ワインには意外と多くのアレルゲンが含まれている可能性があることをご存知でしょうか。
頭痛の原因となる可能性のあるアセトアルデヒドや生体アミンはワインの種類やその醸造方法を問わず、どのようなワインにでも含まれている可能性があります。一方で、一部の条件に当てはまるワインにのみ含まれる可能性があるのが、カゼインや卵白です。
ワインといえばブドウだけから造られているので、アルコール以外にアレルギーの心配はないと思われがちです。
ところが事実はこのような認識からは少し離れたところにあります。この記事ではまだ一般的にはあまり知られていない、ワインとアレルギーの関係を解説していきます。
ワインとアレルゲン
アレルゲン (Allergen) とはアレルギーを引き起こす原因となる物質のことです。
ワインに含まれるアレルゲンでは、酸化防止剤の名前で知られる、二酸化硫黄が有名です。SO₂という表記もされるこの化学物質は頭痛の原因物質であるという、間違った俗説でワイン業界における最大の悪役に一躍上り詰めてしまった添加物の1つでもあります。
二酸化硫黄はブドウに由来する成分ではありません。ワインにはこうした原料のブドウ由来ではない、人工的な添加を理由としたアレルゲンも含まれているケースがあります。
そんななかで先日、Twitterにワインディレクターの田邉公一さん (@tanabe_duvin) が次のようなPostをされていました。
卵アレルギーのゲストに、今オーダーされた赤ワインが、卵白で清澄されている可能性が高いことまで、きちんと伝えているサービスマンはすごい。
— 田邉 公一🍷 (@tanabe_duvin) July 13, 2020
またこのPostを受けてフランスはボルドーにお住いの野田祥子さん (@sachiwines) がこのようなPostをされています。
赤ワインと卵アレルギー
— 野田祥子🍷🥃🍶🇫🇷 (@sachiwines) July 15, 2020
親戚に強度のアレルギーの人がいるので、結婚式のときに出す全ての赤ワインに関してコラージュをしたか、アルブミンの残があるかを生産者に確認した。
実際に彼女がアレルギー発症したのを見たこともある(私が用意したワインではない)
家には彼女が来た時用のワインもある🍷
このお二人のPostをみて、
え、ワインに卵?卵白??
と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実はこの卵白も添加剤の一種としてワインに混入する可能性のあるアレルゲンの一つです。欧州をはじめ多くの国ではアレルギーによる健康被害の可能性を示唆する情報としてワインのエチケットに記載することが義務付けられているものでもあります。
フランスにおけるエチケットへの記載義務については野田さんがご自身のブログに書かれているのでそちらをご参考いただくとして、この記事ではアレルゲンがワインに入る可能性がある理由をワイン醸造の視点から解説していきます。なぜ卵白というワインとは関係することのなさそうなものがワインに入る可能性があるのでしょうか。
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野田さんのブログはこちら
ワインに卵白が入るなぜ
ワインは原則として、ブドウのみを原料として造られるアルコール飲料です。しかし「より高品質に仕上げる」ため、昔から様々な品質向上のための手段が検討され、実際に醸造の現場に取り入れられてきました。アルコール度数を高めるために入れる砂糖や発酵のために添加する酵母をはじめ、醸造用タンニンや酒石酸などその方法と種類は多岐に渡ります。
そのようなもののなかに、清澄剤と呼ばれる一群があります。
清澄剤とはその名前の示す通り、ワインを清澄する、つまりワインから濁りをとり透明にするために使用される添加剤のことです。今回のTwitterにおける一連のPostで話題になっている卵白はこの清澄剤の1つで、伝統的に使われているものでもあります。
ワインには人為的に添加されたもの以外にも収穫されたブドウに由来するものとして、元々、タンパク質が含まれています。このタンパク質が時としてワインを濁らせる原因となります。
ワインに含まれるたんぱく質は、同じくブドウに含まれるポリフェノール類や金属類と結合することで不溶性のコロイドとして析出します。このコロイドが白いモヤのようにボトル内に漂うのです。卵白はこのワインを濁らせる原因物質の一つであるポリフェノールを除去するのに使用されます。
放っておくといつポリフェノール類と結合してワインを濁らせてしまうか分からないので、先手をとってワインに卵白を添加することで人為的にポリフェノールと結合させてしまい、ボトリングの前に取り除いてしまおうというのです。
