栽培

ワイナリーのリスクヘッジ | 植栽密度を考える

06/06/2020

ブドウ栽培をしていくうえで、単位面積あたりに何本のブドウの樹が植えられているのか、という点は畑全体をデザインしていくうえで重要な情報になります。とはいっても畑の形状は千差万別。しかも周囲との状況によって植え付けられるはずの場所に植え付けられず、区画によって面積当たりの本数がまちまち、なんてことは往々にして起こります。

そこで複数の畑の間での比較をしやすくするために使われるのが、植栽密度という単位です。これは、実際の畑に植え付けた本数を面積1haあたりに換算して求められるもので、区画間のバラツキなどに影響されることなく、純粋に面積当たりの植え付け本数を見ることが出来ます。

とはいっても植栽密度は多くの場合、国や地位によってある程度きまった数字があります。これは別にこうしなければならない、というようなルールがあるわけではなく、その国や地域で使うことの多い栽培用装置や道具の種類がある程度決まっていて、その装置や道具にあわせた畑のレイアウトがなされているためです。

この植栽密度と実際の収穫量などを並べてみていくと、そのワイナリーの戦略や品質に対する考え方、実は数字に出てきていないのではないだろうかと思われるような事情まで、いろいろなことが見えてきます。

今回はこの植栽密度というものを使って、ワイナリーとして作業中の事故やミスによるリスクを低減させることを考えていきます。

ブドウの植栽密度とリスクの関係

ブドウの樹の植栽密度と作業中の事故やミスによるリスク、といってもあまりピンと来ないかもしれません。

この話の発端は、ブドウ畑において実はブドウの樹が意外に多くダメになっている、ということにあります。この場合のダメになる、とは、それこそ作業中の事故やミスによって樹が折れてしまったり、引き抜かれてしまったり、ということを指しています。このようなことは本来起きてはならないことですが、実際の現場では驚くほどの確率で起きています。

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この辺りの詳しいことはnote上のこちらの記事に書いてありますのでご興味ある方はご覧ください

どのような原因であったとしても折れたり引き抜かれたりしてしまった樹はその後はもう実を結ぶことはありません。これは収穫量の減少に直結することであり、ワイナリーとしてはその収益に関わる重要な事柄です。

もし仮にそのような事故がそれなりの頻度で起きるとしたら、ワイナリーとしては事前にそこを見込んで畑のデザインをしておくことが欠かせません。そうしたリスクヘッジマネジメントとしての考え方の一つが、植栽密度の調整にあるのではないか、と考えたのです。

この考え方の基本は、ブドウの樹一本に割り当てられる価値の調整です。

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ブドウの樹一本の価値とはどの程度なのか

ドイツの例で考えると、仮にブドウの樹を1本ダメにするとおおよそワイン1本がダメになります。

ドイツでは1haあたりに植栽されるブドウの樹の数は一般的に5000本です。1ha = 10000平方メートルで、ブドウの植栽間隔が列の幅2m、樹の間隔1mの2平方メートルなので、10000 / 2 = 5000本という計算です。

そして厳しめの収量制限を行っている畑の場合での収穫量は、1ha = 50hlです。ちなみによくあるのは1ha = 60 ~ 70hlくらいでしょうか。hlとはヘクトリットル、と読み、100リットルのことです。

つまり、収量が1ha = 50hlという場合には、1ヘクタールあたり5000リットルの果汁をとる、ということになります。果汁からワインにする工程では様々な要因によってロスが重なります。このため1リットルの果汁から必ずしも1リットルのワインが造れるわけではありません。ロス量は使用する器材や醸造の状況によって異なりますので、ここでは計算と理解をしやすくするために1リットルの果汁からはおよそ0.75リットル、つまりワインボトル1本分のワインが造れるとして話を進めていきます。この前提にたてば、1haからは5000本のワインが造れることになります。

1ha = 5000本のブドウの樹 = 5000本のワイン

なので、1本のブドウの樹をダメにすると、1本のワインがダメになる、という事です。

この場合のブドウの樹一本の価値とはそのまま、その畑から造られるワイン1本の価格と同じです。したがっていわゆる銘醸畑に植えられたブドウの樹であるほど一本の価値が高くなります。本来は畑という土地に与えられているはずの価値がブドウの樹というその中の付属品に転化されているのは面白いことです。

