ワインの旧世界と呼ばれる欧州から日本のワイン業界を見ていると感じる大きな違いの一つに品種に関するものがあります。
国や地域によって栽培しているブドウの品種は違うものの、EU圏内のワイン法によってワインを生産している国では「ワイン」として認められるためには最低限、Vitis viniferaと呼ばれる種に区分される系統のブドウ品種でなければならないとされています。一方で日本ではVitis labruscaなど、アメリカ系品種と呼ばれる品種やこうした品種との直接交雑種であるハイブリッド品種を使ったワインをよく見かけます。
ハイブリッド品種と言われてもピンとこない方でも、ナイアガラ、コンコード、デラウェア、キャンベル・アーリー、ブラック・クイーン、甲斐ノワールなどの名前を聞けば、あぁあれね、と思っていただけるかもしれません。
これらのブドウはいずれもアメリカ系品種との交配品種です。ちなみに日本で栽培している品種でも甲州はVitis vinifera種に分類されています。
欧州、少なくともEU圏内においてはこうしたハイブリッド品種から造られたワインは「ワイン」とは認められず、「ワイン」として販売することも輸入することも禁止されています。EUのワイン法によってハイブリッド品種がワインとして認められていない理由は歴史的な背景に基づくものですが、その根幹はいくつかの本でも見かけることのできる、「アメリカ系品種との交雑品種はフィロキセラや病害に対して抵抗力があり、産出量も多いのであるが、品質では伝統的なヨーロッパ系品種にはまったく及ばない」ため、という認識に尽きるといえます。
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マスカット・ベーリーAはアメリカ系品種とヨーロッパ系品種の交配品種ですが、日本の固有品種としてOIVに登録されたことにより、EU圏内へのワインとしての輸出が可能となっています。
では本当に「アメリカ系品種との交雑品種は不味い」のでしょうか。今回の記事では歴史的背景や化学的な背景を元にこの点について焦点を当てていきます。
ハイブリッド品種を考えるための二つの視点
ヨーロッパにおけるワインの歴史を鑑みながらハイブリッド品種の位置付けやその評価の理由を確認していくためには以下の二つの視点が欠かせません。
- 栽培面におけるポジティブインパクト
- 芳香物質によるネガティブインパクト
この二つの点について、順番に見ていきます。
粗製乱造を招いた歴史
EUのワイン法はその土台にフランスのワイン法を据えています。誤解を恐れずに言ってしまえば、借用、と言ってしまってもいいほどにその根幹は似通っています。
フランスでワイン法が成立するまでには長い歴史が必要でした。現在のような「原産地呼称」の内容に「地理的要件」だけではなく「品質的要件」を含むようになるまでには、実に多大な紆余曲折を経ています。一方でこうした紆余曲折の渦中、「品質的要件」を原産地呼称制度の中の必要要件として法的に規定するようになった背景の一つが、ハイブリッド品種を含む、栽培面で大きなポジティブインパクトを持った品種による低品質ワインの粗製乱造だったといえます。
詳しいことはきちんとワインの歴史について書かれた専門の書籍に譲りますが、1800年代後半から1900年初頭にかけてフランスでは偽造ワインの大量生産の時代がありました。また偽造とまでは言えないまでも、ネゴシアンを中心に生産地の詐称に近い行為が頻発していました。
こうした行為はワインの需要の大きさに比例するものでありましたが、市場が拡大すれば価格は下がるもの。このような動きの中でワインの低コスト生産という認識も強く持たれるようになり、原料であるブドウの低コスト生産、つまり手がかからずかつ収量の多い品種への傾倒も強くなっていきました。1800年代後半に相次いでアメリカから「輸入」されてきたフィロキセラやベト病といった、従来の欧州系品種では対応することの難しい、そして致命傷になり得る問題がこうした動きをさらに加速させてもいました。
アメリカ原産の害虫や病害を前にして欧州系品種は為す術を持たなかったのに対して、アメリカ系品種やそれとの交配品種であるハイブリッド品種は特に大きな対策を必要とすることもなく耐えることが出来たためです。こうした栽培面における利点を背景に、こうした従来は欧州には存在していなかった品種群が銘醸地としてのブランドを持っていた地域にさえ植え付けられるようになり、その植栽面積を増やしていきました。
一方でこうした品質低下と生産過剰は従来からのブランドを棄損し、ワインの市場価格を下落させるリスクを抱えたものでもありました。ボルドーやブルゴーニュといったブランドはその力の源泉を「伝統」に置いている側面が強く、こうした伝統から外れた品種や味、品質はブランドの棄損に直結しかねないものと認識されていたのです。
そしてブドウやワインの市場価格が下落し、自分たちの収益が脅かされることへの危機感をもった層が徐々に「原産地呼称」には「品質的要件」を含むべきであり、かつその「品質」には栽培される「ブドウ品種」をも含むべきである、と考えた結果が現在の状況につながっています。法的には「品質」を裏付けるものは生産者自身が規定するとしながらも、その根幹部分は「伝統」であるとされたことにも大きな意味があります。
なおこうした歴史的な背景からは従来の「伝統」から外れることによるデメリットとしてハイブリット品種が「不味い」ものと認識されたのであろうことが分かる一方で、この「不味い」は純粋に味を指すものではないことも分かります。
歴史的には「ハイブリッド品種から造られたワインは低品質」といういわば前提条件がすでにあり、それ以上の議論の余地はないのです。
ハイブリッド品種はなぜ不味い
とはいっても、ワインの旧世界住民からこうしたハイブリッド品種が嫌われる理由は明確です。
Foxton (fox taste / foxy flavor) という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
キツネ臭とでも訳すこの風味こそが、その理由です。
Vitis labruscaやVitis rotundifoliaといったアメリカ系品種やそれら品種との交雑品種に特徴的なこの風味は、動物的なニュアンスやイチゴのようなニュアンスをしており、欧州では典型的なオフフレーバーとして扱われています。
メモ
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