Limited ワイン 不快臭

ハイブリッド品種は「不味い」のか | フォクシーフレーバーを考える

08/01/2020

ワインの旧世界と呼ばれる欧州から日本のワイン業界を見ていると感じる大きな違いの一つに品種に関するものがあります。

国や地域によって栽培しているブドウの品種は違うものの、EU圏内のワイン法によってワインを生産している国では「ワイン」として認められるためには最低限、Vitis viniferaと呼ばれる種に区分される系統のブドウ品種でなければならないとされています。一方で日本ではVitis labruscaなど、アメリカ系品種と呼ばれる品種やこうした品種との直接交雑種であるハイブリッド品種を使ったワインをよく見かけます。

ハイブリッド品種と言われてもピンとこない方でも、ナイアガラ、コンコード、デラウェア、キャンベル・アーリー、ブラック・クイーン、甲斐ノワールなどの名前を聞けば、あぁあれね、と思っていただけるかもしれません。

これらのブドウはいずれもアメリカ系品種との交配品種です。ちなみに日本で栽培している品種でも甲州はVitis vinifera種に分類されています。

欧州、少なくともEU圏内においてはこうしたハイブリッド品種から造られたワインは「ワイン」とは認められず、「ワイン」として販売することも輸入することも禁止されています。EUのワイン法によってハイブリッド品種がワインとして認められていない理由は歴史的な背景に基づくものですが、その根幹はいくつかの本でも見かけることのできる、「アメリカ系品種との交雑品種はフィロキセラや病害に対して抵抗力があり、産出量も多いのであるが、品質では伝統的なヨーロッパ系品種にはまったく及ばない」ため、という認識に尽きるといえます。

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マスカット・ベーリーAはアメリカ系品種とヨーロッパ系品種の交配品種ですが、日本の固有品種としてOIVに登録されたことにより、EU圏内へのワインとしての輸出が可能となっています。

では本当に「アメリカ系品種との交雑品種は不味い」のでしょうか。今回の記事では歴史的背景や化学的な背景を元にこの点について焦点を当てていきます。

ハイブリッド品種を考えるための二つの視点

ヨーロッパにおけるワインの歴史を鑑みながらハイブリッド品種の位置付けやその評価の理由を確認していくためには以下の二つの視点が欠かせません。

  • 栽培面におけるポジティブインパクト
  • 芳香物質によるネガティブインパクト

この二つの点について、順番に見ていきます。

粗製乱造を招いた歴史

EUのワイン法はその土台にフランスのワイン法を据えています。誤解を恐れずに言ってしまえば、借用、と言ってしまってもいいほどにその根幹は似通っています。

フランスでワイン法が成立するまでには長い歴史が必要でした。現在のような「原産地呼称」の内容に「地理的要件」だけではなく「品質的要件」を含むようになるまでには、実に多大な紆余曲折を経ています。一方でこうした紆余曲折の渦中、「品質的要件」を原産地呼称制度の中の必要要件として法的に規定するようになった背景の一つが、ハイブリッド品種を含む、栽培面で大きなポジティブインパクトを持った品種による低品質ワインの粗製乱造だったといえます。

詳しいことはきちんとワインの歴史について書かれた専門の書籍に譲りますが、1800年代後半から1900年初頭にかけてフランスでは偽造ワインの大量生産の時代がありました。また偽造とまでは言えないまでも、ネゴシアンを中心に生産地の詐称に近い行為が頻発していました。

こうした行為はワインの需要の大きさに比例するものでありましたが、市場が拡大すれば価格は下がるもの。このような動きの中でワインの低コスト生産という認識も強く持たれるようになり、原料であるブドウの低コスト生産、つまり手がかからずかつ収量の多い品種への傾倒も強くなっていきました。1800年代後半に相次いでアメリカから「輸入」されてきたフィロキセラやベト病といった、従来の欧州系品種では対応することの難しい、そして致命傷になり得る問題がこうした動きをさらに加速させてもいました。

