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樽に入ってるワインはいいワイン? | ワインあるある

03/04/2020

ワイン、特に赤ワインを飲んでいると、時々

このワインには樽香が…

なんてコメントを聞きませんか?もしくは「樽香」というワインから離れるとなかなか耳にしない単語を知らなくても、樽を使っているワインはいいワインだと、なんとなく思っている、もしくは思っていたことはないでしょうか?

同じワイナリーの同じようなワインでも片方は樽を使っていないもの、もう片方は樽を使っているもので飲み比べてみると確かに味が違う。ただお値段も違っていたりして、しかも樽を使っている方はお値段がお高くて。

なんとなく、それだけでも樽を使ったワインはいいワインのように感じてしまう、なんて経験はそれこそワインにおけるあるあるの最たるものの一つなのではないでしょうか?

では果たして樽を使ったワインが本当にいいワインなのでしょうか?

今回はこんな疑問に少し天邪鬼な視点から迫ります。

いいワインとはどんなワイン?

そもそも、「いいワイン」とはどんなワインでしょうか?

おそらくワインを勉強していらっしゃる方々はこの点に対しても様々なご意見をお持ちだと思います。その一方で

「じゃあいいワインというものを分かりやすく説明して」

と言われると困る方もいらっしゃるのではないでしょうか?

当然です。この世の中に「いいワイン」というワインはないのですから。説明しようと思って説明できるものではありません。

確かに市場にはたくさんのワインがあります。そのそれぞれが、「酸がキレイ」「ボディがある」「ブドウの風味がしっかりしている」などといった訴求点を持っています。そして、そのワインを飲む個人にとってそのワインが「いいワイン」かどうかは、ほとんどの場合、その訴求点と自身の好みが合っているかどうかに尽きます。

自分の好みに合っていればそのワインは「いいワイン」と認識されることでしょう。

また別の場合にはある一定のカテゴリーの中で比較して、優れていたワインが「いいワイン」と言われるかもしれません。

ただこの場合も基本的には「比較した優劣」は個人の好みによりますので、突き詰めればやはり自分の好みに合うワインが「いいワイン」と言って良いと思われます。

ただこれだと他の人と話が出来ません。

少なくとも「樽を使ったワインはいいワイン」というような表現をする場合にはこれとは違った指標が必要になります。この時に求められる指標は、万人が、とまでは言いませんがそれでもそれなり以上の数の人達に、もしくはその道の権威といわれるような人たちのうちの少なくとも数名に合意を得た「いいワイン」である必要があります。

言ってみれば、多人数の好みに合った、つまりより一般化された好みに合ったワインである必要があります。

分かりやすさがいいワインの条件?

一般的に言われる「いいワイン」とは多人数の平均化された好みに適合することが出来たワインである、と述べました。

一方でこの「適合」はなにも自然に行われるものである必要はありません。

個人の好みに合ったワインこそが「いいワイン」の条件であるように、仮に一般に「いいワイン」と言われるワインであってもその始まりは一人の人間の好みへの適合です。そこから好みの似通った人たちの間で「いいワイン」として認められ、そして、周りへの説得が始まります。

啓蒙、といってもいいかもしれません。

この啓蒙の結果、いつかの日本では「樽の香り=高級」というようなイメージが定着し、「樽を使ったワインはいいワイン」という考え方に偏っていったのでしょう。またこのような等式の関係で説明できるのはとても明確で分かりやすかったということもこのような考え方に拍車をかけていったものと考えられます。

お値段が高ければいいワイン?

