コラム

安ワインとコスパワイン | 造り手の視点から

今の世の中、美味しいものを食べたり飲んだりしたいけれどあまりに高いのはちょっと困る。そう思う方は少なくないと思います。

お手頃なお値段で美味しいものに出会えたなら嬉しいし、それが安いと感じられるものであればなお嬉しい。生活に直結するだけにそのものの価格はそうそう無視できない要素です。

ワインにしてもやはりそう。

世の中で有名なワインはぜひ飲んでみたいと思わせてくれるものの、その価格からとても手が出せないボトルが多くあります。しかもそんな印象が先入観となってワインは高いもの、と思われている場合も少なくありません。

そうした状況の裏返しなのか、最近では安旨ワイン、高コスパワインと銘打たれたワインがスーパーや量販店で紹介される機会が増えています。

とはいっても、安いだけならともかくコストパフォーマンスの高いワインを見つけることはそう簡単ではありません。なにより、外見で判断が付きません。しかも価格戦略には流通を含め、いろいろな思惑が入り込んでいます。そこをすべてカバーすることはできません。

今回はワインの造り手の立場から、安いワインとコストパフォーマンスの高いワインを考えてみます。これを手掛かりにお得なワインを探してみてください。

なおこの文章では「安いワイン」は値札の価格が安いことが前提ですが、「コストパフォーマンスがいいワイン」は必ずしも値札上の価格が安いことを前提とはしていません。

記事の前提

本題に入る前に少しだけ、この記事の前提を書かせてください。

一般に安くワインを造る方法は、その他の製品の場合と変わりません。つまり、大量に、同じものを、一度に作る。そのための製造設備を導入し、マニュアルベースで決められた無駄のないプロセスを通して、予め決められた品質のワインに仕上げる。完全なる設備産業、スケールメリットの世界です。

これが一番安く作れます。世の中に流通している安いワインにもこうして作られているものが多数、存在しています。

一方で、今回の記事で扱う「安いワイン」はこうした大量生産品を含みません

私自身がこうした大量生産プロセスに直接関わった経験がないのも理由の1つですが、大量生産していないワイナリーに属する生産者としての視点からの方が面白いと思うからです。ですので、世の中にありがちな「安いワイン = 工業製品」の枠組みからは一度離れてください。安ワインといっても、輸入ワインでありながら日本国内での販売価格が数百円、というボトルが前提でのお話しではありません

ワイナリーに訪問して買うとしたら安いワインとコスパのいいワインはどう違うのか、が今回のテーマです。

メモ

安く大量に造られるワインには忌避感をお持ちになる方も多いと思いますが、そもそも工業製品的に大量生産されたワインはヘタな個人醸造家が造ったワインより品質が安定し、むしろ高品質といえる場合も少なくありません

> 安いワインと頭痛の関係 | ワインあるある

安いワインと高コスパワイン

通常、ワインの値段と品質の間に相関関係はさほどありません

それでもワインを造っている立場からみると、安いワインとコストパフォーマンスが高いワインは時として同じ枠組みに置かれます、時として全くの別物となります。

なお醸造家として自分の名前の元に造って売っていますので、安いワインだからといって「安かろう悪かろう」でいいわけはなく、最低限度、自分の名前と共に供されて恥ずかしくない品質であるのが前提です。

実はこの前提に立つと、この両者の間に品質面での大きな隔たりはなくなります。なぜでしょうか。ワインの価格の幅は広く設定できても、醸造家のプライドの幅は極端に狭いからです。

狭いプライドの範囲で品質を管理すれば、最終製品の品質のブレが小さくなるのはある意味で当然です。

これが安いワインとコストパフォーマンスの高いワインが同じ枠組みのワインである、とする理由です。どちらも価格以上の品質が保たれていれば、それはどちらも変わりなくコストパフォーマンスの高いワインです。

ではこの両者が全くの別物となる理由はなんなのか。その話に進みましょう。

安いワインが安い理由

想像してください。100gで1万円するお肉を使って一皿700円の料理は作れるでしょうか?

