醸造に関わらない方にとってはあまり身近な話ではありませんが、ワイン造りの過程において果汁中、もしくは発酵が終わった後のワインに入れられるものは次の2つに大別されます。
- 添加剤
- 補助剤
傍から見る分にはどちらも果汁中、もしくは発酵後のワインに「添加」されるものであるため大した違いはないように思われるかもしれません。しかしこの両者の間には非常に大きな違いがあります。
この記事の目次
- 添加剤と補助剤の違い
- ボトルに残るからこそ残る影響力
- 引き算の影響をもたらす補助剤の使用
- 補助剤の影響を正しく測る
- 常にネガティブではない補助剤の影響
- 今回のまとめ | 本当に気にするべきは飲まれる姿
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添加剤と補助剤の違い
添加剤と補助剤、一体何が違うのでしょうか。
この両者の違いは最終的なボトルの中に「残る」か「残らない」かの違いです。最終的にボトル内に何らかの形で残るものが添加剤、残らないものを補助剤といいます。
メモ
「添加剤」と「補助剤」の言葉の使い分けは慣例によっては逆になっていたり表現が異なっている場合があります。その場合には適宜、意味にあわせて読み替えてください。
いくつか例を挙げてみます。
ブドウ果汁を発酵させる際に酵母の活性を上げるために添加される発酵補助剤にDAP (Diammonium phosphate / リン酸二アンモニウム) があります。これは名称上は"補助剤"と言っていますが、添加した分は酵母によって代謝に使われて残留しないため、微妙ではあるものの区分は添加剤です。
ワインを補酸するために添加する酒石酸や何かと話題になることの多いアラビアガムは最終製品内にそのまま残るため、添加剤の位置づけになります。
一方で清澄補助剤は添加した後に原則としてフィルターを使って除去されるため、最終製品内には残留しません。つまり、その名称通りの補助剤です。除酸に使用するカルシウムやカリウム類は結合を通して沈殿、除去されるため補助剤となります。
ボトルに残るからこそ残る影響力
添加剤にしても補助剤にしてもどちらも無味無臭ということはまずありません。程度の差はあってもどちらにも必ず何らかの味や香りがあります。
ここで問題になるのが、こうした味や香りを持つものを果汁やワイン中に入れることによってワインの香りや味にどの程度の影響が出るのか、という点です。
例えば発酵が終わったワインの中に砂糖を入れれば当然ですがワインは甘くなります。この時に砂糖は最終製品であるワインの中に残りますので、位置づけは「甘い味をした添加剤」です。つまり、「甘い味をした添加剤」を加えた結果、ワインの味が変わったことになります。
ここで重要なのは、当たり前のように思われるかもしれませんが、原則として添加剤は最終的にボトル内に残るからその添加剤が持つ味や香りが残る、という理解です。逆に言えば、最終製品中に残らない補助剤の持つ味や香りは基本的に「それ自体が」ワインの味や香りを左右することはほぼない、と言えます。
引き算の影響をもたらす補助剤の使用
では補助剤はワインの味や香りに全く影響をしないのか。そういうわけではないのがこれらの材料の面倒なところです。
これら補助剤は添加剤のように足す方向での影響ではなく、引く方向でワインの味や香りに影響を及ぼします。
ゼラチン、カゼイン、ベントナイト、プロテインなどが含まれる清澄補助剤が分かりやすいので、これらの補助剤を例にして話を進めていきます。
これらの補助剤の効能は大きく言えば「吸着」です。
対象となる物質を吸着し、分子量の増大を通して比重を増し、沈殿します。この過程によってワイン中からは使用した清澄補助剤に対応した物質が抜け落ちます。結果、抜け落ちた物質に対応した香りや味に変化が生じるのです。
ここで注意しておきたいのは、必ずしも補助剤それ自体が持つ味や香りがワインの味や香りに影響しない、とは断言できない点です。溶出や化学的な反応を通してこれらの材料が持つ味や香りがワインに何らかの影響を与える可能性は常にあります。
補助剤を添加したワインではろ過の前後に関わらず添加した時点でワインの味や香りに変化が生じます。しかしその変化が添加による足し算の結果なのか、吸着による引き算の結果なのかの判断は容易ではありません。