分かりやすい、といえばお値段です。

これ以上に分かりやすい指標は他にありません。そして樽を使ったワインは使っていないワインと比較してほぼ確実に割高です。

ワインに限らず世の中には同じものでも値段が違って、高いもの、というのは数多く存在しています。値段が高いものには高いだけの理由があるものですが、その理由が多くの場合、同時に「いいもの」であることを裏付ける理由も兼ねています。

ただ日常的にこの理由を見ることなく「値段が高いものはいいもの」という結果だけを見ていると、いつしか頭の中では「値段=品質」の構図が出来上がってしまいます。

そうすると、値段が高いワイン=樽を使っているワイン=いいワインという構図でこの関係を理解してしまう可能性が出てきます。この枠組みに基づく理解では、本質的に値段が高ければ樽を使っていようといまいといいワイン、ということにもなります。

ただこの理解はあながち間違いとは言えません

ほとんどの場合、いいワインの値段は高くなります。ただし、高いからいいワイン、なのではなく、いいワインだから高いのです。この順番がとても重要です。

何を当たり前のことを、と思われるでしょうか。しかし、実際にこの順番を逆に考えていらっしゃる方は多いのです。この順番を間違えてしまうと、単に高いだけのワインをいいワインと考えてしまうという悲劇が起きます。そして実際に品質はそれほどでもないのに値段は高いワインというものが残念ながら多くお店の棚に並んでいるのです。

「樽を"使う"」ではなく「樽が"使える"」

「樽を使ったワイン」はとてもたくさんあります。このため「樽を使う」という行為がとても軽く受け止められていますが、実際にはそんなに気軽なものではありません。

特にBarrique (バリック) と呼ばれる225リットルの小型の木樽などは容量に対して価格が極めて高いためワインであればなんでも使えるわけではありません。Barriqueを使ってもいいワインにしか使えないのです。

なお、世間一般で言われる「樽を使ったワイン」という場合の樽はこのBarriqueを指しています。外観はこの記事のトップの写真にもある、いわゆる「樽」と聞いて一般的に頭の中に思い浮かぶ樽で間違いありません。

しかし実際には一口に「樽」といってもその種類は様々です。

ドイツで伝統的に使っているものだけでも、

Fuder (フーダー / 1000リットル、主にモーゼルで使用)
Stückfass (シュトゥックファス / 1200リットル)
Halbstück (ハルプシュトゥック / 600リットル)
Doppelstück (ドッペルシュトゥック / 2400リットル)

などがありますし、ブルゴーニュでは500リットルのTremeauxと呼ばれる樽がやはり伝統的に使われています。

しかしこれらの樽とBarriqueとでは根本的に使い方が異なります。この使い方の違いによってBarriqueは極めて強いコスト要因となり、使えるワインが限定されているのです。

注意

Tremeauxに関してはBarriqueと同様の使い方がなされている場合もありますが、この記事中では内容を理解しやすくするために敢えてBarriqueとそれ以外の樽に区別して記載しています。

Barriqueが使えるワイン

Barriqueはとても強いコスト要因である、と書きました。

Barriqueは楢の樹であるオークを原料にしていますが、その木材の原産地および実際に樽にしている場所によって価格が大きく変わります。有名なのはフレンチオークやアメリカンオークですが、ハンガリーなどでも現地のオークを原料にBarriqueを作っています。

Barriqueの価格は最も高いフランス産のもので7~10万円ほど。一方でハンガリーのものなどではこの半額程度の価格となります。仮にフランス産のBarriqueを使うとすると、それだけでボトル1本あたり300円前後の価格上昇要因となります。

現地で300円の値上がりということは日本での販売価格になおすとおよそ1000円の値上がりです。

そもそもが1500円で販売していたワインに単に樽を使いました、と言って2500円にしてもおそらくそのワインは売れません。Barriqueを使うためには、そもそもBarriqueを使うことによって上昇する販売価格に耐えられるだけの価値を持ったワインであることが大前提なのです。

これが前述した、「樽が使える」ということであり、「いいワインだから高い」ことの理由です。

なおBarriqueを使うことが必ずしも品質的な意味で「いいワイン」につながるのか、という点は簡単には結論しにくいところではありますが、いわゆる世間一般で認められている「いいワイン」の多くがBarriqueを使っていることを考えれば、Barriqueの使用は少なくとも十分条件ではあると言っていいでしょう。