アメリカ原産の害虫や病害を前にして欧州系品種は為す術を持たなかったのに対して、アメリカ系品種やそれとの交配品種であるハイブリッド品種は特に大きな対策を必要とすることもなく耐えることが出来たためです。こうした栽培面における利点を背景に、こうした従来は欧州には存在していなかった品種群が銘醸地としてのブランドを持っていた地域にさえ植え付けられるようになり、その植栽面積を増やしていきました。

一方でこうした品質低下と生産過剰は従来からのブランドを棄損し、ワインの市場価格を下落させるリスクを抱えたものでもありました。ボルドーやブルゴーニュといったブランドはその力の源泉を「伝統」に置いている側面が強く、こうした伝統から外れた品種や味、品質はブランドの棄損に直結しかねないものと認識されていたのです。

そしてブドウやワインの市場価格が下落し、自分たちの収益が脅かされることへの危機感をもった層が徐々に「原産地呼称」には「品質的要件」を含むべきであり、かつその「品質」には栽培される「ブドウ品種」をも含むべきである、と考えた結果が現在の状況につながっています。法的には「品質」を裏付けるものは生産者自身が規定するとしながらも、その根幹部分は「伝統」であるとされたことにも大きな意味があります。

なおこうした歴史的な背景からは従来の「伝統」から外れることによるデメリットとしてハイブリット品種が「不味い」ものと認識されたのであろうことが分かる一方で、この「不味い」は純粋に味を指すものではないことも分かります。

歴史的には「ハイブリッド品種から造られたワインは低品質」といういわば前提条件がすでにあり、それ以上の議論の余地はないのです。

ハイブリッド品種はなぜ不味い

とはいっても、ワインの旧世界住民からこうしたハイブリッド品種が嫌われる理由は明確です。

Foxton (fox taste / foxy flavor) という言葉を聞いたことはあるでしょうか。

キツネ臭とでも訳すこの風味こそが、その理由です。

Vitis labruscaやVitis rotundifoliaといったアメリカ系品種やそれら品種との交雑品種に特徴的なこの風味は、動物的なニュアンスやイチゴのようなニュアンスをしており、欧州では典型的なオフフレーバーとして扱われています。

メモ

こちらの記事はnote上からも続きをご覧いただけます。

[sc_Linkcard url="https://note.com/nagiswine/n/n5db0acb85c4e"]

この香り、欧州では問答無用でダメなものと否定されているようで、fox taste や foxy flavorというキーワードで検索をかけてみても日本語のサイトが上位表示されることは興味深い事実です。

前述のようにEU圏内では法的に規制されそもそもこのオフフレーバーを持ったワインに出会うことはありませんし、わざわざ語るだけのものもない、そもそも興味を持たれないオフフレーバーだということなのでしょう。ちなみにドイツ語のワイン用語説明サイトにはこの項目の説明文で「日本においてはポジティブにとられている」と記載されており、日本の特殊性が強調されています。

フォクシーフレーバーとはなんなのか

こうしてワインの旧世界の住人からは忌み嫌われているフォクシーフレーバーですが、何が何でもダメ、という訳では実はありません。生食用ブドウやぶどうジュース用のブドウ、グラッパに使用するブドウなどでは含有が許容されているのです。

このニュアンスの原因となる化学物質は1921年にはMethyl 2-aminobenzoate、もしくはcarbomethoxyaniline (C8H9NO2) と呼ばれるものであることが同定されています。これらの物質はMethyl anthranilate (アントラニル酸メチル)として総称されます。

Methyl anthranilate はベルガモンやジャスミン、レモン、イチゴなどにも幅広く含有される芳香系化合物です。

ブドウに関して言えば十分に熟したナイアガラ種には245 mg/l程度、コンコルド種には50 mg/l程度が含まれることが分かっています。この一方でこれまでにVitis vinifera種のブドウでMethyl anthranilateの含有が確認されたことはありません。この事実からこの化学物質がフォクシーフレーバーの原因化学物質であるとされてきましたが、近年の研究ではMethyl anthranilateだけがフォクシーフレーバーの原因ではなく、2-Aminoacetophenon (アミノアセトフェノン) もまた原因物質であることが分かっています。

