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ワイン造りと清澄 | 果汁をキレイにすることの意味と方法

ワインの勉強を始めると普段の生活ではあまり耳慣れない言葉に出会うことがあります。その1つが「清澄」ではないでしょうか。

清澄という単語を辞書で調べてみると、「澄みきっていて清らかなこと。また、そのさま」(デジタル大辞泉より引用) と出てきます。ワイン造りの現場でこの言葉を使う時には主に、濁った状態の果汁やワインを何らかの方法で濁りのない状態、もしくは濁りの少ない状態にすることを意味しています。清澄剤とはこの清澄作業の際に補助剤として果汁もしくはワイン中に添加するもののことです。ちなみに濾過もこの清澄作業の一環に含まれます。

とりあえず濁りをとってワインをキレイにする作業である清澄ですが、ワイン造りでは2度、そのタイミングがやってきます。よく知られているのはアルコール発酵の終わったワインをボトルに詰める直前です。最近はノンフィルターのワインも増えてきましたが、それでも多くのワイナリーでは滓が絡んで濁って見えるワインを各種フィルターを使って濾過するなどして透明なワインに仕上げています。

ワインを濾過するかどうかを巡っては造り手ごとに考え方が異なっていることもあり、いろいろ議論がなされています。またいわゆる自然派ワイン造りではワインの清澄を完全に否定しているケースもあります。そうした一方で、実はそれよりもはるか前にワインは一度清澄されています。最初の清澄のタイミングは、ブドウを圧搾した直後です。

最初の清澄はアルコール発酵の前、ブドウを潰した直後に行われるため、赤ワインのような果皮と一緒に発酵を行う場合には不要です。一方で白ワインやロゼワイン造りにおいてはほぼ必須の作業となります。

どちらのタイミングにおける清澄もワインにとって重要なものです。しかしより重要なのは実は最初の果汁に対する処理です。ここでしっかりとした処理をできるかどうかでその後のワインの味や香り、そして発酵の進捗に大きな影響が出ます。そんな重要な作業にもかかわらず、ボトリング前の清澄に比べて軽視されがちな果汁の清澄。この記事ではそんな果汁に対する清澄についてまとめていきます。

なぜ果汁を清澄するのか

果汁の清澄には大きく分けて2つの意味があります。1つは目に見える固形物を取り除くこと。そしてもう1つが、目には見えない固形物を取り除くことです。

目に見えるものを取り除く、というのは比較的分かりやすい理由です。

搾った直後のブドウの果汁にはプレス機の流出口から果汁と一緒に流れ出てきてしまった固形物が意外に多く混ざっています。ブドウの果皮の一部や果肉のパルプ分、あまり考えたくないところではブドウの房に紛れ込んでいたり、プレス中の香りに惹かれて寄ってきてしまった昆虫なども混ざってきます。こうしたものはどれも、基本的にワインにいい影響は及ぼしません。時にはワインに不快な味や香りを持たせる原因になったり、本来の香りを弱くする原因になる場合もあります。このためワインに何かしらの影響を与える前に取り除けるだけ取り除いてしまう必要があります

逆に少し分かりにくいのが、目に見えない固形物を取り除くという点です。一見して透明でキレイに見える果汁であっても、そこには例えばタンパク質や多糖類、そしてフェノール類などが含まれています。こうしたものは最初は果汁に溶け込んでいますが、ふとしたことをきっかけに目に見える形で出てきます。またタンニンなどは収斂感の原因になります。さらにはコロイドはワインを造っていく過程で後々フィルター詰まりの原因になったりする場合もありますし、一部の酵素はワインの酸化を促進させたりもします。

そうした将来的な影響を先に取り除いてしまうために行われるのが、果汁段階における清澄でもあります。

期待されるメリット、デメリット

アルコール発酵の前に一度果汁をキレイにすることは主に発酵の進捗やその際に生じる香りに対して複数のメリットをもたらします。しかしその一方で、果汁をキレイにしすぎてしまうと逆に発酵を阻害するという大きなリスクを抱えることになります。ただ単純に澄み切った状態にすればいい、というわけにはいかないのが果汁の清澄の難しいところです。

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発酵速度と香りの保護

果汁を清澄することの大きな意味は、発酵速度の調整と本来の香りの保護です。

発酵の速度は果汁の濁度にほぼ比例します。清澄がまったく行われていない濁った果汁では発酵時の温度が上がりやすく、その分、発酵の速度が速くなる傾向にあります。そうなると揮発性の高い香り成分がより多く失われてしまうことにつながります。また果汁中の固形分が核となって酵母のダマが出来てしまうことで結果的に硫化臭の発生リスクを高くすることがわかっています。

