コラム

地理的表示とワインの価値

ワインの出身地とそこに由来する特徴を保証する地理的表示。GI (Geographical Indication) とも呼ばれます。

国や地域、産地で細分化されているので覚える対象が多く、すべてをきちんと把握しようとすると大変です。

しかし一度覚えてしまえばワイン選びにも役に立つ場面が多い知識です。資格の受験を考えたことのない方でも興味を持って調べた経験をお持ちの方は少なくはないのではないでしょうか。

地理的表示の有無は数多くのワインが並んだ棚の中から自分の好みに近いタイプのワインを選び出すための手段の1つとなります。より限定された範囲内で、一定のガイドラインに則って作られた産品は、多くの場合で似たような特徴を持つからです。

一方でこうした地理的表示は生産者にとってもいくつかのメリットを提供してくれます。そのなかでも最大と思われるのが、価値基準の設定。地理的表示に基づく格付け制度です。

この制度がもたらすメリットとデメリットはすでに以前から指摘されています。またデメリットに対する動きの1つとしてイタリアのスーパータスカン (スーパートスカーナ) が紹介されることもあります。地理的表示に基づく格付け制度のデメリットとは、地理的表示範囲に指定されない畑や地域を無条件に(地理的表示の適用範囲においては)価値の低いもの、としてしまう点にあります

こうしたデメリットがありつつも、地理的表示の制度内で物事を運用する限りにおいては格付けの高い表示範囲を取得できればそこからの産品は無条件に高格付けのものと機械的に判断される事実はこの制度の持つ大きなメリットです。そこに品質や味、独自の特徴を考慮する必要、もしくは手間はいりません。

これは言うまでもなく、制度的な意味で限定された特徴の評価をより一般的な意味での品質や価値に置き換えてしまっているがために生じる誤謬です。

GI制度は「定める地理的表示範囲の範囲が狭くなればなるほどその範囲からもたらされる特徴が色濃く出る」ことを指して、その特徴の内容的な良し悪しではなく、特徴がピュアであることを評価しています。つまり、純度が高いかどうかが判断基準です。純度が高くなった結果もたらされるものについては判断していません。

とはいっても価値とか品質とかと言われてしまえばそこをいちいち内容的に区別して判断したりはあまりしません。加えてシステム上の根底的なルールが地理的表示による格付けに基づいているのであれば、そんな必要さえありません。

結果、品質に対する誤謬は誤謬ではなくなっていきます。

地理的表示範囲の持つ高格付けを継承したワインは評価も値段も高く、そうした由来を持たないワインは相対的にお手頃な価格になっていく。これは今のワイン業界において多くの産地で見られる光景です。

しかしワインを造っていると思うのです。そうじゃないんじゃないないか、と。

今回はそんなお話です。

地理的表示 (GI) とはなんなのか

これまですでに「地理的表示」という単語が何度も出てきました。

地理的表示とは言ってみれば「地域ブランド」と強く結びついた考え方です。「ご当地ブランド」の「ご当地」の部分、といってもいいかもしれません。日本では主に農林水産省が管轄しているらしく、地理的表示に関する公的な意味は主にここからの公表書類内に見ることができます。

農林水産省食料産業局知的財産課が公表している文章「地理的表示保護制度について」によれば、地理的表示は以下のように説明されています。

地理的表示とは,産品の品質や社会的評価等が当該産地と結び付いていること及び当該産地を特定することができる産品の名称の表示のこと

農林水産省食料産業局知的財産課「地理的表示保護制度について」より引用

またこうした地理的表示を保護する制度としてのGI保護制度についても同省のWebサイト上で次のように説明されています。

地域には、伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついている産品が多く存在しています。これらの産品の名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する制度が「地理的表示保護制度」です

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/

地理的表示は何もワインに限った制度ではなくいろいろな産品に対して適用されています。そうした中でも特にワインとの関連性が強く印象に残りやすい理由は、ワインの持つテロワール (Terroir) 主義と直結した考え方だからといえます。

地理的表示に舵を切ったドイツのワイン法

EUに加盟している各国にとって地理的表示制度は極めて身近で一般的なルールです。EUではEU法として地理的表示制度を持っており、加盟国は原則としてこの動きに沿って自国内の法制度を整備しています。

これに対して、全く別の方針に基づいてワイン法を整備している国がありました。ドイツです。

ドイツでは地理的表示範囲の格付けに基づくワインの格付けを行わず、ブドウを収穫した際の果汁の糖度に基づいて格付けを行う独自の法体系を維持してきていました。EUとの連携の一環として13の産地を制定し地理的表示を行う対応などはされていましたが、考え方の根本は場所ではなくブドウにおかれていました。

