ワイン造りの現場では果汁やワインを移動するのは日常茶飯事です。こうした際には頻繁にポンプを利用するのですが、最近はこれ以外の方法も使われるようになってきました。Gravity flow (グラヴィティ フロー) です。
Gravity flowとは、Gravity (重力)flow (流す)という名前の通り、機械を使わずに重力で液体を移動させる手法のことを指しています。簡単にいえば、液体を高いところから低いところに流すことで移動させる技術です。
なぜいま重力を使うこの方法に注目が集まっているのかといえば、果汁やワインにかかるストレスがポンプを使うよりも少ないと考えられているからです。
ワイン造りの現場からポンプの存在を完全になくしてしまうことは難しいですが、Gravity flowを取り入れることでポンプの利用頻度を最小限にとどめるようにする。これが最近のワイン造りにおけるトレンドの1つです。Gravity flowの採用には建物のレイアウトをそれように設計する場合もあれば、移動元の容器を一時的に持ち上げて実現するような、比較的お手軽な方法もあります。
この記事ではGravity flowのメリットやデメリットに加えて、Gravity flowが採用されるようになった理由であるポンプの持つデメリットについてみていきます。
重力によるワインの輸送手段 | Gravity flow
Gravity flowで利用するのは地球の重力です。
水は高いところから低いところに向かって流れる性質を利用している関係上、流動の方向は常に上から下に向かいます。つまりGravity flowを利用するためには、常に移動させたい液体が移動させたい先よりも高いところになければなりません。このため基本的には移動のタイミングと回数に合わせた階層を持つ建物構造が必要になります。
場合によっては都度、移動元となる容器をフォークリフトなどを使って持ち上げ、地面に置いた移動先の容器に流し込む方式を採用するワイナリーもあります。この方法であれば建物の構造上の制約は少なくなりますが、大量に移動したい場合などには作業効率が悪くなってしまいます。またどちらの方法で行うにしても、一度下の階層に流してしまった果汁やワインをもう一度上の階層に戻すことは出来ません。
Gravity flowは事前に果汁やワインの移動のタイミングをしっかりと把握し、それに合わせて設計しておかないと非常に使い勝手の悪い手法なのです。
ブドウを収穫してからワインとしてボトリングするまでの間に行う移動のタイミングを各醸造段階に合わせてみていくと、ざっと以下のようになります。
白ワインの場合
- 収穫容器 → 除梗機
- 除梗機 → プレス
- プレス → 清澄容器
- 清澄容器 → 発酵槽
- 発酵槽 → 熟成容器
- 各種醸造作業にともなう容器の移動
- 熟成容器 → ボトル
赤ワインの場合
- 収穫容器 → 除梗破砕機
- 除梗破砕機 → 発酵槽
- 発酵槽 → プレス
- プレス → 熟成容器
- 各種醸造作業に伴う容器の移動
- 熟成容器 → ボトル
ワインの色や各種装置の設置状況などによって容器を移動させる回数は異なりますが、少ない場合でも4回は行われます。この4回分の移動をきちんと把握して準備しておけば、最後のボトリングの工程以外をGravity flowのみで完了させることも出来ます。ボトリングも濾過を不要にして時間をかけるのであれば、ポンプを使わずに行うことが出来ます。
しかしこのすべてを実際に建物構造として階層化しようとすると大変なので、ところどころで工夫しているケースがほとんどです。具体的には除梗用の機材を高い位置に設置し、そこから直接プレスや槽に入れる、槽からプレスへの移動はバケツなどを使って手で行う、などです。
このように実際の現場で採用されているGravity flowは完全に重力だけを使う手法というよりは、「ポンプを使わない」手法として解釈されていることがほとんどです。
「ポンプを使わない」Gravity flowのメリット
Gravity flowの特徴でありメリットはよく次のように説明されます。
Gravity flowはポンプを使わない
→ ポンプを使うことで果汁やワインにかかる負荷やストレスがかからなくなる
→ 負荷やストレスによる品質の低下を避けられる
→ ワインが高品質になる
つまりGravity flowを採用するメリットは、Gravity flowを採用することでこれまでワイン造りの最中に低下してしまっていたワインの品質を落とさずに高いまま維持できることだといえます。Gravity flowは品質を上げるための手法なのではなく、品質を下げないための手法なのです。
ここで注目すべきなのは、Gravity flowが品質を下げないための手法である点です。
