Limited 品質管理

Bioを再考する | 認証返上の理由とは

01/27/2020

先日、休暇で日本に一時帰国した際にひょんなご縁から勤めているワイナリーの紹介を兼ねたワインセミナーをやらせていただける機会をいただきました。

年明けすぐの開催となったそのセミナーには数人、ワインの輸入業に従事していらっしゃる方にもご参加いただきました。その際に我々のワインの日本への輸入の可能性についてもお話をさせていただいたのですが、その際に頂いた回答はすべての方が同じで、「Bioではないから難しい」というものでした。

この回答をドイツに持ち帰り職場のボスに話したところ、「日本ではBioであることがそこまで重要視されるのか?」と驚いていました。ドイツでもBioであることを重要視する流通業者は相当数存在するのですが、複数社のインポーター全社が同様の回答をしたことが意外だったようです。

日本でお話をさせていただいた際にはなぜそこまでBioであることにこだわるのか、という点については深く掘り下げてお話をさせていただかなかったため、その正確な理由はわかりません。一方で、日本の市場を考える上で予想できる点はいくつかあります。

今回はこの件を起点にして、BioおよびEcoというものを再度考えてみたいと思います。

なお、欧州においてはBioという言葉とEcoという単語の間に差はなく、同様のものとして扱われています。詳しくは「ビオとエコは違うのか?」の記事を御覧ください。

ビオとエコは違うのか?

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当ワイナリーの現状

今回のお話を進めていく前に、簡単に筆者がこの記事の執筆時点、つまり2020年1月時点で勤めているワイナリーの状況について簡単に記載しておきます。

当ワイナリーは1988年からいわゆるBio認証を持ったワイナリーとしてブドウの有機農法による栽培を行ってきましたが、2018年よりこの認証を返上しました。こう書くと有機栽培自体を止めてしまったように取られるのですが、そうではありません。我々は基本的には2018年以降もそれ以前と変わらない方法でブドウを栽培しています

確かにBioの認証団体からは脱退しているため、Bio認証を獲得・維持するために求められる各種制限事項を守る「義務」はなくなっていますが、このことが即農薬などの大量使用につながっているわけではありません。単に使おうと思えば使える、というだけで、実際に使っているわけではないためです。

Ecoの隣にある問題」という記事でも触れていますが、Eco認証保持の条件と同等、もしくはさらに厳しい基準でブドウを栽培していながらも敢えて認証を取得していないワイナリーもドイツでは多く存在しています。認証なし=有機栽培ではない、という単純な構造は必ずしも成り立ちません

Ecoの隣りにある問題

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特にドイツは国民性としてもこのあたりに対する感度が高く、仮に認証を持っておらずかつその方面に大きな興味関心を持っていなかったとしても、今どきどこかの国のように薬剤を大量に使うようなことはありません。使うにしても当然のように必要最低限度を見極め、その上でさらに可能な限り使用を制限することはすでに人々の当たり前の考え方となっています。

このため当ワイナリーでも2018年以降、使用している農薬などの量が劇的に増えているということはありません。むしろ2018年や2019年は天候が良かったためブドウに直接散布される薬剤に関してはその使用量を減らした程です。

Bio認証を返上する理由

ではなぜ当ワイナリーはBio認証を返上したのでしょうか。

Bio認証を取得しない、もしくは返上する理由は様々ですが、ワイナリーにおける一般論として見たときにはその理由は以下の2つが非常に大きなウェイトを占めています。

  1. 気候変動、特に夏場の天候の変化により一部の病気の発生率が高くなり、対抗薬の散布量を増やさざるを得ない (Bio認証・維持に求められる上限量を超える)
  2. 斜度の大きい畑を所有しており、その維持・管理のために除草剤の使用が避けられない

1.の点は特にここ数年常に大きな議論となっている点です。病気が畑に蔓延してしまえばその年の収穫は絶望的となります。ワイナリーとしてはたとえBio認証を返上することになったとしても、ブドウの全滅、つまり自分たちの生計の破綻には代えられない、というのはある意味で当然の決断でもあります。