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これが2021年から変わりました。ワイン法が地理的表示をベースにしたものに改定されたのです。

新しいワイン法は2021年から5年間の移行期間をおいて適用される予定となっています。つまり、2026年からはドイツで生産されるすべてのワインにおいて表示方法が地理的表示範囲に基づいたものに変わることになります。

こうした動きは確かに大きな変化ではありますが、特別なものではありませんでした。VDPと呼ばれる生産者組合では以前から独自に地理的表示制度に基づいたルールを設定し運用していましたし、それ以外の生産者団体でも多くの団体がやはり地理的表示に基づいた独自のガイドラインを持って活動をしていました。

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今回注目すべきは、制度が一新されることではなく、今までは特定の団体内でしか適用されなかった判断基準が一般の判断基準として適用されるようになる、という点です。

今までは個別に説明が必要だったり、もしくはそこにある価値内容の翻訳が必要だったりした事柄が、そうした対応をすることなく共通認識のもとに「価値あるもの」と判断されるようになる事実は歓迎すべき点です。

一方でこの動きは言ってみれば、ワインの本質的な意味での品質や価値への判断をより狭いものとするものでもあります。

ワインの価値はどこで判断されるのか

VDPに加入しているワイナリーにとってワインの価値を判断する上で最も重要で、かつ最も簡単な方法。それが畑の所在です。

VDP. Grosselageに認定されている畑から収穫したブドウを使って造ったワインが最も価値が高く、売値も最も高くなる。この判断をするのに何かを考える必要はありません。

逆にもっとも販売価格が安くなるのが、やはり考える必要もなく、VDPによる認証を得ない畑やそうした認証を表示できない状態にブレンドされたワインです。この運用は極めて単純です。高い格付けを持つ地理的表示範囲の指定畑だから。もしくはそうではないから。理由はこれだけで十分です。

出来上がったワインの味がいいから、香りがいいから、価値が高い、価格が高い、ではないのです。むしろ現実はこの逆で、高格付けが約束されており販売価格も高くなる前提のワインだから栽培にも醸造にもお金をかけ、結果出来上がるワインの品質が上がっています。格付け制度の裏側では、出来上がるワインの価値はすでに事前に決められているのです。

結果的なモノだったとしても格付けと造られるワインの品質が釣り合っているのであれば、なにも問題はないと思われるかもしれません。確かに格付けがつく前提のワインであればその通りです。むしろ目を向けるべきは格付けのつかない前提のワインです。ワインの品質は栽培や醸造にかけたお金の額に100%比例するわけではありません。それほどのコストをかけなくとも非常に高い品質のワインが造られる場合も多くあります。

むしろ格付けのつくワインはある意味においてはこだわりの産物になるため、余計なコストや手間をかけないワインの方が全体のバランスや一般的な酒質では勝っている場合もあります。

地理的表示範囲に入らない畑だからといってそこから収穫されるブドウの品質が必ずしも高格付けの畑よりも低い、などということはありません

しかしこうしたブドウやワインには高い値が付きません。値段や価値の根拠となる格付けや表記が何もないからです。

そうした根拠がないので買い付ける側も値段は出しませんし、売る側もそうしたものとの前提の価格しかつけません。格付け制度が判断基準としてのすべてを担ってしまっているがゆえに、そこから逸脱した点には目が向けられません。本来であれば最も注目されなければならないはずの部分さえ、格付けに代替されてしまっています。

価値は格付けや肩書に対して認められ、お金はそれに合わせて払われています

今まではこうした格付けは同様のシステムを持つ団体内だけで判断基準として使われていました。確かに同一団体内では格付けに基づいて判断されていましたが、団体外とは格付けが必ずしも共通言語とはなっておらず、別の判断基準が使われることも多くありました。しかし、格付けのシステムがこうした団体の外に広がり一般化していくと今度はすべての判断が格付けに基づくことになります。

地理的表示は確かに分かりやすいものです。それが広域の範囲だけを示すような制度内容であれば弊害もないでしょう。

しかし地理的表示が格付け制度と一体化され、その地理的表示が品質の全てのように認識されてしまえが話が変わります。醸造家はワインを造っているのであって、畑名を売っているわけではありません。むしろ地域や畑の評価は自分の功績でも何でもありません。後から勝手につけられたレッテルでしかありません。にも関わらず、そのレッテルで価値が評価される。それでいいのか、と思わずにはいられません。

一人の造り手としてはそんなレッテルがない場所で作り上げた価値をこそ見せるべき。そう思います。

そのためには地理的表示が必ずしもいいものだとは少なくとも私には思えないのです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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