フランスの公的なカタログ Plantgrape を開くと、2026年時点で Pinot noir だけで48のクローンが並んでいます。カタログは、236 と 386 を「スパークリング向け」、115 を「長期熟成向き」と記しています。同じ品種の中にも性質の違う系統があり、その中から目的に合うものを選ぶ。クローンの存在意義は多くの場合、この性質の違いにあると理解されています。
ところが、今のクローンの制度を支えているのは、その違いではありません。クローンの選抜は、収量や樹の揃いを求めて始まりました。やがてウイルスの存在が知られると、制度の骨格は病気への対策を中心に組み直されます。今の認証制度がまず保証するのは、ウイルスに侵されていないことです。特性の違いは、その土台の上に置かれています。
増やす技術と、管理する制度
ワイン用ブドウにおけるクローンという言葉には2つの意味を見つけることができます。その1つが、病原となるウイルスに汚染されていない原木とその後代です。栄養繁殖によって増殖させるのは同じでも、優れた形質や特徴を選択基準に置く現代的なクローンの理解からみれば、より広義のクローンの在り方といえます。
栄養繁殖とは、種子によらずにブドウを枝から増やす方法です。これは近代の発明ではなく、紀元前の時代から行われていたことを示す研究があります。
フランスの遺跡から出土したブドウの種子の古代ゲノムを解析した研究では、紀元前300〜200年の Martigues の個体と遺伝的に同一のものが、ローマ期の Mauguio と Lattes の遺跡から見つかっています。紀元170〜240年の Limoges の個体と遺伝的に同一のものが、約530 km 離れた Valenciennes の1100〜1200年の層からも見つかりました。仮に種子から生長すれば、それぞれの個体は異なる遺伝型を持ち、何世紀にもわたって同一の遺伝型を維持することは困難です。同じ遺伝型を持った種子が時代や場所を隔てて発見されていることは、紀元前の時代から栄養繁殖が行われていたことの証拠になると考えられています。
この研究では読み取れた配列の量が少なく、クローンが持つような微小な差異までは区別できていません。分かっているのは、おそらく栄養繁殖によって同じ品種のブドウが増やされてきた、ということです。
近代になって生まれたのは増やす技術ではなく、増やした樹を検査し、番号を与え、登録し、流通を管理する仕組みです。そしてこの仕組みが、クローンの概念を生み出しもしました。
苗木産業とウイルス
その仕組みを必要にしたのは、19世紀後半に欧州のブドウ畑を壊滅させたフィロキセラでした。この時、抵抗性を持つ米国系の台木に接ぎ木する方法が対策として広まり、定着しました。台木と穂木には相性があることに加え、2種類の樹を使用しているため全体を種子で増やすことはできません。こうした背景から、品種よりもさらに踏み込んだ、個体が持つ特性の管理が近代のブドウ栽培の一部になったのです。
接ぎ木が産業になると、苗木は栽培家が畑で自ら増やすものから、専門の業者が作って広い地域へ売るものへと変わりました。ここで新しい問題が生まれます。母樹から採った穂木には、母樹が抱えるウイルスがそのまま移ります。苗木が広く流通するようになったことで、ウイルスも同じ経路で広がるようになりました。
Grohs らは、1900年以降の苗木生産を3つの時期に分けています。
1900〜1950年の主題は、台木と穂木の相性を含む、接ぎ木の技術そのものでした。1950〜2000年には、焦点が生産工程の標準化と、ウイルスに的を絞った衛生認証へと移ります。高い衛生水準の母樹を確保して供給する公的機関がいくつもの生産国で設立され、最初の国際的な認証プログラムは1950年代半ばに現れました。2000年代以降、焦点はウイルスからさらに幹の病害へ移っていきます。
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選抜の始まりと、制度の組み直し
クローンの選抜は、ウイルスが知られる前から始まっています。ドイツでは1876年に Gustav Adolf Froelich が、数年にわたって観察した Silvaner の樹のうち、収量が安定して最も高い株だけを増やしました。バイエルン州のブドウ栽培・園芸研究所は、これを最初の Silvaner のクローンとしています。20世紀初頭には国と民間の育種家がこの方法を取り入れ、性能試験を伴う三段階の選抜制度ができました。選抜の基準は、収量と樹の揃いでした。