さらにはこうした固形分にはワイン造りには望ましくない類の野生酵母やバクテリアといった微生物や酵素をはじめ、防除中に散布された薬剤の残渣などが付着しています。これらはいずれもワインの欠陥臭の原因になったり、意図しない発酵や除酸の原因になる場合があります。

果汁中から固形分を取り除くことにはブドウ本来の香りを守るのと同時に、欠陥臭をはじめとした意図しない香りの発生を抑制する効果があるのです。

ワイン造りにおける技術的な影響

濁度の高い果汁を発酵させると、同じ酵母を使って発酵させていても濁度の低い果汁を発酵させた場合と比較して発酵ガスによる液面の発泡量がより多くなることがわかっています。発酵時に生じる泡の表面には酵母が付着しているため、この泡を容器外に溢れさせてしまうと酵母の菌体数の減少につながり結果的に発酵力が低下します。こうした事態を避けるためには泡が溢れない程度に容器内にヘッドスペースを確保する必要があります。

このような管理は単純にワイナリー全体におけるタンクのキャパシティを圧迫するほか、発酵後の満量管理において必要になる補酒量を増やすことにつながります。

また果汁中にコロイドが多く存在している場合、そのコロイド類はアルコール発酵後もワイン中に残ります。これが濾過を行う際にフィルター目詰まりの原因となります。濾過作業中におけるフィルターの目詰まりはワインの量的なロスにつながるほか、質の面からもネガティブな影響が大きくなります。

果汁の清澄はワイン造りの現場における技術的な問題の発生予防にも大きな意味を持っています。

発酵の阻害要因となる可能性も

一方で果汁に含まれる固形分には香り成分の前駆体や酵母の栄養となる成分、そしてブドウに含まれている酵素なども含まれています。果汁を極端にキレイにしてしまうと、こうしたワインにとってプラスになる成分も除去してしまうことにつながります。香りの前駆体を除去してしまうことは特にマスカット系品種では注意しなければならない点でもあります。

果汁を過剰に成長することによる最大の問題は発酵の阻害です。

酵母は糖を代謝してエネルギーを獲得し、その際に副産物としてアルコールと二酸化炭素を作り出しています。このため酵母の栄養源は糖だけだと思われがちなのですが、実際には違います。酵母は代謝の際に糖以外にも窒素をはじめとして各種ミネラル分を栄養として必要としています。

果汁を過剰に清澄してしまうとこうした酵母が必要とする栄養素まで果汁から取り除いてしまい、順調な発酵を妨げる原因となります。キレイすぎる果汁はむしろ酵母にとって生存しにくい環境になってしまうのです。

果汁をキレイにする4つの方法

果汁を清澄する方法は主に4つあります。沈殿法 (Sedimentation)浮遊法 (Flotation)遠心分離法 (Centrifugation)、そして濾過法 (Filtration)です。これらの手法に各種清澄剤を組み合わせて果汁の清澄は行われています。

もっとも一般的な沈殿法

Settlingとも呼ばれる沈殿法は最も伝統的でかつ広く利用されている果汁の清澄方法です。特に意識しなくても自然と生じる現象でもあり、アルコール発酵後のワインでも多かれ少なかれ自然清澄が行われています

最大のメリットは特別な機材を必要としない点。基本的には液体を入れる容器があればそれだけで実施することが出来ます。一方で工程には12 ~ 24時間を必要とし、かつ容器単位でしか実施できないというデメリットがあります。また工程中における果汁の劣化を防止するため、原則として沈殿期間中、温度を低く保つ必要があります。

沈殿法を採用したケースでは工程終了後に容器の上部から上澄みの部分のみを吸い上げ、別の容器に移してからアルコール発酵の工程に入ります。容器の底に沈殿した滓はそのまま廃棄される場合もあれば、容器を変えての再度の沈殿や別の手法による清澄を経て発酵容器に加えられる場合もあります。

沈殿とは真逆のアプローチ、浮遊法

沈殿法が取り除く対象である固形物を沈めていくのに対して、逆にこうした固形物を浮かせて取り除こうというのが浮遊法です。

浮遊法ではタンクの底部からガスを注入し、そのガスによって除去したい固形物を液面に浮き上がらせます。その後に液面にある固形物を掬い取るなどして除去すれば清澄の工程が完了します。