一方で2.の方の理由はそこまで切羽詰まったものには感じられないかもしれません。

確かに除草剤を撒かなかったところでブドウが枯れてしまったりすることはありません。病気ほどの緊急性もありません。このため、周りから見ると、いや頑張って草むしりすればいいじゃない、と思われたとしても不思議ではありません。実際に多くのワイナリーはそうしています。

ただここに斜面という要素が加わると話はそこまで簡単ではなくなります。

筆者の勤めるワイナリーがBio認証を返上した理由もここにあるのですが、近年、特に斜面における除草の負担が非常に大きくなっています。我々のワイナリーは、ごく限られた一部の急斜面にある畑で除草剤を使うためにBio認証を返上しました。

斜面で除草するという仕事

斜面における作業というものはそれがどのようなものであったとしても平地での同様の作業に比べて何倍もの時間的、コスト的負担が発生します。特に機械を入れられない斜度の斜面になるとその負担量はさらに大きくなります。

そのような状況下において一部の作業の必要頻度が高まることはワイナリーの経営状態を直撃するほどのインパクトを持ち得ます。そしてここ数年、除草作業がこの“対象”となってきています。

Bio認証下における雑草への対策は物理的な手段に頼る以外にありません

このための機械もいろいろと開発されており、人手に頼らなければならない部分は年々減ってきています。しかしここには大きな注意書きが付きます。

“機械が入れられる畑であれば”、という無視することの出来ない大きな注意書きです。

つまり今も昔も、機械を入れることの出来ない斜度の斜面における除草作業は人手に頼らざるを得ないのです。

ワイナリー側も人手による除草作業を嫌っているわけではありません。

しかし、近年の気候変動により雑草の育成が早くなった上に夏場の乾燥状態が強くなり、ブドウと雑草との間における競合状態が激化しています。以前に比べて雑草の及ぼすネガティブな意味での影響力が大きくなっており、多少だったら許容する、という選択肢が取りにくくなってきています。その状態はワイナリーの規模と畑の場所にもよりますが、畑の状態を良好に保とうと思ったら夏の間、複数人を常に除草作業に従事させていなければならないほどになってきています。

当然ですが、ワイナリーにおける仕事は除草作業だけではありません。

雑草の生育が早くなっているのと同様にブドウの生育も年々早まっており、各種作業の前倒しと各作業に費やすことのできる時間の短縮が必須となっている状況です。ただでさえ人手が必要になっているのに、除草作業だけに従事するような人手を捻出できるような余裕はどこにもないのです。

この結果、最低限度の範囲で除草剤の使用を決断するワイナリーが出てきています。しかし除草剤の使用はその理由がどのようなものであったとしてもBioの認証取得条件に違反します。この結果、当ワイナリーのようにBio認証の返上を行うケースも出てきているのが現状なのです。

今回のまとめ | 認証返上は義務の放棄ではない

当ワイナリーの状況を例に、昨今のBio認証返上の動きを簡単にですが見てきました。

この動きの背景にあるものは、作業の安易な簡易化ではなく、品質を守るための決断です。

また、合わせて最近のドイツのワイナリーでは地球環境を保全し、よりよくしていくための取り組みを行うという義務に対して従来のBio認証という視点とは異なった、新しい視点から見直そうとする機運が高まってきています。また、そのような動きにあった新たな団体も組織されてきています。

確かにそれまで持っていたBioの認証を返上するという行為は一見するととてもネガティブなイメージを与えます。しかし、実際にはより発展的な考え方に基づいた決断であるケースがあるということです。そのようなケースにおける判断基準を知れば、消費者やワインを取り扱う業者の方にしても一概にBioではないから飲むに値しない、取り扱わない、ということにはならないのではないかと思います。

またこのような最新の動きをキャッチアップしておくことは今後の情勢を知るためにもとても役立つことだと思います。

次回はBio認証以外の持続可能性の追求に向けた具体的な動きについて紹介します。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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