ちなみにより一般的な収量である1ha = 60 ~ 70hlの場合で同じことを考えてみると、

60hlの場合: 6000l / 5000本のブドウ = 1.2lの果汁/樹 = 1.2本のワイン/樹

70hlの場合: 7000l / 5000本のブドウ = 1.4lの果汁/樹 = 1.4本のワイン/樹

となります。

同じ本数の樹からより多くのワインを造ろうとすれば当然ながら樹一本当たりの役割が大きくなりますので、樹一本の意味は大きくなります。つまり、1本がダメになった場合の被害は大きくなります。

一方で、収量制限を行っている場合には生産本数は限定されている前提です。つまり造る本数が5000本で固定だった場合には、植栽密度がどれだけであろうと面積あたりで必要とされる果汁の量は5000lで固定されます。これはブドウの樹一本あたりから得る収量を上げている場合、60hlの場合には4,167本の樹があれば、70hlの場合には3,572本の樹があれば事足りることになります。

残りの833本もしくは1428本は予備の樹とみなすことが出来、この本数までは最悪、樹がダメになってしまっても何とかなる、ということでもあります。つまり、樹一本をダメにしてしまうことに対するリスクが減ります。このことから、植栽密度を変えなくても収量を変えることでリスクを調整できることが分かります。

逆に言えば、仮に樹を何らかの理由でダメにしてしまった場合にはその他の樹からの収量を上げるように調整することで補うことが出来る、ということでもあります。

植栽密度を上げると樹の価値は下がる、という現実

次に、植栽密度をかえて同じことを計算してみます。

フランスなどに多い、1ha = 10000本というケースを見てみます。ちなみに植栽密度が高くなると事故の際に巻き込まれる樹の本数が多くなりやすく被害が拡大しやすい、という点はここでは考えません。

50hlの場合: 5000l / 10000本のブドウ = 0.5lの果汁/樹 = 0.5本のワイン/樹
→ 5000本を作る場合の必要本数: 10000本

60hlの場合: 6000l / 10000本のブドウ = 0.6lの果汁/樹 = 0.6本のワイン/樹
→ 5000本を作る場合の必要本数: 8334本

70hlの場合: 7000l / 10000本のブドウ = 0.7lの果汁/樹 = 0.7本のワイン/樹
→ 5000本を作る場合の必要本数: 7143本

見てすぐわかる通り、植栽面積が倍となる10000本のケースではそもそも樹一本あたりの役割が半分しかありません。どのケースに照らし合わせても仮にブドウの樹一本をダメにしてしまってもワインは1本未満の被害で済みます。また収量を上げていくことでやはり1000本以上の"予備の樹"を持つことが可能になります。つまり事故のリスクに対する影響は小さく収まっていることが分かります。

さらに逆に植栽密度を下げた事例を考えてみます。仮に1ha = 3500本のケースを想定してみます。

50hlの場合: 5000l / 3500本のブドウ = 1.4lの果汁/樹 = 1.4本のワイン/樹
→ 5000本を作る場合の必要本数: 3500本

60hlの場合: 6000l / 3500本のブドウ = 1.7lの果汁/樹 = 1.7本のワイン/樹
→ 5000本を作る場合の必要本数: 2942本

70hlの場合: 7000l / 3500本のブドウ = 2.0lの果汁/樹 = 2.0本のワイン/樹
→ 5000本を作る場合の必要本数: 2500本

ブドウの樹一本当たりの役割が非常に大きくなります。

5000本を植栽する場合と比較して植栽密度が70%となるのに対し、樹一本当たりの意味は40%増加します。つまり樹がダメになるリスクに対する重さも40%増しとなります。またこのパターンでは収量を増やしていっても"予備の樹"としての余裕を確保できる量が少なく、リスクが高止まりすることが分かります。

植栽密度というものは極めて直接的に作業負荷に関わってくる数字でもあります。

植栽密度が倍になれば、面積あたりに投入しなければならない作業量も単純に倍になります。これは準備などの時間を除けばブドウの樹一本に対して行わなければならない作業は常に固定で、本数が増えたからといってどこかをまとめて割引になる、という類のものではないためです。逆に、植栽密度を30%減らせば必要な作業コストは30%減ります。このことを加味して本数とリスクの関係を見てみると、以下のようになります。

