コラム 栽培

ワイン造りを取り巻く環境 | 果たして変わらないものはあるのか

10/24/2020

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https://note.com/nagiswine/n/n318398622cee

同じ畑で収穫された同じ品種のブドウを使って造った収穫年違いのワインを飲み比べてみるテイスティングの方法を、「垂直試飲」といいます。この垂直試飲の目的は2つです。

1つは新しい年のワインと古い年のワインとを比較して、その畑のブドウから造られたワインの熟成の仕方や癖を知ること。そしてもう1つが、各年の気候の違いなどがブドウに与えた影響と、その結果としてワインにどのような違いが出たのかを知ることです。

私はワインを造っている仕事柄、この垂直試飲を比較的よく行います。そうした中で、最近、自分はこの垂直試飲を通して一体何を比較しているのかと疑問になることがあります。

もちろんこうした試飲をする際の、その都度の目的は明確です。

熟成度合いであったり、過去の似たような天候の年との比較であったり、造るワインのスタイルを決めるうえで重要な指標を知ろうとしています。しかし本当にその違いにフォーカスできているのか、分からなくなる時があるのです。

こうした比較は比較したい項目以外の点では差がないことが理想です。何もかもが違ってしまっていては、何を比較しているのか分からなくなってしまうからです。

Terroirは変わらないのか

ワイン業界で避けて通ることがなかなか難しい単語の1つがTerroir (テロワール) です。このサイトに掲載している記事でも何度も出てきています。

このテロワールという単語をWikipediaで調べてみると、

もともとはワイン、コーヒー、茶などの品種における、生育地の地理、地勢、気候による特徴を指すフランス語である。 同じ地域の農地は土壌、気候、地形、農業技術が共通するため、作物にその土地特有の性格を与える

と書かれています。

この”同じ地域の農地は土壌、気候、地形、農業技術が共通するため、作物にその土地特有の性格を与える"ため、私たちも垂直試飲を通して熟成の違いであったり気候の違いであったりを比較できます。

テロワールを構成する3つの要素の内、気候を除く2つの要素が変わらない、との前提があるからです。

しかし、最近はこの「地形」と「土壌」の2要素が本当に不変のものなのか、疑問に感じる機会が増えました。これらの要素も実はすでに変化していて、それがワインの味に影響しているのではないかと、感じるのです。

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ブドウ栽培の観点から見れば地形も土壌もその役割を変えてきている

先程上げたTerroirを構成するとされる3つの要素のうち、気候がすでに大きく変わりつつあることは自明です。この変化は異常気象という形で我々の目に見える変化として現われてきています。

これに対して地形や土壌はその姿を変えていないように思えます。

本当にそうでしょうか。

例えば地形です。

確かに地形が大きくその姿を変えることは稀です。畑でいえば、大幅な改良工事でもしない限りは地形が変わったように認識するのは困難です。ところが、過去の記事「優良畑はいつまで優良か | ブドウ畑の立地」で書いたとおり、畑の地形や所在地がかつて持っていた意味は変わりつつあります。

優良畑はいつまで優良か | ブドウ畑の立地

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畑の地形や位置といった枠組みを構成する部分には変化はないのに、その中に描かれている風景は大きく変わってきています。

またこれは土壌にも関わることですが、地形は風化の影響によって成り立っています。そしてこの風化の程度に大きな影響を及ぼすのが天候です。つまり、気候が変わりつつある現在、その影響をうけて成り立っている地形もまた超長期的な視点に立てば変化の過程にあるのです。

より大きな影響を受ける「土壌」

土壌もまた、変わらないものとして受け止められることの多い対象です。

どこの村の土壌は粘土質だから、あの地域の土壌はスレート分が多いから、だからワインはこういう味になる、といったワインのコメントを耳にされた経験がある方も多いのではないでしょうか。しかしこの土壌こそ、より大きな変化を見せていると筆者は考えています。

ワイン用のブドウ栽培を起点に土壌を考える場合、その視点は次の2つに大別されます。

  • 構成
  • 効果

構成とは文字通り、その土壌の構造です。そして効果とはその土壌の果たす役割です。ブドウの生長に与える影響、といってもいいかもしれません。

土壌の持つ効果は、その構成によってもたらされています。このため、構成が変われば自ずと効果も変わってきます。このいい例がまさに我々がよく口にする、土壌の種類の違いによる土壌としての特徴の違いであり、そこからもたらされるとされているワインの味の違いです。

