ワイン

Rieslingに特徴的な香りを考える | モノテルペンとノルイソプレノイド

09/13/2020

ドイツワインを代表する白ワイン用ブドウ品種であるリースリング。

引き締まった酸と透明感のある果実味を持つワインを生み出す品種です。熟成をしていくと特徴的なペトロール香が出ることでも知られています。

ブラインドテイスティングの際にはこのペトロール香を頼りに品種を特定していく、という方も多いのではないでしょうか。

一方でリースリング自体はアロマティック系のブドウ品種としても知られています。特徴的な香りは白桃、レモン、アプリコット、白い花、はちみつ、トロピカルフルーツ。産地や造りによって出てくる香りの幅が広いせいか、特徴的である割に特定しにくい、分かりにくい、と思われている方も多いように感じます。

筆者自身もドイツに居住し、リースリングを主体としたワイナリーに勤務して日常的にリースリングに触れていますが、いざその特徴を端的に説明しろ、と言われると少々、戸惑います。

そこで今回は、リースリングに特徴的な香りの成分を化学的な面からみていきます。

主役はMonoterpen (モノテルペン) 類とNorisoprenoid (ノルイソプレノイド) 類。横文字が多くなりますが、どうぞお付き合いください。

ワインの香りと化学物質

ワインには多くの香りが含まれていますが、それらの香りはすべて、化学物質に由来しています。

ワインに含まれる香りのもとになる化学物質は1000種類を超えると言われていますが、その中でも重要なものとして次の3種類が挙げられます。

  • Isoprenoide (イソプレノイド)
  • Methoxypyrazin (メトキシピラジン)
  • Mercaptan (Thiol) (メルカプタン / チオール)

今回の記事で取り上げるモノテルペン類とノルイソプレノイド類はどちらも上記のイソプレノイド系の化合物に分類されています。また、メトキシピラジンやチオールについては別の記事で扱っていますので、ご興味ある方はそちらも参考にしてください。

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なお、面倒くさいのですが、モノテルペン類にしてもノルイソプレノイド類にしても「~ 類」と書いているようにある特定の化学物質を指しているものではなく、ある特徴をもった化学物質の群を意味する総称です。

マスカット系品種に特徴的なMonoterpen類

モノテルペン類、もしくはモノテルペンアルコール類と呼ばれる群に属する化学物質の中で特にワインにおいて重要なのがlinalool (リナロール) とgeraniol (ゲラニオール) です。

リナロールはスズランやラベンダー、ベルガモット、オレンジ様の香りの原因物質であり、ワインに限らず香料として一般的に広く利用されています。ゲラニオールはバラの香りをもつ化学物質です。ゼラニウムから発見された物質で、こちらも香水などに広く利用されています。

これらのモノテルペン類を多く含むブドウ品種ではマスカット香が強く感じられます。またアロマティック系品種と呼ばれるブドウ品種の多くもこのモノテルペン類を多く含む品種となっています。

モノテルペン類の含有量をブドウ品種ごとに測定した研究が1986年に行われており、その結果は以下のように報告されています。

マスカット系品種 (マスカット・アレキサンドリア、ゲルバー・ムスカテラーなど): > 6 mg/L
マスカット系品種以外のアロマティック系品種 (リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ヴィオニエなど): 1 ~ 4 mg/L
マスカット系の香りを持たない品種 (シャルドネ、ピノノワール、シラーなど): < 1 mg/L

フルーティーさを感じさせるNorisoprenoid類

ノルイソプレノイド類もしくはノルイソプレノイド誘導体と呼ばれる群で重要とされているのが、ß-Damascenon (β-ダマセノン)、ß-Ionone (β-イオノン)、そして1,1,1-trimethyl-1,2-dihydronaphtalene、つまりペトロール香の原因物質として知られるTDNです。TDNについては以前、詳しく解説した記事を書きました。

