栽培

ワインにとって土壌とはなんなのか、を考える

02/17/2020

さて、突然ですがちょっとブラウザを立ち上げて、「ワイン 土壌」とでもキーワードを入力して検索をかけてみてください。おそらくあっという間に検索結果が画面に表示されていると思います。

それでは、そこに出てきたいくつかのサイトの記事を流し読みでいいので読んでみてください。どうでしょう、粘土質の土壌はボルドーの右岸で有名なのはシャトー・ペトリュス、石灰岩土壌はシャブリやブルゴーニュのPinot Noirが代表的で酸やミネラル感のあるエレガントなワインを生み出す、というようなことが書かれているのではないでしょうか?

こうしていくつかのサイトを検索するまでもなく、ワインの勉強をされてきた方のなかには土壌と味の特徴を諳んじられる方も多いのではないかと思います。

ではここで質問です。

なぜ、特定の土壌からは一定の傾向に沿った味や香りを持つワインが生み出されるのでしょうか?

なぜ石灰岩の豊富な土壌からは酸のあるワインが生み出されるのか、なぜ粘土質の土壌からは厚みのあるワインが生まれるのか、考えたことはありますか?

土壌とワインの味や香りの特徴とを一対一対応させることはありがちなことではありますが、実際にはまったく簡単なことではありません。いくつもの要因が複雑に絡み合っています。

この記事ではそのあたりの複雑性の一端に触れてみようと思います。

土壌は本当にクリティカルな要因か

以前、TwitterでこんなPostをしました。

本気で、心の底から、ブドウ栽培、ワイン造りにおいて土壌が~、と思ってる生産者ってどれだけいるのかな、と

なんなら造ったワインの出来の全てを土壌のせい、もしくはおかげ、って言われるのもなんだかなぁ、と

このPostからもお判りいただけるかと思いますが、筆者自身は土壌がワインのすべてを決定する、という論調には否定的です。誤解を恐れずに言えば、土壌自体は何も決めてはいない、と言ってしまってもいいとさえ思っています。

こう書くと、方々から「いや、そんなはずはない。どこそこのワインメーカーは長年相応しい土地を探し求め、そしてようやく見つけたその土地で実際に素晴らしいワインを造っている。これは取りも直さず、土地がワイン造りにおいてとても重要なことを示す証拠ではないか」というようなお言葉をいただきそうです。

なるほど、確かに彼 / 彼女はその土地を探していたのでしょう。ただそれは土地、もっと言えば「環境」のことを指していると私は思います。土壌ではない、と。

土は作ることのできるものでもある

土作りという言葉があります。

農業だけではなく園芸でもいいのですが、植物を扱う際にはその植物を栽培するのに理想的な状態の土を作るということはいたって普通のことです。

もちろん食用野菜や果物類とワイン用のブドウの栽培条件は異なりますので、作る必要のある土も異なります。ただブドウという植物はそもそも生育のために必要とする条件が少なく、一般的な穀物類が栽培できないような土地でも栽培することのできる植物です。これはわざわざ土を作るまでもなく、栽培のために選べる土地の候補が多いということでもあります。

それにもかかわらず、本当にワインメーカーは長い年月をかけて一つの土壌を探したのでしょうか?

確かに探して見つける、というストーリーには価値があります。しかしそれはマーケティング的な意味での価値であって、ワインの味や香りに関わる価値ではありません。

またその人物が自身の信条に基づいて土地に人為的に手を加えることを避けるのであれば、適した土壌は探して見つけるしかありません。

しかしこの場合には作ろうとすれば作れるものを作らずに見つけてきたというプロセスの違いだけで、結果は同じです。価値観は人によって異なりますので一概には言えませんが、自分で作り出せるものにも関わらず、作ることを避け、長い年月をかけて探し求めるという行為は、そこに費やされる時間のロスを考えればあまり意味のある行為だとはいえません。

優秀なワインメーカーであれば、むしろその時間は畑の手入れに投入した方がいい、と考えるのではないかとさえ思います。

一方でどのような手段であったとしても一度作り上げた土壌がその後もそのままの性質を保ち続けることは困難です。植物がその上に存在しているという状態であればなおさらで、そのような影響を受けながらも土壌がその性質を保ち続けるためには何らかの外部からの働きかけが必要です。

また、仮に以前の記事「土壌というもの」で紹介したような土の構成をワインメーカーが理想とするような「モデルとする土地」のものに完全に一致させたとしても、その土壌の性質がモデルの土地と完全に一致するとは限りません。むしろ違うものになることの方が多くなります。

土壌というもの

メモ この記事は2018年4月23日に公開したものに加筆修正を行った記事となります 日本でワインの紹介する際に、ワインの個性の1つとしてどのような土壌の畑で栽培されたブドウから造られたワインなのかに言 ...

