コラム

とても楽しい時代に生きている | アルコール度数はTerroirを表すのか

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ワインに関わると避けることのできない単語というものがいくつかあります。残糖量、酸度といった味を表すものから、アロマ、ニュアンスなどといった香りを表す単語。これ以外にもきっと、いくらでも、それこそ時間が許す限り数多くの単語があげられるのではないかと思います

 

そんな中でも筆頭格なのが、「Terroir (テロワール)」ではないでしょうか。

 

「Terroir (テロワール)」とは今さら言わずと知れたフランス語の語彙で、これに相当する言葉は日本語にも英語にもないと言われています。ドイツ語にもありません。少なくとも一語で同じ意味合いを表すことは出来ません。それだけに他言語圏の人には言葉の持つ正確なニュアンスが分かりにくく、訳出しが人によって少しずつ違っていることも珍しくない単語です。

ある意味においてワイン業界内で使われる「ミネラル」という単語と似通ったところのある単語でもあります。

そんな揺らぎを含む単語でありながらも、それでもこの単語はワインにおいては重要な意味を持つとされています。場合によってはTerroirこそがワインの個性そのものである、とされているケースもあります。

 

ワインを造っていると、このTerroirというものをどう捉えるのか、ということを考えることがよくあります。この「どう」とは、その変化を受け入れられるものなのか、逆に、受け入れられないものなのか、という意味です。

 

Terroir (テロワール) とはなんなのか

エノテカさんのWebサイト、ENOTECAonlineに掲載されている紫貴あきさんのコラム、"ワインの味を決める重要な要素「テロワール」とは?"にこのTerroirという単語についての解説が書かれています。

ワインの世界では「テロワールTerroir」というフランス語がよく聞かれます。この言葉を辞書でひくと「風土の、土地の個性の」と記されていますが、もっと身近な言葉でいえば「ブドウ樹をとりまく環境すべて」ということができるでしょう。

その中には気候タイプ(年間を通じて乾いているのか、雨が多いのか等)もあれば、土壌の個性(砂利質土壌もしくは肥沃な土壌なのか等)、地形の特徴(斜面なのか平地なのか等)ということがあげられます。

このテロワールは国といった大きなレベルで語られることもありますが、地方や地区という比較的小さめのレベルでとらえられることもあります。極端に細かいレベルでは畑でテロワールの違いを語る専門家も中にはいるほどです。

 

また別の解釈ではここにさらに造り手を加えることもあるそうです。日本風に言えば、Terroir = 天地人 という受け取り方をされているようです。

 

Terroir (テロワール) は変化するものなのか

一般的にワインで話をする限りにおいてはTerroirというものはそのワインを特徴づける、ある固定的な個性である、と認識されているのではないかと思います。

実際、Terroirの意味として含まれる天候や土壌、地形というものはそうそう簡単に変わるものではなく、長期間に渡って一定した環境を提供します。こうした安定して続いてきた環境中で連綿と造られてきたワインだからこそ、その環境内で一致した方向性や特徴を持ったものになってきたといえるのでしょう。

いわば、ボルドーらしさであり、ブルゴーニュらしさです。もしくは伝統、と言い換えてもいいかもしれません。

 

この意味でワインの中に感じるTerroirというものは"Typicité (ティピシテ)"という言葉に通じるものがあります。

この"Typicité (ティピシテ)"という単語もフランス語の、ほぼワイン専用に使われる単語です。意味は英語のtypicality / typicity、つまり「特徴、個性」です。これは「その土地らしさ、その品種らしさ」であり、さらには「典型的」であり「らしさ」であり、さらには「らしさへの期待値」でもあります。

このTerroirで造られたワインなのかだから、このようなワインであるはず、もしくはこのようなワインであるべき、という認識へとつながっていくものです。逆に言えば、そういう位置づけにあるものがそう簡単に変わってしまっては困ります。今年のブルゴーニュらしさはこうだけど、去年のブルゴーニュらしさはこうだった、なんて会話はちょっとしにくいものです。

 

アルコール度数はTerroirなのか

簡単には変わらないTerroirに守られ、形作られたTypicitéは変わらないものと思われがちです。しかし、この状況が変わってきています。そのことがワイン造りの現場にいるとよくわかります。その代表的なものが、ワインのアルコール度数です。

 

このサイトの過去の記事でも何度も気候変動による温暖化の影響でブドウの生育状況に変化が出てきていることには触れてきました。「優良畑はいつまで優良か | ブドウ畑の立地」という記事では近年、ブドウ畑の持つ特徴の受け取り方に変化が出てきていることを書きました。

優良畑はいつまで優良か | ブドウ畑の立地

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かつて優良とされたブドウ畑では近年、ブドウの生育状況が良くなりすぎる傾向にあります。この結果、ブドウの糖度蓄積と生理的熟成との間の乖離が大きくなってきており、総合的にみるとブドウの品質が下がる傾向になりつつあります。風味を持ったブドウを収穫しようとすると果汁糖度が高くなりすぎ、発酵後のアルコール度数が高くなりすぎるのです。