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β-ダマセノンはリンゴのコンポートや花、パイナップルやバナナを思わせるトロピカルフルーツ系の甘い香りを、β-イオノンはイチゴやラズベリー、キイチゴなどベリー系の香りやスミレの香りを持ちます。この2つのノルイソプレノイド系化合物はある種の甘藷焼酎の香気成分としても報告されているそうです。

ノルイソプレノイド誘導体に属する芳香系化学物質は全体的にヒトが感知できる閾値が低いことも特徴です。

β-ダマセノンはワインの中では50 ng/L 程度、β-イオノンはワイン中で90 ng/L 程度から知覚されることが報告されています。この一方でβ-イオノンは25 ~ 50%のヒトが知覚することが出来ないともされています。

ちなみにβ-イオノンはブルゴーニュのピノ・ノワールに特に多く含まれていることも知られています。

リースリングにみるNorisoprenoid系化合物

モノテルペン類にしてもノルイソプレノイド誘導体にしても各化学物質がそのままブドウの中に存在していることは余り多くありません。これらの化学物質はその多くが糖と結合した配糖体、グルコシド (Glucoside)として存在しています。

配糖体として存在している状態ではその化学物質は無味無臭な状態ですので、そのままではワインに含まれていても香りを感じることはありません。このためこれらの芳香系化合物が実際にその香りを出すためには何らかの方法でこれらの配糖体が糖と芳香系成分に分割される必要があります。

特にノルイソプレノイド誘導体はほとんどのブドウ品種で配糖体を形成した結合状態でのみ存在しています。しかしこれに対して、リースリングでは遊離型のノルイソプレノイド誘導体が有意に多く存在していることが確認されています。

また結合型の含有量もシラーやシャルドネ、ソーヴィニョン・ブラン、マスカット品種よりも多くなっています。

複数の研究結果を横断的に比較してみると、遊離型と結合型の合計の含有量ではセミロン (Semillon) が265 μg/kg ともっとも多かったのですが、リースリングではこれに次いで214 μg/kg となっていました。

メモ

この比較の対象となったノルイソプレノイド誘導体は、Hydroxy-3-ß-Damascenon, oxo-3-α-Ionol, oxo-4-ß-Ionol, Hydroxy-3-ß-Ionol, Hydroxy-3-dihydro-7,8,-ß-Ionolです

ここからはモノテルペン類やノルイソプレノイド類がどうやってワインの中に入ってくるのか、どのような過程を通して香りを感じられるようになるのか、といった点を見ていきます。

香りはどうやって香るのか

モノテルペン類やノルイソプレノイド誘導体の多くが配糖体 (グルコシド / Grucoside) と呼ばれる、糖と結合した状態でブドウ中に存在していることはすでに書きました。

この配糖体の状態ではまだ香りも味もしないため、ワインの中で様々な香りを出すためには何らかの方法でこの配糖体を解体し、それぞれの化学物質をフリーにする必要があります。そのための方法として考えられるのが、化学的な手段、酵素を用いた手段、そして温度による手段です。

配糖体は上記のような手段によって加水分解され、糖と芳香系化合物に分割されます。

モノテルペン類などでは配糖体の加水分解によって直接生じるものが多いとされていますが、一方、ノルイソプレノイド類はもう少し複雑な生成過程が報告されており、加水分解によって遊離したアグリコン (Aglycone) がさらに酸性条件下で変化することで生じるとされています。特にノルイソプレノイド類の生成過程では酵素が関与せず、活性酸素 (スーパーオキシド) による生成経路も指摘されています。

またβ-イオノンはそもそも前駆体となる配糖体が確認されておらず、その生成経路は酵素の働きによるものであることが指摘されています。

いずれにしても何らかの手段によって配糖体が分割され、対象となる化学物質が遊離して初めてその香りがワインの中に出てくるようになることは変わりません。

一方で、醸造過程において何らかの特殊な手法を用いて芳香系化学物質の遊離化を促すということはほぼしません。アルコール発酵をしていく過程で、酵母の持つ酵素や発酵温度などによってこうした配糖体の加水分解が進行し、ワインがこれらの香りを持つようになっていきます。

