよりも少なくなっています。

アンフォラの表面に何らかのコーティングを施すことはアンフォラの容器としての特性を減少させることでもあるのですが、アンフォラをワイン造りに使っていく上では、こうした進化もまた検討すべき点だと言えます。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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