高コストが受け入れられるワインとは

価格の高いワイン、といった場合にはそのワインは大雑把に以下の3種類のものに区別されます。

低・中コストで高利益
高コストで低利益
高コストで高利益

価格は高いが「いいワイン」という枠組みで見れば、最初のコストが低くて利益幅の大きなワインは対象外です。また、こういったワインではコストの上昇要因は極力排除される方向に動きますので、Barriqueを使うようなことは普通の方法では無理です。このカテゴリーのワインでBarriqueを使うとすれば、それはすでに使い古された樽を使うことでコストをかけずにラベル上でのみ意味を持たせる、完全にマーケティング的な発想による場合のみです。

一方で残り二つの場合にはBarriqueを使うことを含めて品質やキャラクターのためにコストをかける、という前提があります。

具体的にコストを押し上げる要因となるものには、

厳密な畑作業
グリーンハーベスト等による収量の抑制
人手による収穫
厳密な選果
醗酵前後の酸化および温度コントロール
Barriqueの使用
ロスの許容
定期的な設備投資 (機材のリプレース、新規設備の導入など)

などがあります。

何をどこまでやるかはワイナリーによりますが、上記のうちのいくつかを取り入れ一定水準以上で実行した場合、コストは確実に数割高くなりますがワインの品質もそれに見合うだけ高くなります。そこにBarriqueの使用有無は必ずしも関わってきません

Barriqueの役割はどちらかと言えば、それを使って品質を上げる、という類のものではなく、元から高い品質を実現していたものに多少の味付けをするためのものです。元の品質に劣るワインをBarriqueに入れたところでそのワインの品質が良くなることはありません。

この意味からも「樽を使っているワイン」がいいワインなのではなく、「樽を使えるワイン」が元々いいワインなのです。

今回のまとめ | 樽はワインの味も香りもそして頭の中もマスクする

さて、ここまで読んでいただいた方の中には気付かれた方がいらっしゃるかもしれません。

今回のこの記事で筆者が書きたかったことは別にどんなワインが「いいワイン」なのか、ということでも、樽を使うにはどんな条件があるのか、ということでも実はありません。

樽を使った高価なワインでも「よくないワイン」は存在する

ということです。

販売価格は販売者が自由に決められます。別に100%、馬鹿正直にコストから積み上げていく必要はありません。販売する側がそのボトルを1本10,000円で販売する、と決めればそのボトルの販売価格は1本10,000円です。

また単に「樽を使った」という言葉だけではそれが「どのような」樽を使ったのかは明示されていません。もしかしたら大樽だけを使っているかもしれませんし、新樽率0%の古樽だけでの仕上げかもしれません。今時、やろうと思えば樽の香りはいくらでも付けられますし、タンニンの含有量だって調整できます。

はっきり言ってしまえば、「24か月間Barriqueで熟成させました」という記載だってどこまで考慮するのか、という疑問がいつでも付き纏います。

少々乱暴な言い方ですが、ワインというものは空想と印象の飲み物です。

舌や鼻は「美味しくない」という事実を伝えていたとしても、耳から入るストーリーやちょっとした思い込みでその事実は簡単に覆されます。もしもそこに「樽」を感じてしまえば、そこからは芋づる式に頭の中にあるフランスのブティックワイナリーの画が思い出され、そしてその味が想起されてしまいかねないものなのです。

確かに条件的に「樽」を使うことが出来、かつ「樽」を使うことが意味を持つワインであれば「樽」の存在は容易にその品質を裏付けるかもしれません。しかし、同時にそれだけのワインであれば仮に樽がなかったとしても十分にその品質は感じ取ることが出来ます。

「樽」という存在が、あなたの鼻と舌と、そして頭の中をマスクしてしまっていないか、一度冷静になってみてください。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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