なお、一部の乾燥酵母ではこれらの配糖体を加水分解するのに使われる酵素であるβ-glycosidase (β-グルコシダーゼ) を多く有することを特徴としたものもあります。

香り成分はどこから来るのか

モノテルペン類にしてもノルイソプレノイド類にしてもそれらの物質がどこで生成されているのかはまだ確定されてはいません。一方で、ブドウの葉にはブドウの果実よりも明確に多く、これらの化学物質が含有されていることが分かっています。特にノルイソプレノイド類に関しては葉の含有量が実の8倍から100倍も多くなっているとの報告があります。

これらの芳香系成分の生成と蓄積はブドウの開花をきっかけにはじまり、果皮や葉緑体の中に蓄積されていきます。モノテルペン類であるゲラニオールは果皮のみに蓄積しますが、同じモノテルペン類であってもリナロールは果皮と果肉の両方に蓄積されます。

生成条件も成分によって異なっています。多くのテルペン類はその生成量が日射量に依存する一方で、リナロールなど一部のものは日射量には依存せず、酵素による酸化作用によって生成される経路もあることが分かっています。一方でノルイソプレノイド類はブドウに含まれるカロテノイド (carotenoid、カロチノイドともいう) が酵素によって分解されることから生成がはじまります。特にβ-イオノンはこのカロテノイドの分割によって生じることが分かっています。

またカロテノイドはトマトやニンジンの色の原因物質として知られる植物の天然色素ですが、一方で光合成における補助集光作用、光保護作用や抗酸化作用等に重要な役割を果たす物質でもあります。つまり、その生成量には日射量が影響しています。

つまり、テルペン類やノルイソプレノイド類についてはその多くが直接的、間接的に日射量による生成量への影響を受けているといえます。

これらの化学物質が葉で生成されて果実に運ばれているのか、果皮で直接生成されているのか、それともそれ以外の経路があるのかはまだ特定されていません。しかしその一方で、テルペン類とノルイソプレノイド類が同じイソプレノイド類として扱われていることからも分かる通り、この両者の生成経路は非常に近しいところにあることは明確になっています。

今回のまとめ | リースリングらしさをどう引き出すのか

味の面から見たリースリングらしさはその酸と果実味にありますが、香りの面から見たリースリングらしさは今回とりあげた化学物質類にあります。こんため、よりリースリングの品種特性を引き出したワインを造るにはこうした芳香系成分をいかに多く引き出し、かつ香りとして活性化させるのかが重要になります。

そのための方法としては、

  • 栽培面での対応による含有量の底上げ
  • 果皮浸漬による抽出量の増加
  • プレス圧の引き上げによる抽出
  • 適応酵素を多く持った酵母の選択
  • 発酵温度の調整

等が考えられ、これらを単一もしくは複合で取り入れていく必要があります。

一方で果皮浸漬やプレス圧の引き上げはフェノール類の抽出量の増加などを通してワインの味にも少なくない影響を及ぼしますので、どの程度が適正なのかを慎重に見極める必要があります。

またモノテルペン類にしてもノルイソプレノイド類にしてもリースリングだけに含まれている成分というわけではなく、赤ワイン用のブドウ品種も含めて多数の品種に含まれている成分でもあります。このため、これらの成分が単独でその品種の特徴を出しているわけではなく、その他の成分とのバランスの上に成り立っていることが考えられます。

例えばリースリングでは当該成分の含有量が多いであろうことはほぼ間違いないと考えられますが、それだけを増やしたからといって本当にリースリングらしさを強調できるのかというとそこには疑問が残ります。

このような点も含め、複数回にわたり検証を重ねていくことが必要です。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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