卵白はまた、赤ワインの醸造のおいて強すぎるタンニンを除去する手段としても使われます。
とはいっても、昔のことはいざ知らず、現代におけるワイン醸造の現場では醸造所で働いている人間が大量の卵の殻を割り、卵黄と卵白を一生懸命分けたうえで卵白だけをワインに入れ、卵黄はスタッフが美味しくいただきました、というような光景を見かけることはありません。ではどうやって卵白がワインに入るのか、そのことを説明するためにはもう少しこの「卵白」というものに対する理解を深める必要があります。
「卵白」とはなんなのか
ワイン用の清澄剤として卵白が使用されている、という説明がよくされています。しかしこれは少し、語弊のある書き方です。
「卵白」と書いてしまうと日本語ではそれは「卵の白身」のことを具体的かつ限定的に示唆しますのでそれ以外のものに意識が向かなくなってしまいますが、この場合の「卵白」とは「アミノ酸の結合体としてのタンパク質」を指しています。つまり大事なのはタンパク質こそが1つの清澄剤である、という点で、その清澄剤が卵白でなければならないということではありません。「卵の白身」にのみ拘る意味は実は全くないのです。
先にご紹介させていただいた野田さんのTweetには「アルブミンの残」と書いていらっしゃいます。アルブミンは卵由来のタンパク質です。これだけに注目すると、卵アレルギーの人はワインが飲めないけれど牛乳アレルギーの人は大丈夫、と思ってしまうかもしれません。ところが、場合によっては清澄用のタンパク質が牛乳由来のものである可能性もあり得るのです。
ワインとタンパク質
タンパク質とはアミノ酸が100~30000ほど結合した化合物の総称であり、ワイン醸造の現場ではLysozymeなどの酵素もこのようなタンパク質を元に形成されています。
清澄剤として重要なのはこのタンパク質で、それは必ずしも卵由来のものに限りません。一般にタンパク質類はその由来によって以下のような分類がされています。
- 牛乳由来: カゼイン (casein)
- 卵由来: アルブミン (Albumin)
- 皮革および膝由来: コラーゲン (collagen)
- 毛髪および角由来: ケラチン (keratin)
ワインの醸造現場で使用される可能性のあるタンパク質類は、動物由来のものとしては主にカゼインとアルブミンです。最近ではVegan対応の観点からこれ以外にも魚や植物に由来するタンパク質が使われる機会が増えてきています。さらにコラーゲンを加工して作られるゼラチンも、ワインの清澄剤として利用されています。
つまり製造工程内で清澄剤を使用したワインに含まれるタンパク質の種類は固定されていません。どの種類のタンパク質でも入ってくる可能性があります。
醸造現場におけるタンパク質の取扱いや使用に対する判断基準、公的なルールについてはオンラインサークル「醸造家の視ている世界を覗く部」内に投稿されている限定記事やnoteに公開している記事をご覧ください。
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今回のまとめ | 無清澄はタンパク質が含まれていないを意味しない
ワインにこうした動物性タンパク質が含まれる原因は、清澄作業です。ワイン造りの過程においてタンパク質を用いた清澄作業を行わなければ少なくとも動物性タンパク質に由来するアレルゲンがワインに含まれる可能性はなくなります。
一方でワインの醸造過程で使われる可能性のある清澄剤はタンパク質に限りません。
時に清澄作業はワインに含まれるタンパク質を除去するために行われる場合もあります。つまり、無清澄のワインは次の2つの意味を持つワインでもあります。
- 動物性タンパク質が含まれないワイン
- 清澄剤以外に由来するタンパク質が除去されずに残っているワイン
アレルゲンとなるタンパク質の多くはカゼインやアルブミンといった動物性タンパク質です。このため、牛乳アレルギーや卵アレルギーの方が用心のためにワイン醸造の際における「清澄の有無」を聞くことは間違いではありません。「清澄」が行われていなければ、ほとんどの場合でカゼインやアルブミンがワインに含有されることは無いからです。
この一方で、「清澄していないワインにはタンパク質は含まれていない」という認識は間違いであることは知っておくべきです。「無清澄」ということは逆に、そのワインにタンパク質類が含まれていることを示唆しています。
アレルギーの心配がある場合には「清澄の有無」という大括りな問い合わせをするのではなく、ご自身がアレルギーを持っている具体的な成分を対象にして、その成分を清澄剤として使ったかどうか、最終的なワインへの残留濃度の測定を行っているかどうかを問い合わせるようにすることが必要です。