流れを変えたのは、ウイルスの存在が知られたことです。1950年代以降、穂木を介してウイルスが広がることが分かり、各国で衛生を確保する公的機関と認証制度が整っていきます。ドイツでも1970年代に、ウイルス病の知見をもとにクローンが作り直され、ウイルス検定済みのクローンが生まれました。
フランスでクローン選抜が本格化したのは、この流れのなかの1962年、ANTAV(Association Nationale Technique pour l’Amélioration de la Viticulture)の設立からです。ANTAV は1986年に ENTAV へ改組され、2007年に IFV(Institut Français de la Vigne et du Vin)へ統合されています。
設立の背景として IFV が挙げるのは、第二次大戦後の畑の状態です。ウイルス病が広く蔓延していたこと、1つの畑に複数の品種が混ざって植えられていたこと、フィロキセラ対策として作られた、台木を利用しないハイブリッド品種が多く残っていたこと。この3つがクローン選抜の必要性を高め、専門の機関として ANTAV が設立されることになったのです。
そうしたなかで選抜の拠点となった Domaine de l’Espiguette は、線虫が媒介するウイルスが伝搬しにくい砂質土壌であることを理由に選ばれています。フランスのクローン選抜は、まずウイルスに感染していない健全な樹を確保するための取り組みとして開始されました。1990年まで、フランスでクローンを承認する基準は衛生だけでした。
2018年のゲノム研究が記すのは、クローン選抜のもう1つの動機です。クローン選抜が広まる前、畑の樹はマッサル・セレクション(畑の中から目的の形質を持つ樹を複数選んで増やす方法)で増やされていました。そうした畑では樹ごとの遺伝的なばらつきが大きく、果実の品質・収量・樹の健全さが揃いにくくなっていました。クローン選抜はそれを解決する技術として生まれ、優れた樹の性質を保ち、好ましい特性を増やし、ウイルスを除く役割を担った、というのが同じ研究の説明です。
健全であること、品種として正しいこと、性質が揃っていること。衛生を軸に組み直された制度が求めたものを並べると、この3つになります。いずれも、樹と樹の違いを減らす方向の要求です。特性の違う系統を並べて選ばせることは、この制度の目的には含まれていませんでした。
EU の認証制度とクローンの定義
EU は1968年の理事会指令 68/193/EEC で、ブドウの栄養繁殖材料の販売に関する規則を定めました。材料は初期・基礎・認証・スタンダードの4分類で管理されています。初期・基礎・認証の3つを分けるのは、増殖を行った回数です。増殖の回数が進むことで初期から基礎、基礎から認証へと区分が変わり、上流の材料ほど頻繁なウイルス検査が必要とされます。スタンダード区分は定期的なウイルス検査の義務を課せられませんが、品種の同一性と純度に加えて、指定されたウイルスの症状が目視で一定の割合以下であることが求められます。制度の骨格には、2026年時点でも衛生管理が中心に置かれています。
クローンの法的な定義は、2002年の改正で現在の形になりました。クローンとは、品種の同一性、表現型、衛生状態を理由に選ばれた1本の樹に忠実な、その品種の栄養繁殖後代とされています。
この定義によって表現型が選抜の理由に含まれたことで、より現代的な理解に基づく、狭義のクローンの在り方が規定されました。ただし、表現型が理由に含まれても、クローンが他のクローンと違うことまでは求められていません。品種は、他の品種と区別できるか、均一か、安定しているかの審査を経て登録されます。クローンはこの審査の対象ではなく、加盟国が別に持つリストで扱われます。定義が求めるのは、品種としての同一性までです。
違いを示すことが登録の条件でない以上、登録されたクローンを並べて比べても、違いが大きく出るとは限りません。ドイツの Riesling 30クローンの長期試験を解析した研究者は、実際にクローン間の違いが小さく出たことについて、登録されるクローンは形態の上で品種の典型から外れてはならず、使える変異の幅がもともと狭いことを理由に挙げています。