出来なくはない、かもしれません。が、正攻法ではほぼ無理でしょう。

ワインも同じです。原価率はワイン造りにもおいても無視できない価格の決定要因の1つです。つまり、安いワインを造るためには高いブドウは使えません

ここで気になるのが、「高いブドウ」ってなんだろう、です。

ブドウの価格を決める要因はいくつかあります。その中でも代表的な要素が以下の4点です。

  • 品種特性による収量の多寡
  • 栽培コスト
  • 畑の値段
  • 面積あたりの収量

極めて話を単純化すると、価値の低い畑で人手をかけずに機械化をして収量の多い品種を使って面積当たりの収量を最大化してやれば必然的にブドウの価格は下がります。ここで重要なのは、下がるのはブドウの「価格」であって「価値」ではない点です。

出来の悪いブドウ、つまり「価値の低い」ブドウを我々は必要としていません。「価値」は一定水準以上を保ったまま「価格」を引き下げることが重要です。

こうしたオペレーションを同一畑内で行うのは不可能ではありませんが無駄が多くなります。このため、多くのワイナリーが安いワインを造るための畑を予め決めています。これは上記の「畑の値段」の観点からも大事です。

制度はなくても畑は順位付けされている

最近ドイツでもワイン法が改正されることになり、従来の収穫時果汁糖度に基づく等級ではなく、フランスのAOCに近い、畑の等級に基づく格付けに変更されます。こうした動きはVDPをはじめとしたドイツ国内のワイン生産者団体ではすでに独自に取り入れられていた制度でもあります。

一方でこのような制度などなくとも、畑の順位付けはすでにされていました。

誰も日当たりも風通しもよく、高品質のブドウが育てられることが分かっている畑で安いブドウを栽培しようなどとは考えません。また、そんな畑では出来上がるブドウは自ずと高品質になります。それなりのブドウ栽培には自然と「それなりの畑」が選ばれるものです。

この視点からすれば、コストパフォーマンスが高いワインとは価格は比較的安いのに「それなりの畑」ではない畑で収穫されたブドウを原料に使ったワイン、前述の例でいうなら100gで1万円するお肉で作られたにも関わらず700円で提供されているお料理です。

関連

最近は気候変動の影響を受け、かつての「それなりの畑」が「それなりではない畑」になりつつあります。この点からもこれまでの「それなりの畑」で栽培されたブドウを使って造られたワインの品質は上がる傾向にあり、コストパフォーマンスはよくなっているともいえます。

> ワイン造りを取り巻く環境 | 果たして変わらないものはあるのか

安いワイン造りの実情

筆者が属するワイナリーはVDPという生産者団体に加入しています。このため当ワイナリーにおける「安いワイン」を造るための畑とはVDPの格付けから外れた畑です。収穫されたブドウの品質も、そのブドウから造られたワインの品質も関係ありません

その畑で収穫されたブドウから造られたワインは、安く販売されます

確かに畑では面積当たりの収量を多少多く設定しています。手作業による収量制限もほぼしていません。一方で、それ以外の栽培作業はほとんどその他の畑と同じように行っています。

安いワイン用の畑だから防除の回数を1回減らす、なんてことはしませんし、カバークロップの管理も同じようにします。大きな違いは機械収穫か手収穫かくらいです。

これは醸造所内でも同様です。

安いワイン用のワインだから各種管理で手を抜くことはなく、同じように管理します。もちろん原材料の時の同様にコストの高い醸造手法を採用することはできませんが、そのためにワインとしての質が下がることはありません。通常レベルにおける醸造面での違いを強いてあげれば、ボトリングの時期が他のワインよりも早いため、確実に醗酵を終わらせられるように乾燥酵母を使うことが多くなります。しかしこれすらも絶対のルールではありません。

> 低コスト醸造が生み出すもの | 安いワインの含有成分を考える

ところで、皆さんは安いワインで畑名や地区名がラベルに書かれているのを見たことはあるでしょうか。

おそらくないと思います。これが安いワインが安いもう1つの理由であり、安いワインとコストパフォーマンスの高いワインが区別できる理由でもあります。

醸造家がみた高コスパワイン

セカンドラベルをご存じでしょうか。

フランスでは明確な定義づけもあるようですが、ここではもう少し緩く考えます。

例えばVDPのグローセスゲヴェックス (辛口ワインとして格付けが最も高いものです) 用の畑でとれたブドウの全てが最高品質に適しているわけではなく、その中の一部を選別し、残りのブドウを使って造ったワインは多くの場合、セカンドラベルに属します。これとは別に、高品質のブドウを選別して造ったワインが2000L出来たけれど、グローセスゲヴェックスとしては1000Lのみをボトリングする場合があります。

この残りの1000Lを使ったワインもある意味でセカンドラベルです。

こうしたセカンドラベル群に属するワインほどコストパフォーマンスの高いワインはないのではないでしょうか。なにしろ原料は100gで1万円のお肉です。

価格が相対的に低く抑えられているワインに原価の高いブドウを使う際の考え方は極めて単純です。

制度の有無に関わらず、ワイナリーでは畑の順位付けが行われていることはすでに書きました。そうした中で、上から順番にいいものを価格の高いワイン用に引き当てていきます。必ずしも全量が引き当てられるわけではなく、上のものの残りは下のクラスに引き当てられます