つまりGravity flow以外の方式であったとしてもポンプを利用することで生じていた品質の低下を避けられるのであれば、Gravity flowを使った場合と同様の結果が得られるということです。これはポンプを利用した場合でもワインの品質劣化原因を回避した使い方をできるのであれば、やはりポンプを使わなかった場合と同様の結果を得られるということでもあります。
そのためにはポンプの利用によって生じるデメリットを正確に把握しておく必要があります。
ポンプがワインに与える負荷
ポンプの利用がワインに与える負荷やストレスは複雑です。こうした内容の詳細は別の記事で解説していますのでここでは簡単な説明に留めます。
より詳しく知りたい方は
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ポンプが果汁やワインに与える影響の大部分は圧力に原因があります。
ポンプは物理的な力によって圧力差を作り出し、その圧力差を使って液体を押し出します。この押し出す力、圧力が強くなると液体の流速が速くなっていきます。ポンプはどのような構造のものであっても基本的には圧力を利用していますので、ポンプを使用する限りは圧力がワインに影響を与えることを完全に避けることは出来ません。
一方でGravity flowであっても厳密にいえば圧力が関わっていますので、ポンプを利用することのデメリットは圧力の大きさの違いに基づく程度の差ともいえます。
ポンプは人為的に大きな圧力をかけます。とはいっても圧力をかけることがそのままワインの品質劣化を招くとは言い切れません。
例えばスパークリングワインを造る場合には6 bar程度の圧力がワインにかかりますがそれによってワインの品質が低下することはありません。問題になるのはもう少し別のところです。
2つほど例え話をします。
最初に指を地面につけてそのままゆっくりと移動させます。次に同じように指を地面につけて素早く移動させます。
次に容器の半分ほどに水を入れ、最初はゆっくりとかき回します。次にもっと速くかき回します。
それぞれ何が起きるでしょうか。ポンプを使ってワインを移動させようとすると基本的にはこれと同じことが起こります。あなたの指に起きたことがワインにも起きるのです。
影響の度合いを測る指標
ワイン醸造の現場でワインが受けたストレスの程度を知るための1つの指標が「澱の量」です。単純な考え方として、ある作業を行った後により多くの澱が生じる作業ほど液体に対して与える負荷が大きかったと判断します。
例えばポンプの回転数を上げるとその度合いに比例して澱の量が増えることが報告されています。澱の量の変化はワイン醸造の工程中のどの段階でも生じるものではなく、一定の工程中で特に生じる現象であることも分かっています。また澱が増える場合には同時にワインに含まれる成分の割合にも変化が出る可能性が示唆されています。
澱の増加は目に見える、分かりやすい指標です。一方でこうした目に見えるかたちで確認できなくても味や香りの変化として知ることのできる影響もあります。
その1つが溶存二酸化炭素の量です。
Gravity flowではワイン中に溶け込んでいる二酸化炭素が排出されないわけではありません。しかし、ポンプを使用した場合の方が排出量は相対的に多くなります。こうした差はボトリングされたワインではボトリング時に二酸化炭素を同時に入れる場合もあるため分かりにくくなりますが、ボトリング前のワインでは比較的、知覚しやすい点です。
今回のまとめ | Gravity flowは必須手段なのか
醸造の現場でポンプの利用を最小限に抑えることには意味があります。一方ですべての輸送をGravity flowにすればいいのかというとそれはそれで疑問があります。
建屋としてGravity flowを利用できる設計をしっかりとしている場合以外では、この手法は大容量の搬送には向きません。5000リットルのタンクを持ち上げる、などという行為は現実的ではないからです。
また、Gravity flowを採用したシステムでは液体をタンクの底面から入れることが基本的にできません。液量が増えてきたときにその重量で押し返す抵抗が強くなり、重力だけでは押し切ることができなくなるためです。このため、Gravity flowシステムでは液体は基本的にタンクの上面から注ぎいれられることになります。
これは酸化リスクを上昇させます。
時としてこのリスクはポンプを使うよりも大きなものとなります。またGravity flowシステムでは液体の流量が少ない、つまり速度が遅くなりますので必然的に移す側でも移される側でも液面が酸素と触れる時間が長くなる点も造ろうとするワインのスタイルによっては無視できません。
ポンプを利用する場合でもその欠点を正しく知って対策をとることでネガティブな影響の程度を最小化することは可能です。大事なのはポイント、ポイントで採用する手段を最適化することです。