ワインの特徴とは、バランスです。

TerroirからもたらされるTypicitéにしても、その土地、その気候で熟して収穫されたブドウだから表現できるバランスのことを指しています。ですので、仮にアルコール度数が従来以上に高くなってしまいそのバランスが崩れてしまうことは、Terroirからの逸脱を意味します。そうしたワインは「らしく」ないのです。

 

特にワインにおけるアルコール度数の変化はワイン全体に対して少なくないインパクトを与えます。

アルコール自体が甘さをもっていることに加えて、ワインに含まれる芳香性成分の溶解度が変わりますので香りの立ち方が明確に変わります。この点においてアルコール度数の変化はワインの中に表現されるTerroirを破壊するネガティブな要因です。

 

ワインのTerroirは生き残れるのか

アルコール度数の変化がワインにとってマイナスに働く可能性が高いことは分かりました。悩ましいのは、アルコール度数の上昇とはブドウの熟度と切り分けて話すことが出来ない点です。

 

すでに書いてきたように、気候変動の影響でブドウの表面的な成熟は速くなっています。つまり、ブドウの房は従来よりも速く甘くなります。

この一方で、生理的熟成の速度は従来とあまり変わりません。このため、十分な生理的熟成が成されてはじめて出てくる風味やニュアンスを得るためにはブドウの糖度の蓄積は許容するしかありません。しかしそうするとアルコール度数が上がります。アルコール度数が上がると味も香りも変わります。

 

十分な生理的な成熟が得られない状態ではワインは十分に従来のTerroirを、Typicitéを表現することは出来ません。

一方で十分な生理的熟成を得ても、やはり本来のTerroirもTypicitéも表現することが出来なくなります。

 

現在のワイン造りの現場はいわば、八方ふさがりの状態です。我々造り手だけではなく、飲み手もまた、何かを捨てる決断をすることを迫られています。その「何か」とは伝統であり、Terroirであり、そしてTypicitéです。

 

醸造家はどこを見て、何を捨て、何を残すのか

アルコール度数の高いワインからアルコールを除去することは技術的に可能です。逆浸透膜やスピニングコーンと呼ばれる装置を利用することで実現できます。一方でこうした手法は極めて科学的で、人工的です。この手段を取るのであれば、我々は「伝統」を捨てる必要があります。その一方でTerroirは守られます。

これに対して、アルコール度数を抑えられる果汁糖度での収穫、もしくはアルコール度数が上がることを許容して生理的熟成を待っての収穫をするのであれば、我々はこれまでの「らしさへの期待値」を変えなければならなくなります。つまり従来のTerroir、もしくはTypicitéの放棄です。

 

今はまだ、栽培手法の工夫などでかろうじて極端な決断をしなくとも済んでいますが、それでも少しずつ、造られているワインは変わってきています。今の時点でも、小さな変化を積み重ねた結果造り手も飲み手も慣れてしまって気付きにくくなっているだけで、例えば10年前のTerroirが表現していたものとは全く別のTerroirが表現されているはずです。

 

ワインを造っていれば、ブドウを育てていれば、その状況が少しずつ変わってきていることは分かります。その結果、従来の「らしさ」からは離れてきていることも分かります。逆に言えばそれこそが「今の」Terroirであり、Typicitéです。しかしワインに求められているものはそうした変化ではないことが往々にしてあります。人々の持つ「らしさの期待値」だけが変わらないからです。

 

我々、ワインを造る立場にいる人間はこうした状況にどう反応するべきでしょうか。

これは醸造家が飲み手に、世間の潮流にあわせるべきだ、という単純な話ではありません。我々造り手こそが便利に使いまわしてきた、TerroirやTypicitéという言葉をどう受け止めるのか、どう定義しなおすのか、という自己の再認識の問題です。造り手がこのワインはこうあるべきだ、と定義をしなければグラスの中にはなにも表現されません。

我々が何に拘り、何を捨てるのか。そしてその結果をどうやって世の中に見せるのか。

それこそが今、試されている。そういう類のお話しです。

 

終わりに | とても楽しい時代に生きている

我々は今、とても楽しいワインの時代に生きています。

 

醸造家は今、一つの決断に迫られています。

どんな有名なシャトーもドメーヌも生産者であっても、もしくは名もなき一人の醸造家であっても。誰もがその立場に関係なく、またその決断を避けることもできません。全員が等しく同じ問題に直面し、自分自身の決断をすることを迫られています。

その決断を見届け、その答えをグラスの中に直接見ることのできる我々は、今、とても楽しいワインの時代に生きているのだと思います。

 

ワインがテロワールだという時代は、今になって急速に過去のものになろうとしています。

もちろん、今でもワインはグラスの中にテロワールを表していはいます。しかしその中身が変わりつつあります。かつての栄光を夢見るように、かつて言われていたテロワールの「らしさ」を一生懸命に覚え、その影をひたすらに追いかけていくワインのスタイルは今後、いつまで通用するのでしょうか。

 

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