醸造

コンクリートはワイン造りを変えるのか

コンクリートの中で発酵、熟成させるワインに注目が戻ってきています。

コンクリートは現代人にとってとても馴染みのある建築材料です。どちらかといえば建築物の外壁などに使われているイメージの強いコンクリートですが、ワイン造りにおいてはタンク用の素材です。

コンクリートで作られたタンクはかつても使われていました。そのためコンクリートはワイン造りの現場にとって特に新しい存在というわけではありません。ただ、最初に訪れたコンクリートの波はその後に登場したステンレスタンクに置き換えられる形で姿を消していきました。それが今、再び注目を集め始めています。

なぜいまコンクリートなのか

ステンレスタンクが当たり前になった現代のワイン造りにおいてワインに異なるニュアンスを与えられる要素はそれがなんであれ、重要視される傾向にあります。そうしたなかで注目されるようになったのが、コンクリートです。

以前はコンクリートの配合に使われていた化学品や重金属の溶出が問題となることも多く、ワインのみならず食品製造には適さないとされていた材料でした。しかしその後の技術開発に伴い添加剤を使用しない高純度の配合などが可能になるにつれ、食品製造にも使用可能な水準を満たせるようになったことも再注目されるようになったきっかけの1つです。

形が自由自在なタンク素材

タンクの素材として非常に重要視されている特徴の1つが、形状の自由度の高さです。

コンクリートタンクはいわゆる鋳型成形の方法でつくられます。ドロドロとした液体に近い状態で型に流し込み、乾燥させて固めます。最近は3Dプリンタを利用した成形も行われていたりもしますが、基本的には型さえあればどのような形にでもすることが出来ます。タンクでは内側を空洞にする必要があるため完全な一体成型こそできない場合が多いですが、パーツごとのつなぎ目などは必要最低限度に抑えることが出来ます。またそうした接合部分もコンクリートを使ってつなげられる点もステンレスや木製の容器とは異なっています。

大容量タンクでこそ従来と変わらない四角形のタンクが多くなりますが、容量がそれほど大きくないものではピラミッドのような四角垂やボールのような球状といった、従来にはなかったユニークな形をしたタンクが作られています。

コンクリートで作られるタンクの形はワイナリーのアイコンとして期待される特徴的なものである場合もありますが、中に入れた液体の対流などを意識した形にされている場合も少なくありません。そうした形の代表が、卵型、コンクリート エッグ (concrete egg) と呼ばれる形状のタンクです。

コンクリートに期待されている4つの特徴

コンクリート エッグでは主に4つの特性が期待されています。1つは中に入れられたワインの温度の安定性。これはコンクリート自体が持っている特徴によるものです。2つ目は対流性。主にコンクリートを素材にすることによって実現されるタンク形状によってもたらされると考えられているものです。3つ目は酸素の供給。そして4つ目がワインに味や香りを付加しない中立性です。3つ目、4つ目、ともに1つ目と同様、コンクリート自体のもつ材料特性に基づく特徴といえます。

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ワインの温度は安定するのか

コンクリート製タンクの特徴として、温度の安定性がよく言われます。これは主にステンレスタンクとの比較の中で言われる特徴です。

ステンレスタンクはタンクの周辺気温にとても敏感な容器です。仮に外気温が2℃の環境にタンクを置いた場合、タンクのなかのワインの温度もこれに近いところまで容易に下がっていきます。これはステンレスの持つ熱伝導性の高さによるもので、この特性があるからこそタンクの周囲に冷却ジャケットを巻くことでタンクの温度管理ができるようになっています。

一方でコンクリート製のタンクは温度変化に鈍感です。コンクリートという素材は熱容量が大きいためです。

熱容量とは簡単にいえば、その素材の温まりにくさです。熱容量が大きい素材は熱をため込める量 (蓄熱量) が大きいため、ちょっとやそっとの熱では素材自体が温まりません。一方で一度温まってしまうと、今度は冷えるまでに時間がかかります。夏場のアスファルトを想像してみてください。炎天下の中でも朝方から午前中くらいまではそれほど温まっていないのに、午後になって完全に熱せられると今度は日が落ちた夜間でも暖かいままです。

こうした特徴がワイン用の容器として適していると考えられています。

ワインのタンクを炎天下の日差しの下に置くことはまずありません。このためタンクの素材に使われているコンクリートの温度はおかれた場所の室温に近い温度で安定します。コンクリートの蓄熱量にはまだまだ余裕がある状態です。この状態では外気温が少しくらい上下してもコンクリートが温められたり冷やされたりすることはなく、タンクの内部にまでそうした温度の変化が伝わることはほとんどありません。つまり、ワインの温度は一定に保たれます。

多くのコンクリートタンクには冷却設備が備えられている

コンクリートタンクをあくまでもアルコール発酵完了後の熟成容器として使用するのであれば、コンクリートの熱容量が不利に働くことはそうそうありません。しかし発酵容器として使おうとすると話が変わります。この現実から、実際には最近作られるコンクリートタンクの多くには冷却のための装置が備え付けられています。

コンクリートタンクは基本的には温度変化に鈍感であり、短期的で幅の小さい温度変化には影響されにくい特徴があります。一方でアルコール発酵時のように温度の変化が大きく、かつある程度の日数続くような場合にはこの特徴が裏目に出ます。発酵熱によって温められてしまったコンクリートがその熱を蓄熱し、本来であれば温度が下がり始める発酵後期になっても高い液温を保持させてしまうのです。

