前回の記事「Bioを再考する | 認証返上の理由とは」で最近のBio認証を巡るワイナリー側での動きを紹介しました。
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Bioを再考する | 認証返上の理由とは
先日、休暇で日本に一時帰国した際にひょんなご縁から勤めているワイナリーの紹介を兼ねたワインセミナーをやらせていただける機会をいただきました。 年明けすぐの開催となったそのセミナーには数人、ワインの輸入 ...
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その中で最近の動きとしてBio認証を返上する理由の最たるものが以下の二つであること、また筆者の勤めるワイナリーでは除草剤の部分的な使用を選択したためにそれまで30年にわたって保有していたBio認証を2018年より返上したことを記載しました。
- 病気への対策として規定量以上の薬剤を散布せざるを得ない
- 急斜面における除草剤使用の必要性
30年もの間保持したBioの認証を返上したことに対してはいろいろとネガティブな憶測も呼んでいますが、実際には我々はむしろポジティブな思考に立ってこの決断をしています。
それが、前回の記事のまとめにも書いた新しい動きへの参画です。
従来のBio認証という視点とは異なった、新しい視点から見直そうとする機運が高まってきています
今回の記事では今までのBio認証に代わるものとして注目されつつある新たな団体と、その団体が考える持続可能性というものについて紹介します。
Bio / Ecoとはなんなのか
Bio認証を返上するケースにおけるワイナリー側の事情を見てきましたが、そもそもBioやEcoといったものがどういったものなのかをもう一度振り返ってみます。
まずBioもしくはEcoを認証というシステム化された枠組みの中で見てみると、その本来の意味および目的はSustainability、持続可能性です。
ところが日本語で書かれたとある本にはEco認証を取得したブドウの有機栽培について、
農薬は … (中略) … 使用できるものも … (中略) … あるいは残留が考えられないもので安全性、安心感ともに満たすものに限定されている… (後略)
と書かれています。
ここで注目しておきたいのが、上記の引用にも書かれている「安全性、安心感ともに満たすものに限定」という部分です。
例えこの文章を書かれた著者の方にそのような意図はなかったとしても、この表記だけ見てしまうといかにもBio認証というものが人間の健康的な生活のためにあるように感じてしまいがちです。
BioやEcoはヒトのためにあるものか
確かに結果的には人間の健康的な生活、という部分につながることでもあるのですが、直接的な意味でBio認証が目指す持続可能性とは地球、およびそこに存在するあらゆる生態系にとってのものです。
決して、ワイナリーや消費者である人間といった小さな対象に対するものではありません。
ここは認証の意味と消費者側の認識との間に誤解と乖離が生じやすい部分です。そしてこのような消費者側の誤解に基づく市場における購入意欲への影響が、売り上げや商品展開戦略上の競争力につながる点として評価され、結果としてインポーターさんがBio認証を持っていないワイナリーのワインは取り扱わない、という結論に結びついていると考えられるのです。
この意味においてはBio認証というものはその実態の如何に関わらず、極めて有力な販促ツールとなりえます。
しかし実際にはこの逆です。
多少、意地の悪い見方をするのであれば、本来の対象である地球や生態系の持続可能性を保持するためであれば極端な話としてワイナリーやワイン程度であればどうなってもいい、という考え方がそこには含まれています。
そのために仮にブドウ畑に病気が蔓延してもそれを防止、対処するための薬の使用量の例外的な増加はそう簡単には認められません。ブドウ畑という限られた対象にとってはポジティブであっても、地球の存続可能性のためにはネガティブだからです。
つまり、販促ツールどころか、ことと次第によっては自分たちで自分たちの首を絞めつけ、最悪自死に至ることを唯々諾々として受け入れなくてはならない、という制約なのです。
BioはBioのためにあるもの
Bio認証というものがワイナリーの存在に特化したものではなく、より広範囲のものに適合するように一般化されたものである以上、その認証の在り方は対象によって少しずつアレンジされたものにならざるを得ないことはある意味で当然のことです。より汎用性のあるシステムとして確立するために注目点もある程度絞り込まざるを得なくなっています。
システムをシステムとして確立する必要性から、よりコアとなる部分にのみ集中した運用となる必要に迫られているのです。
そしてごく簡単に言ってしまえばワインという範囲におけるBioの目的とは、土壌の保持にその大部分が置かれています。土壌とそこに存在する生態系を痛めつける可能性のあるものの使用を規制し、その量を制限しているのです。
逆の言い方をすれば、そのような物質さえ使わなければあとは何をやっても認証保持には影響しない、という点にこの認証の功罪があるとも言えます。
注目されつつある持続可能性の在り方
最近のドイツではこうしたBio認証の在り方に疑問を呈する向きが出てきています。地球規模での持続可能性とはそうした限定的な視点によるのではなく、もっと総合的な取り組みの中で守られるべきものなのではないか、という視点です。
実際に、地球全体の持続可能性を考えたときに土壌さえ守っていればすべてが安泰、ということはないでしょう。
