醸造

酸化をさせて酸化から守る手法 | ハイパーオキシデーション

04/26/2022

ワインと酸化。これはとても相性の悪い組み合わせです。

飲み始めたワインのボトル。美味しいのだけれど1本は飲みきれず、翌日飲もうと思って栓をして冷蔵庫に保管。ところが翌日から仕事が忙しかったり体調が優れなかったりでワインを飲む気になれず、気がついたら抜栓から1週間。ようやく落ち着いて、ワインでも飲もうかと冷蔵庫から取り出したボトルをグラスに注いで口に運んだら味が違う…

こんな経験は誰にでもあると思います。

ワインの味を変えてしまった犯人は酸素です。ワインをグラスに注いだ分、ボトルに入ってきた空気に含まれていた酸素がワインの酸化を促したためにワインの味が変わってしまったのです。

こうした酸素による味の変化は何も手元にあるボトルの中だけで起きるものではありません。ワインを造る、その工程の途中でも生じ得るものです。一度酸化してしまったワインを元に戻すことはできません。そのため造り手はワインを造る際は常に必要時以外には余計な酸素がワインに触れないように細心の注意を払っています。

こう書くとワイン造りにおいて酸素は蛇蝎のごとく嫌われる、典型的な悪役と思われるかもしれません。ところが必ずしもそうともいえないのが難しいところです。

ワインの醸造手法には普段は絶対に許さないはずの酸素との接触を積極的に推進するものがあります。今回はそうした手法の1つ、ハイパーオキシデーションに注目します。

ワイン造りに存在する2つの酸化促進手法

ワイン醸造にはOxidation (オキシデーション)、つまり酸化と名付けられた手法が2つ、存在しています。microoxidation (マイクロオキシデーション, microoxygenationとも) と hyperoxidation (ハイパーオキシデーション, hyperoxygenationとも) です。

よく似た名前ですが、これらは全く別の手法です。

全く別の手法なのですが、やっていることはとても似ています。目的も似ています。違うのは、対象となるワインと実施のタイミングです。前者は主に赤ワインのアルコール発酵が終わったタイミングで実施するのに対して、後者は白ワインのアルコール発酵が始まる前に実施します

どちらも酸素を使って意図的に酸化させていますが、ワインの種類や実際のタイミングは正反対に位置しています。

ワインの熟成を加速させるマイクロオキシデーション

マイクロオキシデーションとはその名前のとおり、微小酸化を人為的に行う醸造技術です。

ワインの熟成は主に酸化によって引き起こされています

ワインの熟成とは、ワインの味や香り、見た目における変化量のことです。こうした変化は主に酸化によって生じます。

木樽の中での熟成やコルクで栓をされたボトルの中での熟成では木という材質そのものやその構造によって樽の中やボトルの中に保管期間に応じてある程度の量、空気が入ってきます。スクリューキャップのような密閉度の高い栓が使われていても、ボトル内のヘッドスペースと呼ばれる部分には空気が存在しています。こうした空気に含まれる酸素がワインと反応することでワインの酸化が生じ、その変化がワインの熟成として認識されています。

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一方でこうした変化は非常にゆっくりと進行します。必要とされる時間は長ければ数年、数十年にもなります。これをゆっくりと待てる場合もあれば、待てない場合もあります。その待てない場合のために開発された醸造手法が、マイクロオキシデーションです。

マイクロオキシデーションは簡単に言ってしまえば、本来であればワインが年単位の長い年月をかけて取り込む酸素の量を人工的に、短い期間で与えてしまおうという技術なのです。そこで得られるものは、熟成の先取りです。

ワイン、特に赤ワインが苦かったり渋かったりするのはワインに含まれているタンニンと呼ばれるフェノール (Phenol) が原因です。フェノールは酸素に触れると酸化して形を変え、析出、沈殿することでワインの中から減っていきます。この結果、ワインの渋みは少なく、まろやかに、飲みやすい状態に変化します。大雑把にいえば、これが熟成です。

つまりマイクロオキシデーションの根本的な目的はワインからフェノール類の形を変え、そして量を減らすことにあります。

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熟成を減速させるハイパーオキシデーション

ワインを熟成させることを目的に行うマイクロオキシデーションに対して、ハイパーオキシデーションはやっていることは同じでも目的はこの真逆です。ハイパーオキシデーションの目的はある意味ではワインを熟成させないことです。

