品質管理 醸造

ワインと伝統と容器の関係 | クヴェヴリやボックスボイテルの意味を考える

03/02/2021

Amphora Historically Archaeology  - Makalu / Pixabay

伝統的にワイン造りの現場で使われ続けている容器。冷静に考えてみるとなぜ使っているのか分からない、というケースもあるのではないでしょうか。

なぜクヴェヴリを使うのか。ボックスボイテルの何が普通のボトルと比較して優れているのか。こうした問いに即答できるでしょうか。

この問いはとても多角的なもので、一面からだけ判断することにどれほどの意味があるのかは疑問です。ですが、ワイン造りの現場でこうした容器を使うかどうかを判断するためには、少なくとも醸造の面からその意味を考えておくことには意味があります。

今回はこうした伝統と容器とワイン造りの関係を考えていきます。

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ワインで「伝統的」という言葉を使うと、多くの場合で容器が関わってくることにお気づきでしょうか。

シャンパーニュで有名な「伝統的瓶内二次発酵」といえば耐圧ボトルですし、ジョージアで伝統のアンバーワインといえばクヴェヴリは切り離せません。製法ではありませんが、ドイツのフランケン地方で伝統といえばボックスボイテルです。

ワインは液体ですので、いずれのスタイルのものであろうと、それを入れるための容器を抜きにしては話が出来ないことがこうした両者の関係を形作っているともいえるでしょう。

ワイン醸造の現場では、ワインの造り方がそのまま容器を指定するケースも多々あります。

前述の瓶内二次発酵もそうですし、カーボニックマセレーションや嫌気的環境下における厳密な温度管理を行う醸造などでもそうです。これらの醸造手法を採るためにはそのための容器が欠かせません。

では今でも使われ続けている「伝統的」な容器と醸造技術の間にもそのまま切り離せないような関係があるでしょうか。

この質問をすると多くの場合、「ある」という答えを頂くのですが、私の個人的な見解としては一部を除き「ない」だと思っています。つまりとある製法が伝統に基づいているから、とある容器が歴史的に長い期間使われているから、その容器に醸造面での価値がある、わけではないということです。

耐圧ボトルを使った醸造手法 | 瓶内二次発酵

シャンパーニュに代表される、スパークリングワインのための製法である瓶内二次発酵。比較的、近代的な手法ではありますが、ワイン業界では典型的な「伝統的」な製法です。

この製法は確かに伝統的で、今でも世界中で多くのワイナリーがスパークリングワインを造る際に採用しています。ドイツのVDPが新しく定めたスパークリングワインの認定規定ではこの製法で造ることが義務付けられています。しかし、だからといってこの製法が本当に技術的に優れた製法かといえば、そこには疑問が浮かびます

瓶内二次発酵だから美味しい、は本当か? | ワインあるある」で書いていますが、この製法はとにかくボトル間の個体差が出やすい製法です。その個体差を個性とか遊びとして楽しんでいる方も多くいらっしゃいますが、「製造業における品質管理」として考えればこのような個体差が生じることは褒められたものではありません。

https://note.com/nagiswine/n/nea48fec22ae8

一本として同じものがない、とはマーケティング上は有効かもしれませんが、ある程度の量を造っている製品としては問題です。シャンパーニュの大手メゾンでもこうした個体差をなるべく抑えるための研究開発が頻繁に行われています。

これに比べれば、タンクで一定量をパッチ処理してしまう製法の方が個体差もなく、品質管理も行き届きます。つまり、純粋な「製造技術」として見れば、伝統的な瓶内二次発酵方式は決して優れた醸造方法とはいえません。

一方で瓶内二次発酵方式では醗酵終了後も液体が酵母と接触する機会が相対的に増えると考えられますので、その点ではタンク式に比べて優位点があるとも言えます。

参考

タンク方式でも同じことが出来ないわけではありませんが格段に手間がかかります

地面に埋めた甕を使う醸造手法 | クヴェヴリ / アンフォラ

ジョージアワインやナチュラルワインに関係して、最近、ワイン醸造の現場で再注目を集めている容器があります。クヴェヴリ (Quvevri) やアンフォラ (Amphora) です。

一般にクヴェヴリはジョージアでジョージアの土を使って作られた大型の甕で地面に埋めて使われるもの、アンフォラは地中海地方で古代から使われている両側に取っ手のついた比較的サイズの小さな壺として区別されます。

ジョージアのクヴェヴリワインと食文化 母なる大地が育てる世界最古のワイン伝統製法

ワイン造りの現場が一部で原点回帰を言い出すようになり、その一環として現代のようなステンレスタンクや木の樽を使う以前にワイン醸造に使われていたと考えられているこうした容器に再度注目が集まっています。