一方で、同じ構成の土壌であってもその効果が変わることがあります。今はまさにこの両面から同時に土壌の持つ意味が変わりつつあります。それぞれを見ていきましょう。

変わる土壌の構成

土壌は3種類の要素で構成される土から成り立っており、その構成比率の違いで土壌自体の種類が区別されています。非常によく混同される点ですが、土壌と地質は別のモノです。粘土質、砂が多い、というのは土壌のことを指した説明ですが、花崗岩の多い、石灰岩を多く含む、等は地質を表現しています。

土壌というもの」の記事で土壌の構成に触れていますが、土壌とは地面表層部に存在している土、「表土」のことです。これに対して地質とは表土の下に存在する岩石類を指します。

本来土壌は無機物、有機物、気体、液体、生物の混合物として理解されますが、その中でも学問的に土というものを見ていくと、砂、沈泥 (シルト)、粘土の3つの要素の混合物と理解されます。このそれぞれの要素の混合比率に応じて出来上がる土の性質が変わり、異なる土、異なる土壌と判断されます。

そしてこの土を構成する各要素は多くの場合、地質を構成する岩石類の風化を通して得られています。

土壌というもの

日本でワインの紹介する際に、ワインの個性の1つとしてどのような土壌の畑で栽培されたブドウから造られたワインなのかに言及されることが多いように感じます。こういった傾向はもちろん日本だけに限った話ではない ...

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昨今の気候条件の変化に応じて岩石類の風化の程度や状況が変わる可能性があることはすでに書いたとおりです。

つまりここでも地形の時と同様に、土の元となる地質に大きな変化はなかったとしてそこから生み出される土は気が付かないうちにその性質を変えつつあります。そして、土の構成が変わればその混合物として成り立っている土壌も変わります。土壌が変わってしまえば、植物がそこから受ける影響もまた変わってしまいます。

土壌の変化はワインに何をもたらすか

ワイン用ブドウ栽培における土壌の働き、意味については以前「土壌とブドウ、そしてワイン」の記事に詳しく書きました。その内容を非常に簡単にまとめると、土壌のもたらす効果とは樹勢への影響です。

種類の異なる土壌は、土壌が果たす各役割における植物への影響度が異なります。その結果、その土壌で生育されるブドウの樹勢が変わります。

https://note.com/nagiswine/n/n29997248832d

土壌が植物に与える影響の大部分はその土壌の構成を原因としています。このため、構成の異なる土壌同士の比較ではその差がより端的に見えるようになります。

一方でそうした構成の差がなくても土壌の効果が変わるケースがあります。その原因は、気象です。

気候の変化が直接的、もしくは間接的な原因となって土壌に与える影響は大雑把にまとめると以下のものです。

  • 水分供給への影響
  • 保肥力への影響
  • 微生物叢への影響
  • 地温への影響

これらは単体で直接植物に影響を与える部分もありますが、それぞれが相互に影響し合い間接的に植物に影響を与えてもいます。土壌中における有機物の分解や窒素の無機化、ブドウへの吸収効率などはまさにこうした間接的な影響の代表的な例です。

今回はこの中でも水分供給に関わる部分に注目をしていきます。

土壌の構成と水の関係

土が砂、沈泥 (シルト)、粘土の3つの要素の混合物であることはすでに書きました。

いわゆる土壌中ではこの3要素がそれぞれ異なる比率で混合して存在しているわけですが、土の保水力はこの比率でほぼ決まります。粒度のより小さい粘土の割合が多いほどその土の保水力は高くなり、逆に粒度の粗い砂の割合が多くなるほどその土の保水力は下がります。

つまり細かいことを除けば、使える水分量の多い粘土質の土壌ほどブドウの樹勢は強くなり、かつ、果実は糖度が高くパワフルなものが取れやすくなる一方で、砂の多い土壌ではブドウは常に乾燥ストレスにさらされるために樹勢は弱くなり、果実は酸の多い硬いイメージを持つようなモノになりがちです。

おそらくワインをテイスティングするときのコメントもこうした傾向に基づいて書かれるケースが多いと思います。

しかしここに変化が生じ始めており、粘土質の土壌の方が酸が高く硬いものになり、砂の多い土壌の方が軟らかい印象を与えるブドウになりつつある、としたら驚かれるでしょうか。

ただ、これは厳密には正しい指摘ではありません。砂系の土壌のものはほぼ変わらないのに対して、粘土質土壌のものの味が相対的に硬く変わってきている、と表現した方が適切かもしれません。