この手法の特徴は工程にかかる時間が沈殿法に比べてはるかに速いことです。処理に時間をかけないため果汁の温度管理も必要ありません。一方でガスを注入するための器材が必要なほか効率的な処理のためには清澄剤の添加が必要になります。また使用するガスの種類によっては別途準備する必要があり、処理コストは沈殿法よりも高くなります。

浮遊法に使うガスはアルゴンや窒素、二酸化炭素などの不活性ガスであることが多いですが、酸素や通常の大気も使用することが出来ます。酸素を使った場合、手法としてはハイパーオキシデーション (hyperoxidation) と呼ばれる場合もあります。

なお浮遊法は沈殿法とは違い、ワインに対しては行うことはできません。

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連続的な処理ができる遠心分離法

通常の沈殿法が容器単位での処理であるのに対して、連続した処理を可能にするのが遠心分離法です。専用の機械を必要とはしますが、処理量が多いケースでは圧倒的なメリットを持っています。

遠心分離法は原理的には沈殿法と同じです。違うのはその速度で、この手法では沈殿の過程を大幅に加速させています。装置の種類や投入時の流速、そして清澄の程度にもよりますが、沈殿にかかる時間は1/8000程度ともされています。

遠心分離法にはセパレーターやデカンターと呼ばれる専用の装置が必要になるほか最低処理量がある程度以上大きくなるため小規模なワイナリーでは導入するメリットはあまり大きくありません。一方で清澄度合いは高く、沈殿法などでは除去することの難しいコロイド類も除去することが出来ます。またシステムとして処理を完全自動化することが可能で、24時間連続して処理を行うことが出来る点も大規模ワイナリーにとっては大きなメリットとなります。

増加しつつある濾過法

以前は果汁時点での清澄に濾過法を使用するのはそこまで一般的ではありませんでした。以前から真空濾過法 (vacuum filtration) と呼ばれる方法に基づいた装置が開発されており、実際に一部では使われてもいます。しかしこの装置は真空ポンプを必要とするなどシステムが大型になるうえ、開放型の装置であるために酸化のリスクが高いというデメリットがあります。またワイナリーによっては珪藻土フィルターを果汁の清澄時にも利用する場合もありますが、やはりあまり一般的とは言えません。こうした状況が変わってきたのは、クロスフロータイプの濾過機が開発されてきてからです。

濾過法が優れる点は、除去する程度を比較的自由に設定できる点です。

沈殿法ではどの成分がどれだけ沈むかは管理できません。これは浮遊法でも遠心分離法でも基本的には同じです。一方で濾過法ではフィルターの粗さをある程度は意識的に設定できるため、狙ったサイズの固形物を選択的に除去することが出来ます。フィルターの目詰まりが出るため遠心分離法ほどではありませんが、連続的な処理にも対応できます。デメリットは装置が必要なこと、フィルターが消耗品であり継続的なランニングコストがかかること、一度装置が目詰まりを起こすと大きな問題になりやすいことなどが挙げられます。

今回のまとめ | 重要なのは明度ではなく濁度を決めること

清澄をしているとついつい、どれだけ果汁やワインをキレイにするか、という思考に陥ってしまいがちです。ワインの清澄時にはこれでもいいのですが、果汁の清澄時にはこの考え方は少々危険です。すでに見てきたように、過剰な清澄は発酵に悪影響を及ぼす可能性があるからです。

そうした過剰な清澄に陥らないためには、どれだけ果汁がキレイに透き通っているか、という明度ではなく、どこまでだったら濁っていてもいいのか、という濁度で管理することが重要になります。こうした考えを持っていれば、あまりに透明すぎると逆にそれがネガティブであると感じやすくなります。

実務上、どれくらいの明度や濁度が理想的なのかは案外、はっきりしていません。学術的な検証によってある程度の指標は出されていますが、ブドウの品種や状態、発酵時の環境によって調整する必要があるからです。

また清澄の方法によっては思っているよりも明度が高くなることが往々にしてあります。こうしたことは遠心分離法や濾過法で発生しやすく、逆に沈殿法では発生しにくいという傾向はありますが、常に意図しているよりも濁度は下がると考えておく方が無難です。

自分が造りたいワインのスタイルのためにはどの程度の濁度までは許容することが出来て、そのためにはどの程度の清澄を行うのがちょうどいいのか。知っておくとワイン造りの幅が広がるのではないでしょうか。

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Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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