この点をもう少し具体的に見ていくと、例えば化石燃料などに代表されるエネルギーの使用量です。これは従来のBio認証では考慮されない項目ですが、実際には地球環境の保全に対しては大きなインパクトを持った要因であることに疑いはありません。
実際にワイナリーでは一般に思われているよりも大量のエネルギーを直接的、間接的に使用しています。分かりやすいところではタンクや各種設備の洗浄に使用する水やお湯、ブドウ栽培で必要とされるトラクターなどの燃料が挙げられます。
またボトルなど日常業務で必要となる各種消耗品の運搬や、ワインを充填して重くなったボトルの搬出、輸送にも多くのエネルギーが消費されています。こうしたエネルギーの消費を管理し、削減することはある意味においては除草剤や殺虫剤の使用を制限し、土壌環境を守ろうとする以上に自然環境や生態系のより長期的な持続性には効果的であろう、という点については一般論として考えてみていただいても理解していただきやすいのではないでしょうか。
自然農法=持続可能性とは限らない
なお、意外に思われるかもしれませんが一部分的な見方ではビオやエコ、バイオダイナミズムに即したブドウ栽培ではこのような動きに反しているケースがあります。
Bio認証下やバイオダイナミズムの考え方に基づいたブドウ栽培では薬剤散布の回数が増えたり、前回の記事で書いた除草作業の回数が増えます。そうするとそのために動かさなければならないトラクターの走行距離が増え、必然的に消費されるエネルギーが増えたりするためです。
場合によってはだからトラクターではなく馬や牛で耕作をすればいい、と仰る向きもあるかもしれませんが、馬や牛でできることはそもそも限られています。また牛などが排出するメタンは地球温暖化に対して少なくない影響を与えてもいます。”機械を使わないから地球環境に優しい”というわけでは必ずしもないのです。
こうした各種事項を総合的に見渡してみて、本当にBio認証で満足していていいのか、と考えるワイナリーが増えてきています。
Bioに代わる新しい認証
より総合的に地球環境の持続可能性を鑑みようとする団体として、例えば 「FAIR’N GREEN」という団体があります。
この団体はワイナリーに特化した環境持続性を考え、取り組みを行っていこうとする団体です。Bio認証と同様に一定の条件を満たしたワイナリーに対して認証を与えていますが、その取得条件はBio認証のそれとは大きく異なり、上記のエネルギーの消費や、ワイナリーにおける従業員の雇用条件もまたよりよい将来のために欠かせない一条件との考えから考慮の対象とされていたりしています。
この団体とBio認証との最大の違いは、活動の範囲をワイナリーに限定している点といえます。
対象の範囲がワイナリーの業務における環境への持続可能性という視点に限定されていますので、より広範囲の業種を総合的に扱っているBio認証よりも深くかつ子細な点について、現実に即した切り口から環境の改善を目指していくことが出来るようになっています。
FAIR’N GREENに加盟しているワイナリーには例えば除草剤の不使用は要求されていませんが、地球環境の改善及び持続可能性を考え、使用を制限したり、自制したりする動きは加盟ワイナリー各社が自主的に行っています。
今回のまとめ | 動き出している世界
このような取り組みが必ずしも従来のBio認証よりも優れていると一概にいうつもりはありません。実際に土壌環境の保全という意味では部分的にはBio認証による規制の方が厳しく設定されている例などもあります。
ただその一方で、例えば上に挙げたFAIR’N GREENにはMeyer-Näkel、Clemens Busch、Künstler、Georg Breuer、Dönnhoffといったドイツでも有名なワイナリーが数多く加盟するなどすでに状況は従来のものから変化を始めています。
また団体のWebサイトを見ていただくとお判りいただけますが、加盟ワイナリーはドイツに限らず、広く欧州の各国に広がってきています。
かつてはBio認証に代表されるような、ガイドラインとして統一されすべての業種を一括して扱えるようなシステムの下で皆が一緒、という動き方が代表的でした。消費者をはじめとした周囲への周知、という意味でもこのようなマスな動きが適していたことは事実です。
しかし一部の先進的な視点を持った人たちは徐々にこのような、ある意味で妥協した動きに満足しなくなってきています。
より本質に目を向け、本当の意味でその業態にフィットした、より合理的かつ効果的な方向へと恐れることなく舵をきり始めています。除草剤さえ使わなければ、一部の薬剤さえ使わなければそれで地球は良くなる、というような、耳触りがよく、分かりやすく、しかし単純で本質的には意味を捉え切れていない世界から脱却しつつあります。
世界は動き出しているのです。
こうした動きがさらに拡大を続けていくと、Bio認証をもっていないから扱えない、といった今回のお話の始まりとなったような状況もまた、ゆっくりと変わっていくのかもしれません。
それと合わせて、ワインを造る側、選ぶ側、飲む側、そのそれぞれが、本当の意味で注目すべきものとは何なのか、そのためにはどのようにアプローチしていくのがいいのか、そしてその取り組みを見極めるのには何が必要なのかを考えていく必要があるのだと思います。
今の時代、様々なことは複雑化を続けています。
このような時代にはマーク一つで何となくその意味が理解できる、分かりやすい認証というものを超えた、その裏側にあるものをしっかりと伝えていくこともまた、ワイナリーの義務となりつつあるのかもしれません。