ちなみにフォクシーフレーバーについて調べているとその原因物質として

Furaneol (2,5-Dimetyl-4-hydroxy-2,3-dihydrofuran-3-on)
2-Methoxy-3-isovutyl-pyrazine
2-Methoxy-3-sec.butyl-pyrazine
2-Methoxy-3-isopropyl-pyrazine
2-Methoxy-3-ethyl-pyrazine

などが挙げられていることがあります。

これらもそれぞれイチゴ様の香り (Furaneol / フラネオール) や草っぽいピーマン様の香り (methoxypyraine類 / メトキシピラジン類) の原因物質として知られており、一部のものはアメリカ系品種の特徴香でもあります。一方でメトキシピラジン類などはVitis vinifera種でも含まれている品種があるほか、フラネオールが強すぎる場合には別途「イチゴ香」としてフォクシーフレーバーとは異なるオフフレーバーとして扱われるため、これらの物質とフォクシーフレーバーの原因物質とは区別して扱われることが多いです。

なおこうしたフォクシーフレーバーをはじめとしたオフフレーバーの原因となる化合物類ですが、その由来は多くの場合、遺伝子に起因しています。このためこれらの香りを避けるためには醸造的な手法に頼ることは難しく、本質的な解決には複数回にわたる交配を経て該当する遺伝子の影響を抑え込んでいくしか方法がありません。

こうした交配を経て、フォクシーフレーバーを抑えつつカビ系の病気に対する耐性を維持することを目的に作り出された品種がPiwi種と呼ばれる品種群です。これらPiwi品種は世代を重ねながら改良が続けられ、ドイツなどでは徐々に植栽面積を増やしつつあります。

この品種はまさに栽培面におけるメリットを維持しつつ、香りのネガティブ面を克服するための新品種ですが、今のところではまだフォクシーフレーバー様のニュアンスが残っているとして好まれず、広く受け入れられているとは言えない状況です。

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日本ではどちらかというとイチゴ様の華やかな香りが好まれることから、この香りの原因物質であるフラネオールの存在を中心にアメリカ系品種やその交雑品種に対して好意的な反応がされているようです。一方で前述の通り、強すぎるイチゴ様の香りは欧州では明確なオフフレーバーとして認識されています。

フォクシーフレーバーにしても強すぎるイチゴ様の香りにしても日本的に言えば「美味しいんだからいいじゃない」という理屈で受け入れられるものが、欧州では「いや、違う」と言われてしまうその理由はひとえに伝統の有無にある、といえるでしょう。

日本でもワインが人気になり、多くの人がJSAのソムリエ資格やワインエキスパートの資格取得に向けて勉強をされていますし、近年ではWSETの有資格者の方も増えてきました。こうした方々はフランスのものを中心に世界中のワインを嗜んでおり、ワインのベース知識とでもいうものはむしろ欧州を中心に形作られているはずです。

しかし、それはまだまだ伝統的とか歴史的という形容詞を付けられるようなものではありません。これに対して欧州ではすでに現在のものに近い形でのワインとしてでも数百年の歴史があり、その味は心身に沁みついていると言っても過言ではありません。ワイン法の例を出すまでもなく、その成り立ち、ブランド、在り方はまさに歴史と伝統に裏付けされたゆるぎない味と香りの記憶としてVitis vinifera種によるワインが根付いています。

フォクシーフレーバーの原因となる化合物などは基本的にVitis vinifera種には含まれません。つまり欧州の人たちにとってはワインの中で触れたことのない、見たことも無い余所者の存在です。