多くの場合において、こうした香りや味の変化は両方向からの影響によってもたらされています。
補助剤の影響を正しく測る
補助剤の添加を通して大なり小なりワインの味や香りに影響が出ることは明白です。この事実を受けて、ではワインの本来の香りや味を守るために補助剤の使用をやめよう、と判断する醸造家も多くはないですがいます。
ではこの判断はどこまで支持されるべきなのでしょうか。
先にお断りしておきますと、ワイン造りは究極的には醸造家の好みや趣味嗜好によって成り立っています。このため、醸造家が嫌だから使わない、と判断すればそこにそれ以上の使わない理由は必要ありません。
こうした極端な判断が成り立ってしまうからこそ、我々ワインを造る側には狭い視点にとらわれない態度が求められていると私は考えています。
話を戻します。
補助剤の利用に際しては補助剤がワインの味や香りに与える影響度は「あるかも知れないけれどほぼ無視できるもの」としてそのプライオリティを設定する必要があります。まずは「なぜその補助剤を使用するのか」を第一に考え、その結果が持つ重要度とその他の事実が持つ重要度の軽重を測って使用を決めます。
ここで問われるべき「その他の事実」とは以下のような項目です。
- アレルギー物質 (アレルゲン) としての位置づけ
- 菜食主義や宗教などの主義志向に対する禁忌
- 加盟団体などによる制約
- ワインの味や香りへの影響
- 醸造家自身の信条
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各項目の重要度もほぼ並び順です。上位にある項目ほど重要度が高くなります。
つまりこの章の冒頭であげた事例は重要度としてはそれほど高くない判断基準に基づくものとなります。
常にネガティブではない補助剤の影響
補助剤を使用する目的は様々ですが、清澄補助剤でいえばワイン中に含まれる余分な成分の除去です。
この時に対象となる成分が余分かそうでないかを判断する基準は醸造プロセス上の要請であったり、純粋にワインの味や香りに与える影響であったりと様々です。
前述の通り、清澄補助剤をワイン中に添加するとその時点でワインに含まれる成分の補助剤への吸着がはじまり、ワインの味や香りに影響が出ます。この際に「ワインに含まれているものすべてを満たした状態が100%」と定義すると、補助剤を入れたその瞬間にそのワインはネガティブな影響を受けたことになります。
一方で「ブドウを潰して発酵させただけの状態は様々な不要なノイズを含んでおり、このノイズを取り除いて本当に必要な部分だけ取り出した状態こそ100%」と定義すると話は大きく変わります。補助剤を添加し、余計なものを吸着させることはポジティブな行為と受け止められます。
このように補助剤による影響は状況次第でネガティブにもポジティブにも変わる、ある意味で非常に曖昧なものです。だからこそ、「ここ」に重要度を置かない判断が大事になるのです。
今回のまとめ | 本当に気にするべきは飲まれる姿
ワインは嗜好品であるがゆえに、時として味や香りはそっちのけで製法を元に品質が語られることがあります。楽しみ方は人それぞれである以上、それが悪いとは言えませんが、造り手が考えるべきは常に造ったワインが飲まれる姿です。
飲まれるワインが美味しくなければそのワインに存在価値はありません。
またそもそも飲まれることがなければやはりそのワインに存在価値はありません。
では飲まれるワインとは、美味しく思ってもらえるワインとはどのようなものなのかを常に考える必要があります。
アレルゲンを含んでいたり宗教的禁忌に触れるワインは少なくともそうした方々に飲んでいただくことは不可能です。味が作られたかのように感じられるほど添加物によって操作されたワインも賛否両論あります。
そこを踏まえたうえで、どこまで許容するのかを醸造家は自分で決める必要があります。万人に受け入れられるものを造ろうというのは残念ながら簡単なことではありません。
本当に重要なのは、使うか使わないか、ではなく、なぜ使うのか、なぜ使わないのかを造り手自身がしっかりと説明できることです。
そしてそれをしっかりと説明できるためにも、添加剤にしても補助剤にしてもそれらのものが一体どのような素性のもので、どのような効果があって、どのような結果を引き起こすのかを知っておかなければなりません。
ワインの味が変わるから、ワインの香りが変わるから、だけでは全くの不足なのです。