そして、下のクラス、つまり販売価格の安いワインほど1つあたりからの引き当て量が減って種類が多くなる、もしくはまったくなくなります。

一方で上のクラスから引き当てることを前提に造られているワインもあります。

注目すべきはどれだけの種類と量が引き当てられたのか、もしくは全く引き当てられなかったのか、です。

筆者が造るワインの事例を参考に説明します。

安いワインのRiesling trocken、高コスパなテロワールワイン

我々のワイナリーではVDPの定める基準に基づいてワインのカテゴリーを分けています。

VDPでは畑の格付けに基づいてワインの等級を次のように定めています。

VDP. GROSSE LAGE: 特級畑に指定されている畑で収穫されたブドウを使って造られたワイン (収穫量: ~50 hl/ha、手摘み)
VDP. ERSTE LAGE: 一級畑に指定されている畑で収穫されたブドウを使って造られたワイン (収穫量: ~60 hl/ha、手摘み)
VDP. ORTSWEIN: 一定の範囲 (自治体・市町村) に所在している畑から収穫されたブドウを使って造られた、いわゆる村名ワイン (収穫量: ~75 hl/ha)
VDP. GUTSWEIN: ワイナリーが所有している畑から収穫されたブドウを使って造られたワイン

先にご紹介した安いワインを造るための畑から収穫されたブドウで造られたワインは、収穫量やブレンドの状況に応じてORTSWEINであったりGUTSWEINであったりします。

上記に区分に加えて、我々はTERROIRWEINと銘打ったワインカテゴリーを持っています。

今回ご紹介するのは、GUTSWEINであるRiesling trockenとTRROIRWEINであるGrünschiefer Riesling trockenです。それぞれの価格はRiesling trockenが9.9ユーロ、Grünschiefer Riesling trockenで14.4ユーロです。

オンラインショップ: Weingut Prinz Salm

Riesling trockenは「安いワイン用の畑」をベースに同じ地域に属するすべての畑のブドウがブレンドされる可能性がありますが、場合によっては全くブレンドされない可能性もあります。一方でGrünschiefer Riesling trockenでは2つの畑のブレンドで固定です。しかもその畑はグローセスゲヴェックス用の畑であるFelseneckとVDP.ERSTE LAGEであるRitterhölleです。ちなみにこの2つの畑の間の距離はおよそ2㎞、どちらも同じ緑色粘板岩土壌に属する畑です。

それぞれの畑名のワインの価格はFelseneckで36ユーロ、Ritterhölleで23ユーロします。ドイツで売るドイツワインの価格としてはどちらも決して安くはありません。

この2つの畑でとれたブドウをブレンドしたGrünschiefer Riesling trockenは、畑だけで見れば決して安く売るようなワインではないのです。

確かにそれぞれのワイン用で収穫時期を微妙に変えたり、醸造方法を変えたりはしていますが、収量制限をはじめとした各種栽培方法に差はありません。そして往々にしてグローセスゲヴェックスとして造ったワイン、Erst Lageとして造ったワインのうち、余ったワインもこのワイン用に使われています。使われているブドウが所属する畑やそこらか得られる品質から考えれば、Grünschiefer Riesling trockenがいかにコストパフォーマンスが高いか、お分かりいただけるのではないでしょうか。

ワイン醸造における工程を考える限り、各ワイナリーには少なからずこうしたワインが存在しているはずです。

こうしたワインは畑単体の特徴は見えにくくなりますが、基本的な品質は高く、まさにセカンドラベル的存在で造り手からすれば特別なプレゼントみたいなワインです。

今回のまとめ | コストとパフォーマンスと属性の平均化の度合い

一般的な傾向として、価格の安いワインほどそこに使われているブドウの属性が多様になります。多くの畑が混ざり、多くの品質が混ざり、多くの生産者が混ざります。場合によっては多くの品種さえ混ざることがあります。

多様な属性を集め、ブレンドすることで1つの属性が単体で持つ特徴は薄まり、平均化されます。

属性のブレンド比率が高まり、特徴が平均化したからといって品質が下がるわけでも味が悪くなるわけでもありません。多くの場合、尖った特徴がなくなるのでむしろ飲みやすくなります。

しかしワインの世界では平均化の度合いと価格は逆相関の関係にあります。その視点からは、平均化の度合いが相対的に高いワインが安いワイン、平均化の度合いがそこそこで価格は低めに抑えられているワインがコストパフォーマンスが高いワイン、と言えるのではないでしょうか。

私も自分でワインを造っていて、このワインがこの価格とは随分とお得だな、と感じる時があります。その理由はその時の状況によって様々ですが、こうしたその時々の「訳ありワイン」を探してみるのも面白いと思います。何よりも、こうしたワインは大抵の場合、コストパフォーマンスが非常にいいワインでもあります。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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