こうした余所者、非典型的な存在をそれまで慣れ親しんだものに加えること、その存在を認めることは従来のワインに慣れていれば慣れているほどに難しいものであるのは当然のことです。仮にその存在を受け入れようとしなかったからといって柔軟性の有無という言葉で捉えるのは適切とは言えません。彼らにとって、そこは侵してはならない領域なのです。

https://note.com/nagiswine/n/nc5cdbb3bc22b

ここは美味しいと思う人は美味しいと思っていればいいし、思えない人は無理に思う必要もありません。交わることのない者同士と思ってお互いに干渉しようとしないことが一番です。

とはいいつつも、お互いに無視しきれないのが現実世界です。

特にハイブリッド品種でワインを造っている国の住民にとっては造り手にも飲み手にも決断が迫られる部分です。

今回のまとめ | 「ワイン」をどう捉えるのか

造り手にとっては将来的な販路の問題が大きく横たわります。もちろん自国内だけで完結していくのであれば問題はありません。しかし一歩外の世界に出ようとする場合には途端に問題が降りかかります。

欧州各国のワイン法がこうしたハイブリッド品種から造られたワインを「ワイン」として認めることは今後もまずないでしょう。つまり、自身の造っているワインがハイブリッド品種によるものであればそれは自動的に、少なくともEU圏内にそのワインを流通させることが出来ないことを意味します。例えそのワインがどんなに美味しいと自信を持っていたとしても、日本国内で人気があったとしても、です。

飲み手にとっては「ワイン」という共通言語をどのようなレベルで「共通化」させるのか、が問われます。

ハイブリッド品種によるワインが「ワイン」ではないという点をスタンダードにするのであれば、こうした品種を使ったワインに対しては好むと好まざるとに関わらずどこかで一線を画する必要があります。極端な例ですが、仮に欧州系品種で造られたワインよりもハイブリッド品種で造られたワインの方が圧倒的に好みに合う、ということであればその時点でその人が話すワインは共通言語としてのワインの枠組みから外れます。それは自分は「ワイン」の味は好まない。ブドウから造られてはいるがワインではないアルコール飲料の味を好むのだ、といっているのと同意になるからです。

https://note.com/nagiswine/n/n574bcdf4084a

「アメリカ系品種は品質では伝統的なヨーロッパ系品種にはまったく及ばない」という表現は、現状すでに確立されているEUなどにおけるワイン法の概念に照らし合わせるのであれば、間違いのない事実です。飲んでみたら美味しいかもしれませんが、それは「ワイン」としての美味しさとはとらえられません。「ワイン」としては味云々の前に対象外なのです。

もちろんワインという嗜好品にここまで厳密な線引きをする必要はない、という意見はあると思います。自分が美味しいと思うものを美味しいと思いながら飲めばいい、という意見には大賛成です。個人で楽しむ分にはそれでいいでしょう。

一方で、公式にワインをテイスティングする場合にはこのような考え方は通用しません。それはそもそも「ワイン」ではない、とまでは言わなかったとしても、フォクシーフレーバーや強いイチゴ様の香りはオフフレーバーとして判断しなければならないからです。この前提に立つとき、残念ながらハイブリッド品種で造ったワインに立てる瀬はありません。

今の流れは土着品種への回帰であり、品種の多様化でもあります。こうした流れの中でもしかしたらいつか、アメリカ系品種やハイブリッド品種の位置づけが変わってくるかもしれません。また、前述の通り、趣味や嗜好で楽しむものを必要以上に厳密に扱う必要もまた、本来ならないのでしょう。しかしこの「必要」とはどこにあるのかは個人個人が認識をしておくべきところだと筆者は考えます。

またあなたが造り手であるのであれば、もし仮に自分の造ったワインを手に世界で戦いたい、という気持ちを持っているのであれば、こうしたハイブリッド品種を選択する余地は美味しい、不味いに関わらず、一切、無いこともまた知っておくべきことです。

それはフォクシーフレーバーがあるから、ではありません。それが「ワイン」ではないからです。

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  • この記事を書いた人

Nagi

ドイツでブドウ栽培学と醸造学の学位を取得。本業はドイツ国内のワイナリーに所属する栽培家&醸造家(エノログ)。 フリーランスとしても活動中

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