ワインにとって欠かすことのできない、とても大事な要素の1つが酸です。
国や地域、ブドウの品種を問わず、美味しいワインには必ずと言っていいほどそれなりの量の酸が含まれています。逆に酸がたりないワインではそれがどんなに有名な産地のワインであったとしても高い評価を得ることは難しくなります。ワインの味の中心は糖分と酸とアルコールのバランスで形作られているといえます。
またワイン含まれる酸の量はワインの熟成に対しても少なくない影響を与えます。このため、いいワインであればあるほどそこに含まれている酸の量が重要になるのです。
近年の地球規模での気候変動による温暖化でブドウの酸が少なくなりがちになることが問題視されるのは、こうした事情が背景にあります。
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多くのワインには1Lあたり5gを超える量の酸が含まれていますが、その種類も多岐にわたっています。
主要な酸は6種類。そのなかでもさらにワインを醸造していくうえで重要で量も多いのが、酒石酸 (Tartaric acid / C₄H₆O₆) とリンゴ酸 (Tartaric acid / C₄H₆O₆) です。
ワインにとって酸はとても重要な存在ですが、かといって単純にたくさん含まれていればいいというものでもありません。あまりに多くの酸が含まれているとそのワインの味わいは酸っぱくなってしまい、楽しく、美味しく飲めなくなってしまいます。
そこで重要になるのが、ワインに含まれる酸の量のバランスです。
残糖の量やアルコール度数によっては酸が多くてもそれほど気にならなかったり、逆に酸はそれほど多くないのにとても酸っぱく感じたりします。酸味は単体の量よりも全体のバランスで感じ方が変わることが多いため、まさにどのようなバランスで仕上げるのかがとても大事なのです。
しかし酸を足す、補酸と呼ばれる行為は多くの国や地域で原則として禁止されています。ブドウの果汁に含まれる酸の多寡はまさにその土地の特徴を反映する要素だからです。この一方で、酸を減らす除酸もしくは減酸と呼ばれる行為は一定の範囲で認められています。
せっかくの酸を減らすなんて、と思われるかもしれませんが酸はあくまでもバランスです。酸をわずか1グラム変えるだけでも味わいは大きく変わります。酸をどうマネージメントするかは醸造家にとって重要な部分です。
そこで今回は酸を減らす方法に焦点を当てていきます。
酸の分類と除酸の考え方
ワインに含まれる酸はその由来ごとに2つのグループに分類できます。
1つめのグループはワインの原料となったブドウに含まれていた酸のグループ。酒石酸やリンゴ酸がここに入ります。もう1つのグループはブドウの果汁が発酵している時に作り出される酸のグループです。乳酸やコハク酸が該当します。
この2つのグループを分ける特徴の1つが酸の量です。
発酵中に作られる酸はほとんどがごく微量に留まります。これに対して、もともとのブドウ果汁に含まれている酸は量が多くなります。ワインに含まれる酸の多くが酒石酸とリンゴ酸であるのもこれが理由です。
ワインの味が全体のバランスで構成されている点は前述のとおりですが、ワインを酸っぱく感じる理由のほとんどは酸の量です。単純に相対的な含有量が多いから酸っぱく感じるわけです。
ワインから酸味を取り除きたいときにはこの逆を考えます。
そうして考え出された方法が次の2つです。
- 酸味の強い成分の量を減らす
- 酸味の強い成分の酸味を減らす
1つめの考え方はとてもシンプルで、量を減らせば酸味が少なくなるというものです。これに対して2つ目の考え方は量ではなく酸味の強さを変えようというものです。
化学的除酸と生物的除酸
ワインに含まれる酸の量を減らす方法は大きく分けると次の2つに分類されます。
- 化学的手法
- 微生物的手法
それぞれについて見ていきます。
簡単確実な化学反応による除酸
化学的除酸とは、文字通りに「化学的な反応」を利用して酸の量を調整する方法をさします。完全な物理的法則に則っていますので、例外がありません。何グラムの酸を落とすためには何グラムの何を入れればいいのかが極めて明確です。
このため、確実に狙った量の酸を調整することができる点がメリットです。
化学的除酸に利用するのは炭酸カルシウム (Calciumcarbonat: CaCO3) もしくは炭酸水素カリウム (Kaliumhydrogencarbonat: KHCO3) です。
化学的除酸には除酸の方法と量によって複数の種類がありますが、もっとも一般的なのが炭酸カルシウムをブドウ果汁もしくはワインに添加するだけの方法です。この方法では1 g/Lの酸を取り除くのに 0.67 g/Lの炭酸カルシウムを必要とします。