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簡単ではない条件の再現

土の構成を一致させるということは砂、沈泥 (シルト)、粘土という3つの構成要素の混合比率を合わせるということです。またこの時に同時にこのそれぞれの構成要素を特定の岩などから採取してくれば地質的な特徴も一致させることが出来るはずです。もともと自然界に存在している土はこうした母岩が風化のプロセスを経てその粒度を細かくしていったものだからです。

さらに石灰岩やシルトを多く含む土壌を再現したければ、上記の3要素に加えてこれらの岩石を混合してみるという方法もあります。

しかし、仮にそれをやったとしても、おそらくそうした土壌からは石灰岩土壌や変成岩土壌から造られるワインの特徴と呼ばれるような個性はほとんど感じられないはずです。もしかしたら最初の数年は望んだ個性が得られるかもしれませんが、5年も経たないうちにそうした特徴はなくなるでしょう。

なぜこうしたことが起きるのでしょうか。

それは仮に畑の土壌傾向は一致していたとしても、その周辺の環境が決定的に異なっており、結果としてその後に形成される土壌が全く別のものとなるからです。

土壌というと地面のことであり、どうしてもイメージが不変・不動のもののような印象につながります。

しかし実際には土壌は生き物です。

人間の身体を構成する細胞が3ヶ月で完全に入れ替わって別のものとなっているように、土壌を構成する様々な要素も日々変化し、それらが作り上げている土壌という成果物もまた日々変化しています。このため、土壌を選ぶという、ある瞬間にのみその構成を固定化された状態を捉えるような行為は本質的には全く意味がないのです。

確かにボルドー右岸の粘土質の土壌からは厚みのある力強いワインが造られるかもしれませんし、ブルゴーニュの石灰岩土壌で栽培されたPinot Noirは酸が強いかもしれません。しかしそれを粘土質の土壌だから、石灰岩土壌だから、と説明してしまう行為は分かりやすくはある半面、非常に表面的で、ある意味においては短絡的でさえあります。

今回のまとめ | ヒトの手が出せない要因をこそ探し求める

視覚的にその変化を見ることは通常できませんが、土壌というものはその構成要素の変化に伴って常に変化をしています。周囲の環境が変わると、土台は同じものであったとしてもその先の変化の行き先は大きく変わっていきます。

つまり、特殊で特別なのは“土壌”ではなく、容易に変化する環境下にありながらもその土壌の持つ性質を一定のものに維持し続ける“その環境”なのです。

これは決して、粘土質の土壌だから、石灰岩の土壌だから、という見方からだけでは説明することのできない点です。そしてそうした環境を構成する要素の多くは人の手では介入することのできない、もしくは介入することが出来たとしても範囲は制限され、さらに介入自体が難しいものであることがほとんどです。

こうした“人の手が介入できない”要素、環境こそをワインメーカーは長年をかけて探し求めるのです。

こうした要素は土壌を作り上げてこそいますが、土壌と呼ばれる枠だけに収まるものではありませんし、ある意味ではTerroir(テロワール)と呼ばれるものでもありますが、それだけでもありません。その範囲は土の構成、養分、それを形成する自然のサイクル、温度、気候など極めて広い領域に及びます。そしてその一つ一つの個別ではなく、すべてのバランスがもたらすものに最終的に集約されます。

土壌というような何か一つのものによって、ではなく、それも含めたすべてのものが総合的に影響しあった結果もたらされるものによってワインの味や香りは決定されるのです。

現在のような気候変動が今後も続いていけば、各地で造られているワインの味や香りといった特徴にも少なくない変化が生じてきます。しかしこれは単に気温が高くなったから、というだけではないのです。

気温が高くなったことにより土壌が変わり、ブドウを取り巻くいろいろな状況が変わり、ストレスファクターが変わるために結果として味や香りが変わるのです。この変化を正しく理解するには土壌を取り巻く広い範囲のわたって存在する影響因子の存在とその意味、関係を正しく理解しなければなりません。

こうした各要素とその影響の仕方、それぞれの関係性についてはnote上で公開している「土壌とブドウ、そしてワイン」という記事で解説を行っています。有料の記事となりますが、土壌にまつわる内容はこれだけで十分、というほどに専門的な内容を取り扱い、分かりやすく解説していきますので、ご興味があればご一読ください。

土壌とブドウ、そしてワイン」の記事を読む

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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