極度の乾燥がもたらす逆転現象

土壌の保水力はその構成に基づいています。一方で、この保水力の差はその保水能を最大限に使える場合に最大化します。逆に極度に乾燥した環境下ではそもそも植物が引っ張ることのできる水が土壌中に存在しませんので、土壌の構成の如何に関わらず、「水分供給」の面では差は出ません。

注目すべきは、保水能の最大値には届かないものの、ある程度の水分が土壌中に存在しているケースです。

植物は土壌中にある水をいくらでも吸い上げられるわけではありません。

土は保水力を持ちますが、それは言い方を変えれば水を重力に逆らって保持しておく力です。つまり保水力の大きな土ではより強い力で水が土に引き付けられています。ブドウに限らず植物はこの保水力という重力圏内の中でももっとも外側にある、あまり強い力で引き付けられていない部分の水しか吸い上げることが出来ません。前述の通り土が水を引き付ける力の強さは土の保水力に比例していますので、粘土質の土壌になるほど植物が吸い上げられない水の量が増えます。

しかもこの土の持つ水への引力は土の容積水分率に基づいています。天候によって変化しません。

つまり、雨が十分に降ろうが乾燥していようが、土はその保水力に基づいてある一定の量までは水を強く引き付け、それ以上の水分が土壌中に溜まるまで植物には渡さそうとしないのです。

この土が保持しようとする水分量をPWP (Permanent wilting point) といいますが、ある調査によれば構成が100% 砂の土壌と100% 粘土の土壌とではそのPWPには実に5倍近い差があります (Brady and Weil, 2002)。つまり、砂土壌のPWPを上回る一方で粘土土壌のPWPを下回るような水分量の条件下においては本来は水を引っ張りやすい粘土土壌で植物は水を全く得ることが出来ず、逆に砂土壌では通常通りに水を得られる、一般的な知識からすると完全に逆転した現象が生じ得るのです。

またPWPを下回った環境下では植物に関わらずあらゆる対象が水分を得ることが困難になります。つまり有機物の分解などにも支障が出ます。この結果、そこで育つブドウの生育状態や生理現象にも大きな影響が出ます。結果、ワインの味は変わります。

土壌内に存在する水分量がPWPを下回るほどではなかったとしても、その付近に迫る程度の状況下であれば余剰水分量が土壌本来の保水能から期待される値を下回っていることを意味しますので、土壌内における水の獲得競争が激化します。つまり、ブドウの生育、微生物類の活性度などのあらゆる面においてその土壌で達成可能な本来のレベルを満たすことが出来なくなります。その結果、やはりワインの味は「その土壌」という枠組みに対して期待されているものから変わらざるを得ないのです。

気候変動に基づく土壌の変化をどこまで加味するべきなのか

土壌の保水力を例に気候の変動によって土壌もまた変わる対象であることを見てきました。

かねてから不変の対象としてみられてきた地形や土壌もが仮にその枠組みは変わらなかったとしてもその内側や意味の面で変わろうとしています。

変化は急激なものではありません。少しずつ、ゆっくりと、しかし確実におきています。

こうした変化の結果現われるワインの味の変化は、極度の乾燥によるものでもない限り、よほど注意していないと見過ごされてしまう程度のものでしょう。仮に垂直試飲であったとしても、去年と今年、一昨年と今年、程度の比較では明確には知覚できないだろうと思います。一方で、5年、10年、20年の長いスパンで比較する場合には「何かが違う」モノとして感じられるはずです。

問題はこうした違いを感じた時に、その違いの原因をどこに求めるのか、ということです。

長期スパンでの比較では熟成の度合いや造りの変化、単純な意味での気温や天候の違いも同時に拾ってしまうため、それが一時的な違いなのか、長期的な変化に基づくものなのかが分かりません。仮に一時的な違いであるのであれば、天候や気温などの条件が一致していればある程度の再現が可能です。

一方で、長期的な土壌や地形の変化の結果として生じた変化であるのであればそれはもうどうやっても再現することは出来ません。

土壌や地形が不変のものだと考え、その上に立って比較をするのであれば話は簡単です。しかしそれで本当にいいのでしょうか。

自分がグラスの中に何を見て、何を感じて、何を比較しているのか。もしくは比較した気になってしまっているのか。土壌や地形もまた、変化するものである、という視点に立って見つめ直してみてはいかがでしょうか。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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