植栽密度が2倍の場合: 作業量: 100%増 / 樹の価値: 50%減

植栽密度が70%の場合: 作業量: 30%減 / 樹の価値: 40%増

手作業のケースを考えればまさにこの通りに思えますが、手作業で仕事をしていてブドウの樹を幹からへし折ってしまったり、根から引き抜いてしまうようなことはまずありません。つまり実際のリスクは人為的な事故の面に限れば常にほぼ0で、作業負荷だけが変わります。

一方で事故の発生が多いトラクターを使った作業では、作業時間はブドウの樹の本数ではなく面積に対してかかってきます。ですので、植栽密度と作業にかかる時間を含めたコストは無関係です。さらに、植わっているブドウの樹の本数が増減しても事故の発生確率は (巻き込む本数の違いは別として) それほど変わりません。つまり、トラクターでの作業の場合には作業量の増減は無視され、ブドウの樹一本が持つ価値だけが変わってきます。

こうして考えてみると、ブドウの樹をダメにしてしまう類の事故が起きる可能性のある作業環境においては植栽密度を下げることには何の意味もないことが分かります。

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今回のまとめ | どうやれば樹の価値は下げられるのか

"樹の価値を下げる"というフレーズはとても挑戦的です。普通に考えれば樹の価値は上げていくべきもので、下げるべきものではありません。

ただその一方で、樹の価値を高めすぎてしまえばそれを失った時のダメージは底なしに大きくなります。そして別に事故や作業のミスがなくても、ブドウの樹はいつかは枯れます。もしくは収量が自然と下がってしまうために抜くべき時がやってきます。その時のリスクを考えた場合、どう対策をとっておけばいいのか、というのがこの話のテーマです。

確かに1本のブドウの樹から1本のワインを造ることは出来ますが、それぞれのボトルをそれぞれの樹と1:1対応させて管理するようなことは出来ません。そう考えれば、1本のブドウの樹を個別に認識して個別に価値を付与する意味はありません。つまり、畑などといった区画単位で群管理すれば十分です。価値はブドウの樹にではなく、それが植わっている畑に帰結されるべきです。そうなると、群としての価値を守るために個別の構成要素の価値を引き下げ、リスクヘッジを行っておくことが意味を持ちはじめます。

その手段を"植栽密度"という視点に求めるのであれば、これまで見てきたように密度を上げる畑のレイアウトを考えることがまず必要です。

そのうえで、その畑での作業が手作業なのか、機械作業なのかを考える必要があります。一方で病気の感染確率は密度に反比例しますので、あまり密度を上げ過ぎてしまうと病気に対するリスクは逆に高くなってしまいます。こうなると、一度に喪失するブドウの本数が増えますので、いかに"予備の樹"を多く持っていたとしてもその貯蓄を食い潰してしまう時間も短くなってしまう可能性が出てきます。

予備の樹を持つ、ということの意味は、ゲームのように単純にその残機分だけ失敗を繰り返すことが出来る、というだけではありません。それは、植え直すための時間を稼ぐための手段です。

折れてしまったり、抜けてしまったりした樹の後に仮にすぐに新しい苗木を植え付けたとして、その苗木から収穫できるようになるまでには3~5年という時間が必要です。つまり予備の樹を持っていない場合、一度の失敗が3~5年に渡って経営を圧迫することになります。

これに対して、仮に予備の樹を1000本持っていた場合、仮に毎年100本の樹をダメにしてしまったとしてもその後に植え付けた樹が収穫できるようになるまでの間、理論上は経営上のダメージを受けることなくやり過ごすことが出来ます。

植栽密度については、筆者の個人的な感覚では1ha = 5000 ~ 7000本というところが複数の面から見て適正かな、という感じですが、これも別に厳密なデータに基づいた話ではなく、あくまでも感覚的なものです。本質的には当然、ブドウの樹をダメにしてしまうような事故やミスをしないことが何よりも大事なわけですが、起きてしまうことを避けられない以上は、どうやって事故によって被る被害を軽くするのかは考えておくべきテーマだと言えます。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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