以前、ブドウの天敵としてフィロキセラという昆虫がいることを紹介しました。
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フィロキセラ対策の一番の方法は台木を使うことなのですが、この一方で一部の薬剤もこの害虫に対して効果があるとして使用されていました。それがネオニコチノイドといわれる系統の薬剤です。
薬剤を使う意味
台木があるのだから薬剤など不要ではないか、そんな声も聞こえてきそうですが、その考え方は残念ながら楽観的に過ぎます。
確かに台木は今のところは有効な手段として利用されていますし、実際にこれによってフィロキセラの被害の拡大は抑えられています。しかしその一方で、この台木という対策が取られてすでに長い年月が経過しており、これから先もフィロキセラが耐性を持たない保証などどこにもないのです。
特にブドウ畑では禁止されているにもかかわらず、枝を使って自根のVitis-vinifera種を育てている場合があります。ブドウの栽培家、もしくは醸造家としてはいろいろな理由から自根の樹を持ちたい気持ちは理解できるのですが、このような樹を拠点に増殖したフィロキセラが台木を使った樹にまで影響を及ぼすようになる可能性は否定できず、そうなってしまった時にはもう台木という対策は使えない以上、何かしら別の対策手段を持っていることは極めて重要になるのです。
禁止されたネオニコチノイド
ところが、このフィロキセラに効果があるとされていたネオニコチノイド系の作用成分であるImidaclopridの使用が、EFSA(Europäische Behörde für Lebensmittelsicherheit: 欧州食品安全機関)によって禁止されました。機関が使用を禁止したネオニコチノイド系の作用物質は3種類あったのですが、ブドウ栽培に関わるものではこのImidaclopridのみでした。
使用禁止の理由はミツバチへの影響が大きいこと。
ミツバチが生態系において果たしている役割は大きく、かつ、近年ミツバチが殺虫剤等の影響によって大量死していたり、異常行動をするようになっていることは世界中で問題視されている重要な事案です。このため、EUでも農業等で使用されるあらゆる薬剤ではこのミツバチへの影響度が検査されており、ミツバチへの危険性が高い薬剤は今回のネオニコチノイドのように使用が禁止され、そこまでの影響度を持たない場合でもその度合いに応じて使用上の制限が課せられます。
この意味では、今回のネオニコチノイドの使用禁止は生態系の維持という面からは歓迎されるべきことだと言えるでしょう。
ただ、問題はフィロキセラです。
フィロキセラへの対応はとても厄介で、かつ、その重要度は極めて高いものです。このため、一つでも多くの対応手段を持っておきたい、というのが偽らざるところだと思います。そこにきてのこの薬剤の使用禁止決定ですから、ブドウ栽培に関わっている者としては悩ましいものがあります。
また、ネオニコチノイド系統の薬剤は実は最近、フィロキセラ以外の害虫に対しても効果が研究されているものでもあります。仮にネオニコチノイド系統の薬剤の多くがミツバチに対して大きな影響を与え得る、ということになってしまうと、今後、これらの可能性がまとめて潰れることになりかねません。
自然に寄り添うことを重視し、薬剤の使用を否定することは簡単なのですが、そのような意気込みだけでは残念ですがフィロキセラをはじめとした各種害虫を撃退することはできませんし、少なくともVitis-vinifera種のブドウを栽培しようとする限りはフィロキセラと有効的な関係を築くことは不可能です。
我々には、何かしらの対策が必要不可欠なのが現実です。
対策はあるのか?
フィロキセラへの対策は何かしら研究されているのは間違いないのですが、それがすぐに使用可能になるかといえばそれは難しいでしょう。
そのため、我々ブドウ栽培者はまずは無用にフィロキセラを勢いづかせないための行動を徹底する必要があります。つまり、フィロキセラが増える土壌となるVitis-Vinifera種の自根栽培の自粛などです。自根の樹を持っていることをステータスのように考えるブドウ栽培家の方もいらっしゃいますが、そのことが周囲に及ぼす影響を考えるべきです。
菌類が耐性を持つことを避けるための対策として使用する有効物質を変える、という薬剤使用の鉄則においても言えることことですが、この手のものへの対策は集団の中で一人が違うことをするだけでもすべてが台無しになりかねないものです。自分だけ、ということがとても甘く、魅惑的なのは間違いないと思いますが、そこに流されない堅固な意志に期待したいと思います。