では、クローン選抜は違いを提供することを目指していないのかというと、そうではありません。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)は2017年の決議でその手順を定め、採択の理由の1つを「栽培家にできるだけ多くのクローンを供給し、品種内の変異と多様性をできるだけ大きく提供する」ことに置きました。IFV も、この選抜は品種の遺伝的多様性を減らすためではなく、それを代表させるためのものだと述べています。
クローン選抜の方針は遺伝的多様性の提供に向けられながらも、その選択肢は品種としての典型性の内側に置かれる原則に変更はありません。多様性を提供するといっても、選ばれるのは典型から外れない範囲での違いに留まるのが現状です。
「ウイルスフリー」の水準
制度の骨格が衛生にあるのなら、その保証がどこまで確かかも見ておく必要があります。
認証制度は、検査して見つからなかったことを衛生状態の保証として使います。そして何が見つかるかは、検査の技術で決まります。検出の技術は、指標植物への接ぎ木から、抗体を使う検査、遺伝子を増幅して検出する方法を経て、試料中の配列を網羅的に読む高速シーケンス(High-Throughput Sequencing、HTS)へと進んできました。それぞれの方法の違いはウイルス病の記事で扱っています。
2023年の総説によれば、HTS の導入により、培養で無毒化し再生したはずの個体にも、一部のウイルスが残っている例が見つかりました。これは検出精度の向上によってこれまで見えていなかったものが見えるようになった結果です。総説は、この無毒化の手法の有効性そのものが問い直されていると書いています。
検査の対象も限られています。先の2017年の決議が検査を求めるのは、ファンリーフ病、葉巻病、粗皮病に関わるウイルスの3群です。第4群として挙がるその他のウイルスについては「現時点で検査は要求されない」と明記されています。
「ウイルスフリー」とは、その時点の検査の水準と対象の範囲で、ウイルスが見つからなかったという意味です。検出の水準が上がれば、過去に保証された材料の一部は、当時の水準での保証でしかなかったことになる可能性があります。
今回のまとめ | 番号が保証するもの
クローンの番号が示すのは、その樹が衛生の検査と栽培・醸造上の評価を経た系統であることと、どの母樹に由来するかという記録です。クローンは広義であっても狭義であっても、検査の対象として指定されたウイルスを保持していないことの証明が第一義であり、制度の骨格もそこにあります。個別の特性の違いは、その骨格の上に置かれています。しかも選ばれる違いは、品種の典型の内側にあります。
一方でカタログには、「スパークリング向け」「長期熟成向き」といった特性の違いが、クローンを選ぶ理由として書かれています。すでに世の中に流通する苗木の多くは、クローンの根本的意義である病原への安全性を満たしています。カタログの記述は、それが当たり前となったことで広義の存在理由が形骸化したことの現れともいえます。個別の特性がクローンを選ぶ理由となる時代には、制度も衛生を軸に組み直された骨格から離れ、そうした要求に対応していくことが求められているのかもしれません。
しかし、検査精度の向上により、過去には水準を満たしていたクローンが実は不適格であるとされる可能性が出てきてもいます。その時、個別の特性が優れているからといって、クローンの第一義である健全性を無視することができるでしょうか。
クローンの選抜は、それまでに選抜を経験していない樹から行うのが最も効率的だとされています。品種の中の変異が見つかりやすいためです。過去においてその時点での水準を満たしたクローンで植え替えられた畑からは、新たなクローンを見つけにくくなります。仮にそのクローンが実際には水準を満たしていなかったとしたら、無毒化を経て再び供給される道はあるものの、その無毒化にもウイルスが残る例が報告されています。
現在流通しているクローンが今後も確実に流通するのかどうか。その点に不安が生じるのであれば、畑において個別のクローンが持つ特性に傾倒すればするほど、将来的な植え替えの難しさは増していくことになります。
ウイルスを保持していない健全な樹であることが前提として成り立っているのであれば、その上にある個別の特性に注目することは合理的です。これまではそれが成り立っているように見えました。今のクローンの制度は、個別の特性ではなく健全性の担保を第一義に置いています。しかし現在は、技術の向上によってその足元が崩れうることを考慮しておく必要があるのかもしれません。