液温が高いまま維持されるためアルコール発酵の進みは早くなり、かつ残糖を残さず完全に発酵させきることができる点はメリットです。発酵の中断リスクも低減されます。一方で高すぎる液温はそうしたメリットを超えるデメリットになり得ます。

またコンクリートタンクは陶製の容器とは違って焼成を行っておらず、素材として温度変化に脆弱な側面があります。一定範囲を超えて温度変化が生じるとひび割れが出るリスクが急激に高まるのです。

こうした事情から、最近のコンクリートタンクには冷却用コイルという冷却装置が組み込まれることも増えています。

対流は生まれない

コンクリート エッグで特によく言われるのが内部の対流です。卵型は液体の対流を効率よく行える究極的な形状であり、これによってタンク内部の温度が均一にならされ、順調な発酵につながると一部では強く信じられています。

確かに形状は効率的な対流のための重要な要素の1つであることは間違いありません。一方で形状だけで対流が生まれることはありません。最近の研究からはコンクリート エッグは内部のワインの対流に貢献しないであろうことが報告されています。

おそらくですが、一度コンクリート エッグ内で対流が生まれ始めるとその後は効率よく対流が促進されるのだろうと思います。しかし皮肉なことに、コンクリート エッグはその特徴から対流自体が生じにくいのです。

液体の対流が生じるにはエネルギーが必要で、ワインの発酵時に関していうのであればこのエネルギーの供給源は内部と外部における温度差です。一方でコンクリートは熱容量が大きいため、タンクの内外で仮に温度差があったとしてもそうした差がすぐには反映されません。特に発酵時には発酵熱によってコンクリート自体が温められ、かつその温度をため込むために余計にワインとタンク壁面との温度差はなくなります。

対流の発生という意味ではステンレスタンクの方が良好な結果になることがわかっています。

木樽に近似したコンクリート

コンクリートタンクの持つワイン用の容器としての特徴をほかの素材で作られた容器と比較すると、似ているのは木樽です。温度特性の傾向もそうですが、その最たるものは容器からの酸素の供給の有無です。

ワイン醸造の現場で昔も今も変わらず使われているオーク樽は入れられたワインに酸素を供給することがよく知られています。ワインの熟成の傾向に少なくない影響を及ぼすこの特徴が、ステンレスタンクとの比較の中でオーク樽が優れているといわれる部分でもあります。

コンクリートはその表面に微細孔をもった素材です。コンクリートタンクにワインを入れると、この微細孔に入っていた酸素がワインに供給されます。その量はタンク内壁の表面状態や材料の配合によっても変わるようですが、傾向として木樽よりは少なく、かつワインの熟成を促すには十分にインパクトのある程度とされています。なおコンクリート自体が酸素を透過するのかどうかはまだ正確にはわかっていません。

こうした類似点があるのに対して決定的に違う点もあります。木樽を使うと多かれ少なかれオークやローストのニュアンスがワインについてしまうのに対して、コンクリート製の容器ではこれがありません。純粋に酸素だけを供給する容器として使うことが出来ます。こうした特徴からコンクリート エッグを使う方がバリックを使うよりもワインのテロワールをより純粋に表現することが出来ると考えている生産者もいます。

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コンクリートでワインは変わるのか

発酵もしくは熟成のための容器をコンクリート製のものにすることでそれを使って造られるワインが変わるのかといえば、変わります。ワインは変わりますが、それが必ずしも世間で言われているようにいい意味だけかといえば、そうとは限りません。

コンクリート エッグによって生み出されるワインが従来と違う理由にはいくつもの要因が考えられます。そしてその要因は化学的な要因と物理的な要因に分けて考えられます。

化学的な要因は例えば高い発酵温度による発酵挙動の変化や、発酵副生成物の種類や量の変化、高止まりした液温による微生物的活性傾向の変化です。一方で物理的な要因にはコンクリートとの接触による変化が挙げられます。これらの変化はいずれもいいとも悪いとも言えませんが、ものによっては慎重な検討が求められるものもあります。特にコンクリートからの溶出による変化と思われる内容には注意が必要かもしれません。

確かに技術の進歩によってコンクリートからの溶出物の問題は小さくなっています。一方でコンクリート エッグで醸造されたワイン中で一部の金属イオンや無機物の含有量が有意に増えていたという検証結果もあり、溶出が完全になくなったわけではない可能性が示唆されています。またコンクリートはpHが高く、これに直接接触したワインに影響を及ぼす可能性は以前から変わらず指摘され続けています。さらにはその洗浄難易度の高さから導入を見送っているワイナリーも少なくないなか、汚染されたコンクリートから生じる特徴がそうとは認識されないままにワインの個性とされている可能性は実は決して低くないとも言われています。

コンクリートの持つ形状の自由度や全体としての設計の自由度の高さは、例えばポンプの使用回数を減らしたり、それに伴う酸素流入や使用される電力、さらには洗浄のための水の消費を抑制したりとワイン醸造に対してプラスの影響を期待できるものです。またそれ自身の製造時のCO₂排出量が少ないことに加えて、木樽からの置き換えを通して木樽を作るために伐採される木材の量を減らすことに貢献できるなど産業構造として高い環境親和性を持つ容器としても注目されています。

コンクリート エッグがこれからの地球環境を考えたワイン造りにおいて大きな成果を生み出す金の卵となるのか、それとも以前のように1つの流行で終わるのか。その答えが出るにはもうしばらく時間がかかりそうです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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