特にクヴェヴリは今でもジョージアではワイン造りの現場で使われており、アンバーワインという名前で世界的に売り込みに力が入れられています。

ちなみにこのアンバーワインとは、ジョージアの伝統容器であるクヴェヴリを基点に、同じく最近注目されているオレンジワインとの区別をする目的で使われ始めているようです。

実はこのクヴェヴリやアンフォラ、一時期ヨーロッパ全域で採用するワイナリーが増えたことがあります。

もちろん今でも採用し続け、設置数を増やしているワイナリーもあります。しかしそれとは逆に、一度は導入してみたもののその後、比較的早い段階で使用を中止したワイナリーもまた数多く存在しています

使用を止めたワイナリーの理由は簡単で、こうした容器では自分たちの目指す品質のワインは造れないと判断したためです。

この傾向は特にアンフォラを採用したワイナリーで多かったようですが、クヴェヴリを導入したワイナリーでも同様の動きは出ています。現にクヴェヴリにしてもアンフォラにしても、容器としての醸造技術的なメリットはありません

温度管理は出来ませんし、中に入れたワインが酸化しやすい形状をしていますし、容器として脆くリスクばかりが高まります。

見方によっては抽出を強めにかけたく、かつ酸化傾向で醸造する方が向いているスタイルのワイン (まさにオレンジワインやアンバーワインです) であれば向いているとも言えますが、別のもっと汎用的で機械的強度に優れ、かつ持ち運びや設置もしやすい代替容器は現在、いくらでもありますので敢えて壊れやすい陶器製の容器を選ぶ理由はありません。

またそうした代替容器の方が洗浄性も高く、食品としての衛生管理をしっかりとできるメリットもあります。

こうした容器は強い思想に基づいて使われている場合を除けば、そうした難点があったとしてもマーケティングの面でその不利を覆すだけのメリットを享受できると見込むから使われている容器です。クヴェヴリはジョージアで使うからこそ、意味がある容器だといえます。

独特な形状をしたボックスボイテル

珍しい形をしたワインのボトルをみかける機会はちょくちょくありますが、そうした中でも特に特徴的なものの1つがドイツのフランケン地方で伝統的に使われているボックスボイテル (Bocksbeutel) ではないでしょうか。

ボックスボイテルは扁平な丸みを帯びたとても特徴的なボトルで、18世紀にビュルガーシュピタール(Bürgerspital)が当時横行していた偽ワインに対抗するために使い始めたと言われています。

日本では名前の由来は山羊 (Bock) の睾丸袋 (Beutel) と言われることが多いようですが、ドイツでは祈祷書などの本を運ぶ際の袋の名前から来ているとする説が一般的です。

またボトルの形状が、通常のボトルと比較すると薄くかつ首の部分が短いためにかさばらず、転がることが無く、さらに形状的に壊れにくいため輸送や長距離移動の際の持ち運びに適していたことが好まれていたとされています。

つまりこの容器が使われ続けていた理由は純粋な持ち運び容器としての利便性もしくは伝統的な意味合いであって、醸造技術的な意味はありません。ボックスボイテルにいれたワインの熟成に差が出て、それが好まれたから使われていたわけではないのです。

今回のまとめ | 歴史や伝統と技術的価値は混同するべきではない

この記事では昔から連綿と使われ続けてきた、歴史や伝統のある容器に価値がない、などというつもりは毛頭ありません。歴史や伝統を持った容器には近代になって開発されたモノにはない価値があります。

しかしその価値は醸造技術的な価値とは切り離して認識されるべきものです。

確かに長いワインの歴史の中ではその時々において今とは異なるモノが醸造技術的な意味での価値を持っていたはずです。しかしその価値はその当時のワインの品質や醸造方法に基づいて評価されている価値です。

現在では必ずしもワインの品質や醸造方法についての評価方法がその当時と同じということはありません。評価方法が変わり、そのための判断基準が変わっている以上、そこに対する価値の意味もまた変わります。

そうしたなかで安直に歴史的に使われ続けてきたものだから、醸造的にも意味がある、と判断するのは早計です。その具体的な例が、クヴェヴリやアンフォラを一度は導入しながらも早々に使用を中止したワイナリーの事例でしょう。

技術は常に発展を続けており、多くの古いものは少なくとも技術面では現在存在しているモノの下位互換になってしまっています。

常に最新技術を追いかけることがいいことだと言う訳では当然ありません。技術の選択は個々人がそれぞれの考え方に基づいてバランスを取りながら行えばいいことです。

大事なのは、今でも使われているものにはすべからくその後に開発されてきたモノよりもすべての面で価値がある、と思うべきではないということ。冷静に自分にとって優先すべきメリットが何なのかを考え、それに合わせて選択をすること。

技術的には下位互換であったとしてもそれ以外の面で大きなメリットがあるのであれば、その伝統には価値があるはずです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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