ワインの熟成は酸化と同じです。酸化による変化の過程の、ちょうどいいタイミングを切り出して、熟成と名付けています。ちなみに熟成と呼ばれる時期を超過した酸化は劣化と呼ばれるようになります。

熟成と酸化が同じものなのですから、ワインを酸化させないようにしようとすると、必然的にワインの熟成も阻害されます。そしてハイパーオキシデーションはまさにワインの酸化抑制を目的に行われる醸造手法です。つまり見方を変えれば、ワインの熟成を抑え込むための手法とも言えるのです。

このためハイパーオキシデーションは主に白ワインや、Blanc de Noirのように黒ブドウからであってもより酸化を嫌うスタイルのワインの醸造に際して使用される手法です。

酸化させて酸化させないハイパーオキシデーション

ハイパーオキシデーションの面白いところは、ワインを酸化させないためにワインになる前の果汁を酸化させることです。

ワインが酸化する原因は、ワインに酸化する成分が含まれているためです。逆にいえば、仮にワインに酸化する成分が含まれていなければそのワインは酸化しなくなります

ハイパーオキシデーションの基本的な考え方は、ワインに含まれる酸化する成分を”ワインになる前”に酸化させてしまうことで取り除き、その後のワインへの酸素の影響を抑制することです。

そして除去の対象が、フェノールです。

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ワインに含まれる酸化される成分はいくつもありますが、そうした中でワインの味や色に強く影響を与えているものが、フェノール類です。フェノールの中でも特にFlavonoid類と呼ばれる種類のフェノールは酸化を通してワインの色を褐変させる原因になるだけでなく、ワインの苦味や渋さ、収斂感の原因にもなっている物質です。

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ワイン中に含まれているフェノール化合物は酸素を介して重合し、分子量を増やしていきます。

十分に長鎖化した化合物は分子量が大きくなりすぎ、ワイン中に溶けていられなくなって沈殿します。この化学反応がワインの中で起きると、ワインの味や香り、さらには色といった見た目に影響ができます。逆にワイン中にもともとこうしたフェノール類が存在していなければ、ワインでの変化も生じません

ハイパーオキシデーションは酵素的反応

ハイパーオキシデーションは酸素を利用した酸化反応を利用する手法です。一方でワインにおける酸化反応には酵素的反応と非酵素的反応の2種類が存在します。ハイパーオキシデーションはこのうちの酵素的反応を出発点にしています。

ハイパーオキシデーションで利用される酵素は2種類。従来、ブドウにもとから含まれているTyrosinaseと、主にBotrytisに感染することでブドウに含まれるようになるLaccaseです。

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TyrosinaseとLaccaseはどちらもポリフェノール酸化酵素 (ポリフェノールオキシダーゼ, Polyphenol Oxidase, PPO) と呼ばれる、フェノール化合物を特に酸化させる作用を持った酵素です。いずれも人工的に添加するものではない点が、ハイパーオキシデーションが天然酵素によるワインの安定化処理といわれる所以となっています。

ハイパーオキシデーションによる酸化メカニズム

PPOが触媒となることでポリフェノール類がキノンへと酸化されます。この際の反応量はLaccaseのほうがTyrosinaseよりも多く、Botrytisに感染したブドウにハイパーオキシデーションを使用できない1つの理由となっています。

白ブドウにもっとも多く含まれているフェノール化合物はヒドロキシ桂皮酸 (hydroxycinnamic acid) で、その主な誘導体はカフタル酸です。PPOの1つであるTyrosinaseはこのカフタル酸との反応親和性が高く、酸化反応中の初期段階でカフタル酸をキノンに酸化させます。

ここで生成されたカフタル酸キノンがこの後の非酵素的反応の出発点となります。

PPOによって生成されたカフタル酸キノンはまずブドウ果汁中もしくはワイン中に存在するグルタチオンと結合し、無色の化合物 (GRP: Grape reaction product) を生成します。その後、果汁中もしくはワイン中のグルタチオンが枯渇すると余っているカフタル酸キノンはほかの含有成分を酸化させ始めます。これにはGRPやFlavonoid類が含まれます。

この一方で一部のカフタル酸キノンは元のカフタル酸への復元反応を生じ、そうして生成されたカフタル酸が再度、酸素を取り込んでPPOと反応してカフタル酸キノンへと酸化される、サイクル反応が発生します。さらにはカフタル酸キノンがカフタル酸と直接反応してフェノール化合物を再生し、その再生フェノールがPPOを介して再酸化されるという反応まで生じます。