つまり10 g/Lの酸を持つワインが1000Lあったとして、これを8 g/Lまで酸を減らしたい場合には1340gの炭酸カルシウムを添加してあげればいいことになります。
0.67 * 2 * 1000 = 1340 g
化学反応利用する除酸方法で取り除けるのは酒石酸とリンゴ酸のみですが、炭酸カルシウムを単純に添加する方法で量を減らせるのは酒石酸のみです。酒石酸と同時にリンゴ酸を減らすにも炭酸カルシウムは利用しますが、少し違った配合と作業手順が必要となります。
赤ワインで一般的な微生物による除酸
化学的除酸方法以外での除酸方法が微生物の代謝を利用する方法です。
この方法でとくに有名なのが、赤ワインの醸造手法としてよく知られているマロラクティック発酵 (Malolactic fermentation: MLF) です。MLFはバクテリアの一種である乳酸菌を利用してワインから酸を減らす手法です。
MLFがあまりに有名なため微生物を利用した除酸はMLFしかないと思われがちですが、間違いです。
ブドウの果汁がワインになるために欠かすことのできないアルコール発酵を行う微生物である酵母。実は酵母も酸を分解します。
複数の微生物がワインに含まれる酸を分解するため、特に「微生物」的除酸といっています。
なおこうした微生物による除酸では微生物の種類によらず、リンゴ酸が分解されるのが共通しています。
化学的手法と微生物的手法の違い
化学反応による除酸と微生物の代謝による除酸の違いは複数ありますが、特に大きな違いは2つ、対象となる酸の種類と安定性です。
化学反応による除酸は主に酒石酸を対象とするのに対して、酵母や乳酸菌による除酸ではリンゴ酸が対象となります。また化学的手法では炭酸カルシウムと反応した酒石酸が不溶性の酒石酸カルシウム (Calciumtartrat) として沈殿するのに対して、乳酸菌が関わった除酸ではリンゴ酸は酸度の弱い、つまりより酸味の少ない酸である乳酸に代謝されてワインの中に残留します。
化学的手法が酸の量を直接減らすのに対して、主に乳酸菌による除酸方法では酸の強さを減らす点は大きな違いです。
除酸量の確実性でもこの両者は対照的です。
化学的手法では炭酸カルシウムを1リットル中に0.67グラム入れれば確実に酸が1グラム減ります。これに対して、微生物を利用する方法では確実な減酸量は約束されません。微生物の活動は果汁やワインのpHやアルコール度数、残糖量、温度などによって大きく影響を受けるためです。
場合によってはリンゴ酸を減らせる微生物がワイン中に十分に存在しなかったためにまったく除酸が行われなかった、ということもあり得るのがこの手法です。また反対にリンゴ酸を分解する過程でワインにネガティブな影響を与える種類の微生物が繁殖してしまい、ワインがダメになってしまうリスクもあります。
微生物を利用する場合にはこうした自体を避けるため、主に乳酸菌を利用するケースでは人工的に選別され、準備された乳酸菌をワインに添加したりもしています。
今回のまとめ | 一筋縄ではいかないワインの除酸
ワインに含まれる酸の量を調整する方法を紹介してきましたが、ワイン造りの現場ではこれほど明確に話が進みません。化学的な方法も微生物による方法も、意図していなくても起きることがあるからです。
特にワイン醸造中における化学的反応と酵母が介在した除酸は避けることがほぼできません。酵母の活動はワインを造るうえでは絶対に欠かせませんし、ブドウの果汁には多かれ少なかれカリウムなどのミネラル分が含まれているためです。
つまりワインを造る過程では醸造家が望むと望まないとに関わらず、多かれ少なかれ酸の量は減ります。逆に言えば醸造家はこの自然な減少量を見越したうえでさらに酸の量の調整をしていく必要があります。
一番簡単なのはすべての醸造工程が終り、あとはボトリングするだけという状態までワインを仕上げてから必要に応じて酸量を調整する方法です。この時の方法は主に化学的除酸です。
ところがワインが完成してからの除酸はワインに含まれる抽出物 (エキス) まで取り除く可能性が高く、酸の量だけに留まらない範囲でワインの味や風味に影響を及ぼします。そうしたネガティブな影響を避けるためには発酵前にまずは化学的除酸である程度の酸量を規定してしまうのがいいのですが、そうすると今度は発酵工程中に思わぬ除酸が追加でかかってしまい、出来上がりが事前のイメージと大きく乖離してしまう可能性が出てきます。
ここをどう調整するのかに醸造家の手腕がかかってきます。
美味しいワインに適切な量の酸は欠かすことができません。その絶妙なバランスを狙いすまして調整をかけていくことは一筋縄ではいかない、醸造の醍醐味の1つでもあります。