こうした反応を介して多量の酸素がワインに取り込まれ、消費されることでワインの酸化が進んでいきます。

なおワインの褐色化は、Flavonoid類がカフタル酸キノンによって酸化されることで生じるキノン類が原因です。

Flavonoid類の酸化によって生じたキノン類は早急に重合を開始し、褐色を呈する化合物として析出します。この化合物はアルコール媒体にはある程度溶ける一方で、水には溶けません。これがワインが酸化した場合と比較して、ハイパーオキシデーションの処理が行われた果汁では遥かに濃い色になる理由です。

ハイパーオキシデーションを行った果汁は、Chardonneyを絞って得た果汁であるにも関わらず時に”Black Chardonney”と呼ばれるほど、濃い暗褐色の色味になります。

ハイパーオキシデーションに求められる酸素量

ハイパーオキシデーション、日本語に訳すと「超酸化」のような言い方になり、ものすごい量の酸素を投入して果汁を酸化させるような印象を受けます。しかし実際にはそれほど多くの量の酸素を導入してしまうと過酸化となりその後のワインの品質を低下させる原因となります。

ハイパーオキシデーションで必要とされる酸素の量は厳密には酸化させる対象であるフェノール類の果汁中の含有量で規定されます。この量はブドウの品種によって異なりますが、カテキンとしての計算で100 mg/L以下のFlavonoidを沈殿させるためには9 mg/L程度の酸素で十分といわれているほか、スキンコンタクト行ったような果汁中におけるFlavonoidの含有量が多い場合でも経験的な数値としておおよそ20 ~ 30 mg/L程度といわれています。

こうした酸素の受容はある程度の量までは通常の醸造工程でも発生するため、果汁に含まれているフェノール類の含有量によっては敢えて酸素を導入しなくてもハイパーオキシデーションと同様の結果を得られる場合もあります。ハイパーオキシデーションで必要とされる酸素の量は、その名前から想像されるよりは少ないことが多い場合がほとんどです。

ハイパーオキシデーションによるワインへの影響

ハイパーオキシデーションを行うことでワインに生じる、官能評価項目に対する影響のほとんどは、ワインにフェノール類が含まれているために生じる影響と対照的です。

フェノールはワインの色を褐変させます。ハイパーオキシデーション処理を行ったワインでは色味の変化が少なくなります。

しかもハイパーオキシデーションをすることで果汁が暗褐色になるのは濃い色を持つサイズになった粒子が果汁中に混ざるためです。この色素は清澄処理や発酵工程を通して取り除かれるため、出来上がるワインはむしろ通常よりも明るい色味になります。

タンニンはワインに渋みや苦み、収斂感を与えます。果汁の段階でタンニンを酸化させ沈殿させたワインではこうした味やニュアンスは非常に弱くなります。飲んでもギシギシしない、飲みやすい味わいになるほか、いくつかの種類の香りがより明確に感じ取れるようになるとされています。

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さらに一部のFlavonoid類は白ワインの欠陥臭の原因となると考えられている物質を合成する役割を果たすことがわかっています。逆に言えば、そもそもの原因であるFlavonoid類が除去されていれば、そこから生み出される欠陥臭の原因物質もワイン中に含まれなくなります

色が明るくなり、飲みにくい渋みや苦みがなくなり、さらには香りがより明確になる。しかも時間が経ってもこうした特徴が薄れない、安定感のあるワインになる。いいことばかりのように思えますが、その一方で、従来のワインでは生じるはずの経時での変化はなくなるか非常に小さなものに留まるようになります。つまり、熟成しなくなります

またタンニンなどによって生まれていた重厚感がなくなりますので、ワインが必要以上に繊細で、時に薄っぺらく感じられるようになってしまうリスクもあります。

ハイパーオキシデーション自体もやりすぎると出来上がるワインの品質を低下させるほか、ブドウ品種による向き不向きがあることもわかっています。一度ワインにネガティブな影響が出てしまうとそこからの回復はほぼ不可能ですので、この醸造技術が持つ潜在的なリスクは比較的大きいといえます。

ハイパーオキシデーションはワインにとって天敵ともいえる酸化を利用する手法なだけに、実施する際には慎重に、用法容量を守った取り組みが不可欠です。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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